2003/08/25
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カテゴリ: 海外小説感想
 いつ来てもいつでも来ているような気になる球場の外野席では女子高生がパンツ(ティ)を隠すことなく座り、上半身裸の子供達が試合そっちのけでかくれんぼをして走り回り、前の席の老夫婦は日陰を求めていつまでも少しずつ動き続けていた。炎天下の中、常に背後に居座る夫が妻をウチワで扇ぎ続けていた。妻が日傘を差し、風が遮られてもしばらく夫は扇ぎ続けていた。


 ひとたび死んでしまえば、たとえ混沌のさなかにあっても、すべては必然的になるようになるものだ。そもそものはじめから、混沌以外の何ものでもなかった──分泌物がぼくを取り囲み、ぼくはそれを鰓を通して呼吸していた。月がたえずおぼろに輝いている下層部はなめらかで豊穣だったが、その上には騒音と不協和音があった。すべての中に、ぼくはすぐさま対立と矛盾を見いだし、現実と空想のあいだに皮肉を、逆説を見てとった。ぼくにとってはぼく自身が最悪の敵だった。せずにすむことで、どうしてもしたいことは何もなかった。何不自由ない子どものころでさえ、ぼくは死にたいと思っていた──あくせくしたところで無意味なことがわかっていたので、早々と降参してしまいたかったのだ。
冒頭


 小学四年生の頃、ドッジボールをしながら友人にこう言ったことがある。「来年には五年になって、クラブ入って、中学になったら勉強もして、そういうのめんどくさくないか?」面倒も何もその先もまだその先も適当な想像しかしていなかった。ただ時が流れれば勝手に成長して何者かになってしまい、結婚したり子供を産んだりするんだろうと思っていた。友人は何がめんどくさいのか分からない顔をしていた。友人はめんどくさい未来なんて考えたこともなく、早く外野から中の人間を当てて生還したかったのだ。
 などといちいち感傷に浸っていたら読み進めていられない。メッセンジャーの働き口を求めて山ほど来る連中を削ぎ落とし蹴散らし時には天国を与えるミラー、一冊の本を書き上げることばかり考えていつまで経っても書き出さないミラー、子供の頃の殺人の思い出を話すミラー。ミラー、ミラー、ミラー。ワギナについての長い考察は退屈だ。仕事も借金もセックスも関係なくなり抽象論が続くとどうでもよくなる。『北回帰線』よりはずいぶん読みやすいな・・・などと思ったのは最初だけだった。それでもいつのまにか慣れていた。
 最近の若者らしく車内の迷惑気にせずわめき立てる集団のいる車輌でこの本を読んでいると、彼らのところからペットボトルが転がってきた。からまれでもしたら今読んでる一節を読み聞かせてブンガクのありがたさを解らせてやろう、


「そばへ寄らないで、無神論者なんかきらいよ!」
~略~
そこでぼくは、ひどく恐縮したふりを装い、神をそしるつもりは毛頭なかったこと、ただ死ぬほどこわかったためだということ、などなどさかんに弁解を並べ立て、やさしくなだめるように話しかけながら、腰にまわしていた手を下へすべらせ、彼女の尻をそっとなでた。彼女のほうでもそれを欲していたのだ。彼女は泣きじゃくりながら、自分がどんなに善良なカトリック信者であるか、罪を犯すまいとこれまでどれほど努力してきたか、などについてしゃべりつづけた。おそらく自分の言葉に夢中になっていたためだろう、彼女はぼくのしていることに気付かなかったようだが、それでもぼくが股のあいだに手をさし入れ、神だの、愛だの、礼拝だの、懺悔だの何だの、思いつくかぎりのきれいごとを並べたときには、何かを感じたに違いない──ぼくは指三本を彼女の中に入れ、酔っぱらった糸巻きのようにこねまわしていたからだ。



 あまり作品の内容に触れない時は、読み終えてから時間が経ってるか、次に読んでる作品にのめり込んでいるか、読んだ端から内容を忘れていたか、もしくはそれら全部だ。そのくせ 『北回帰線』 と同様に好きになっている。


 ぼくらがはじめて別れたとき、この全体という考えにぐいと髪の毛を掴まれたのを覚えている。ぼくと別れるとき、彼女はそうするのが二人の幸福のために必要なのだというふりをした。あるいは、本気でそう信じていたかもしれない。彼女がぼくから逃れようとしていることは、ぼくも心ひそかに知っていたが、臆病なぼくは自分でそれを認めることはできなかったのだ。しかし、たとえしばらくのあいだにもせよ、彼女がぼくなしでやってゆけることがわかったとき、それまで何とか隠そうとしてきた事実が、驚くべき速さで成長しはじめた。それは、ぼくがこれまでに味わった何にも増してつらい経験だったが、またそのために心を癒やされもした。心が完全に空になり、孤独感がもうこれ以上鋭くなり得ない限度にまで達したとき、ぼくはとつぜん感じたのだ。生きつづけてゆくためには、この耐えがたい真実を、個人的不幸の枠を越えた何かもっと大きなものの中に織り込まねばならないことを。ぼくは自分でも気づかぬうちに別の領域へ、もっとも怖ろしい事実でさえ破壊することのできぬ、より強靱でより弾力性のある領域へ、入りこんでしまったのを感じた。ぼくは机の前にすわり、彼女に宛てて手紙を書いた──彼女を失った悲しさのあまり、彼女にまつわる本を、彼女の名を不朽にすべき本を書きはじめる決心をした、という便りを。それは、これまでだれ一人読んだことのないような本になるだろう、とぼくは書いた。そのあとも、ぼくはまるで酔ったようにくだらぬことを書きつらねたが、そのうちふと筆をおき、おれは何だってこんなに嬉しがっているのだろう、といぶかしんでしまった。










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Last updated  2004/10/29 01:48:28 AM
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