2004/04/01
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カテゴリ: 国内小説感想
 先日生まれて初めて行った歯医者では、よく聞くような、女医さんに胸を押し付けられたり、衛生士さんに豊かな胸を押し付けられたりというようなことは全くなかった(大体男の先生だ)。「虫歯の心配はないですし、この分ならお年を召しても歯はほとんど残るでしょう」と言われたものの、歯石を取った後の口内は吐きそうになるくらい臭く、電車に乗る前にタブレットを口に入れても、降りる頃にはまた元の臭いに苦しめられるほどであり、こんなにつらいものならば、歯肉の炎症など放っておけば良かったなどとも思えてきたが、次の日の朝にはそれほどつらくなく、素直に医師に感謝した。
 よってこれを漱石の修善寺の大患と結びつけ、時期も彼岸過ぎであることなので、読み始めた。漱石の孫である夏目房之介が一番好きだとどこかで書いていた。私はこの本で一番面白いのは漱石自身の書いた前文『彼岸過迄について』ではないかと思う。大患以降連載に至った経緯、この小説で試みたいことが堂々と開陳されており、その通りにやっている。それが成功といえるかどうか、あまり面白いとはいえない本編はともかく、後の『こころ』などに繋がる方法を掴んだ点では重要な作品ではあるのだろう。
 分かりやすい隔世遺伝によって本好きと自分の名前を嫌う気質を父方の祖父から受け継いだように、高い身長など体質は母方からだとしたら、若いうちに病に倒れて死ぬ私の姿はそれほど非現実的なものではない。母が小学校にあがる前に癌でなくなった祖父の写真は若い頃の叔父そっくりな姿でいつまでも変わらない。老境に入ってから以外に病に倒れた親類の話を噸と聞かないのも、全て自分に集まってくるからなのだと理屈に合わない思い込みをしながら「不安はないよ・・・・・・だが、無念だ」と『白い巨塔』最終回の唐沢寿明の真似を頑張ってみても、うまく涙は流れない。いいとこだけ見せて早世したロックスターに漠然と憧れて「俺は多分長くは生きないだろう」と青い思いに溺れていた少年の頃とは違い、家族の誰よりも弱い体を持っていると今更気付いた身は笑って済ませられるわけではないのだろうけど。最近では腹筋・背筋各50回x3 腕立て伏せ20xいくつか、程度では全然こたえなくなってきたので体を鍛えることも難しい。鉄アレイも5kgのものを買い足そう。
 日記一覧を見、日本ものに偏ってると思い、翻訳ものを増やそうと思い、本の所有にこだわるのはやめようと思い、日本/海外/日本/海外/となるように読んでいたが、やはり好みのもの以外に伸ばす食指は短くて、ロシア・南米に偏ってしまった。無限に近いほど多くの書物があるのを忘れた振りをして自分勝手に限定してしまうので、一つ前に読んだ書物と引き比べて劣っているものに出会うと、途端に壁にぶち当たったように気が萎えてしまう。いつかトーマス・マンだって、バルザックだって読んでやる! と思ってはいるけれど、肌に合わないのを知っているからめんどくさい。『チェゲムのサンドロおじさん』は『僕の陽気な朝』より刺激がなく、『このページを読む者に永遠の呪いあれ』は『モレルの発明』より退屈だった。ならば基本に立ち返れ、と漱石が目に入った、のだと思うが、どうしてこの本を読み始めたのか、実際は歯医者に行く前だったからよく覚えていない。漱石は大事に読んできて、まだ『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『こころ』『草枕』『硝子戸の中』『道草』くらいしか手をつけていない。上野英信『地の底の笑い話』を読んで炭坑で働いていた人たちの過酷な人生を読んでからは『坑夫』に興味が出てきたが、きっと想像してるようなのとは違うだろう。



~略~
 「彼岸過迄」というのは、元日から始めて彼岸過ぎまで書く予定だから単にそう名づけたまでにすぎな実は空しい標題である。かねてから自分は個々の短篇を重ねた末に、その個々の短篇が相合して一長篇を構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうかという意見を持していた。が、ついそれを試みる機会もなくて今日まで過ぎたのであるから、もし自分の手際が許すならばこの「彼岸過迄」をかねての思わくどおりに作り上げたいと考えている。けれども小説は建設かの図面と違って、いくら下手でも活動と発展を含まないわけにはゆかないので、たとい自分が作るとはいいながら、自分の計画どおりに進行しかねる場合がよく起こってくるのは、普通の実世間において吾々の企てが意外の障害を受けて予期のごとくに纏らないのと一般である。したがってこれはずっと書き進んでみないとちょっと分らないまったく未来に属する問題かもしれない。けれどもよし旨くゆかなくっても、離れるとも即くとも片の付かない短篇が続くだけのことだろうとは予想できる。自分はそれでも差支えなかろうと思っている。
(明治四十五年一月この作を朝日新聞に公にしたる時の緒言)

『彼岸過迄について』より



やや古めの角川文庫版





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Last updated  2004/04/01 10:54:21 PM
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