2004/03/08
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カテゴリ: 海外小説感想
 夜更け、眠気を騙すことに疲れ眠りにつこうとする頃、額に手を当てるとやや熱いように感じる。とうとう風邪なしで冬を越すことが出来なかったかと悔やむが、朝には何もかも忘れたように爽快な体が起き上がる。焼酎の名残りでやや頭が重いこともあるが、風邪の兆候はない。


 そりゃ無論、あいつらは皆、おれのことを駄目な奴だと思っているには違いない。二日酔いで朝、目が覚めるたびに、おれだってそう思う。だがなあ、まだ迎え酒をしていない男の意見なんぞ、信用しちゃいけねえ! その代り夜になりゃ、おれの中には底知れぬ深遠なる思想が満ち満ちてくるのさ──うん、そりゃ、それまでに出来上がっていればの話だが──夜はいつだっておれの中は果てしない深淵さ!
 しかし──まあいいが、おれが駄目な奴でも、まあいいや。おれはそもそも気がついていたんだが、朝、気分が悪くて、夜になると構想夢想のたぐいや力が満ち満ちてくるなんてのは、大いに駄目な奴にきまってる。朝はまずくて、夜はいいってのは、駄目人間のたしかな特徴だ。これが逆に、朝は元気一杯、全身希望に満ち溢れているくせに、夕方までに疲労困憊しちまうのは、どうかって言えば、こりゃもう人間の屑、功利一辺倒、極めつけの木偶の坊さ。そんな奴は、あんたたちは、どう思うか知らないが、おれは、ごめんだね、そんなのと付き合うのは。
 無論、朝から晩まで同じようにご機嫌で気分爽快って奴もいるだろう。日の出も楽しけりゃ、夕焼けも嬉しい──そんなのはもう全く忌まいましい、そんな連中のことは、口にするのも汚らわしいや。それじゃあ、朝も晩も同じようにいやあな気分だって奴はどうかって言やあ、こりゃもう、何ともかんとも言いようがないね。最低の屑、男の風上にも置けないって奴だ。なにしろ普通の店だって晩の九時までは開いてるんだし、エリセーエフの店なら十一時まで開けているんだから、まるきりの屑でもない限り、夜までにはそれなりに元気になって、ちょっとした深遠な心境に到達する暇はいくらでもあるだろう・・・・・・。


 長い。しかしここは一字一句省略するわけにもいかない。
 定期的にロシアの血を飲まないとやっていけない。アメリカやフランスは駄目だ。イギリスなんてもっての他だ。飲んでばかりで、興奮してばかりで、どうしようもない奴ばかりで・・・本当にそんなのばかりじゃないってのは分かっているが、こちらが求めるロシアの血はそういうものだ。
 ソビエト連邦時代の1970年、地下出版され、後に十数ヵ国で翻訳され、評判になったもの。作者は1988年に死亡している。クレムリンから、愛しい女のいるペトゥシキまでの列車旅、酒を飲んだり、酔い潰れたり、酒を盗まれたり、バカ話をしたり、酔い潰れたり、夢を見たり、死んでしまったり。そんな主人公はどんどんキリストに近づいていく。


いよいよ最終的、かつ最高のやつの登場だ。かつて詩人の語ったとおり、「労働の賜物は、いかなる褒賞にも優る」のだ。要するに、カクテル『雌犬のはらわた』を紹介しよう。何ものをも凌駕する飲み物さ。いやこれは、もはや飲み物なんかじゃない。天上の音楽だ。この世で最も素晴らしいものは何か? それは、人類解放のための闘いである。しかし、それよりも素晴らしいのが、これさ。

  ジグリ・ビール              百グラム
  シャンプー<サトコ> 賓客用       三十グラム
  フケ止め剤                七十グラム
  接着剤BF                 十二グラム
  エンジン液                三十五グラム
  殺虫剤                  二十グラム

 これを、葉巻煙草で一週間香りづけした後、食卓に供する・・・・・・。ところで、暇な読者が、おれに手紙を寄越して、こんなことをするように言ってきた──。いま言ったようにして出来上がったエキスをさらに漉し器にかけるというのだ。つまり、漉し器にかけて、一晩置くというわけ・・・・・・。これは、全く何のためやらわかりゃしない、こんな補足だの訂正だのは、みんな、弛んだ想像力と発想の飛躍の欠如のせいだ。だからこんな馬鹿げた訂正ができるんだ。



 何を写しているんだろう。昨日は雪が降った。今まで聞いたことのないような大勢の子供たちの笑い声が響いてきた。「雪美味しいよ」この街に降る雪は綺麗であるわけがない。ひったくりが横行し、新聞を賑わす犯罪者が潜み、駅前のダイエーは有料駐輪場に金を払うことを拒む人たちが置く自転車で溢れかえっている。そんな街に降る雪が綺麗で美味しいわけがない。図書館は充実している。


ドミトーリ・ピーサレフを読んでみたまえ。こんなふうに書かれている──ナロードには牛肉は買えないが、ウォトカは牛肉より安い。だからロシアの百姓は飲むのだ。その貧困さゆえに飲むのだ! 百姓には、本は買えない。なぜなら市場には、ゴーゴリもペリンスキーもないからだ。あるのはウォトカだけだからだ! 官営専売店のだろうが、それ以外のだろうが、計りだろうが、瓶売りだろうが・・・・・・。ロシアの百姓が酒を飲むのは、その無知ゆえだ!



 原題は「モスクワ-ペトゥシキ」なのだが、「酔どれ列車」としたことで、列車自体が酔っぱらっているような効果が付け加えられている。ロシアの列車はウォトカで動くと言われても信じそうだ。

国書刊行会 1996年 単行本





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Last updated  2004/03/09 01:49:36 PM
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