ゆのさんのボーイズ・ラブの館

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15・・・激暑






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この照りつける陽射しも
迸る汗も
気づけば瞬く間に駆け抜けて行ってしまう
短い季節の夢物語


そして、今この瞬間こそ長き人生において刻まれる
わずかな時間
過ぎ去ってしまえば湧き上がる胸の感動もやがて薄れるだろう
大人になったら忘れてしまうかもしれない

それでもいい・・・

“今”という限られた時間に
ありとあらゆるだけの情熱を注いで







「退院おめでとうございます」
「ありがとう・・・」

日樹は向かい合う相手同様、少しはにかんだ表情で言葉を返す

午後一番の授業は体育
この季節、涼を求め生徒たちはここぞとばかり
制止などまったく聞かずプールへ飛び込む
その姿といえば、生簀の中の活魚が、水しぶきを上げ踊りはしゃぐようだ
教科担任の指導などまるきり無視
少しでも長い時間水に浸かっていたいのは誰も同じ
しかし、退院したとはいえ傷口がまだ癒えていない日樹は水泳の授業は見学

プールフェンス脇の木陰で佇む体操服姿の日樹を目にしたのは
移動教室のため早めに教室を出てきた拓真だった

一方、五時限目の授業は芸術、拓真の選択は書道
入学当初、選択科目のアンケート提出の際、『第一希望、美術』と書いたのにも関わらず
希望者多数、惜しくも第二希望の書道枠に押し込まれてしまったのだ
そもそも残るあと1教科、音楽は第三希望にすら記入しなかった
この三教科のうち音楽は提出物が少ないものの、
一番労力を使い、さらには1時間騒々しく居眠りもできないと予想されたからである
しかし、同じように第一希望からもれた亮輔といえばこの音楽の授業を満喫しているようで
もっとも彼はカラオケ好きで1時間歌いっぱなしも苦にならないのだ

年配の気難しさでは学校一と有名な書道教科担当のご機嫌を損ねないように
余裕を持って自教室を出てきた甲斐があった
学校狭しといえども、学年教室の階が違う日樹とはなかなか行き会うことも無いのだから

顔を合わせるのも入院見舞以来
こうして学校で逢えることをどれだけ待ち望んでいたか
とは言うものの、見舞った数日間は日樹を独り占めできた
二人の距離を少し縮めたように感じられるのも気のせいかもしれない
たとえそうであっても、今の拓真には目の前の現実が全てだ

「五時間目、体育なんですね」
「・・・うん・・」

その姿を見れば授業を見学だとひと目でわかる
陸上部のユニフォームにしても足の露出が多い短パンであるものの
拓真としては水着姿の日樹を目の当たりにするというのはとても複雑だ・・・



早くもプールサイドに現れた生徒達が大騒ぎしながらシャワーを気持ち良さそうに浴びるその水しぶきが
細かい霧となってここまで飛び散り、熱る肌に心地よく吹きかかる

たとえ木陰だろうが7月に入ったこの暑さの中、やはり気の毒だ
もともと色白で暑苦しさを感じさせない日樹でも、額や鼻の頭が薄っすら汗ばんでいるのがわかる
心なしか愁い顔は、きっと暑さが不快なのに違いない

「あ、・・オレ総体のレギュラーに選ばれたんです、その・・・補欠ですけど・・・」

時間も限られた昼休み、タイムリミットまであとわずか
何か気晴らしに日樹が喜ぶような話題でも
そうは言うものの、もともと話すことが得意ではない
ましてこう必要以上に意識してしまう相手の前では気の利いた話題など絶望的なことで
こんな時こそ相棒の亮輔がいてくれれば場も和むのに

音楽室に向う亮輔など時間ギリギリでなければここを通過しやしない
こっちが必要でないときは邪魔ばかりしてくるのに

よくよく考えれば自分も勝手なもの
亮輔への依存も捨て、咄嗟にでた話題が自分のこと

「ほんと・・う・・?」
「あ・・・はい・・」

今月末から開催される高校総体
ベンチ入りレギュラーメンバーが発表されたのがつい先日
ひとつ違えれば自慢話になりかねない話題だが、それでも

「おめでとう!拓真君」  

濃茶色の瞳をさらに大きくし、日樹は翳りを捨てた表情を即座に拓真へ向ける




拓真の 『 おめでとう 』 が
今、日樹からの 『 おめでとう 』 になって戻ってきた



日樹&拓真


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オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・2・・・ 連載約122話

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拓真の 『 おめでとう 』 が
今、日樹からの 『 おめでとう 』 になって戻ってきた


0708


自分のことは二の次に
拓真を一心に見つめる日樹の瞳が
ただそれだけを告げ、投げ掛けてくる言葉は拓真の心に深く伝わる
誰に祝ってもらうより、目の前の日樹に祝ってもらうことが何より嬉しい
それが拓真の本心だ

運良く県大会ベスト16進出がいいところ
この西星高校の野球レベルはそう高くもなく、強豪校といえるほどではない
しかしながら2年、3年生主体で作られるチームにおいて
拓真のベンチ入りは1年生ながら実力を認められたという事実なのだ
その上、リトルリーグから拓真とバッテリーを組んで10年
捕手の亮輔も共にベンチ入り、という願ったり叶ったりの好機に順風満帆
全てが事上手く運ぶような気すらしていた

「ありがとうございますっ!!」

木陰を作る木の葉の合間から、時折差し込む陽の光を眩しそうに眇める日樹
その指先へ、嬉しさの余り自分の指を絡め合わそうと、うっかり伸ばしかけ腕を引っ込めた

  いけない・・・

このところ急接近できたとはいえ、上級生と下級生の間柄
まだ友達と呼ぶには恐れ多い相手
拓真の中の位置関係では日樹は自分よりずっと上にいる人間なのだ
それもそのはず、この西星高校入学試験に訪れた日
グランドを走る日樹を見かけてからずっと、焦がれていたのだから

「試合も近いし、これから練習が厳しくなるね」

大好きな変わらぬ笑みを目の前に穏やかな時間が流れていく

確かに、先輩達を押し切ってレギュラーの座を獲得したものであるならば
陰で涙を飲みベンチ入りを断念した人間がいるはず
そのチームメイトに報いるためにも
今以上の実力を発揮し、自分を選んでくれたありがたい期待に応えなければならない

「はい、でも大丈夫です」

力強く自信に満ちた返事
たったひとつの大きな支えがあるから
練習量が二倍になろうが三倍になろうが、今の自分は何事にも堪えられる


大丈夫・・・

        諸藤さん、貴方がいるから

     だから・・・


「こうしていられるのって、わずかな時間なんですよね」
拓真は深く思いつめた様子で付け加えた

「拓真くん・・・」

せっかく早めに次授業へ飛び出してきたものの
その時間をすっかりここで過ごしてしまった
とはいえ拓真にとっては担当教科教師のご機嫌を損ねようが
それと引き換えにしてもまだお釣りがくるほど貴重な時間なのだ
だが、授業開始5分前の予鈴がなった今
残念ながら日樹には拓真の想いを推し量ることなどできず
言葉の意味も、昼休みの時間を惜しむぐらいにしか認識できない


他の生徒たちもゾロゾロといくつかのかたまりと列を成し、特別教室へ移動を始めている
時間が許すなら永遠とこうしていたいところだが、完全にタイムアウト

「あ、俺 行かないとっ」

慌てて腰を上げた拓真が、校舎への渡りで立ち止まったクラスメイト中西の姿に気づく
その視線が一瞬こちらを刺すように見えたのは気のせいだったろうか
渡りから数メートルのこの木陰

自分に向けられたものか?
それとも・・・

いずれにせよ、好意的な視線でなかったことは確かだ
たとえ中西でなくてもこの校内には、日樹と二人でいることで親密な関係だと蔑み
嫌悪を抱く人間がいることも悪質なイタズラで実証されている

亮輔と二人で日樹のことをはじめ、陸上部の内情を聞き訊ねたことがある
当時、クラスでも目立たない存在だったこの中西
目立たないというよりは、まだクラスメイトとの交流も一部的なもので
能ある鷹は爪を隠す状態の中西が身を潜めていただけのこと
彼が拓真と同じように1年生ながらその足に大きな期待が掛けられているのも今では明らかになっている

“ 第二の諸藤 ”


    過言で無くなる日が来るかもしれない

拓真は直ぐ様、日樹を見やるが別段変わった様子も見受けられず
よくよく考えてみれば中西と日樹の接点は同じ陸上部でも全く無いのだ
事故の怪我で入院中のため休部状態だった日樹、そして中西が入部後、
復帰を試みず保留になっているとはいえ退部届けを出した現在、日樹と中西の面識は無い

やはり気のせいだったのだろうか・・・
日樹のことになれば何かと神経も過敏になる
身の程知らずと罵られようが、非力ながらこの人を守りたいと思う

ところが不穏な空気が辺りに立ちこめたのはそれから一瞬のことだった




不穏

「諸藤さん、どうかしたんですか?・・・」
「・・な・・・んでもない」

寄りそう拓真は、日樹が動揺を隠そうとしながら微かに肩口を震わせえていることを察した

それはあの男の存在

高原の姿があったからだ
偶然、渡りで行き会い親しげに挨拶を交わす中西と高原
同じ陸上部の先輩と後輩

その時こそ、日樹の表情に翳りが現れたのだ
一時、日樹の番犬と呼ばれていた男
その関係も今は自然消滅したのでは、と噂されるほど最近は二人一緒のところを見かけることも無かった
だからこそ拓真自身がこうして日樹の傍にいられるのだが

どうやら日樹は望まない光景を目にしてしまったようだ



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オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・3・・・ 連載約123話


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0709



“ 挿れてもいいか・・・ ”



耳元で囁く低音の甘い声

大切だから気遣うのだということが
何度も繰り返されるこの言葉が

意識の中に刻まれる


答えはいつも同じ

受け入れて、貴方でいっぱいにしたいから・・・
多くを語らないその真摯な瞳へ
静かに頷くだけ


不器用で拙い愛撫に慣れた体
たったひとつの想いのために触れ合う温もりが心地よく
求め堕ちていく・・・


だが、結ばれることはない


罪悪感を残して
溢れる想いは行き場を失う



きっかけは小さな嘘から始まった


真実を隠した偽りには
未来など訪れるはずもなく


やがて
つきまとう闇へ引き戻される





全てを包み込み抱擁してくれる逞しい腕
指先は髪に触れ、体をゆっくりとなぞりあげる
重ね合わせた肌から伝わる体温、鼓動

どれも、ひとつとして忘れることなく
鮮明に覚えている






数日振り、正確にはもうどれだけ高原と向き合っていないだろう・・・
その姿に日樹は動揺を隠しきれなかった



「諸藤さん、どうかしたんですか・・・」
「な、なんでもない・・・」









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オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・4・・・ 連載約124話




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動揺を隠せない日樹、
そして高原と中西へ、拓真の視線が交互に行き来する
高原と手短に言葉を交わす中西は数回こちらをチラリと伺った
それが誰に対し何を意味するのかわからなかったが、挑むような眼差しであったことには間違えない
クラス内では見せることのない険しい中西の表情

一方高原は、拓真と日樹の存在に気づかないのか
一度もこちらを向かず、用件が済むと自教室へ足早に立ち去ってしまった
意図的で素っ気無いともとれる行動
それにつられるように中西もその場から姿を消していた

それもそのはず
うっかりしていたが、すでに午後の授業が始まるタイムリミットなのだが
目の前にいる、ふれれば壊れてしまいそうに繊細で
つい身を挺して守りたくなる、そんな大切な人を置き去りにはできず
拓真はまだ足止めをしたまま

校舎の渡りに敷かれている木製のすのこが
生徒達が取り過ぎる度にカタカタと賑やかで軽快な音を立て
大半の生徒が移動に通り過ぎたことを知らせる

行かないと・・・
気は競るのだが

高原が現れた瞬間、日樹の変化に穏やかでない気を感じた拓真
同じ体育系の部活でも拓真の野球部とはカラーが全く違う陸上部
過去、耳にした陰湿な噂が先入観となっているからであろうか
拓真と高原の間で互いに良い印象はないにしても
ことさらに最近は前にも増して近寄りがたくなっている高原なのだ

今夏、最後となる総体に向ける意気込みのせいか
グランドで見かける高原は恐ろしいほどの気迫に満ちている

それとも・・・日樹との間に何かあったのか
正直、気にはかかるが問いかける勇気はなく
知り得た事と次第によっては自分を抑えきれなくなるかもしれない
それなら知ることもない、と納得させるしかないのだ

「ごめんね、拓真君」
「諸藤さん・・・」

自分が勝手に追いかけてるだけなのに・・・
拓真に向けられたのは、
いつも他人を思いやることを忘れない日樹が無理に作った笑顔

それが痛々しく
残念ながら高原との関係を肯定することになり
時間を取らせてしまったことへの謝罪ではないと拓真にも察することができる

一見、口先だけと誤解を受ける言動も全て、家柄や育ってきた環境で自然と身に備わっているものだと
少し大人びた気遣いは、同年代には素直に受け入れられず
時には嫉妬となり煙たがれてしまう

「い、いえっ・・・」

拓真ならその偽りない言葉が日樹の真意だと欲目なく理解できる
出逢ったその時、見初めた優美な身のこなしで走る少年の姿
それも全部ひっくるめ、諸藤日樹という少年に心を捕らわれているのだから

「・・・あの・・・おれ」

隠し切れない不安げな表情に後ろ髪が引かれっぱなしだ
ずっと一緒にいたい、だけど・・・
日樹の瞳には今、拓真だけが映る
そして拓真の瞳にも・・・
これから先、ずっとそうであれば良い
と、心の片隅で願う



亮輔



『お~い拓真~五時間目が始まんぞぉ~!!』

迷いを切り裂く聞きなれた声
声の主は渡りから手を大きく振りながら拓真の名を呼ぶ亮輔だった

「なにやってんだ??こんなところで・・・」

自分よりはるかに早く教室を出た拓真が、まさか途中寄り道を食ってるとは
弁当をじっくり味わうことなくたいらげ、クラスメイトとの欠かせないコミュニケーションの昼休み時間を前倒し
我先に出て行った生真面目な拓真のその理由がなるほど納得できた

「って、あ・・・諸藤さんが一緒ね~  悪りぃ悪りぃ」



日樹&拓真





すっかり逢引の約束があったのだと勘違いされてしまったようだ
唯一、日樹に対する想いを知る親友の早とちり
それに一部だけ妙に強調した口調は絶対にわざとだ

「違うって!!」

否定する拓真にまったく聞く耳をもたない亮輔
まさか亮輔の暴言で日樹が気を悪くするとは思えないがそれでもムキになる拓真


「いいって、いいって~」
「偶然なんだ 偶然ここで諸藤さんに・・・」
「最近、随分積極的だねぇ~拓真君~」

プールサイド間近、
自分らの存在をわざわざアピールするような大きな声を出すわけにも行かず
身振り手振りで必死で釈明する拓真に反し、
状況に遠慮なしの亮輔
おかげで上級生から反感を買いそうだ
勿論、たとえそうなろうが屈しないつもりの拓真だが

そのやりとりを目の当たりで見つめる日樹の表情が
徐々に穏やかになっていくのはいうまでもない
そんなこととも知らず拓真と亮輔の絶妙な掛け合いは続く
さすが長年の腐れ縁

「だから~」
「あぁ~わかった、わかったから」
「亮輔っ!」

拓真にはお見通しだ
本当は全くわかっていないくせに、その場をまんまと丸め込む亮輔の手段

「それより、早くいかねぇとヤバイんじゃねぇの~?」

時間ギリギリは重々承知、亮輔に言われるまでもない
だが、親友亮輔のその一言がやっと拓真の足止めを解く

「諸藤さん、俺・・・」

行かなくちゃいけないから
言葉にしなくても瞳で告げれば、日樹にもきちんと伝わる

「うん」
「じゃ・・・」

亮輔を追って駆け出す
そして拓真は思い出したように振り返る

「諸藤さん~、試合は今月最後の土曜日なんですっ!!」

登板できるかどうかわからないけど
貴方が観に来てくれたら嬉しい・・・



ひとつ年上のその人は
望まずとも
少しだけ皆より早く大人になってしまった




振り返り様、拓真は想いを込め
乱反射する強い日差しを押しのけて弾むように日樹へ送る








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「亮輔~!!」

相棒を追う拓真の後姿
そして追いかけられる亮輔を見守る日樹に懐かしい記憶が蘇る
今だからこそ客観的な自分の姿を見い出すことができ、
塗り替えることはできない、胸にきざみ付けられた鮮烈な残像と重ね合わせる


芽吹いた若木は健やかに育つはずだった
見上げた蒼穹はどこまでも永遠に続くものだと信じていた

だがそれは、摂理に背くことなく消え行くものだと
あまりにも突然の出来事に受け入れがたかった事実


木漏れ日





少年時代の一瞬を駆け抜けた
遥と過ごしたあの過ぎ去りし夏が再び




オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・5・・・ 連載約125話                                                 晩夏、そして初秋へ・・・




教室でたったひとつ主のいなくなった机
それがポツンと寂しげに物言わず存在している
それは遥のものだった

わかっていながら日樹は毎日その場所へ瞳を移す
もしかしたら遥が戻ってくるかもしれない
気づいたら遥がそこに座ってこちらに笑いかけているかもしれない
それなら見逃すことなく応えなければ

有り得もしないことに期待を持ちながら
何度も、何度も繰り返す
中学1年といえまだまだ子どもだった
願えば必ず叶うと心のどこかで信じていたのだから

“またいつか逢えるよね”
小梶を通じて残していった遥の伝言が、小梶から遥の声にきちんと差し替えられ
耳に残る


肌を射す強い日差しも心なしか低く傾き、高くなったと感じられる空はもう秋の気配を運んでくる
孤独感に苛まれ、日樹は何もする気になれなかった
遥と一緒に通った美術室へも数日間足を運んでいない
もともと自主性に任せた部活動
しかし、日樹の傷心思いやってか部への出席を強要しない小梶がいよいよ日樹を誘った
できれば自らの力で自身を支える手段をとらせたかったが
繊細すぎる少年には衝撃が大きかったようで、時に解決を任せるのは無理であろうという判断を下したのだ

「放課後、私の処へいらっしゃい」

たまたま職員室で出くわした小梶にそう告げられたのが三日前のこと
約束通り美術室へ向おうとしていた日樹は
美術教室のある校舎手前の『風の広場』に差し掛かるとそこから足が進まなくなっていた

握り締めた指を小さな体の胸元へ、そして瞳をかたく閉じた日樹
緑の木々は優しく日樹を迎えているのに
ここまで何度も足を運びながら遥との想い出に押しつぶされそうになりそこから引き返していた
いっそこの木々の中に吸い込まれ、自分もここから消えてしまえば良い
そうすれば遥のいる場所へ行かれる、そんな錯覚にも誘い入れられていた
まして美術室には遥との想い出だらけだ
たった一人の親友
遥がいなくなってしまった現実をまだ受け入れたくない、目を背けたいという気持ちが
今日も日樹を足止めする

戻ろう・・・


小梶







「諸藤、待つんだっ!」

踵を返した日樹を引きとめようと呼ぶ声がした


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オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・6・・・ 連載約126話


晩夏、そして初秋へ・・・



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「諸藤っ!待つんだ」

その声と声の主は“風の広場”を挟む一番北寄りの校舎、三階の美術教室からのものだった




見上げれば緑葉を縫い、開け広げた美術教室の窓に小梶の姿があったが
日樹と視線が合致してからすぐ、その姿は消えていた

息を切らした小梶が日樹の目の前に現れるまでに経過したのはわずかな時間
室内履きのサンダルの音を遠慮なしく廊下に響かせ、
いつもなら生徒達に注意する 「廊下は走るな」 の決まり文句を無視し、
三階から一階までの階段を数段飛ばし全力で走って来たからだ


きっとこの数日、ここまで来ながら先に進めず引き返していた日樹
この機を逃せばもう二度と来なくなってしまうかもしれない
呼び止めたことで、自分がたどり着くまでに立ち去ってしまうのではないか
なんとしても掴まえなければ、と
小梶は形振りかまわず一気に駆け下りてきたのだ

「諸藤・・・・・・・ハァ・・」
体力の無い体が情けない
さすがに三階からここまでの距離は美術教師の呼吸を乱すには十分だ



「先生・・・」

「来て・・・いたんだな・・・ここへ・・・・フゥ・・」


体育科の教師でもなければこうして全力疾走する機会もそうそうなかろう
もしここで逃げ去られては、追いかける体力はわずかも残っていない
日樹から目を離さず前屈みで息を整え、天に一度大きく息を吐きやっと落ち着く

「待っていてくれて良かった・・・」




「せっかく来ていたのに引き返していたのか?」

どんな思いを抱き、ここで人知れず “風の広場” を見渡していたか
悲しげに伏せた日樹の瞳に小梶の胸が締め付けられる

「・・・・・・」

ぎゅっと固く結んだ唇をかみ締め微かに頷く日樹
小梶に言われた通り毎日ここを訪れていながら
遥との想い出が残る美術室まで足を踏み出せずにいた
どんな些細なことでも全てが遥に結びついてしまう
日樹には遥がいなくなった事実を認めることが堪えられないのだ

悪い癖だ、また手を差し伸べてしまう

教師が生徒に個人的思い入れを抱くのはあるまじき行為だ
というのは世間一般論
教師も人間、意識していようがどこかで境界線が途切れ、時にプライバシーに立ち入ることもある
それが遥や日樹でないにしても
相手の痛み苦しみを受け入れてしまえば見過ごすわけにはいかない

たとえ他の生徒であろうが、きっと同じような行動を起こしていただろう
特別扱いをするわけではない
家庭の事情に苦悩していた遥、入学当初から彼の相談を受け
小さな胸に抱える大きな不安を少しでも和らげ、精神的支えになれればと願っていたのに
結果、無力な自分が悔やまれてならない



日樹と遥





日樹のことが “好き” だった
想いは届かないまま、答えを確かめないままで良いと最後まで強がっていた遥

遥に伝えてやりたい・・・
答えはたった今、この目でしっかりと確認したと





彼らを守ることで、同時に自分が癒され救われていた
喪失感で溢れた心の渇きを潤す
二人から得た心地良い時間を手放したくなかったのは自分かもしれない


神が引き逢わせてくれた純真無垢な二人は
まさに天使だったのだ

ずっと見守り続けていたかった・・・





「諸藤、気づかなくてすまなかったな・・・」

そっと肩に触れた大きな手のひら
日樹を思いやる小梶の声はとても穏やかだ






小梶




初めて小梶の元を訪れた日樹は遥に手を引かれていた
人なつこく、いつもリードする遥の後を何も言わずにくっついていた
教師にはしぐさや言動でその生徒の家庭状況がある程度推察できる
この西蘭に入学するには並み以上の学力が要されるが、それもクリアし
少々内向的だが、何の不安もなく将来を約束されている良家の子息
それが小梶の日樹に対する印象

まだまだ成長過程にある少年は、やがて幾多の挫折や経験を積み重ね大人へなっていく
告知されていなかった親友との突然の別離は
覚悟の猶予も与えられず、あまりにも衝撃的な一歩になってしまったようだ

「私と一緒なら・・・大丈夫かな?」

自分と一緒なら美術教室まで踏み出せるかもしれない、と
小梶は日樹が同意する確率にわずかな確信しか持てないまま
問いかけをしてみた

だが、




“ 美術部を退部させてください ”

もしそう答えたら・・・
日樹の性格をふまえれば、こちらの確率がはるかに高い

本人が選択することである以上、拒否強要はできず
遥に続き日樹までが自分の元から去ってしまうのは寂しく痛手を受ける
できればその返事は聞きたくない



しばらく間を置き、まだ影を帯びている瞳を小梶へ向けた日樹
やはり駄目か・・・
微かな期待がゼロになった瞬間


嬉しくも予想を裏切った


“先生と一緒に行きます”




そう告げて日樹は再び俯いた













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オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・7・・・ 連載約127話





晩夏、そして初秋へ・・・



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“先生と一緒に行きます”


それは別れを認めたくない、どこか逃避的な自分にも
事実を受け入れなければならないとする現実的な別の自分が存在するから

何も告げずに行ってしまった遥の本心を知る手がかりを探すために
遥が日頃慕っていた小梶なら、自分の知らない遥のことまでも深く理解しているはず
そして彼が籍を置く美術教室、準備室には遥との想い出ばかり
何かを見つけられるかもしれない
そう承知していながら足を運ぶことができなかった

タイミング良く小梶が呼び止めてくれた以上、いよいよ自分が前に進まなければ
そんな気がしてならなかった


二人の足音は乱れず一定で廊下に反響する
階段を昇っていく小梶の足取りが少々不自然なのは
先ほどの疾走で日頃使わない筋肉を驚かせてしまったからだろう
その後ろ、距離を離さず日樹は追って行く

芸術家というのは気難しい人間が多いと思われる中
とつきにくい様子はなく、いつでも遥と自分を受け入れてくれた小梶の後姿が義兄
朋樹の姿に重なる

今は毎日顔を合わせることもなくなってしまった義兄と
歳、背格好もちょうど同じようで
振り返っては日樹を気遣い笑顔を向ける小梶が、義兄のような錯覚を起こし
その度に自分の目を疑った

北側に配置する階段は、踊場の窓から差し込む外光だけで
日中の日差しを受けることがないせいか、心なし涼しく気温差を感じる



美術教室へ着くまで小梶は終始無言だった
遥がいなくなってから初めて足を踏み入れた美術教室

心の準備をするまでもなく次々と視界に飛び込んでくる現実
教室の後ろのロッカーに積み上げられたスケッチブックは
遥と一緒に覗き見しながら片付けた記憶がまだ鮮明だ

蘇る想い出が悲しみを充填するばかりで
遥との別れは薄れるどころか、日ごと増してとどまらない

遥と最後に過ごした日からまだ数日しか経っていないというのに
この教室が懐かしく感じてしまう

「さぁ・・・」

小梶に促され日樹は歩みだす

部員それぞれが自由な活動をしているせいか、今日もここ本拠地に誰一人としていない
これで成り立つ部に、少々首を傾げたくなることもあったが
かくて遥と二人で小梶を独占することができたのだ

静かな空間
いつものようにひょっこりと何処からか遥が笑顔で顔を出しそうだ

    『諸藤君っ!』

その声はもう聞こえるはずもないのに・・・


笑顔の奥の悲しみを吐き出すことなく
遥はとうとう最後まで隠し通してしまったのだ
もしわかっていたら・・・
自分に何かできたのだろうか?
問いかけの答えを自分で見つけようとすると

    『これでいいんだよ』 

触れて一瞬まとわり、離れ過ぎていく風に、笑顔で黙した遥の幻影を見る


先ほど小梶が自分を呼び止めたと思われる窓辺に真っ直ぐ歩く
放課後、開け放たれた窓から入り込む風はどこか秋めいて
そこからは緑の木々生い茂る “風の広場”が一望できた

見下ろす“風の広場”
遥が一番好きだったというこの場所
木々の影も長く伸び
季節は時間とともに流れていることを目の当たりにする

kiri



夏の間にグンと伸びた桐の葉が、窓の下
手を伸ばせば届くすぐそこに姿を見せている
この階下の生物室は葉に陽射しを遮られ
遮光カーテンも不要な、ちょうど良い庇(ひさし)になっているだろう

「二学期は行事が多いからな、いつまでも夏休み気分ではいられないぞ」

外の景色に見入る日樹の背中へ囁くと、続き部屋になっている準備室に姿を消した小梶

カチャカチャと音がするのは、食器棚からカップを出しているからだろう
ここに来る生徒に珈琲をもてなし
人生相談、心のケア、それが生徒たちから信望厚い小梶の日課だ

準備室から珈琲の香りがここまで漂ってくる
まだ残暑厳しいこの季節にホットコーヒーというミスマッチな組み合わせに眉をしかめたくなるが
そのスタンスはいまだ変わることない

   “暑いからといって冷たいものばかりは体に好ましくない”

小梶がそういえば、遥が間髪入れずに

 『先生、年寄りくさいな』

遠慮無い物言いの遥をただ受け流し、微笑むこの美術教師になんの疑問を抱くことなく
その後、少年二人は堪えていた笑いをついには我慢できなくなる


ここでも一つ遣る瀬無い想いが直隠しされていたことに気づくはずもなく・・・


何度も薀蓄(うんちく)を聞きながら遥と一緒に口にした大人の味は少々苦い
間違いなく他の生徒も同じと感じているだろう

   “この残粉は乾燥させて脱臭剤に使えるんだぞ”

本来なら当然であるべき画材の芳りがさして気にならないのは
小梶が小まめに脱臭を気遣かっていたからだった
もっとも小梶自身もよほど近くに寄らなければ美術担当とはわからない
彼から芳るのもはやはり珈琲の薫りだからだ


小梶が挽きたての珈琲を運んでくる
認めなければいけない事実がここにも・・・
そこに違和感を覚え、続いて悲しみがこみあげてくる
机の上に置かれたカップが三個ではなく、二個だったからだ

小梶と自分の分だけ

遥がもうここにはいないということを一つ二つ・・・認めさせられている
あんなに拒んでいたことなのに
そうしているうちに全て認めていかれるのだろうか

「先生っ・・・」

「今月の体育祭が終わると、来月は文化際だ」

まるでこちらの心中を察したのか、差し障りのない会話に切り替えられた



二学期に主要行事が集中することは入学当初の説明で承知していたが
イベント行事が待ち遠しく思うどころか、これから先のことを打ち消してしまった小さな胸は
現状認識だけで許容量を超えている

「文化祭には美術部も勿論参加だぞ 一人作品1点以上がノルマだからな」
「・・・ノルマ?」

この自由な活動の美術部にも強制されることがあったのだ

「諸藤は初めてだね 造形でも絵画でもなんでもいい、好きなもの1点前日までに仕上げること」

小梶はあくまでも遥の話を持ち出さない

「上級生達はそろそろ取り掛かっているだろう 早い奴は夏休み中に完成させてしまうんだよ」

日頃地味な活動を続ける美術部として文化祭は公に発表できる場
教え子たちの作品を披露できる小梶はとても満足そうだ

珈琲をひとくち飲むと


「心の眼を開くんだ 諸藤」

そう言い、小梶は日樹に背を向けて座った
先ほど義兄と間違えそうになった小梶とはまったく異なり
寂しげな背中が彼の体を小さく見せた

「先生は・・・全部知っていたんですね」


窓辺







遥の意思は小梶に継がれているのだろうか
訊ねたところできっと事実は何も変わらない
日樹は続けるつもりの言葉を飲み込んだ


「諸藤・・・忘れなくて良いんだよ」

日樹に、そして自分に言い聞かせるような小梶の言葉だった



日ごと短くなっていく陽射しはもう西に沈みかけ
辺りは薄っすら夕闇を迎える

どこからか “風の広場に” ヒグラシ蝉の鳴き声が響き渡った






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オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・8・・・ 連載約128話








晩夏、そして初秋へ・・・



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「そこはそうじゃない」

すーっと背後から伸びてきた指先が筆を奪っていく
それは大人の男性のものでありながら決してゴツゴツしていない
繊細でしなやかに動く指先


振り返ればそこには小梶の姿があった

「先生・・・」

「いいか、ここはこうして」
小梶はペロっと舐めてから筆先を日樹のスケッチブックに走らせた

「先生・・・・絵の具が」
絵の具がついたままの筆先を口に含んだ小梶を案じた言葉だった

「大丈夫だ、・・・ただし白の絵の具だけは舐めては駄目だぞ」



スケッチ

スケッチブックに描き巡らせた生い茂る木々
そこに細やかなタッチで絵の具を重ねていく

「どうだ、こうすると自然な感じになるだろう?」

さすが美術教師だ、日樹は小梶の滑らかに動く指に操られる筆先に惹きつけられていた
日樹の描きかけの風景画もそこそこのものだが
やはりプロの手にかかってしまえばその比ではない
みごと立体的に浮き上がった風の広場の木々たち
命を吹き込まれた



「やっぱり、ここにいたんだな諸藤・・・」

スケッチブックを見つめる真剣な眼差しを穏やかな視線に変えて日樹を包む

遥がいなくなったという事実を全てではないながらも認め、
以前と変わらず美術部に身を置く
選んだ道は強要されたわけではなく自分で決めたこと
遥と過ごした時間に戻れるこの “風の広場” が好きな日樹

ここが一番落ち着く・・・

文化祭への出展作品はこの “風の広場” のスケッチにしようと決めたのは

『忘れなくて良いんだよ・・・』

小梶にそう教えられてからだ
認めなければいけない、遥の存在を抹消してしまわなければと
自分の思いと裏腹な行動をしようとしていたがために心のバランスを失いかけていた

そんな折に、小梶のたった一言が、がんじがらめの心を解き放ってくれた
忘れなくても良いのだと

遥がどうして別れを伝えていかなかったか

“ いつかまた逢えるから ”
それは確実なものではなく、ただ漠然とした遥の願いだった
“ いつか ” それが明日か、それとも三年後、あるいは十年後になるのか、
永遠に続く、限りない月日のたった一部であり
叶わない思いかもしれない
それでも遥はあえてその少ない確率に希望を託した


日樹の隣にゆっくりと腰を下ろす小梶
そこは注意を払わなければうっかり見落とす、人には気づかれにくい木陰
小梶はなおも筆を動かし続ける

「体育祭は何か競技に参加するのか?」
「・・・クラス対抗のリレーに」

二学期に入りクラスの中にも少しずつ変化が見られ
他人には無関心だったはずのクラスも、ひとまとまりになろうとする意気込みが見受けられ出した

「ん、選手に選ばれたのか?」

小梶の問いに躊躇いがちに頷く日樹

もともと家柄も成績も優秀な生徒ばかり、物事を公平に判断する能力には優れている
係りや種目選手、分担、クラスの意気込みは入学当初の教室内と同じとは考えられないほど
活発になっている


「そうか、それは大したものだ」
「・・・そんな・・・」

褒められて少々照れくさいのか、自分には身に余る大役というところなのか
日樹はスケッチブックへ視線を逸らしてしまう
体育の授業で好タイムを出したのか、日樹はリレー選手に推薦されたのだろう
立候補などという、意志の強さとは異なる積極性は、
恐らく内向的な日樹の物陰にわずかしかないのだから

「という私も・・・職員レースに借り出されてしまった」

「先生が!?」
「そんなに驚くことか?」

運動とはまったく無関係の教師が、無理やりとは思われる選出に困惑する姿が目に浮かび
失礼だとは承知しながらつい笑みをこぼしそうになり

「・・・い・・いえ・・」
「何か言いたげだな、諸藤」

感情を押し込めてしまう日樹の本心を自然に引き出してやれるチャンスだ
トーンを上げた日樹の反応に、しめたとばかりに小梶が食いつく

「そんなことありません」
「さては、私が走れないと思っているんだろう?」

実はその通り
先日の全力疾走の後の筋肉痛に悩む小梶を数日間、気の毒でならなかった
だが・・・

「違います、先生」
「言っておくが、美術教師にならなければ体育科の教師になっていたんだぞ」
「それ・・・本当・・ですか?」

信じ難い
あまりにも畑が違いすぎる双方の教科だがもしかすると・・・
好奇心いっぱいの日樹の瞳が小梶を見つめれば

「いや・・・あり得ないな・・・」

真っ直ぐ向けられた視線が眩しすぎ
筆を返すと同時、信じてしまう前にありえない事実を苦笑いでさっさと否定してしまった

「え・・・」

意外性に期待を膨らませていた日樹はどう反応していいのか戸惑う

小梶なりに気を使ってくれたことで、遥がいればきっと

 『先生・・・それ究極のオヤジギャグって言うんだよ』

容赦なく教師である小梶を下目使いでなじり
会話が途切れることもないのだが・・・


互いの顔を一度見つめあい、なんだか気抜けしてしまった二人は
ぼんやりと視線を同じく緑のなかへ埋めた
穏やかに過ぎる時間
やはり少し物足りなく感じるのは遥がいないせいだろうか・・・


「正直言って、お前は美術部に残らないだろうと思っていた」
「えっ?・・・」

自分から好んでというより、勢いで入部の返事をしてしまった成り行きは小梶の目の前の出来事だった
遥がいなくなっては続ける意味が見当たらない
それゆえに、てっきりあの日を境にここを去るものだとばかり想像されていた

「・・なんとなく・・・」

微かに囁く声は自分の思いを吐き出そうとしている

「なんだ、諸藤?」
「なんとなく・・・こうしていることで遥が喜んでくれるような気がして・・・」


「そうだな・・・」

アドバイス通り筆を動かす日樹へ静かに返した












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