雪に馳せる想いの出

私が生まれ育った土地の雪はサラサラだった。


雪がコンコンと降りしきる日に傘をさして歩いていると後ろ指を指され
た…雪が頬に触れても溶け出すには時間がかかるし水気がないから紙吹雪を空からひたすらにばら撒いている様なもの。


傘をさしていると歩きにくいし、傘に雪が積もるしで最悪だった。


雪の登校日に傘をさしていることはとても恥ずかしいことで…
無知な事だった。


Barのカウンター席でミルクセーキを頼んじゃう様な。
花壇のチューリップをひたすら抜いて雑草は抜かないみたいな。
ウコンの力を飲み会の後にがぶ飲みするような。


そんなものだった。


でも今私が住んでいる土地の雪はどうにもこうにも水分が多くて傘をささないと外を歩けない。
みぞれに近い雪を頬で受け止めるとファンデーションもマスカラも落ちてしまう。


こんな事って許されるの?


と思ってテレビのイシハラヨシズミに向かって怒鳴ったことがある。
あぁ私としたことが…
感情的になるなって子供のころから言い聞かせているのに…


でもそれくらい私の故郷の雪と今住んでいる土地の雪は違っていた。
月とすっぽん?
いや、それは違うな。
私ももう大人なのだから気の利いた比喩でも言えたらイイのだけれども。


雪道を歩くときひたすらに体重を前方に持っていく。
後ろに体重を掛けると転びますねん。
私が言える気の利いた(?)アドバイスはこれくらいだ。


本当に私は言葉を知らない。
人と話していて咄嗟の判断も出来ない、言葉も出ない。
赤面して俯いてどもってしまう。
ひどい時はパニックになって気絶してしまう。


精神病院に行った方がいいかな~?
と、精神病の彼氏を持つ私は思う。


今日、二人で映画を見た。
「軍鶏」と「アメリカンギャングスター」とかいうタイトルだったかな?
彼氏は絶対映画を2本連続で同じ日に見たがる。
私は目も疲れるし余韻に浸りたいの!と訴えるけれども彼氏が雀の涙ほどのバイトの給料から私の分のチケットも買ってくれるので文句は言えない。


でも彼氏は知らない。
私の隣でスクリーンに向けた目を輝かせてカラフルな錠剤をポンポンと呑み込んでいる彼氏は。
「映画の醍醐味はこれなんだ」と彼氏が上映前にポップコーンとコーラを買ってくる間に、私がそっと彼氏の上着ににチケット代を入れている事を彼氏は知らない。


彼氏は昔2004年の7月にICUに入るほどの服薬自殺未遂をしたらしい。
その時に記憶をつかさどる部分の脳にダメージを受けた…らしい。
確かに上着に入れたチケット代にも気がつく様子もない。


「安定剤をたくさん飲んでるから記憶が日中曖昧なんだ」


「夜は睡眠薬を飲んでいるから日中よりももっと記憶が曖昧なんだ」


「じゃあ~いつ曖昧じゃないの?!」と心の中で叫んでみる。
彼氏の目はどこか空ろな時がある、大丈夫かな?


映画を見た後マックに行って恒例の100円マックのホットコーヒーを飲みながら映画の感想を交わす。
彼氏は「主人公のあいつがあれをした時物凄く感動した」と2本の映画の内容がごちゃまぜになった感想を言う、笑うしかないがもう『あいつ』とか『あれ』とか全部が曖昧だ。


でも私はそんな彼氏を愛おしく思う。
生まれ育って一緒に上京した彼氏を。
同じ夕日と同じサラサラの雪を見てきた彼氏を。


小一時間してマックから出たらふと空から紙切れが落ちてきた。
…そう雪が私たちを優しく物悲しく包み込んだ。


彼氏は大きく口をあけて宙に浮かぶ雪をパクッと食べた!!
私は「雪は埃の周りに水分がくっついてそれで、それで!」と説明しようとしたけれども…


彼氏は一言「やっぱりこっちの雪はサラサラしてないや、甘くない」


私も口をあけて宙に向かって跳ねて雪を食べた。
苦くて水っぽくて、でも人の味がした…様な気がした。


コロコロと笑う彼氏と真四角な空を見上げた。


雪が目に入ってひどく痛かったけど、なんだか一人じゃない幸せを感じた。


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