2002/03/28
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消えた太陽/アレクサンドル・グリーン/沼野充義・岩本和久 訳
 オオカバマダラというチョウがいる。秋にカナダあたりから飛び立ちメキシコやカリフォルニアまで飛び越冬し、暖かくなるにつれて北上する珍しい大移動家のチョウである。しかし一代でその大移動をこなせるわけもなく、途中で力尽きた第一世代は卵を産み落とし、産まれた第二世代は、文字通り親の言いつけをしっかり守る子供のようにカナダあたりを目指す。これをもう一度やるんだったか、そんなです。ちゃんと分かりたい人はちゃんと調べた方がいいです。
 表題作「消えた太陽」は、金持ちの道楽で太陽を知らないまま育てられた14歳の少年が「今これから君は太陽を見るんだ。太陽というのは、生命であり、また世界の光でもある。今日はその太陽の輝く最後の日なんだ。それは科学によって確認されている。君にこれまで太陽の話をしなかったのは、今までそれが危険な状態にはなかったからだよ。でも凶はその光の最後の日だから、この光景を見せなかったらあまりに残酷だと思ってね。ハンカチを引っ張らないで、私が取ってあげるから。さあ、見てごらん」と言われて太陽を見せられ驚倒し、沈むそれを見て気絶するが、気が付いた後「あれは戻ってくる」「永遠に消えてしまうなんてことは、ありえない。あの人たちはぼくをだましたんだ」と言う話。誰にも教えられてはいなかったのに「知らないはずなのに分かってしまっている」この少年は、金持ちからしたらつまらない存在なので捨てられてしまうが、人間としては純粋に正しい。
 しかし第二、第三世代のオオカバマダラは体力を使う分寿命が第一世代よりぐんと短いそうな。運の悪いリレー走者。
「オーガスト・エズボーンの結婚」「水彩画」「緑のランプ」この短編集は後半がいいな。一編だけ他より長めな「冒険者」はちと狙いすぎているように思えた。

アレクサンドル・グリーン「消えた太陽」(国書刊行会)
2002/03/28 23:31:30

全集・戦後の詩 第三巻/鮎川信夫 大岡信 小海永二 編
 角川文庫版。21詩人308篇。

「ノアの方舟」嵯峨信之


どこかの水平線だ
そのやわらかな水平線が
縫目のないしかたで遠くからぼくの瞼を撫でる
それでもぼくは目ざめなかつたら
ノアの方舟を鳴らして起こされるだろう
ぼくのはるかな記憶を利用して
その背後にひろがる緑の反響で
だがぼくはなお目ざめない
しずかなしずかな瞼の中をどこまでも漂流していく
ぼくには遠ざかるものしか
まだ来ていない



ぼくは目を刳りとつた
心をぼくにしかと釘づけするために
ぼくは耳を思いきり削いだ
たれからも全くぼくが自由であるように
ぼくは唇を縫い合わせた

ぼくは両足を断ち切つた
たれも行きついたもののない遠くへ行きつくために
ぼくは両手を切り落とした
さいごに抱いたものを全身で記憶するために

この世にはどこかに大凪の海があるだろう
少しずつ少しずつ流れているオオ凪の海があるだろう
もしぼくがその海を空樽のように漂流していたら
いつかはノアの方舟が拾いあげてくれるだろう
そしてぼくを新らしい世界へ送りとどけるために
方舟は鐘を鳴らしながらゆるやかに進路を変えるだろう



「ん」会田綱雄

火の消えたパイプをくわえながら
バクさんはいつた
われわれ
生きのこつてるやつはと

バクさんよ
われわれ
生きのこつてるやつは
うすきみわるいあいそわらいもうかべるし
いやらしいあいづちもうつ
とりとめもない呪文をもつともらしくとなえてみたり
その実うわのそらでかけまわり
あわをふいてひつくりかえつたり
せつぱつまれば鉈をふるつてひとごろしもするし
こみあげてくるけがわらしい涙ともなれあい
鰯をかじつたあとではぬけめなくアブサンもあおつて
とにかく生きのこることだとわめいたり
さつさとくたばることだとさけんだり
そらみみにかすかな天使の羽ばたきをなつかしんだり
われわれ
生きのこつてるやつは
バクさんよ

火のきえたパイプをくわえながら
バクさんはいつた
われわれ
生きのこつてるやつはと



「鴨」会田綱雄

鴨にはなるなと
あのとき
鴨は言つたか



「天国」宗左近

河童
お尻から手をつきこむ
人間の身体のなかに
生きぎもはない
お尻から手をつっこまれて
生きぎものないことを知られた人間
黄色く身もだえして生きぎもを求め
もう一匹の河童をつかまえて
お尻から手を
つっこまれた河童
やはり生きぎもはない
ことを知られて赤ぐろく身もだえして
もう一人の人間の
身体のなかにお尻から
手をつきこんで
連なりあう河童と人間と河童と人間との
三千九百九十八匹の河童と
三千九百九十九人の人間との
一列縦隊のねじりあわされる連なりあいを

瞬間電気乾燥室にたたきこんで
たたみいわしとして一気に乾燥して
ビルの百七十三階の秘密クラブのテーブルへ
密談する独占資本家の女社長と
国家をセールスするセールスマン首相
うまいうまいとむしりたべながら
密談に熱中するあまり
どんなたたみいわしかに気づかれない
一列縦隊のねじりあわされる連なりあいに
生きぎものない黄色い河童と赤ぐろい人間の乾物に
外のネオンの緑と青の風車の影が
ムード音楽にのってあわあわめぐり

ああ わずかに不幸があるとするならば
女社長の下着のバンドをもれる一滴の血
首相のパンティをぬらす痔の一滴の血
天国 百七十二階以下のない天国のお尻から
たれおちてくるのはしかし下痢も起きぬ
消化されきったたたみいわしの死骸だけ


「くらし」石垣りん

食わずには生きてゆけない。
メシを
野菜を
肉を
空気を
光を
水を
親を
きようだいを
師を
金もこころも
食わずには生きてこれなかつた。
ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所に散らばつている
にんじんのしつぽ
鳥の骨
父のはらわた
四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣の涙。


「脱獄囚」風山瑕生

家がむしばまれたので 全体をペンキで塗りたてた
科学的な烈しい匂いが家をとり巻いているので
犬はバカになってしまった だが彩られた建物は
城館のように見えた それは一つの準備だった
男は陣痛のはじまった妻をのぞいてから
隣室で誕生の叫びを待ちこがれた

悲鳴が聞えたよ 犬の声が
と 息子と娘が男にいった
不吉なことをいうな 呱々の声じゃないか
ほんとうだった 赤ん坊がうまれた
悲鳴もほんとうだった さきほど
裂けた必死の人間が森林からでてきて いま
うろうろしている犬を締め殺してしまった

母子は健全だった 男は歓喜して働いた
彩色された家をながめながら
みどり児へしきりに呼びかけていた
未来のために おまえの未来のために
そして畑から戻ってくると 妻はおびえていた
殺すような眼で誰かが窓からのぞいていたのよ
男はいった おまえは夢を見たのだよ
外では犬を呼ぶこどもの声がこだましていた

息子と娘が森林で怒りの声をあげはじめた
男は駈けていった 枝と葉の屋根の下
おびただしい鶏卵の殻 肉を齧りとられた仔豚の骸
飲みのこしの牛乳・・・・・・ 凶悪な生活のしるしを男はみた
武器となる鉈をとりに納屋へ走った
すでにない! 男は臆病な城主のようにおびえた
こどもらは警報のために疾駆していった
それがいまは唯一のたよりだった だが
赤ん坊が泣くたびに男は身ぶるいした


2002/03/28 19:19:52

日本の詩 25 現代詩集(一)/編・エッセイ 大岡信
 (二)よりいくらか年長な人達。20詩人129篇。
 田村隆一「四千の日と夜」が入っている。この詩があるがために、私は自分の書くものの未熟さを常に感じていなければならない。この詩があるがために、私は自分の書くものを時には不必要なほど貶めてしまわなければならない。「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」と「帰途」で田村隆一は書いている。私もこの詩を知らなければもう少し楽に生きることが出来た。しかし知ってしまった限りはいつまでも埋まらない自分の底の浅さを感じ続けて生きていくしかなくなってしまった。この詩を知らなければ、私は適当な言葉を連ねてだらだらと何かを書くことに何の躊躇いも感じなかっただろうに。知らない振りをするには相手はあまりにも大きすぎる。

「帰途」田村隆一

言葉なんかおぼえるんじやなかつた
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかつたか

あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ

あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかつたら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

言葉なんかおぼえるんやなかつた
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたつたひとりで帰つてくる

「手紙」田村隆一

Y君から手紙がきた。
ケネディの切手が貼ってある。
アメリカ中西部の大学町。
初雪があったという。
中華料理店『バンプー・イン』は店を閉じた。
テネシー・ウィリアムズが学生のとき、
ビールばかり飲んでいた酒場もなくなって、
『ドナリー』だけは一九三四年以来健在だそうだ。
田村さんが住んでいたアパートのあたりまで散歩しました、とある。

ぼくが住んでいたアパート。
それはもうぼくの瞼のなかにしかない。
いくら雪のふる夜道を歩いていっても、
Y君にはたどりつけるはずがないのだ。



他の人にもいい詩はあるけれど、どうしても田村隆一と並べてしまうと、ちょっと違うなあとなってしまう。しかし、中村…





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Last updated  2002/03/28 11:31:30 PM
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