<7日目(アルベロベッロ発→ポンペイ→ローマ(泊)>
7日目を迎えた今日も天気が良く快適な旅が続きます。
朝7時に朝食が始まり、7時半出発です。

[朝が早い勢か広々とした食堂は貸切状態です]
<車窓から>
アルベロベッロを出ると、広々としたワイン畑が見えてきました。
イタリアはフランスに次いで世界第二位のワイン生産国で、北部では高級ワインが、南部では一般家庭で飲むテーブルワインが多いそうです。

[ぶどう畑が多く見られるようになりました]
途中の休憩場所の駐車場では、フランス→イタリア間の長距離トラックが止まっていましたが、車体は大陸を思わせる風格です。

広々とした小高い丘の頂上付近には町並みが見えていました。

ポンペイの遺跡を見学する前の昼食に、ピッツァ・マルゲリータが出てきました。
このピッツァ・マルゲリータは、イタリア王妃のがマルゲリータがナポリを訪れた際にピザ職人が、モッツアレチーズで白、トマトで赤、バジルコの緑をあしらって王妃に差出した所、王妃はこれはイタリア国旗のようだと大変気にいられて喜んで食べられたそうです。
その時、王妃はナイフとフォークを使ったそうで、その姿がとても優雅に見えたのでしょうか、その後市民の間でもナイフとフォークを使って食べるようになった。。との事でした。
勿論、自分達も手で挟んで食べることなく、優雅に?ナイフとフォークを使っていただきました。

[ピザはサイズが大きく、これで一人前。。日本ではLサイズクラス?]
ポンペイ遺跡見学のためバスから降りたところで、遺跡までは徒歩10分位です。
この街の歩道も大理石で装飾されていました。

ここポンペイはAD79年のヴェスヴィオ火山の噴火により、火砕流と火山灰で街中が埋め尽くされてしまった事で良く知られています。
その後、18世紀に発掘作業が開始され一般公開されるようになったとの事です。
ポンペイは今回のイタリア旅行の中でも興味深い見所の一つでした。
遺跡入口のマリーナ門です。
人が並んでいる左側の狭い方の門は身分の高い人の出入り口で、右側の大きい門は一般市民の通用門と聞きましたが、右側は馬車の通る道だともいいます。

門をくぐると2000年前の世界に足を踏み入れました。

道を挟んだ塀の石積も、これが2000年前に造られたものだと思うと感慨深いものがあります。

馬車の通る大通りは、大きな石で舗装され両側には歩道も整備されています。

[バジリカ(裁判所)横の大通り]
バジリカの内部。。。大理石の大きな柱が立ち並んでおり、随分大きな建築物の跡のようでした。

この街では当時から上下水道が完備され、大通りの脇では水飲み場があります。
蛇口は取り替えられていますが、今でも冷たい水が出てきます。
ガイドさんが、こういう風にして水を飲んだと説明しているところですが、手が置かれている位置は石が磨り減っており、多くの人達が利用した跡が見えました。

馬車が何度も通ったことでしょう。 馬車道には石が磨り減って轍の跡が。。。

アポロ神殿。。
神殿の手前には神に生贄をささげるための白い台があり、左側の白い塔は日時計との事です。


[矢を射るアポロの銅像]
アポロ神殿の直ぐ側にあるフォーロ(公共広場)で、正面の奥にはヴェスヴィオ火山が見えます。
広場の3方は柱廊に囲まれていて、今でもその名残があります。



[柱廊の梁の部分に書かれた文字も当時のままだとか。。。]
続いて当時の市民の暮らし振りを表わすパン屋さんに案内されました。
ガイドさんによると中央の大きな石臼は粉を引くもので、臼の上に入れた小麦は穴に通した棒を馬に引かせて撞いていたそうです。

[奥の方にはパンを焼く釜があります]
細い路地の中には壁画が保存されていました。

これは当時、鉛で作られた水道の配管との事です。

掘り起こされた遺品の数々。。。
中央部は当時の火砕流に巻き込まれてそのままの姿で横たわった死者をかたどった石膏の人体です。これは埋もれた人体は灰の中で腐敗し、空洞になった部分に石膏を流し込んでかたどったもので、苦しむ様子などその姿は非常にリアルに再現されていました。
色々な様子で人々をかたどった人体が見られましたが、余りに悲惨で写真を撮るのがためらわれました。

ポンペイではまだまだ発掘作業が続いているとの事でした。

2000年前のポンペイ遺跡を目にして、その高度な生活、文化様式は想像をはるかに超えるものでした。
同じ頃の日本は弥生時代に当たります。その頃にポンペイではあの壮大な建築物や街づくりが進むなど、文明の高さは及びもつきません。
人生は絶頂期の時ほどどん底に陥りやすいと聞きますが、ポンペイは正にその道を辿ったのでしょうか。。。あれほど文明が栄えた街並みが自然の力で一夜で埋もれてしまい、永い年月の間、人目に触れることがなかったとは。。。
ポンペイはいろんな事を考えさせる遺跡でした。本当に来て良かったと思います!