風の吹くまま

風の吹くまま

March 11, 2012
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お久しぶりです。
久々にヒドイ風邪ひいちゃってズピズピしてます。
喘息の発作は出てるし結構ツライ…でも仕事は休めなくて連日の残業でがんばってます。
でも週末でちょっと限界っぽいわぁ~

さて本日。
あの日から一年が経ちます。
一年と言う月日が経った今日、あの日に感じたことを改めて残しておこうと思います。
当然不愉快に思われたり、思い出して辛い…と言う方もいるでしょう。
そんな方は今回スルーでお願いします。


お昼にロースカツ弁当と具沢山のコンビニのスープをしっかり完食したにゃんにゃん。
眠気と戦いながら午後の仕事に励んで(?)いました。
来週締め切りの仕事があるけど、十分余裕をみて処理を進めているから楽勝♪今日は遊んで過ごすか、金曜日だしぃ~♪なんて考えながら仕事してました。

午後2時46分

はじめは「あっ、地震だ」
まぁすぐに治まるだろうと周囲の様子を窺っていたんですが…治まるどころかだんだん揺れが激しくなってく(汗)
実は職場と言うのが高層ビルの二十数階と言う高層階なのですよ。
職場の中でも「これはちょっとヤバイかも」と言う空気が流れ初めて、流石に机の下にもぐりこみました。
このころには揺れが激しくて体が揺れで持っていかれる感じで。
悲鳴も上がってました。
作りつけの可動式のキャビネット(天井近くまであって書類がぎっしり詰まっているんでかなり重い、両手じゃないと動かせない)が結構なスピードで左右に何度も揺れてました。


でも不思議なことに、机の上に積み上げてあった書類の山も全然崩れなかったし、コピー機が動いたりってことは一切無かったです。

ある程度揺れが治まって机から這い出してみると、窓の外では隣の高層ビル(建ったばかりの新築)がゆらゆら揺れてました
こっちが揺れているんで揺れて見えるんじゃなく、明らかにビルが揺れているのがわかる揺れ方で。
同様した子が「ビルが折れちゃわないですか」と言って来たのも笑えない…

治まったころ、会議室(にゃんにゃんの席の隣にガラスで区切って縦型ブラインドで目隠ししている)のテレビを情報収集の為にスイッチON。

そして火災の映像で、これは相当な被害が出てるんだ、ただ事じゃないと言う戦慄と恐怖が実感として走りました。

それからあの津波の映像が…
「えっ、人がまだいるじゃん!」「家が流されてる…」感想とも叫びとも言えない言葉をみんなで発しても画面を見ているだけで何が出来るでもなく、ただ映像を呆然と見ることしか出来ない。
その場にいたみんなが本当に何も考えられないで思考が停止している状態で。
日本はどうなっているんだろう…
でも、地震発生から割りと早い段階で電話が繋がったんで、家族と自宅の無事を確認して、どうやら電車が止まったままなんで本日中の帰宅が難しいことを母と話せたことである程度落ち着くことができました。
……その後、同僚にそのことを話すと「きっとこの番号(にゃんにゃんの携帯)からの発信はつなげなきゃならん!って携帯会社もわかってるんだ」と言われました(ヲイ)

さて、にゃんにゃんの会社と言うのはビルの管理会社なのです。
職場のあるビルも管理しているワケで。
地震影響でエレベーターがストップしているんで、階段で下りて避難誘導する人、建物の点検に行く人…とそれぞれの仕事に散って行きました。
にゃんにゃんは後方支援ってことでお留守番。
ずっとテレビを見てました。
…と、ゆーか、にゃんにゃんの席の後ろ一面が書類のギッシリ詰まった(もぉパンパン)キャビネット、隣は(ある程度間は空いてますが)天井までのガラスの壁なんで、ちょっと危険で仕事が出来なかったのです(結果、何も問題はなかったけど)

リアルタイムで情報を見れたんですが、それが良かったのか悪かったのか…
「被害甚大」「壊滅」「死者多数」…
普段の生活じゃ聞かない単語が次々と流されているのが恐ろしくもあり、どこか現実じゃないような感じもして(たぶんショックで呆然としているのと、認めたくない気持ちがしていたんだと思われ)テレビを見ていました。

その日は鉄道の運転再開はない事も早い段階でわかったし、政府の会見でも職場に留まるようにとあったんで帰宅は早々に諦めました。
多分歩いて帰ったとしても7、8時間かかるだろうし、本当に歩けるかもわからないしその自信もない。
仮に歩き始めたとして、途中どこかの避難所に行くにしても寒いだろう中にいるよりは、電気も水道も食料もあって(非常食だけど)情報も容易に手に入る職場に留まることを選びました。

俗に言う『帰宅難民』と言うヤツです。

時々揺れる地震に怯えつつ、ぐったりしながら夜を明かしました。

あまりにもお腹がすいたんで、夜中に同僚が近所のコンビニで確保してくれたカップラーメンをすすり(あまりにも空腹で、食べるっ!と宣言したらゾンビのようになっていた数人も食べ始めた)、トイレの洗面所で顔を洗って歯を磨いて、朝の4時頃、会社を後にしました。
まだエレベーターも復旧していないんで、非常階段を使って地上に下りたんですが、それだけで足がガクガク。
思わぬところで運動不足を実感するハメに(汗)
そこから地下鉄に乗って、とりあえずいつも乗り換えに使っているJRの駅を目指すことにしてみました。

朝の5時前で都心の駅なんで、普段の同じ時間より人は多いんでしょうが、当たり前に駅が開いていて、普通に電車は走ってました。

つり革につかまって電車に揺られて次の駅に停車した時…
当たり前に人が駅のホームを歩いていて、明るすぎる位ホームに電気が灯っている日常が電車の窓の外にありました。
あんな凄い地震があって、津波とかがあって、沢山の人が亡くなったらしいのに、そんなことがまるで無かったかのような、拍子抜けする位の日常がそこにあったんです。
それを見た時、その、普段自分が意識することがなかった日常の風景がたまらなく貴重で、とてつもなく愛しいことに思えて…思わず涙がこみ上げて来ました。
ああ、普通なんだ…って。

結局、たどりついたJRの駅では運転が再開しておらず(改札の内側にブルーシトがひかれていて、まだ人がいた)再開した私鉄で次のJRの駅近くを目指すことに。
普段なら直通運転で目指す駅にも乗り入れているんですが、その直通運転も取りやめになっていたんで、行ける所まで行ってあとは歩くことにしました。
その駅にたどりついて、地上に出るまでの間も余震を知らせる緊急地震速報が鳴り響くんですが…肉体的、精神的な疲れのせいか、みんな騒ぐでもなく黙々を歩いていました。

次の駅について、私鉄に乗り継ごうにも凄まじい人、人、人!!!
並ぼうにも列の最後尾すさ見つけられない程の人で、こりゃどーしたモンかな…と言うところで、JRがそろそろ運転するとの情報が。
それじゃ、ってことでJRで帰ることにしました。

しかし、ホームで待てども運転再開は一向に再開しない(涙)
外のホームなんで冷たい風があたるのもツライんで、一旦ホームから撤収しようと階段を覗いてみると、ロープが貼られて入場規制をしているようで…
しかも相当並んでいるようで、ロープの向こうは物凄い人、人、人!
…寒いホームで運転再開を待つことに(涙)
寒さと眠気と戦いながら、結局3時間か4時間位ホームにいましたかね?
運転再開を待って電車に乗り、私鉄に乗り継いで自宅にたどり着きました。
いつもなら1時間ちょっとかかる道のりが、結局6、7時間かかりました。

帰りついてから食事をして(幸いなことに停電も断水もしていなかった)自分の部屋のベットに潜りこんで、ようやく帰ってこれたんだ…と実感しながら眠りにつきました。

ちなみに、にゃんにゃんの自宅ではスレート瓦が数枚ずれたのと(地震後、何かのついでで屋根を見たら母がたまたま発見した)にゃんにゃんの部屋に積み上げてあった本の山の上部、二、三冊が崩れていた程度の被害で済みました。



最後に。
まだ一年なのか、もう一年なのか…
まだまだ被害の傷は癒えず、肉体的にも精神的にも傷いている人が沢山いると思います。
少しでも、ほんの少しでも皆様のその傷が癒える日が訪れる事を切に願っています。

そして亡くなられた皆様のご冥福をお祈りします。





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Last updated  March 11, 2012 11:26:35 AM
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Re:あの日のこと(03/11)  
猫家江戸八  さん
首都圏直下の危険も消えていないですから、対応策を考えておかないと大変ですよ
水とトイレ、食料の確保は必須です (March 11, 2012 06:32:21 PM)

Re[1]:あの日のこと(03/11)  
にゃんこ  さん
猫家江戸八さん
直下が襲った場合どうなるか…想像できないですからね。
外出先で襲ってこないように祈るのみです。 (March 12, 2012 11:54:11 PM)

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