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2003年11月02日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
JYA(日本の大学生向けの1年間の留学プロジェクト)のT子ちゃんから久しぶりにメールで連絡が来た。

~~~~~~~~~~~~~~~~~
かみぽこさん

こんにちわ。久しぶりメールします。
実は最近思い起こすことがありまして…。あと残り少ないけど、日本人ソサエティーを復帰させようかと思うのですが、それをどうやったらいいのか聞きたくてメールしました。
societyを作ろうと思ったきっかけは以下のようです。

日本に興味ある人たちを集めて、交流をはかる。
それが私たちの英語力改善にもなる。

もちろん、みんなが楽しめるようなことをしたいのです。

このsocietyを復帰させたいと思ったきっかけは、やっぱりイギリス人はアジア人に対して偏見をもっているみたいで、日本に興味ある人しか、私たちの話をあまり聞き入ってくれないということです。もちろん英語力の少ない私たちに欠点があるのは間違いないのですが、もし日本に興味ある人を自ら集めることができたら、ちらほらいるJapanese freakを集めることが出来て、もちろんネイティブとは限らないですが、交流を深められるかなと思いました。こんな単純な理由ですが、少なくともJYAはこれに近い考えをみんな持っているはずです。

自分があと少ししかいなくて、どこまでこれが続くのかもわからないのですが、一応やれることだけはやってみようと思いました。

そこでかみぽこさんの協力も欲しいのです。とにかく、意見を聞きたいです。
よろしくお願いします。
T子
~~~~~~~~~~~~~~~~~
なるほどね。
ソサエティーというのは、どう説明すればいいんだろう。
いわゆる日本の大学には、「○△県人会」ってあるでしょう?
ああいう組織のこと。


などなどのソサエティーがあるのだ。

ところが以前書いたことがあるのだけれど、
うちの学校にはジャパン・ソサエティーというのがない。
わたしが来る前はあったらしいのだがなくなった。
T子ちゃんは言ってきたのはそれを復活できないか、という話だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~
T子ちゃん

メールありがとう。

ソサエティーの件はね、新しくて古い問題なんだよね。
俺がうちの学校に来たときには、もうソサエティーはなかった。
だけど、その前にはあって、それがつぶれた経緯を俺は知っていて、その時に中心となってやっていた人もよく知っている。

結論から先に言うと、俺はソサエティーを作るのは否定的。

イギリス人がアジア人に偏見を持っていることについて、
ソサエティーがあれば解決するとは思わない。
偏見を持っている人はソサエティーを作ったところで来ないよ。
来るのは元々日本好きのイギリス人だけ。
もしソサエティーで偏見が解決するというなら、
日本人よりソサエティー活動に熱心な中国人のほうが評価されるはずだけど、
実際は日本人のほうがはるかに好感もたれているはずだよ。

俺はうちの学部でPhDとして、確固たるポジションを築いてきたけど、
これは自分が努力して積極的にいろんな場に参加したり、
自分の研究についていろんな人に意見を聞きにいったりして、
1つ1つコツコツとやってきた結果。

最初来た時はひどくばかにされたよ。英語もできないからね。

偏見云々は、組織で乗り越えることではなくて、
個人的に人間として認められるよう努力をして初めて克服できることだと俺は思う。

以上、だね。

勉強がんばってね。

かみぽこ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いわゆる「人種に対する偏見」というものに、
私自身も遭ったことがある。

これに対する対処法として「組織」として対処しようという考え方があるのだが、
これは逆効果になることが多い。
組織のプレッシャーに対して相手がよけいに身構えてしまうからだ。

また、個人が自分を見失うこともあるように思う。

例えば、昨年わたしは試験で学部から不正行為の疑いがかかった中国人から相談を受けたが、彼女は不正かどうかの争点がどこにあるのか冷静に議論することができず
ただ「これは人種差別だ。人種差別だ」
とわたしに訴え続けた。

彼女は「中国人=人種差別を受けるもの」という考えで凝り固まってしまい、
彼女個人はどうなんだ、問題がなかったのか?
という冷静な分析が全くできなかった。

これではわたしもアドバイスのしようがなかった。

また、彼女が「中国人に対する人種差別だ」の一点張りで主張したら、
主張を聞く側のイギリス人である教授も「彼女自身」の個性を見なくなって「中国人」として彼女に接してしまう。
教授が最初は持ってなかった偏見を、彼女がわざわざ作り出してしまうこともあるのだ。

だから、わたしはいわゆる「人種に対する偏見」には
「個人」として認めてもらうよう1人1人が努力するしかないのだと思っている。





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最終更新日  2003年11月04日 07時31分05秒


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