北 の 狼

北 の 狼

Jan 15, 2005
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1996年、アメリカ、ニール・ジョーダン監督、リアム・ニーソン。

アイルランドの独立運動の英雄、マイケル・コリンズ(1890~1922年)の半生をつづった映画です。
監督のニール・ジョーダンも主演のリアム・ニーソンもアイリッシュですね。
まずは、アイルランドの歴史を簡単にみてみましょう。


アイルランドの地には紀元前265年ごろよりヨーロッパ大陸よりケルト人の渡来が始まり、5世紀ごろ聖パトリックらによってキリスト教が布教される。
8世紀終わりごろより、ノルマン人(ヴァイキング)が侵入。
1014年、アイルランド上王(High King)ブライアン・ボルーがクロンターフでヴァイキングを破り、これ以降ヴァイキングの侵入が収束する。
1169年、ノルマン人の侵攻が始まる。
1171年、諸豪族がイングランド王ヘンリー2世の支配下に下る。

以後、宗教上・政治上の差別も加わって,17~18世紀にはしばしば反乱が起こり,そのたびに激しい弾圧を受け、1801年、イギリス王国に併合される。
1840年代後半より、ジャガイモの不作が数年続き、大飢饉となる(ジャガイモ飢饉)。この結果、多数のアイルランド人がアメリカ大陸へと移住。


アイルランド問題といいますと、イギリスによる支配自体も重要ですが、アイルランド内部にも大きな問題を抱えています。
その問題は、北アイルランドが、残りの26州と性質が大きく異っているということに由来します。

北アイルランドの住民はカトリック教徒が約3分の1で、17世紀以降、スコットランド人の植民が行なわれ,人種的・宗教的に独自の地域を形成しました。
一方で、南部の住民はケルト系で、9割がカトリック教徒です。
つまり、大雑把に言うと、北はプロテスタントで、南はカトリック。どちらもキリスト教ですが、欧州の歴史をちょっと紐解けば、アイルランドに限らず両派の対立がいかに根が深いのものであるか、簡単に分かると思います。


1916年、英国支配に抗してダブリンで武装蜂起。1919年、農民の武装闘争が始まる。
1920年のアイルランド法、1922年のアイルランド自由国法によって、南部はアイルランド自由国が成立しイギリスの自治領となる。北部6州は、イギリスに留まる。
1937年、アイルランド自由国は新憲法を制定し、国号をエールと改称。
1938年、イギリスが独立を承認し、イギリス連邦内の共和国となる。 自由国は、第二次大戦では中立を維持。



↓でも分かりやすい歴史が紹介されています。

http://www5.ocn.ne.jp/~kanebon/bstkitaireland.htm



かくして、南部の独立がなった今、アイルランド問題とは、北アイルランドの帰属を争う「”北”アイルランド問題」を意味することになります。この問題をめぐって現在二つ立場が対立しています。

 ・ユニオニスト(合同主義者)、ロイヤリスト(王室主義者)
   北部は英国経済に守られ続けるべきだとする立場。英国は王国だから、王室派ということになります。


   アイルランド全域の独立を目指すという民族派。英国の王国を否定しますから、王政に反対の共和主義派です。また、分裂状態は英国によってつくられたのだから、英国議会と、南北アイルランド議会をも認めません。
シン・フェイン党やIRA(アイルランド共和軍)の主張はこちらに属します。

南北の宗教的背景を基にして、現在のアイルランド問題の本質を「宗教対立」と読み解くむきもありますが、現在では「北部のユニオニストとナショナリストの対立」とするのが正確です。ですから、プロテスタント同士でも、ユニオニストはナショナリストを攻撃しますし、逆にプロテスタントでもカトリックでも、ナショナリスト同士は同一歩調をとります。


このように複雑な歴史を有し、現在でも対立が続いているアイルランドですが、1910年代にアイルランド独立運動家(指導者)として活躍したのが、マイケル・コリンズです。コリンズは、有能かつユニークな人物でしたが、その特徴をあげてみます。

1) ロンドン勤務のビジネスマンという経歴
コリンズはビジネスマンらしく、資金調達能力に優れていました。また、几帳面でお金に細かく、領収書がないと闘士にお金を渡さなかったそうです。映画でも、数発の弾を無駄使いした闘士を叱責する場面があります。また、その所作において無駄がなく、きびきびと行動しますし、決断を下すのも迅速です。
さらに、ロンドン帰りらしく洒落たセンスのファッションをまとい、ハンサムでヘアー・スタイルもいかにも紳士的です。外見的にもカリスマ性が十分だったわけですね。
このような素養を背景に、コリンズは、農民中心の前近代的な形態であった抵抗勢力を、近代的なゲリラに組織したわけです。

2) 情報戦
コリンズは情報戦をすこぶる重視し、味方の情報網の構築と、敵の情報網の破壊や弱点をつくことに並外れた才能をみせています。

3) (都市)ゲリラ戦
コリンズはゲリラ戦術、とりわけ都市におけるゲリラ戦術の創始者といってもよい存在で、以後のゲリラやテロ組織はほとんど彼の戦術を手本にしています。
それまでのアイルランド軍は、部隊が小規模だったがゆえに、正面からの正規戦でイギリス軍相手に歯がたたなかったのですが、都市においては、むしろ小規模部隊(ゲリラ)であることがかえって有利に働くのです。逆転の発想ですね。

4) 優しさと冷酷さの二面性
コリンズの部隊が暗殺した者の多くは、実は、イギリス支持のアイルランド人だったのです。ですから、後に続く「アイルランド内戦」の引き金を引いた人物と言ってもよいでしょう。彼は、ほとんどためらうことなく、これら「ユニオニスト」の暗殺司令を発したとのことです(彼自身が人を殺すシーンは、映画にはありませんが)。
このような冷酷さの反面、彼は部下一人一人に対して、一人前の人格者として敬意をもって接したそうです。
また、彼は、都市ゲリラという、人類を破滅に導きかねない戦術を創始した一方で、常に戦争の終結、すなわち平和を求めていたのでした。


以上がコリンズの特徴ですが、映画ではこの辺がかなり淡白に描かれているという印象です。特に、「優しさと冷酷さの二面性」については、もう一工夫ほしかったなという印象でした。
暗殺シーンはかなりリアルで、監督は必ずしもテロや暗殺を容認しているわけではない、ということが窺われますね。

映画の全編にわたって流れるアイリッシュ・サウンドは、綺麗な音色ですがどこかもの哀しく、余韻が残ります。また、アイルランドの街を再現したセットは、かなり手が込んでリアルで、当時の雰囲気を堪能できると思います。

アイルランドの“公式”の歴史は、イギリスに対する抵抗の歴史で、アイルランド人同士による殺し合い、すなわち「内戦」の事実は封印されてきたのでした。従って、「内戦」をもっとも過酷に戦ったコリンズも、あまり表舞台に出ることはありませんでした。その(作られた)既成概念を突破したのが、この作品です。

実は、コリンズ自身も、最後はアイルランド人によって暗殺されているのです。以下のように。

1921年、英国が休戦を布告し、デ・ヴァレラ(コリンズの友人にして、自由国の最高指導者)の命令でコリンズは交渉役として英国に赴きました。
イギリスの提案は、アイルランド自由国の独立は認めるが国の分断(北部の分離)と英王室への忠誠を求めるというもので、平和を望むコリンズは渋々条約に署名したのでした。
それをめぐりアイルランド国内の意見は賛成派と反対派に二分し決裂し、デ・ヴァレラは反対派の領袖となってコリンズと袂を分かち、ここに本格的な内戦がはじまりました。
コリンズは、周囲の反対を振り切り、停戦条約のため反条約派の総本山ウェスト・コークへデ・ヴァレラとの会談に向かいましたが、血気にはやった青年たちから成る謀反者の待ち伏せにあい、頭を撃ち抜かれて死亡。
1922年8月22日、享年32歳。葬儀には多くのアイルランド国民が参列しました。


そのコリンズを主役にしたこの映画では、コリンズが暗殺する人物はイギリスの官憲や諜報員が殆どで、やはり「内戦」としての側面は希釈されたものになっています。アイルランド人自身が「内戦」を正面から見据え、内実をリアルに描けるようになるには、まだ若干の時間が必要なようです。

まさに映画の製作中に、アイルランドでアイルランド人によるアイルランド人をねらった悲惨なテロが起こったのですが、大いなる皮肉ともいえます。





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Last updated  Jan 16, 2005 09:31:16 AM
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Re:『マイケル・コリンズ』(01/15)  
gacha-danjhon  さん
キューバのゲバラとか、その時代の政府への反逆者というか、、テロリストなんだけど、その背景を知っていくと、国の歴史や背景をひも解く作業が必要ですね。
アイルランドも、IRAっ一言でかたづけられないなっと、知った作品でした。
「クライム・ゲーム」のIRAなんかは、いかにもテロリストならこんな誘拐事件を起こしそう、な設定で描いちゃってますし。

だからといって、キム・ジョンイルやフセインとかに、共感を覚える日がくるとも思えませんけど。

マイケル・コリンズは ほんとにアイルランドの歴史、イギリスとの関係など勉強になり、
結局、国内の反対勢力の元仲間にころされて、という、なんとも、残念な終わりでした。

トラバ頂きます~
(Feb 15, 2005 11:07:06 PM)

Re[1]:『マイケル・コリンズ』(01/15)  
<<gacha-danjhonさん>>

>キューバのゲバラとか、その時代の政府への反逆者というか、、テロリストなんだけど

「テロリスト」といっても、いろいろですね。
一般人に対する不法は避ける抵抗勢力もいる(いた)わけで、永い目でみますと、そういう抵抗勢力のほうが、一般人の支持をうけやすいわけです。
通常のテロは、相手を恐怖せしめて言うことを聞かせるわけですが、いまは、こういう手法は支持されないでしょう。


>結局、国内の反対勢力の元仲間にころされて、という、なんとも、残念な終わりでした。

革命勢力は、真剣であればあるほど、内部で対立すやすいですね。
ただ、革命は法というものを無視して行うわけですから、内部対立を緩和するのに法の役割りが期待できないという側面があって、内部抗争が悲惨なものになりやすいということはあるようです。


>トラバ頂きます~

私も返させていただきました。 (Feb 16, 2005 02:31:31 AM)

Re:『マイケル・コリンズ』(01/15)  
血がいっぱい、流れたということを重視して、
人物を掘り下げたりするのを
あえて、弱めにした作品に思えてならないです。

狼さんは、しっかり書かれていますが(尊敬)
私には、荷が重いや。

トラックバックさせといてください! (Jun 28, 2005 01:12:22 AM)

Re[1]:『マイケル・コリンズ』(01/15)  
<<トーベのミーさん>>

>狼さんは、しっかり書かれていますが(尊敬)
>私には、荷が重いや。

ん?
ミーさんのもしっかり書かれていますよ~。

TB返しさていただきました。 (Jun 29, 2005 01:43:06 AM)

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