2006/06/05
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カテゴリ: ショートなお話
マニュピレーターの指先は、わずかの迷いも見せずに、本のページを捲って行く。
前書き、目次、小タイトル、一ページ目、ニページ目、三ページ目…。

細心の注意を払っているはずなのに、はらりと紙片が目の間を横切っていったことに、私はどきりとして操作の手を止めた。
ページが取れたのかと思ったのだが、そうでは無かった。
本から操作台に落ちたのは、明らかに本の紙質とは異なる、細長い紙切だった。
ページを支える操作ピンはそのままにして、マニュピレーターを移動させ、その紙切れをそっとつまみ上げると、スクリーンに映し出すよう指示を出した。

一枚の栞だった。
そこには、久しく見ることがなかった、手で書いたことが一目瞭然の、たどたどしい文字がしたためられていた。
私は、その手跡を知っていた。


もう若くはなく、秀でた才能があるわけでもないことから、ここが閉まられるのと同時に、彼女の延命措置は打ち切られることが決まっていた。
彼女が務める最後の日、私はあえてそのことには触れないように、ただ淡々と、いつもと同じように傷んだ本の点検を続けていた。

整理を済ませて、書棚の奥から出てきた彼女は、身体を動かした余韻からか、顔を少し赤らめていた。
つられた私が、視線を向けると、はにかんだように下を向いた姿を思い出した。
私が視線をそらすのと同時に、彼女が書庫を振り返り、
…いつか誰かが…。
と、つぶやいたのを、聞いた気がした。

今、あらゆる本はすべて、コンピューター画面を通して提供されるデジタル出版となり、図書館はアナログ書籍の有る意味「遺産」を管理する倉庫と成り果てた。
私は、辛うじてその倉庫番として雇われることで文字通り命を長らえ、来る日も来る日も収蔵された本の状況を点検することを繰り返している。
私がこの職に就くことが出来たのは、以前ここに務めていて、アナログ書籍を扱っていた経験者であることだった。
職が無くなることは即ち延命装置を終了させることであるが故に、今の境遇に文句が有ろうはずはなかった。


時折、本の重さを感じた時代を懐かしく思うこともあったが、ただそれだけのことだった。

それなのに、栞を見ながら私はなぜ泣いているのだろうか。

彼女の手跡で書かれていた言葉は、ただ一言。
…忘れないで。

栞が挟まれていた本のタイトルは、『最後の一枚の葉(The Last Leaf)オー・ヘンリー作』。





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最終更新日  2006/06/07 06:34:19 AM
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