







オリジナルBL小説 GIFT~激暑・・・6・・・ 連載約126話
晩夏、そして初秋へ・・・
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「諸藤っ!待つんだ」
その声と声の主は“風の広場”を挟む一番北寄りの校舎、三階の美術教室からのものだった
見上げれば緑葉を縫い、開け広げた美術教室の窓に小梶の姿があったが
日樹と視線が合致してからすぐ、その姿は消えていた
息を切らした小梶が日樹の目の前に現れるまでに経過したのはわずかな時間
室内履きのサンダルの音を遠慮なしく廊下に響かせ、
いつもなら生徒達に注意する 「廊下は走るな」 の決まり文句を無視し、
三階から一階までの階段を数段飛ばし全力で走って来たからだ
きっとこの数日、ここまで来ながら先に進めず引き返していた日樹
この機を逃せばもう二度と来なくなってしまうかもしれない
呼び止めたことで、自分がたどり着くまでに立ち去ってしまうのではないか
なんとしても掴まえなければ、と
小梶は形振りかまわず一気に駆け下りてきたのだ
「諸藤・・・・・・・ハァ・・」
体力の無い体が情けない
さすがに三階からここまでの距離は美術教師の呼吸を乱すには十分だ
「先生・・・」
「来て・・・いたんだな・・・ここへ・・・・フゥ・・」
体育科の教師でもなければこうして全力疾走する機会もそうそうなかろう
もしここで逃げ去られては、追いかける体力はわずかも残っていない
日樹から目を離さず前屈みで息を整え、天に一度大きく息を吐きやっと落ち着く
「待っていてくれて良かった・・・」
「せっかく来ていたのに引き返していたのか?」
どんな思いを抱き、ここで人知れず “風の広場” を見渡していたか
悲しげに伏せた日樹の瞳に小梶の胸が締め付けられる
「・・・・・・」
ぎゅっと固く結んだ唇をかみ締め微かに頷く日樹
小梶に言われた通り毎日ここを訪れていながら
遥との想い出が残る美術室まで足を踏み出せずにいた
どんな些細なことでも全てが遥に結びついてしまう
日樹には遥がいなくなった事実を認めることが堪えられないのだ
悪い癖だ、また手を差し伸べてしまう
教師が生徒に個人的思い入れを抱くのはあるまじき行為だ
というのは世間一般論
教師も人間、意識していようがどこかで境界線が途切れ、時にプライバシーに立ち入ることもある
それが遥や日樹でないにしても
相手の痛み苦しみを受け入れてしまえば見過ごすわけにはいかない
たとえ他の生徒であろうが、きっと同じような行動を起こしていただろう
特別扱いをするわけではない
家庭の事情に苦悩していた遥、入学当初から彼の相談を受け
小さな胸に抱える大きな不安を少しでも和らげ、精神的支えになれればと願っていたのに
結果、無力な自分が悔やまれてならない


晩夏、そして初秋へ・・・
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“先生と一緒に行きます”
それは別れを認めたくない、どこか逃避的な自分にも
事実を受け入れなければならないとする現実的な別の自分が存在するから
何も告げずに行ってしまった遥の本心を知る手がかりを探すために
遥が日頃慕っていた小梶なら、自分の知らない遥のことまでも深く理解しているはず
そして彼が籍を置く美術教室、準備室には遥との想い出ばかり
何かを見つけられるかもしれない
そう承知していながら足を運ぶことができなかった
タイミング良く小梶が呼び止めてくれた以上、いよいよ自分が前に進まなければ
そんな気がしてならなかった
二人の足音は乱れず一定で廊下に反響する
階段を昇っていく小梶の足取りが少々不自然なのは
先ほどの疾走で日頃使わない筋肉を驚かせてしまったからだろう
その後ろ、距離を離さず日樹は追って行く
芸術家というのは気難しい人間が多いと思われる中
とつきにくい様子はなく、いつでも遥と自分を受け入れてくれた小梶の後姿が義兄
朋樹の姿に重なる
今は毎日顔を合わせることもなくなってしまった義兄と
歳、背格好もちょうど同じようで
振り返っては日樹を気遣い笑顔を向ける小梶が、義兄のような錯覚を起こし
その度に自分の目を疑った
北側に配置する階段は、踊場の窓から差し込む外光だけで
日中の日差しを受けることがないせいか、心なし涼しく気温差を感じる
美術教室へ着くまで小梶は終始無言だった
遥がいなくなってから初めて足を踏み入れた美術教室
心の準備をするまでもなく次々と視界に飛び込んでくる現実
教室の後ろのロッカーに積み上げられたスケッチブックは
遥と一緒に覗き見しながら片付けた記憶がまだ鮮明だ
蘇る想い出が悲しみを充填するばかりで
遥との別れは薄れるどころか、日ごと増してとどまらない
遥と最後に過ごした日からまだ数日しか経っていないというのに
この教室が懐かしく感じてしまう
「さぁ・・・」
小梶に促され日樹は歩みだす
部員それぞれが自由な活動をしているせいか、今日もここ本拠地に誰一人としていない
これで成り立つ部に、少々首を傾げたくなることもあったが
かくて遥と二人で小梶を独占することができたのだ
静かな空間
いつものようにひょっこりと何処からか遥が笑顔で顔を出しそうだ
『諸藤君っ!』
その声はもう聞こえるはずもないのに・・・
笑顔の奥の悲しみを吐き出すことなく
遥はとうとう最後まで隠し通してしまったのだ
もしわかっていたら・・・
自分に何かできたのだろうか?
問いかけの答えを自分で見つけようとすると
『これでいいんだよ』
触れて一瞬まとわり、離れ過ぎていく風に、笑顔で黙した遥の幻影を見る
先ほど小梶が自分を呼び止めたと思われる窓辺に真っ直ぐ歩く
放課後、開け放たれた窓から入り込む風はどこか秋めいて
そこからは緑の木々生い茂る “風の広場”が一望できた
見下ろす“風の広場”
遥が一番好きだったというこの場所
木々の影も長く伸び
季節は時間とともに流れていることを目の当たりにする
夏の間にグンと伸びた桐の葉が、窓の下
手を伸ばせば届くすぐそこに姿を見せている
この階下の生物室は葉に陽射しを遮られ
遮光カーテンも不要な、ちょうど良い庇(ひさし)になっているだろう
「二学期は行事が多いからな、いつまでも夏休み気分ではいられないぞ」
外の景色に見入る日樹の背中へ囁くと、続き部屋になっている準備室に姿を消した小梶
カチャカチャと音がするのは、食器棚からカップを出しているからだろう
ここに来る生徒に珈琲をもてなし
人生相談、心のケア、それが生徒たちから信望厚い小梶の日課だ
準備室から珈琲の香りがここまで漂ってくる
まだ残暑厳しいこの季節にホットコーヒーというミスマッチな組み合わせに眉をしかめたくなるが
そのスタンスはいまだ変わることない
“暑いからといって冷たいものばかりは体に好ましくない”
小梶がそういえば、遥が間髪入れずに
『先生、年寄りくさいな』
遠慮無い物言いの遥をただ受け流し、微笑むこの美術教師になんの疑問を抱くことなく
その後、少年二人は堪えていた笑いをついには我慢できなくなる
ここでも一つ遣る瀬無い想いが直隠しされていたことに気づくはずもなく・・・
何度も薀蓄(うんちく)を聞きながら遥と一緒に口にした大人の味は少々苦い
間違いなく他の生徒も同じと感じているだろう
“この残粉は乾燥させて脱臭剤に使えるんだぞ”
本来なら当然であるべき画材の芳りがさして気にならないのは
小梶が小まめに脱臭を気遣かっていたからだった
もっとも小梶自身もよほど近くに寄らなければ美術担当とはわからない
彼から芳るのもはやはり珈琲の薫りだからだ
小梶が挽きたての珈琲を運んでくる
認めなければいけない事実がここにも・・・
そこに違和感を覚え、続いて悲しみがこみあげてくる
机の上に置かれたカップが三個ではなく、二個だったからだ
小梶と自分の分だけ
遥がもうここにはいないということを一つ二つ・・・認めさせられている
あんなに拒んでいたことなのに
そうしているうちに全て認めていかれるのだろうか
「先生っ・・・」
「今月の体育祭が終わると、来月は文化際だ」
まるでこちらの心中を察したのか、差し障りのない会話に切り替えられた
二学期に主要行事が集中することは入学当初の説明で承知していたが
イベント行事が待ち遠しく思うどころか、これから先のことを打ち消してしまった小さな胸は
現状認識だけで許容量を超えている
「文化祭には美術部も勿論参加だぞ 一人作品1点以上がノルマだからな」
「・・・ノルマ?」
この自由な活動の美術部にも強制されることがあったのだ
「諸藤は初めてだね 造形でも絵画でもなんでもいい、好きなもの1点前日までに仕上げること」
小梶はあくまでも遥の話を持ち出さない
「上級生達はそろそろ取り掛かっているだろう 早い奴は夏休み中に完成させてしまうんだよ」
日頃地味な活動を続ける美術部として文化祭は公に発表できる場
教え子たちの作品を披露できる小梶はとても満足そうだ
珈琲をひとくち飲むと
「心の眼を開くんだ 諸藤」
そう言い、小梶は日樹に背を向けて座った
先ほど義兄と間違えそうになった小梶とはまったく異なり
寂しげな背中が彼の体を小さく見せた
「先生は・・・全部知っていたんですね」




