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一ヶ月、テーマを決めて 一つのことをやり続けることで 自分の中の能力が開花する。 毎月、新しいことにチャレンジすると 本当の自分をより鮮明に 知る事ができるように感じる。 【龍笛を探しています】 「龍笛が入ったら、連絡をお願いします。」 横浜の白楽にある古楽器店のご主人に 龍笛を探していることを相談した。 最初に買った古い龍笛は、とても良い笛なのですが 現代の龍笛の音階よりも少し高い音が出るように 作られているのです。 龍笛の教室では、その龍笛を吹くことができずに プラスティックの龍笛で練習を続けています。 心に響く音を出すためには、 本物の龍笛で練習することが必要です。 新品の竹の龍笛は、25万円するので、 僕には買える金額ではありません。 それよりも、古い竹で出来た 時代を超えた龍笛を手に入れる方が 僕の使命にあっているように感じているのです。 【地球全体が響く夢】 世界のいろんな土地で笛を吹いてみたい。 心をこめて、愛を伝えることができるような 笛の音色をつたえてみたい。 それによって、どんなことが起きるかは分からない。 でも、言葉を超えた音の響きが 地球全体に響き渡ることを夢見ている。 なにかを変えるきっかけになれたら幸せ。 【篠笛との出あい】 古楽器店の片隅に篠笛が沢山置いてあった。 丸い缶に20本くらいの笛が入っていた。 とつぜん、篠笛が吹きたくなった。 「篠笛は、吹いたことがないのですが、大丈夫でしょうか。」 店のご主人は、 「龍笛を吹けるのなら篠笛はすぐに吹けるようになる」 と言ってくれた。 「この笛、いいですよ。」 ご主人が選んでくれた篠笛は、木で出来ていた。 細くて強い笛を見た時に、 その笛を奏でている自分の姿が浮んできた。 清流の流れる山の奥で どこからともなく響き渡る笛の音 滝の流れる岩の上で 笛を奏でている自分の姿が浮んで来た。 その笛は6000円の値がついていた。 お財布をみると5000円しか入っていない。 「どうしようかな」と悩んでいると 「いつも買ってくれるので、5000円でいいですよ。」 と言ってくれた。 うれしかった。 家に帰ってさっそく篠笛を吹いてみた。 イメージしていた音が出なかった。 低い音から高い音まで出す事は出来るのですが、 清流が流れるような、繊細な音が出ないのです。 4月22日のコンサートまでには、 清流の音が出るように練習してみますね。 【無謀なチャレンジ】 3月は特許月間と決めた。 そして、31件の特許明細書を書き上げることに 成功した。 自分でもかなり無理をしたけれど、 達成したことにより、自分の中の自信が大きく膨らんだ。 4月も自分の可能性を信じて 無謀なチャレンジをしてみることにする。
2007.04.01
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2005年9月18日(日)午前10時30分~12時30分に「親が子どもに教える3つの価値観」という講演会が開催されます。会場は産婦人科「池川クリニック」の待合室です。横浜にお住まいの方は、気軽にでかけてみてください。詳しい内容は、直接「池川クリニック」に問い合わせてみてください。 045-786-1122ハートフルコーチの先輩、関口郷子さんのホームページから一部転記しています。『親と子のためのハートフルコミュニケーション』~親が子どもに教える3つの価値観~ 頻発する青少年の問題は、突然起きたものではありません。 子どもが発する心の信号に早期に気づき、適切な方向に導いていく、 子どもを自立させるプロセスは、親が子どもに人として生きていく上で 重要な価値観を伝える機会でもあります。 特に子どもが幼いころに親から学んだことは、子どもの一生の財産になります。 そのために必要なことをわかりやすくまとめた、ハートフルコミュニケーションは、 同時に親がひとりの人間としていきいき生きるための学びの場でもあります。 父親、母親そろってのご参加をお待ちしております。 【講演のポイント】 ●親の役割/ヘルプとサポート ●親が子どもに教える3つの価値観/愛すること ●親が子どもに教える3つの価値観/責任 ●親が子どもに教える3つの価値観/人の役に立つ喜び ●聴くこと・伝えること/コーチング ●親の自立 開催日時 平成17年9月18日(日)10時30分~12時30分 開催場所と申し込み 池川クリニック 電話 045-786-1122 住所 横浜市金沢区大道2-5-13 交通・地図 参加費 : お一人¥2000、ご夫妻¥3000 (消費税込) 講師 :菅原裕子さん (有)ワイズコミュニケーション代表取締役 ハートフルコミュニケーションのホームページ http://www.ys-comm.co.jp
2005.09.08
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「ハッピ バースディ エミ」 今日は映海の8歳の誕生日です。9月3日は、全ての時間をエミに捧げてみようと思っています。エミが居るから、僕は親としての喜びを感じることができている。エミの特別な日は、大好きなパソコンを止めて、思いっきりエミとの時間を楽しもうと思っている。 部屋の飾り付けをしようと思い、昨日の昼休みに、7色の紙テープと、風船を買って来た。その時、妻からメールが届いた。「風船と、紙テープを7色分買いました。」同じ物を同時に買っていた。全部の部屋を飾りつけちゃおうっと。 明日は、どうやって過ごそうかな。朝からゲームをしようかな。みんなで出来る「人生ゲーム」を買って来た。全てに感謝した時、どんな人生が展開されるのだろう。 コーチという仕事を選んだ時から、いろんな人の人生に深く影響することを自覚している。より楽しく、そして自分らしい人生を歩んでいくために、ガイドの存在は不可欠のように感じてきた。 遊びの話しを書いていたのに、いつのまにか生き方の話しになってしまった。子どもの世界にチャネルを合わせて、不思議の世界を飛び跳ねるんだ。エミの存在を通じて、人の神秘を学んで来た。自分にも、妻にも無い、新しい才能を持って生まれてきていることが、なんとなく分かる。ずっと、ずっと先の未来まで生き抜くために必要な叡智。僕が出会った叡智を、少しでも多く渡していきたい。そのためにも、じっくりと時間を使って、自分の技を見せていきたいと思っている。 楽しい一日のスタートです。
2005.09.02
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「わ~っ、背中にくっつかないで。」 夏休み最後の日、僕が体調が悪くて寝ていても、メールの返事を書いていても、7歳のエミは、おかまいなしにくっついてきた。今までの10倍くらいのパワーで、僕にくっついてくるように感じた。 寝ていても、足の裏をくすぐられ、ちょっとでも動くと、乗りかかってくる。起きると、背中にくっついたり、ダッコを迫ったりして、ずっとペッタンコ状態だった。メールの返事を書いていても突然後ろから飛び乗り「立って立って」と言われた。内心はとても嬉しいのだけれど、身体が思うように動かず「辛いから、かんべんして~。」と言いつづけていた。 レイキを受けて、夕方に帰って来たあとも、すぐにペッタンコ。相撲をしたり、狭い部屋で鬼ごっこしたり、さかさまにしたり、ぐるぐる廻しをしたりで、ずっと大騒ぎをしていた。 ひさしぶりに子どもとトランプのスピードをしたところ、予想以上に上手になっていた。ジジ抜きをしたときも、お互いに勘が鋭いみたいで、すぐにジジがわかってしまい、意識のバトルのようなゲームになっていた。まだまだ僕の方が少し勘が良いようで、勝利の踊りができたことを少し自慢しておく。 子どもが作った絵本を読んだり、子どもといっしょに夢の絵を書いたり、楽しい時間を過ごす事ができて幸せを感じました。 子どもの関わりかたの変化に少し驚いています。自分では気が付かないけれど、子どもの心をひきつけるようなものを、僕は受けとったのだと思っています。子どもをダッコしている時の、魂のやすらぎ感は、本物だと感じました。 小さな子供たちに出合った時に、自然にその子供たちと触れ合うことができるように感じてきました。光を受けとる感性の強い子供たちに、少しでも光を繋げていけたらいいなと思っています。 私は、光の子供たちのために、光をつかっていきます。
2005.08.30
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「あ~あ、てんじょうまで、みずがはねたよ。」僕が子どもに叱られてしまっている。お風呂遊びは、とても面白いですね。7歳のエミとお風呂に入った時は、洗面器に水を入れて、高いところからお風呂に落として遊んだり、お湯をかけ合って、ギャーギャー叫びながら、お風呂の中で遊んでいます。 そして「熱いよ~」と言うと、アイヌのウポポを二人で歌ってしまうのです。 「アッツイソ~ カ~タ~ア エカイヤオ~ カイヤ~オ カイクマランケ~♪」あとは、洗面器を太鼓のように叩いては、ホピの予言の最後の歌を歌ったりして、とてもにぎやかにお風呂になってしまうのです。 今日は、エミが自分で髪の毛を洗う時「めんどうだから、シャンプーとリンスをまぜちゃおっと」みたいに手を抜いて髪を洗っていました。僕は、どんなことをしても「一度やってみたら。」みたいな態度で何にも言わないようにしています。そして、ドライヤで髪を乾かす時に「髪がバサバサになっているね。」という事実だけを伝えてあげます。親の意図を含めずに、ただ事実だけを伝えることって、けっこう難しいんですよ。 夜の8時ころに家に帰って来てから、お風呂に入るまで、子どもはずっと僕にまとわりつき、パパ昇り、ダッコ、振り回ししてみたり、バレエのまねをしたり、ヒザにのっかったりして遊びます。そして、子どもの話すちょっとした出来事に感動したりビックリしたり、オヤジぎゃぐを聞いて笑ったりしながら、夜の時間を楽しんでいます。 真直ぐな瞳で、僕を見つめる子どもを感じ、とても嬉しいです。目を見て話をしてくれることが、僕にとっては一番大切なことだと思っています。そして、心を伝え、笑いや驚きを共感し、身体をつかったコミュニケーションをとる事が父親としてのミッションだと思っています。 ところが、ベットに行く直前になると、突然お母さんが恋しくなるようで「お父さんは、あっちに行って。」みたいに言われてしまうのです。「とほほ」という感じで、パソコンの前に座るのですが、なぜか顔はニコニコしているのですよ。不思議な夜が始まるよ。
2005.08.25
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僕の好きな言葉に「凛」というものがある。子育てコーチングを学んでから、自分なりに身に付けたことが、この「凛」という言葉で表現される「りりしさ」だった。母性本能が強い僕にとって、この「凛」とした態度が、子どもの関係に心地よい影響を与えたように感じる。 小さな子どもの能力に「親の心の動きを即座に感じる」という本能のようなものがある。自分がまだ「ただの優しい父親」だったころ、この能力を知らずに、子どもに依存されまくっていた。 「ねえ、オモチャかたずけて。」 「ねえ、からだ洗って。」 「ねえ、金魚にエサをあげて。」という子どもの要求に応えていた自分がいた。子どもと接する時間が少ないという引け目が、子どもを「あまやかす」ことに繋がっていたようだ。 ハートフルコーチングを学んでいる中で、自分の態度を「凛」とする必要性に気が付いた。子どもが自分で出来ることは、親は手出しをしないようにした。「あまやかす」ことをキッパリと止めた。その気迫が自然に子どもに伝わり、子どもに依存されることが、どんどん減ってきた。 「ねえ、オモチャかたづけて。」と子どもが言ってきたときは「オモチャを片付けるのは、使った人の責任」と言い放った。 最初はブツブツ言いながらオモチャを片付けていたが、僕が手を出さないことを感知すると、サッサとオモチャを片付けるようになった。そして広くなった部屋で、相撲をしたり、パパ登りをしたりして、楽しい時間を過ごすことが出来るようになった。 「凛」とした親になるためのトレーニングとして、僕はこのメールマガジンをお勧めする。☆ 「凛としたオトナのオンナのためのコーチング」「凛としたオトナのオンナになりたい人にだけお送りするトレーニングメルマガ。」となっているが、お母さんはもとより、お父さんにも勧めたい内容となっている。 楽しく子育てするという、夢のような生活を手に入れることができますように。
2005.08.03
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ディズニーランドを日本に誘致した掘貞一郎さんの講演を聞くチャンスに恵まれたのが5月23日だった。それから2ヵ月後の7月24日に、ディズニーランドに家族で出かけることができた。堀さんの思いがどんな形で実現のものとなっているのかを感じてみることにした。 2年前くらいまでは、一年に3回くらいディズニーランドに行っていた。 車で2時間くらいで行けたので、気軽に出かけていた。 あるとき、我が家にルールが登場した。「ディズニーランドに行くためには、行楽貯金を貯めて、3万円になったら出かけること。」というルールが出来て、家族全員が従うことになった。エミは、バスにのるための運賃を行楽貯金に入れて、そして歩いてバレエに通ったりしながら、少しづつ貯金を増やしていった。 少しづつ、すこしづつ貯めてから1年以上たった先週、ようやく3万円貯まったのです。家族で貯めた貯金を手に、いよいよディズニーランドに出発です。「どうせ行くなら、朝から夜まで遊び尽くしたいという気迫」が家族に宿っていました。 朝エミは、5時30分に自分で起きて来たのです。「早くディズニーランドに行こうよ。」と朝からハイテンションです。家の近くのバス停を6時17分に出発して、電車とバスを乗り継いで、7時45分くらいにディズニーランドに到着しました。すでに8時の入場を待っている人たちがゲートの前に列を作っています。 ゲートを入った瞬間から、夢が現実になるファンタジーの世界にを感じました。特に、ショーベースで、ディズニーのショーを見ている時に、堀さんのビジョンを思い出し、思わず涙が出そうになりました。ディズニーランドに来ている子どもたちの顔をみていると、みんな眼がキラキラ輝いています。大人の手を振りほどき、子どもの世界を100%楽しんでいるのです。絵本から飛び出したキャラクターたちが奏でる夢のショーは、子どもたち、そして大人たちの心に、やさしさと興奮を確実に伝えていたのです。 ディズニーランドという大きな夢の島の存在が、どれだけ多くの子どもと大人たちに夢を与え続けているのでしょう。僕もレインボーランドという、ハートフルな島を創るビジョンを大切に持ち続ける意志を再確認することができました。 家族とミッキーと一緒に写した写真を部屋に飾っています。その写真を見るたびに、今日の感動を思い出すことにしました。
2005.07.24
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横浜片倉にある「うさぎ山プレーパーク」に行ってきました。今日は親子の数がとても人が多く、ゆめのような自由公園を体験することができました。 プレーパークを作った人、そしてプレーパークの運営に携わっているすべての人たちに「ありがとう」と感謝を送ります。 うさぎ山プレーパークでは、プレーリーダのもと、焚き火をすることが可能なのです。うさぎ山に行って、僕が一番最初にすることは、焚き火の火を、より大きく、力強い火にすることから始まります。ダンボールの団扇で、風を送るたびに、炎がごうごうと音を立てています。炎の力強い音を聞いていると、火というものの偉大さを感じてきます。 焚き火の周りに、小さな子ども達があつまってきます。近くにあるマキを片手に「これ、いれていい?」とたずねてくれるのです。「いいよ」と答えると、熱さをがまんして、マキを火の中心に投じていきます。炎の熱さ、木の燃える速さ、そして火というものの恐さを感じ取っているようでした。 焚き火のルールを知らない子どもが来た時は、しっかりとルールを説明します。焚き火の火は、どんなに小さな火でも、石で囲まれた焚き火エリアの外に出してはいけません。火の恐さを、頭だけで理解している子どもたちは、火の魅力にとりつかれ、ついつい棒に火をつけて、自分で持ちたくなるようです。どんなに子どもに要求されようと、火の取り扱いルールは、守るべきルールです。 火の恐さを、子どもたちに真剣に伝えるのが、大人の役割だと思っています。「火は、この石の輪の外には、ぜったいに持ち出さないこと。」心をこめて、子どもたちにこのルールを伝えると、とても素直に聞いてくれます。近くにいるだけで、やけどになりそうな、火の強い熱さを体感した子どたちほど、素直に聞いてくれます。 みなさんは、子どもたちに、どうやって、火をつかうルールを伝えていきますか。
2005.07.21
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「子どもと一緒に過ごす時間がなくて、十分コミュニケーションがとれない。」数年前、父親としての存在感が薄くなった時期があった。その時は「出張が多くて、子どもと遊ぶ時間がないから、しょうがないや。」とあきらめていた。 子どもから忘れられないようにと、毎日チョコエッグをお土産に買ったことが、今となってはなつかし想い出となった。あの当時は、子どもと遊んであげる時間をとれないことに、罪悪感を感じていた。そして、心の空腹感を、物質的な満足感で埋めてあげようとしていた。 ある時、罪悪感を感じていない自分に出会った。子どもが、僕の目を見て、心を伝えてくれるようになっていた。そして、子どもと遊ぶ時、僕も楽しくて、子ども以上に興奮している自分に出会った。なにが変わったのだろう。 変わったのは自分の中の自己管理というスキルだと思う。自己管理ができていないと、子どもと遊んでいる時にも「明日の会議の資料が、まだ出来ていなった。」とか「コーチングセミナーに行きたいな。」とか考えながら、子どもと一緒にいるだけだった。子どもとどんなに長い時間接していても、うわべだけのコミュニケーションしかとれていなかった。 今は、自分の中で、スイッチを切り替えている。会社スイッチをオフにして、コーチングモードをオンにする。家でコーチングしているときは、クライアントのためだけに自分が存在している。その雰囲気を子どもは感じているようで、決して遊ぼうとは言ってこない。 そして、子どものためだけに時間を使う時がくる。子どもとコミュニケーションとるためだけに自分が存在しているような、そして、子どもとの遊びを真剣に楽しむことを最優先にしているような、密度の高い時間がやってくる。自分の姿勢を変えたとき、子どもの笑顔が輝いて見えてきた。 純度100%のコミュニケーションを試してみませんか。
2005.07.20
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待ちに待った小冊子「子どもに伝えたい3つの力」が到着しました。菅原裕子さんのワイズコミュニケーションで作成し、ハートフルコーチに100冊ずつ配布されたのです。日本各地で、この小冊子が地域に配られ、ハートフルコーチの子育て支援活動が活性化することを期待します。 僕も自分の地区、そして知合いに、この冊子を配り始めます。そして、ハートフルセッションという子育て交流会に参加する人にも事前配布したいと思います。 イラスト付きの内容は、ハートフルコミュニケーションの提唱する「子どもに伝えたい3つの力」の要点が、4コマ漫画風にまとめられていますので、読みやすい内容になっています。 1ページ目は、「親は、子供が出会う最初のコーチ」という内容です。スポーツ選手のコーチは、選手の「今」の状態と「これから」出せる力に、選手自信が気づくようなヒントを与えて、より良い結果を生み出せるようにサポートしていきます。親も子どもにとっての良いコーチになるるといいですね。 2ページ目は、ペルプし続ける母親と子どもの10年後、そしてサポートする母親と子供の10年後を4コマ漫画で表してあります。今の子育ての結果が現れてくる10年後の姿が、痛烈に表現されています。 3ページ目は、「ヘルプタイプの親が奪うもの。 サポートタイプの親が与えるもの」の解説と、子どもの自立を助ける3つの価値観の要点が説明してあります。 4ページ目は、子供に伝えたい力その1「愛すること」。ケースとして「早く早く」と子供をせかす毎日に自己嫌悪を感じている母親の相談と、それに対するヒントが記載されています。 5ページ目は子供に伝えたい力その2「責任」。ケースとして、ギリギリまで寝ているのに、遅刻すると親のせいにされる母親からの相談と、それに対するヒントが書いてあります。 6ページ目は子供に伝えたい力その3「人の役に立つ喜び」。ケースとして「ほめて育てる」を実行しているのに、「私、いい子?」と不安げに訊ねてくる子供をもつ母親の相談と、それに対する助言が載っています。 最後のページには、本の紹介、講演活動、ワークショップ、ハートフルコーチ、そしてハートフルセッションの概要について記載されています。 小冊子を読んでみたい方は、僕までメールで連絡ください。この小冊子が、子どもの力を上手に引き出すためのヒントになりますように。
2005.07.19
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「ねえ、おしえて。 きいろいお花さんは、 どうして花をひらいているの。」 きいろいお花さんは、考えました。いままで、「どうして花をひらいているか」考えたことがなかったからです。 「ねえ、おしえて。 ちょうちょうさんも こないような、 まちのまん中で、 どうして花をひらいているの。」 きいろいお花さんは、さみしくなりました。おかあさんから言われたのです。 「ちょうちょうさんがきたら、 やさしくむかえてあげなさい。」わたしは、ちょうちょうさんのために、花をさかせるのだと思っていたので、とってもさみしくなりました。 「ねえ、おしえて。 おはなはすぐにかれるけど、 きいろいお花さんは どこにいちゃうの。」 きろいおはなさんは、びっくりしました。おかあさんは話してくれませんでした。お花がさいたあと、わたしがどこにいくかについて。お花さんは、こわくなりました。こわさで、しぼんでしまいそうになりました。 そのとき、かくれていた太陽が出てきました。きいろいお花さんに、光がそそがれたのです。虹色の光をあびたとき、いままでのさみしさ、こわさが、どこかにいってしまいました。 「ねえ、おしえて。 きいろいお花さんは、 どうして光かがやいているの。」 きいろいお花さんは、ちいさな女の子にこたえました。 「わたしに声をかけてくれる、 あなたにあえたことがうれしくて、 いっしょうけんめいに、かがやいているんですよ。」 ちいさな女の子は、ちいさなこえで「ありがとう、きいろいお花さん」とささやいてくれました。 きいろいお花さんは、ちいさな女の子と、こころが通じたことにきがつきました。そして、とってもやさしい気もちになって、しずかなねむりについたのです。 きいろいお花さんを見つけたときは、そっとささやいてあげてくださいね。「咲いてくれて、ありがとう」と。
2005.07.18
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天使幼稚園の入り口に「守護の天使」の像がある。子どもたちが守護の天使に守られている様子を目で見えるかたちにしたものだと思う。 子どもたちは、守られていることを知っている。子どもたちは、常に守られていないと、心が閉ざされ、心の成長が止まってしまう。心を開ける時間が長いほど、心が強くなってくる。親、親戚、そして大人たちに守護されている子供たちは幸せ。 しかし、自分が守護されていないことを実感している子供たちは、自分の力で自分を守るしかない。心の壁を閉ざしてみたり、過剰に攻撃することによって自分の身を守ろうとする。自分で心を閉ざしている限り、本当の心の成長と安定はないように思える。 自分が守られている事を信じている子供たちは、自分より弱い子供たちを守ってあげようとする。自分が守られている事を信じている大人たちは、自分の周りの人たちを守ってあげようとする。 僕は、偉大な大自然に守られていることを感じるようになってきた。自分の中にある直感というかたちでのメッセージを信じることによって、行動に流れが押し寄せてくることを知っている。自分なりに、この状態を、「守護されている」と定義した。そして、自分が防御しなくて良い分のエネルギーを、周りの子供たちを守ることに使ってあげたい。 子どもが持って生まれた本当の能力を、物質主義的な大人の都合によって、押しつぶされてしまわれないように。その子たちの、本当の心を理解してあげるために、目と雰囲気で「わかっているよ」というメッセージを送ってあげたい。 子たちが持っている、本当に大切なものを押しつぶさないため、私たち親は、どんなことができるのでしょう。
2005.07.17
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お父さん、お母さんのサポート活動を開始します。本当に急がないといけない状況になっていることを身体で感じています。僕が動くことで、だれかの安らぎにつながれば幸せです。 子どもの英語教室の参観のため横浜の上大岡に行きました。そして、上大岡の区民文化センター「ひまわりの郷」に立ち寄り、会議室を予約しました。 先日コーチといっしょに決めた子育支援の座談会の期限が8月末だったので、勢いで場所を予約しました。 場所と時間が決まれれば、あとは内容を決めて、案内を出すだけです。このブログで案内を出しちゃえば、あとは内容だけ。でも、内容といっても、暖かくて安心できる場を創り、参加してくれたお父さん、お母さんの話の流れから、瞬時に内容を決めていく、ライブの会にしたいので、よく考えてみると、内容も決まっています。 会議室を決めて、どんどん会を開催すること。走りながら、より深い内容の会を創り上げれば良いことに気がつきました。 上大岡の自由空間で、お昼を食べました。屋上の光窓から、太陽が差し込んできました。うれしくなって写真をとりました。カメラの構造による光の反射だと思うけれど、嬉しい光が映っています。右側にに小さな虹の細かい光があります。そして、レンズの内反射の紫色の光の中に、あたたかいものがうつっているように感じるのです。本当の目的に向かって歩き始めたお祝いの光のように感じます。【イベント名】「わ」になって語ろう会 -親から子どもに伝えたい3つの力-【日時】 2005年 8月21日(日) 10:00-11:30【場所】 横浜市港南区民文化センター「ひまわりの郷」 会議室A 京浜急行上大岡【定員】 6名【参加費】500円【申込】 ぴょん☆ rainbow.coach@nifty.com【主催】 レインボーアイランド代表 赤間勝明 http://plaza.rakuten.co.jp/kodomononiji/ CTI Japan コーチング応用修了 ・ハートフルコーチ養成講座上級修了【概要】 円く輪になって座って、ひとつのテーマについてお話をしていきます。 その輪では、なにを言っても否定されない、安全な場です。 その輪に投じられる、お父さん、お母さんの言葉を、しっかりと聴き その輪の中で、できうる最高のサポートを、みんなで創り上げてみたいと思っています。 第一回テーマは「親から子どもに伝えたい3つの力」です。 気軽に参加してみてください。
2005.07.16
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子育てサポートに関するイベントをご紹介します。僕の学んだハートフルコミュニケーションの講演会が横浜市金沢区金沢八景の近くで開催されます。僕は予定があり、お手伝いには参加できないのですが、池川クリニックは、エミの生まれた産婦人科なのです。そして、ハートフルコーチになるきっかけとなったのも、池川クリニックでのハートフルセッションです。お父さん、お母さん、そして、これからお母さんになる人たちに、お勧めの講演会です。【イベント名】ハートフルコミュニケーション講演会【日時】 2005年 7月24日(日) 10:30-12:30【場所】 池川クリニック 横浜市金沢区大道2-5-13【参加費】1000円 ご夫婦ご一緒の場合はお二人で1800円【申込】 電話TEL 045-786-1122 FAX 045-786-1125 池川クリニック http://www1.seaple.icc.ne.jp/aikegawa/【主催】ハートフルコミュニケーション http://www.ys-comm.co.jp/ys-comm/heartfulcommunication/index.html☆ハートフルコミュニケーションの意義(菅原裕子さんのページから転記) http://www.ys-comm.co.jp/ys-comm/heartfulcommunication/reception.html#02世の中の変化はますます速度を速め、その変化に対するおそれは私達の生活に浸透しつつあります。親は子どもの将来を想い、幸せに生きるための準備をさせてやる必要があるにも関わらず、ほとんどしてやれる事がないのが現実です。私達親が生きてきた世界とは全く違う社会で生きていく彼らに、一体何を教えればいいのか。ハートフルコミュニケーションは20年以上人材開発の現場で、社会人を教育してきたノウハウの中から生まれました。3つの価値観((1)愛する事、(2)責任、(3)人の役に立つ喜び)は私達大人が「子どものころに教えて欲しかった!」と願う生き方です。遅ればせながら親としてせめて我が子には伝えたいと実践する中で、講演やワークショップが誕生しました。少年事件が続発する中、文部省はプロジェクトチームをつくり、対応策の検討を始めました。学校で何を起こすかは未だ不明ですが、答えはそこにはありません。問題の根っこは親にあります。私自身一人の親としてそれを言うのは冒険です。つまり私が問題の根っこだからです。でも、だから声をあげなくてはいけないと感じています。「日本中の親にハートフルコミュニケーションを」これが私の夢です。
2005.07.15
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川崎のミューザの部屋に、お母さんたちの輪ができている。鈴木安子さんの呼びかけで、5名のお母さんが、お試し版「ハードフルセッション」に参加している。 お母さんにとって、この2時間という時間を作るためには、大変な思いをしてきたことが、雰囲気で感じられた。名古屋から参加したハートフルコーチの同期の友だちとともに、みんなの輪の中に入れたことに感謝しています。 自己紹介の場面から、それぞれのお母さんの思いが、心を通じて伝わってきます。そして、どうにかしてより良い親になりたいという母性を強く感じる事ができました。 一人ひとり、環境の違う家庭で、毎日の家事と子育を両立させ、一生懸命とりくんでいる姿。そして、母としての役目を達成しつつ、さらに一人の人間として成し遂げたいことを探求している姿に、勇気をもらいました。 僕は、ハートフルセッションに来ているお父さん、お母さんたちに、アドバイスを与える事はできません。答えは、お父さん、お母さんたちの中にあるからです。コーチは、話しを聴きながら、話しの膨らむ質問を投げかけるだけです。今回、ハートフルセッションに参加して、そのことを再認識しました。 お父さんたちが参加したくなるような、ハートフルセッションを考えてみる事にしました。子どもと接する時間の少ないお父さんが、子育てを楽しめるように、自分なりのアイデアを考え、実際に開催してみることにしました。 ハートフルコーチのような子育てサポートが、本当に求められていることを強く感じた一日になりました。
2005.07.14
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えみ☆ぴょんは、朝が苦手です。夜は9時半までに寝る事になっているのですが、楽しいことがあった日は、ついつい寝るのが遅くなってしまうのです。 そんな時、えみ☆ぴょんは、不安になります。 「明日の朝、寝坊して学校に遅刻したらどうしよう。」 不安のまま眠る事ができないので、家族のみんなにお願いすることにしました。 「お父さん。 明日の朝起こして。」すると、お父さんは、予想通りの答えが帰ってきました。 「朝起きるのは、えみ☆ぴょんの責任だよ。 遅刻してみる経験も楽しいかもしれないネ」 たよりにならないお父さんだこと。 今度は、お母さんに頼む事にしました。 「お母さん。 明日の朝起こして。」 「・・・・・」 「ねえ、ねえ、お母さん、明日の朝起こして!」 「・・・・・」 すでにお母さんは眠ってしまっています。 「たよりにならない両親だな。」と思いながらも、お気に入りの目覚まし時計をしっかりとセットして眠ることにしました。 両親は朝早くから起きています。でも、起こしてくれないことが分かっているので、頼りになるのは天使さんたちだけ。「お願いです。 明日の朝、6時半に、目が覚めるようにしてください。」そうお願いして眠りにつきました。 「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピピピピピ、朝だよ、起きて、おはよう!」えみ☆ぴょんは、まだ眠いのです。起きたいけれど、からだが動かないのです。とりあえず、目覚まし時計を止めました。 ふと、先月のことを思い出したのです。目覚まし時計を止めて、二度寝をしても、だれも起こしてくれません。目がさめたときは、学校に行く時間の20分前だったのです。朝ご飯を食べないで、そのまま学校に行きました。お昼の給食までが、長いこと、長いこと。あの思いは、したくないので、やっぱり起きることにしました。 「おはようございます。」笑顔で朝のあいさつをしました。楽しい一日の始まりです。
2005.07.13
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ごきげんネットワーク代表の鈴木安子さん主催による、「ハートフルセッション」が9月から開催されます。今回は、それに先立って、お試し版「親のためのコーチングセッション」が7月14日に川崎で開催されます。僕は、ハートフルセッションの進め方を学ぶため、参加予定です。詳しい情報は、安子さんのページでご確認願います。1.開催日:2005年7月14日(木) 2.時 間:午前9:45~11:453.場 所:ミューザ川崎 【音楽工房】内 会議室I4.参加費:1000円(消費税含む)5.定 員:10名6.講 師: 鈴木安子さん(ハートフルコーチ)=== 鈴木安子さんのページから一部をご紹介します。=== お試しハートフルセッションのご案内 ~親のためのコーチングセッション~ 2004年より鶴見でスタートしたハートフル勉強会。月1回ハートフルコミュニケーションに触れていただく為のみなさまとの時間です。このたび、その名称を“ハートフルセッション”と改め、9月より6回コースでスタートすることに致しました。1グループの人数は4~6名を予定しています。日ごろ感じていることや、実際にご家庭で起こっていることを中心に、気軽なカジュアルセッションとして進めてまいります。とはいうものの、どんな人たちが参加するの?雰囲気はどんな感じかしら?と思われている方もいらっしゃるかもしれません。そこで、お試しハートフルセッションの場を設けることに致しました。ご興味のある方はどうぞお気軽に参加してみてください。準備は要りません
2005.07.12
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「ぴょん☆ぴょんと、えみ☆ぴょんは、うさぎのおやこです。 毎日が楽しくて、たのしくて、身体が自然に踊りだしてしまうのです。」 ぴょん☆ぴょんは、いたずらが大好きな父親うさぎです。えみ☆ぴょんは、小学校に通っている、お踊りの大好きな女の子です。 「子どもの生きる力」と「親の自信」を取り戻すために、子育てコーチとしてサポートを続けることにしました。僕の得意とする、ネットワーク作りと、メッセージによる伝承、そしてコーチングを3つの柱として、子育てに意欲的な皆さんへのサポートをさせていただきたいと考えています。 そして将来、ハートフルな大家族の集う、ハートフルアイランドで楽しい合宿を開催することが、僕の夢です。そのためにも、新しいコンセプトをもとにした、新しいブログを作っていきます。 コーアクティブコーチのメーリングリストでも、子育てサポートを実践している情熱的な人たちが集まり出しました。僕のやりたい事を、ありのまま知ってもらうためにも、ブログという形で、ゆるがない思いを外に向けてアピールしていきます。 「うさぎのおやこ」に訪問してくれた親子にプレゼントしたいこと。 それは、心の安らぎと、自分自身への愛。僕のブログにたどり着くと、なぜか心が安らぐような、優しさにつつまれたブログにしていくます。 想像してみてください。親と子どもが、それぞれに自分の行動に自信を持ち、どんなことが起きても、生き続ける力を身につけたうえで、親と子が、お互いに愛を贈りあう姿を。自立した親と子は、お互いの相乗効果によって、お互いに成長し続けるのです。 キラキラした目をして、笑顔で笑いあう親子の姿を、想像してみてください。その姿は、あなたと、あなたの子どもの、未来の姿なのです。
2005.07.12
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一年前の僕の日記からスタートしている、このブログは、子育てコーチとしての成長過程を記録しています。ハートフルコーチ養成講座で1年間学んだことによって、自分自身から発信する言葉が、どのように変化したのかとっても楽しみです。
2005.07.11
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「あなたは、親に、どのように自尊心を植えつけられましたか。」悩んでしまう質問ですよね。自尊心という言葉が、受取る人の状態によって、異なる解釈になっているのです。 物質的に恵まれ、物質をできるだけ多く手に入れることが幸せだと感じていた、2年前の私だったら、このように答えたと思います。 自尊心とは、「自分が優秀であることを、他の人に継続的にアピールするために、心がけておくべき自分の心構え。」 昔の自分は、他の人との比較によって、自尊心を生み出していたのです。他の人より、良い学校に入学して、他の人より良い会社に入るように、親にしつけられていました。その時代は、このやり方が正しいと思っていたから。その時代の考えとしては、間違ってはいませんでした。ただ、今の時代に合わなくなっているだけだと、私は思います。 子育てコーチング、パーソナルコーチングを学んでいくうちに、自分の中に、まったく別の自尊心が育ってきました。 神秘的な愛によって、赤ちゃんとして命を受けた。そして、無力な自分を、無償の愛で育ててくれた。今の自分が存在しているためには、自分のことを気遣ってくれた人から、優しい心をもらっているから、生きてこれたと感じます。 こんなに大きな大切なものを、受取っている自分自身を尊いと思うこと。 「この世界に、生きていることに、大きな価値があるんだ。」と、心の底から確信すること。 それが自尊心だと思っています。 生きている本当の価値を、考えるだけではなく、行動に移すことが大切。自尊心をさらに確かなものとして感じ取るために。
2004.12.03
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「エミが世間に出て、困らないように言っているんだ。」親として、「しつけ」という理由で、子供の行動を、細かく指示している自分に気がついた。叱ることで、子供の行動が変わるだろうか。 実際、叱っても、その場限りで終わってしまい、何回も、何回も、同じことで叱るようになってくる。習慣がつき出すと、こんどは、親の前では「叱られない」ように振舞う子供に育ってしまう。 その危険性を教えてもらったのは、菅原裕子さんのハートフルコーチ養成講座だった。 「自分にとって都合の良い子に育てるために叱ったことは何回ありますか。」 食事はきれいに、すばやく食べましょう。 出かける時は、すばやく用意をしましょう。このような親の都合で、何回も「早くしなさい」を言ったことでしょう。親の立てたスケジュールに子供を合わせるために、叱り続けること。 これは、親が子供の行動を支配していることにならないでしょうか。 支配され続けた子供は、常に親の顔色をうかがいながら行動するようになります。 自分の行動を、自分で判断するのではなく、親の判断基準にゆだねるのです。 行動は消極的になり、いつも不安と共存する人生を歩むことになるのです。 自分の会社での行動で気がついたことがあります。 「上司に叱られないように、顔色をうかがっているということは、上司に支配されている」ことなのだと。 そして、上司にとって都合の良い部下に育つまで、上司は叱り続ける。そして部下は消極的になり、不安とともに生活するようになるのです。 「あなたの人生にとって、上司に支配されることは、どのような意味をもっているのでしょうか。」 情熱を取り戻すためのは、支配されるのではなく、自分で自分をコントロールすることが重要だと、私は思います。 「サーカスの象」で人生を終わらないためにも。
2004.11.11
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虹の戦士ミドぴょん☆は、6色の仲間たちを探す旅をしていました。 「こんどは、どんな色のカエルさんに出あえるかな。」ワクワクしながら、いろんな集いに参加していました。 そして、出合った人がもっている色を感じていたのです。 ある日、お母さんガエルのための子育て勉強会に参加したときのことです。 向かい側に座っているカエルさんから、白い輝きがあふれていたのです。 その光を見た人に、エネルギーを与えるような元気いっぱいの白い光です。 「虹の戦士に白いカエルはいなかったよね。」そう思いながらも、その強い光にすい寄せられていきました。 そのかえるは、自分のことをシロぴょん☆と名のっていました。 そして、面白いことに気が付いたのです。 シロぴょん☆が放っている色は、12色の色だったのです。その光が溶け合って、白い光になっていました。 シロぴょん☆は、12色の色を操って、周りの人の心を癒しているのです。思わず僕も自分の色を分析してもらいました。 そして出た答えは、自分の弱さを言い当ててくれる、喜ばしい結果でした。 シロぴょん☆の分析力は、すばらしいものがあります。 これからも、たくさんのひとの心を癒してくださいね。 シロぴょん☆とわかれてから、ミドぴょん☆は、色分析の内容をしっかりと受け入れました。 「弱さを克服するのではなく、強さを磨いて弱さを消滅させてしまうのが僕のやり方。」 ミドぴょんは、朝日に向かって、大きな白い翼を広げました。これ以上伸びないくらいに、広く外側に伸ばしたのです。すると、びっくりするようなことが起きたのです。翼が広く、大きくなっていったのです。ミドぴょん☆は、嬉しくて、ぴょんぴょん跳ねました。心のなかに、キラキラのエネルギーがサラサラ入ってくるのを感じながら。
2004.11.06
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「なにやってるの、ちゃんと立ちなさい」 鶴岡八幡宮の階段の前で、5歳の子どもが泣いていた。 そして、側にいたお母さんは、無理やり子どもを立たせて、記念の写真を撮ろうとしていた。 心に寂しさがよぎった。 その子どもにとって、七五三の想いでは泣いたことと、お母さんに怒られたことで埋め尽くされてしまうのだろう。 子育てコーチを学び始めてから、親と子どもの会話が気になってしまう。 楽しいはずの七五三のお祝いの場所でも、お母さんが子供を怒る声が頻繁に聞こえてくる。 階段の上の所で、写真を撮るのをいやがっていた子どもの心に、なにがおこっていたのだろう。 これは、僕が感じたことで、その子どもに聞いたわけではない。 長い階段を登りきったところで、後ろを向いて立ってみた時を想像してみてください。 目の前には、広い景色とともに、いままで登ってきた階段が谷のように見えてくる。 下に落ちそうで、大人だって恐くなってしまう。 写真を撮りたいお母さんの視点は、下から上を見上げる視点。 まったく恐さを感じないだろう。 自分の視点で物事を判断すると、子どもの視点でどんなことが起こっているか理解できないようになっている。 それに気が付くか、気が付かないかの違いだけ。 七五三は、誰のためにあるのでしょうか。 私は、子供のためにあるのだと考えています。 親に付き添ってもらって、自分の力で参道を歩き、なれない靴や草履で階段を登り、大人といっしょにお参りをすることが、成長の一つの節目としての想い出になるのだと思います。 ほんの一日だけでいい。 子供が自分の力と判断だけで、行動をする日をつくってあげたい。 そのとき親ができることは、危険がそばにこないように、近くで見守ってあげるだけ。 子供の成長を喜び、自立する子供に対して優しいまなざしで認めてあげるだけでいい。ただ、それだけ。
2004.11.05
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「急いでいるんだから、ぐずぐずしないの。」 7歳になった子供は、親が急いでいても、マイペースでのんびりおでかけの用意をしている。 「バスが行っちゃうよ。」 いらいらしてくる自分に気が付く。 「早くしないと、置いていくよ。」とおどしてしまう。 出かけるときにくり返される子供とのやりとり。 「あなたの怒りの原因を探してみませんか。」 原因は、子供に決まっている。 自分一人だったら、怒ることもないんだから。でも、本当に子供が原因で、自分のイライラが生じているのでしょうか。自分の理想的な計画では、子供は準備だけに集中して、すぐに出かけることが出きるようになるベキという思いこみがあるようです。 それに沿わないとイライラが発生するのです。 子供は親の手伝いをするベキ。 試験前は、勉強をすベキ。 食べ物は好き嫌いなく食べるベキ。 食事は30分以内に食べるベキ。 オモチャは使い終わったらすぐにかたずけるベキ。 少し考えただけで、子供に対するベキがいっぱい出てきます。 子供の行動が、少しでもこれらのベキから外れると、イライラが生じて来るのです。 本の少しだけ、ベキを少なくしてみましょう。 すると、怒りの数が少なくなってくることに気がつきます。 子供自信は、なんにも変わっていないのに、自分のベキを変えるだけで、イライラが少なくなってくるのです。 自分の怒りの、本当の原因は、自分自信のベキと現実の子供とのギャップにイライラしていたことに気が付きます。 怒りの少ない生活を望むならば、ベキを紙に書き上げ、一つ一つベキを消していくことをお勧めします。
2004.10.30
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「ぼくは、なにをすればいいんだろう。」 静かな湖畔のほとりで、ミドぴょんが一人つぶやいています。 7人の虹の戦士たちの一員となったミドぴょんは、だれかに会いたくて、一人湖畔にきたのです。 しかし、ここには誰もいません。 夜の空には、きれいな星が輝いているだけです。 ふと、思いだしました。 今日は特別な日だったんだ。 冥王星、天王星、土星、木星、月がきれいな5角形を作りだす天体ショーの日だった。 「惑星が5角形を形成するときに、願い事をすると、なにかが変わり始める。」という話しを聞いたことがある。今の自分が、世界にむけて伝えたいメッセージってなんだろう。ミドぴょんは、湖と森と月にかこまれて、静かに考え、そして、静かに口をひらいた。 「私たちの地球に存在する すべての人たちが 自分の本質に気がつき 心に愛の炎を灯し続けますように。」 心の中から出てきた言葉だった。 感謝の気持が胸にあふれてきた。 ふと気が付くと、遠くから桃色の未来ガエルが飛んできた。 7色の戦士のモモぴょんだった。 ぼくのメッセージが聴こえたので、急いで飛んできたと話してくれた。そして、素晴らしいモモぴょんのメッセージを受け取った。 「私の大切にしている価値観の中に『生まれたての地球』というのがあります。」心の弦がビーンと響いた。 「生まれたての地球」って、どんな雰囲気だろう。赤ちゃんが生まれたときの、神聖であり、無限の可能性を秘めている息吹を感じている。
2004.10.29
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ここは森の湖畔です。学者ガエルのガクピョンは、老人の言葉のなかに、不思議な魅力を感じている自分に気が付きました。「さよう。 昔、空を飛んだことがあるからじゃ。」という老人の言葉に対しても、素直な心で受け取ることができたのです。 突然老人は、ガクピョンに質問を発したのです。 「おまえの役割は何だと思っているかね。」 「私は、学者です。」と胸を張ってガクピョンは答えました。 「それは、役割ではない。 学者という肩書きを脱ぎ捨てたとき、おまえの役割はなんじゃ。」 ガクピョンはプライドを傷つけられたように感じ、すこしムッっとしました。 しかし、深いなにかを感じ、冷静に自分を見つめてみることにしました。 「学者を脱ぎ捨てたら、私は父です。」そう答えたのです。 「それは、役割ではない。 父として生まれてきたのではない。 おまえの役割はなんじゃ。」 ガクピョンは動揺しました。 学者としてプライドを持ち、良き父として家族を支えてきた自分に満足していたのです。 その大きな自信を脱ぎ捨てたとき、なにも無い自分に気づいてしまったのでした。 「自分って、なんだろう。 自分にしかできない役割って、何だろう。」 考え始めると、答えが出てきません。 すると、老人は答えました。 「自分の役割を見つける旅が人生だと、私は考えている。」 ガクピョンは、それを聞いてほっとしました。 「これから見つければ良いんですね。」 何かに気が付いたガクピョンは、大急ぎで家に帰って行きました。 自分を探すための準備をするために。 その後、このガクピョンの出来事は、伝説として、後世に伝えられています。 今日も森の湖畔では、老人の周りに輪になって、子供から大人まで集まってきています。そろそろ、老人のお話が始まります。 「わしの名はガクピョンじゃ。 昔は学者をやっていたのじゃが。。。」
2004.10.26
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ここは森の湖畔です。学者ガエルのガクピョンは、「お父さんの祖先は、どんな生活をしていたの。」という子どもの質問の中に、なにかを感じ、老人の昔話を聞きにきました。 大きな焚き火をかこんで、子供から大人まで、輪になって座っています。 みんなの顔は、旅行に出かける前のような、緊張感と期待感でいっぱいの表情をしていました。 ガクピョンは、祖先の叡智を伝えるためのペトログリフ(岩石線画)を手で触れながら老人の話しが始まるのを待っていました。 突然、焚き火から白い煙が立ちこめて、おおきなスクリーンのようになりました。そして、映画のように、そのスクリーンに空を飛んでいるカエルの姿が映ったのです。7色のカエルたちは、湖の上を気持よさそうに飛んでいました。 「空を飛べたらいいのにな。」ガクピョンが考えたそのとき、老人はガクピョンに問いかけたのです。 「あなたが、空を飛びたいという理由を聞かせて欲しい。」 突然の問いにビックリしました。そして、自分の中に答えが見つからないことに、戸惑いを感じたのです。 「なぜ、空を飛びたいんだろう。」 自分の中で考え始めたとき、ふと、夢の事を思いだしたのです。小さいときに、何回もなんかいも見た夢の中で、ガクピョンは空を自由に飛んでいました。そのことを思い出して、一言答えました。 「昔、空を飛んでいたから。」 自分の答えにビックリしました。ペトログリフに書かれている絵の内容を、自分が認めていることに自分でも驚いているのです。 老人は答えました。 「さよう。 昔、空を飛んだことがあるからじゃ。」 ガクピョンは子どものように、好奇心で一杯です。 昔って、いつなんだろう。
2004.10.24
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「だれが、落書きしたのかな。 変な絵だな。」 学者ガエルのガクピョンは、山の通り道で不思議な石のかけらを拾いました。 その石には、空を飛んでいるカエルの絵が刻まれていたのです。 「カエルが空を飛ぶなんて、現実ばなれしている。」 「世界中の図鑑をみても、のっていないだろう。」 学者ガエルのガクピョンは、その石をポケットにほうりこんで、急ぎ足で家に帰りました。 家に帰るとガクピョンの子供が宿題をしていました。 そして、ガクピョンに聞いたのです。 「お父さんの祖先は、どんな生活をしていたの。」 ガクピョンは答えました。 「おじいちゃんは、今よりも不便な生活をしていたんだよ。」 子供は、言いました。「ちがうよ。 もっともっと前の祖先の生活だよ。」 ガクピョンは、「お父さんは興味ないんだ。 今の生活が満足していれば、それでいいんだ。」と答えました。 そう言ったガクピョンの心が、なぜかチクリと痛んだのです。 ふと、祖先のことを自分の子供に伝えないと、大切な何かが立ち切れてしまうような不安を感じました。 「そういえば、森の湖畔で、昔話を話してくれる老人がいると聞いたことがあったな。」 「今から行ってみるとするか。」 ガクピョンは、森の湖畔で開かれている、集いに引き付けられるように向かいました。焚き火の周りでは、子供から老人まで、世代をこえて人が集まっていました。 そこに現れた老人を見てビックリしました。 なぜなら、その老人は、石に刻まれているカエルの姿そっくりだったのです。 たった一つ違うのは、背中に翼が生えていないことぐらいです。 ポケットにほうりこんだ石のかけらを急いで出して、その絵を老人に見せました。 「祖先の叡智を伝えるためのペトログリフ(岩石線画)じゃよ。」 老人は懐かしそうに石を眺めているのでした。
2004.10.23
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「あれ? きみはだれ。 どこからきたの。」 目の前に、不思議なカエルが現れた。 大きな2つのキラキラした目。 いつも微笑んでいる弓型の口。 そして、カエルのような顔の下から、いきなり2本の足が生えていた。 肌の色は若葉のような薄い緑色をしている。 一番驚いたのは、背中に翼が生えていたこと。 たぶん飛べるのだろう。 カエルに見えるけれど、いままで見たことのない生き物だった。 目の表情から推測すると、僕の言葉が分かるようだ。 ふと、カエルの名前を思い出した。 「未来ガエルぴょん」 初めて会ったのに、昔から知っているような不思議な感覚だった。 そして、頭の中に、静かな湖の情景が浮かんできた。 「これが、きみの住んでいる場所なんだね。」 未来ガエルは、声を出さないけれど、目で応答してくれた。 いつのまにか、静かな湖畔のほとりに立っていた。 足元をみると、とっても柔らかな大地が広がっていた。 そして、目の前には、鏡のように安らかな青い湖面が広がっている。 その大きな湖は、若葉が生い茂る山々で囲まれている。 「大自然の神秘って、こんな雰囲気なんだろうな。」と思いながら、ぴょん☆の姿をさがしてみた。 「あれ、どこにいるんだろう。」 探し始めると、いろんな場所に、いろんな色の未来ガエルが見えてきた。 一人ひとり「みっけ」と言うと、自分の周りに飛んできた。 どうにか6人までを見つけることができた。 あと一人いることが、雰囲気でわかった。 目をこらして、森のすみからすみまで探してみた。でも、どこにもいない。 「すごく近くにいるような感じがするんだけれどな。」「ちょっと飛んで探してみようかな。」「あれ、僕ってとべるんだっけ。」 ふと気が付くと、自分の背中に翼が生えていた。 なんだ、7番目の未来ガエルって、僕自身のことだったんだ。 7色の未来ガエルは、これから湖畔のほとりで繰り広げられる出来事を予感して、ワクワク、そわそわ落ち着かない。 いったいなにが起きるのでしょうね。
2004.10.21
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「あそこのミカン、おいしそう」 季節の味と香りを楽しむために、ミカン狩りに行ってきました。 緑色の葉のなかに、オレンジ色のまんまるミカンが太陽の光の中で輝いています。 子どもは、食べるよりも、ミカンをとることに一生懸命です。 少しでも色の濃いミカンをもとめて、木の高いところに手を伸ばして、丁寧に一つ一つハサミで収穫しています。 オレンジ色の光と、柑橘の香りの中で、あまいミカンを味わうことは、心から安らぎを感じる瞬間です。 大地と太陽の作りだす不思議な果実から、身体に心地よいパワーをわけてもらった感じがしました。 「全ての感覚を使って、自然を楽しむことを生活のなかにとりいれてみませんか」 自然と触れるチャンスのない子供たちは、大人のつくりだした無機質な環境を、自分の外部環境の全と考えているように感じます。 心に元気が無くなったとき、自分の周りの無機質な外部環境から、安らぎのパワーをもらうことは期待できません。 刺激的なゲーム、豪華な装飾品では、安らぎは得られないように思います。 自然と触れるチャンスに恵まれた子供たちは、自分のとりまく環境の外に、もっともっと大きくて雄大な自然があることを身体で覚えています。 その大自然に自分の身を置くことによって、安らぎがもどることを、心の奥で覚えているのです。 小さな自然体験のチャンスに恵まれたときは、自分の自然に対する想いを、どんどん子供に投げかけていくようにしました。 大地の恵みと太陽の恵みをいっぱいに受けて、すくすくとオレンジいろの果実が育っている。 そのおいしい果実を、だれかが喜んで食べ、大地と太陽の恵みを身体の中に取りこんでくれることだけを願っているように感じたことを、素直に子供に語ることにしました。 子供は、何かを感じ、少しづつ、大切なものを受け継いでくれるようにと願っています。
2004.10.17
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「ミッキィー、ハッピィー」 これは、鈴木安子さんから教えてもらった魔法の言葉です。「ラポール(心の架け橋)名人になろう 一瞬で人間関係を築く秘訣」のセミナーの中で、笑顔を作る練習をしました。 鏡に自分の顔を映した状態で、「ありがとうございました。イー」と声に出して言ってみるのです。 すると、最後の「イー」という時、笑顔になるのです。 口の両端の部分が、「イー」と言うことによって、笑顔の口になっていました。 言葉の最後に「イー」を付ければいいのですが、日常では「ありがとうございました、イー」とは、言いにくいですね。 そこで便利なのが、最後の言葉に「イー」がつく「ミッキィー、ハッピィー」という言葉です。 ミッキーの魔法を一つ教えてもらったように感じました。 東京ディズニーランドのパレードで、みている子供たちが、「ミッキィー」と呼んでいる顔は、まさに笑顔満開です。 大人達も、「ミッキィー」と叫びだすと、笑顔の連鎖が起こっているのです。 笑顔になると、顔の筋肉が刺激されて、身体に良い成分が分泌されことを、衛藤信之さんから教えてもらったことを思いだしました。 健康の為にも、ディズニーランドに行って、みんなで「ミッキィー」と叫んでみることをお勧めします。 ディズニィーランドが遠い人は、子どもと一緒に、魔法の言葉を練習してみましょう。 大きな声で、何回も「ミッキィー、ハッピィー」と言ってみるのです。 鏡に向かって毎日練習すると、だんだん笑顔が習慣になってきます。 そして、いつのまにか、家の中が笑顔のファンタジーランドになってしまうのです。 みなさんも、いろんな言葉を探してみませんか。 私がみつけた言葉として、「ミニィー、キティー、ミフィー、マミィー、エミー」を紹介しておきましょう。
2004.10.16
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コーチの友達から「ダンス ウイズ ウルフ」という映画の作品を教えてもらいました。 観終わったあと、心に熱さを感じている自分に気づきました。 そして、映画から、「人間らしく自信を持って生きぬく」というメッセージを受けとりました。 大自然のなか、野生のバッファローを弓矢でしとめ、その肉を食べ、毛皮をまとうこと。 柵の中で飼育された動物ではなく、大自然に生きている動物を、自分の力で獲得すること。 一瞬、いっしゅん、生命を駆使して生きないと、淘汰されてしまう自然の掟を肌で感じました。 今の子供達は、人間の本来持っている生きるための力を駆使しているでしょうか。 そして、私たち大人は、生命をとぎすまし、一瞬、いしゅんに、生きているでしょうか。 ダンス ウイズ ウルフと呼ばれた主人公は、ネイティブ・アメリカンとの交流によって、本来の人間の力を取り戻していくのです。 そして、仲間を尊び、自分を尊い存在として、全てに責任をもって生きるようになるのです。 昔のしがらみに遭遇しても、いまの自分をより高いものとして、自信をもって態度で表すような、リンとした志を感じました。 私は、人間の原則にそった自信を手に入れました。 過去のしがらみに遭遇しても、びくともしないような、大きな湖のような自信です。 この自信を手にいれるためには、とても多くの先輩たち、そして友達からの気づきが必要でした。 人と人との会話による気づきを大切にしています。 そして自分の深層心理からピョンと出てくる「ひらめき」を素直にうけとることを心がけています。 ゆらがない自信をもった大人たちが増えてくると、子供たちは、すぐに気が付きます。 「なんで、あの大人たちは、あんなに自信に満ち溢れているんだろう?」と、好奇心をもってくれます。 そして、叡智を分け与えるための、ストーリーテリングが始まるのです。 世界中が、自信みなぎる大人たちで、いっぱいになりますように。
2004.10.15
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「これ、なんにみえる」 食卓の上には、おいしそうなオムライスが用意されていました。 そして、オムライスのうえには、ケチャップで3本線が引いてあります。 この弓型の3本線は、7歳のエミが描いたようです。 「なんだろう、もしかして、虹かな」 と私が答えると、エミは「せいかい。 わかってくれなかったら、どうしようかとおもった」と言いました。 「お父さん、嬉しいな。 虹を食べちゃうぞ。」 といいながら、心のこもったオムレツを味わいました。 手作りの食事と、レストランの食事との違いは、どのようなことだと思いますか。 味付けでしょうか。 料金でしょうか。 私は、心だと思います。 料理をつくる人の、心が、自然に料理に伝わり、その料理を口にすることによって、心が伝わるのだと実感するようになりました。 自分のためにつくった料理と、家族が作ってくれた料理を比べると、なぜか味がちがうのです。 愛情の伝え方は、言葉、行動だけではないと思います。 心を込めた料理によっても、愛情は伝わるようです。 私は、心のこもった、ふんわり卵のオムレツの上に、子どもの心がトッピングされてた虹のオムレツを心から「おいしい」という気持でいただくことができました。 ふと、子どもと一緒に見ていたアニメを思いだしました。 お菓子の仕上げのときに、魔法の粉を振りかけるのです。 それは、みんなの心が入ったミラクルな粉なのです。 手作り料理の中には、自然なかたちで、心の粉を振りかけてられているように感じてきました。 食卓にのる料理のうちの一品でいいから、手づくりの、心を伝える料理をつくっていくことが、家族の心の繋がりを強くしていくものだと、私は気づきました。 あなたは、虹を食べたことがありますか。
2004.10.06
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とっても昔のできごとです。 みんなのなまえが、文字になっていないような昔のむかし。 人々は、すべてのものに感謝をささげて生きていました。 太陽の光、大地の野草。 全てのものが普通に存在していることが、すばらしいことだと考えていました。 だれもがみんな笑顔で暮らしていました。 木の葉のささやき、雨のおしゃべり、波の歌声に心をよせて、小さなことに、大きな感動をよせていた心の時代があったのです。 いま、あなたの周りには、どのような感動がありますか。 小さな鳥のさえずりに、心をよせるパワーが残っていますか。 人のやさしさに、涙を流す感受性を持ち続けているでしょうか。 一人ひとりの心の中に「冷たい氷」が入りこんでしまったようです。 冷たい心は、北風の集団をつくりだし、世界中に影響力を与えているのです。 冷たい心の持ち主は、そのことに気が付いていません。 自分の影響力を過小評価しているから、世界に影響を与えているなんて、ゴマ粒くらいも思っていない。 冷たい心から湧き出ている、冷たい風を吹きつけて、周りの人の心の扉を閉めさせているのです。 あなたが、虹を見たときは、心の声を聴いてほしい。 「私は、虹の戦士になりたいのか」 世界中が冷たさで埋め尽くされてしまうことを、防ぐことができる虹の戦士たち。 心の温かさという唯一の武器を携えて、冷たい氷を溶かし続ける使命を受けた戦士たち。 心閉ざした人たちに、力の限り温かさを浴びせ続ける。 そして、少しずつ、少しずつ、心が温もりを取り戻す。 まるで、服を脱ぐように、心の壁が薄くなる。 「そのものたち、東の国より来たる。 虹と繋がり、高き志を携えるものたち。 争いの源を、温かき心の力で溶かしきる技を知る。 そのものたち、虹の戦士たちと呼ばれる。」 私は、虹の戦士として、力の限り温かさを伝え続けます。
2004.10.01
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「自分のリュックは、ちゃっと片付けなさい!」 ついつい子どもに言ってしまいます。 外から帰ってくると、床にリュックをボンと置き、本を読み始めてしまうのです。 「家に帰ってきたときは、いつもの場所にリュックを片付けて、それから遊ぶべきだ。」という、自分の生活習慣があるので、それを子どもにも押し付けてしまいます。 しかし、子どものほうは、「片付けなさい」と言われて、シブシブ片付けるだけで、習慣づけようとは考えていないようです。 親がガミガミいうから、片付けるだけ。 親が言わないと片付けない。 こんな考え方が身に付いているのです。 子育てコーチ養成講座で学んだことに、「事実だけを伝え続ける」という技があります。 子どものおこないが、周りの人に対して、どのような影響を与えているかという「事実」だけを伝えるのです。 さっそく、使ってみることにします。 まず、自分の感情を整理することから始まります。 自分の習慣を子どもに押し付けることをやらないように意識します。 そして、自分の理想とする子どもの行動と、現実の子どもの行動とを比較しないことにします。 指導や比較をすると、どうしても怒りの感情が起こりやすくなってしまうからです。 自分の感じたことを、自分のメッセージとして、素直に言葉にすることが必要です。 最初は難しいけれど、すぐに慣れてきます。 自分の感じたことを素直に口に出すだけでいいのです。 たとえば「このリュック、じゃまだな~。」というメッセージを、子どもに向けてではなく、独り言のようにリュックに向けて発するのです。 それを聞いても、すぐには子どもは動かないでしょう。 でも、子どもにとって、一つだけ気づくことがあります。 それは、自分のリュックが床にあることによって、他の人のじゃまになるという事実です。 そして、自分が自分のリュックに対して「じゃまだな」という感情をもったとき、自然に片付けるようになっていくのです。 事実を直視して、自ら変えていく力を伝えていきたいものです。
2004.09.27
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「子どもみたいなこと、しないで!」と妻に叱られた。僕はユニークな大人と言われている。子どもの心をそのまま持ちつづけている大人。 子どもが「楽しい光線」を発射すると、負けずに「ハチャメチャ光線を発射する」。楽しさの光に包まれて、遊びの世界に冒険する。 大人が決めた「子どもみたいなこと」って、何だろう。自分の感じたことを、押し殺すこと?全身で感動を表現することを、あきらめること?それとも、心を全開にしないこと? 「いま、子どもにもどったら、どんなことをしてみたいですか。」 思いつかないってことは、子どもにもどらなくても、今でもできるということなのかな。一つ思いついた。言葉の感性が敏感なうちに、英語の国に留学したい。英語で行われるワークショップに出たいから。 「いま、大人になったら、どんなことをしてみたいですか。」 子どもに聞いてみようかな。そして、子どもの望む「なりたい自分」のイメージを、本という形で残してあげようかな。 未来という言葉で、思い出した。子どもの心で考える、未来の世界の自分の姿。現実的な姿ではなく、自分の心が考える、本当の自分の姿を、子どもと一緒に考えてみたくなった。 「20年後の自分の姿を、子どもと一緒に考える」 画用紙にクレヨンで20年後の自分と子どもの姿を描いてみること。楽しく描いていくうちに「実現しちゃうかもしれない」と思うかも。そう思ったら、実現に向けて、少しだけ行動してみるのも、楽しいですね。子どもと創る、未来の自分像。ワクワクしてきました。 空想に向けて、一歩いっぽチャレンジすること。大人が忘れている子どものパワーを使って、夢を描いてみませんか。 空想が現実になる日が来ますように。
2004.09.21
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「おとうさんは、へんな なまえで よばれたことない?」 「あるよ。 名前がアカマだから、オカマとか、ハカマとか呼ばれたよ。」 「いやじゃなかった?」 「いやだったけれど、なんいも言えないで黙ってた。」 「そうなんだ。」 子どもと話しをしている時に、ふと見せる困りごと。自然な感じで、気持を伝えるだけ。あとは、子ども自身が考え行動している。 子育てにあせっていたとき、心配ごとを聞きだそうとしたことがあった。 「なにか、あったの?」 「学校で、辛いことない?」 とか連発していた。聞きだそうとする力に反発するように、子どもの気持は閉じられていった。 ある日、聞きだすことをあきらめた。そして、子どもからうける雰囲気を伝えるだけにした。 「なんか、楽しそうだね。」 「ちょっと、がっかりしたみたいだね。」 「気持よさそうだね。」 「イライラしているのかな。」 それ以上は無理に話さなかった。しばらくして、子どもが少しずつ学校の出来事を話し始めていることに気が付いた。それも、自然な会話の中で。 自分の存在を認めてくれる人に心開いてくれる。そして、自分と話すことによって、新しい発見があるときは、何度も相談に来てくれる。そのために自分が出来ること。それは、子どもに関心をもって、観察すること。自分の好奇心を包み隠さず表現すること。 そして、自分の感じたことを、素直に伝えること。 それが習慣になってしまうと、なにげない話題から、楽しさが湧きあがり、そして、新たな発見というオマケまでついてくる。いろんな人に好奇心を持って、観察し、その人らしさを発見してあげること。その人の存在そのものを認めていることを、言葉にして伝えること。難しそうだけど、自分に向いていた好奇心を、外に向けてみるだけのこと。 子どもに相談される人になるために、あなたはどんな行動を起こしますか。
2004.09.20
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「今日も夜の9時から、コーチングだよ。 ベッドの部屋で静かに絵本を読もうね」8時50分位から、心を静かにする時間をとっている。全身全霊でコーチングセッションにのぞむための精神統一の時間。子どもにも、私の真剣な雰囲気が伝わるようで、側に寄ってくることはない。 会社で仕事をしている姿を、子どもは見る機会がない。子どもが接することのできる父親は、気が抜けた休日の姿。真剣に仕事に挑む姿を見せたことがなかった。 今、自宅でコーチングをやり始めると、自分の仕事に向かっている姿を、子どもが感じる機会があることに気が付いた。思いがけないプレゼント。 「あなたは、仕事に対する真剣さを、子どもにどのように伝えますか。」 仕事に対する真剣さは、集中度合いで判断できる。時間も忘れ、食事も忘れ、寝る時間も惜しんで取り組むような仕事。その姿を近くで見ることができる子どもは幸せ。 昔、会社の仕事を自宅に持ちかえってしていたことがあった。そのときは、責任感だけで、仕事をかたずけていただけ。本心でやりたい仕事でなかった分、周りに悪影響を与えていた。そして言われた言葉は 「仕事と家庭とどっちが大切なの」。そのいいわけは、 「もちろん家庭だよ。 その家庭にお金を持ってくるために、 一生懸命仕事をしているんだ。」と答えていた。いま考えると、自分の心に嘘をついていたことに気が付く。 今は家族みんなが、自分の仕事を応援してくれている。真剣に取り組む姿に対して、心でサポートしてくれている。 仕事を真剣にするようになってから、子どもとの時間にも真剣さが増した。全てを忘れて、子どもと遊ぶ。楽しさ倍増。今日も、とことん遊ぶぞ~。
2004.09.18
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「だって、じかんがなかったんだもん」子どもは、大人の会話を良く聞いている。そして、使い方も、いつのまにか習得している。 大人達が良く使う言い訳に「時間がないんで、できない」という便利な言葉がある。子供達は、真似して上手に使っている。 本当に時間がなかったのだろうか。素直に「やりたいことは、たくさんあるけれど、そのことは、やりたくない」と言ってもいいように思う。なぜ素直に言えないんだろう。 「やりたくない」 と言えないがために、いろんな言い訳を考える。そのやり方が、自然と子どもに歪んで伝わっていく。 コーチの前では、言い訳は通じない。聞いてはくれるけれど、聴いてくれない。そう、本心ではないことは、聴いてくれない。言い訳と本心との微妙な差を聞き分けられてしまうから。 自分がコーチになってみると、子どもとの会話に変化が起こっていることに気がついた。私が言い訳を受けつけないことを、心の奥で感じ取り、こどもから言い訳を聞かされる事が少なくなってきた。 子どもに「だって、じかんがなかったんだもの」 と言われたとき、あなはどのように答えますか。 昔の私だったら「のんびり遊んでいたからでしょう。」と叱っていた。いまだったら、なんと答えようか。「じかんがなかったんだ。 それで?」 と答えるかな。時間がなかったことは事実として受け取り、そのことについて、本当はどうしたいのかという質問を投げかける。答えが返ってこなくても、じっと待つこと。けっして問い詰めない。何回も、何回も、言い訳が通用しないことを、身体で感じ取ると、いつのまにか本心を話してくれるようになってくる。 親の心構えをしっかりもっていれば、自然に子どもが成長してくる。親が変われば、子どもも変わる。子どもが変われば、親も変わる。 言い訳と本心を聞き分ける感受性を磨いてみませんか。
2004.09.15
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「あっ、セセリだ」 私がそっと指を近づけると、セセリが指に登ってきた。蝶々みたいにキレイではないけれど、なんとなく可愛い。 7歳の子どもも、同じように指を近づけた。すると、スルスルと、人差し指に登って、じっとしている。 「手のりセセリだね」 子どもも喜んで、「てのりセセリ、てのりセセリ」と言いながら、ずっと手にくっつけたままだった。 家について、玄関でお母さんにセセリを見せたあと、空に飛ばそうと、指を立ててじっとしていた。でも、セセリは居心地がよいらしく、なかなか飛び立たない。子どもがセセリのお尻を、ツンツン押すと、ようやっと空に飛んでいった。 その次の日、学校のグランドのネットにくっついているカタツムリを見つけた。子どもが手でつかむと、カラからカタツムリが「びろ~ん」と出てきた。カラをつかんでいる子どもの手に、ネチャっとくっついたのです。 「わー、どうしよう」とさけびながら、落ち葉を拾って、カタツムリの足にのせていました。すると、おもしろいことが起こりました。枯れ葉が、皿廻しのように、ゆっくりクルクルまわり始めたのです。カタツムリが、枯れ葉の上を歩いているのですが、カラをつまんでいるため、葉っぱだけが、クルクル回っているのです。 「わーい、おもしろいね」 といいながら、家までカタツムリを持ってきました。 そして、いまはカタツムリは、家でニンジンを食べています。 いろんな生き物に触れること。そして、肌で、生き物の感触を体験することは、大切なこと。本や映像だけの知識ではなく、身体の感覚で覚える経験が、だんだん少なくなっている今の時代。そんな時代だからこそ、小さくて大きな自然の感触を子どもに伝え続けていきたい。最近、自然の生き物にふれる喜びを、味わっていますか。
2004.09.09
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「おとうさん、あっちいって!!」 子どもがお母さんに叱られて、泣いているときにそばに行くと、いつも言われる言葉。自分と子どもの関係の中で築かれた、おきまりの流れ。いろいろな場面、対話を経験するうちに、どのような関わりをするのが良いのかが少しづつ分かってきた。 最近は、子どもの感情が少し落ち着いたところで、話しを聴きにいく。 「なにがおきたのかな」 行動ではなく、事実だけを聴いてあげる。叱られて、心閉ざしているときでも、事実だけは、素直に話してくれる。 そして、その話しの中に出てくる、子どもの感情の動きを感じとってあげる。事実を話しているうちに、子ども自身も、なんとなく、母親のしかった理由の原因に気づき始める。ゆっくりと時間をかけて進む感情の昇華。そして、失敗からの学びの時間。 もしも、私が「エミの何が悪かったのだろうね」という言葉で、問いただそうとすると、心閉ざして、本当のことは言ってくれない。母親からしかられている状況を思いだして、泣きだしてしまうかもしれない。自分の関わりが、かえって子どもを悲しませてしまうことになる。 言葉一つで、相手と自分の感情の移り変わりがまったく異なる状況になってしまう。移り変わりを予測するためには、沢山の失敗経験と成功体験を身体に染み込ませておくことが大切です。 習慣的に関わっているのではなく、意識して相手に関わることが必要になってきます。 あなたが子どもに関わる理由はなんですか。関わる動機を明確にしておくことは、自信にも繋がります。 私の関わる理由。それは、自分自身で「生きる力」を、子どもに伝承したいから。親は、いずれ離れていきます。その時が来る前に、活発に「生きる力」を伝え切っておきたいから。
2004.09.04
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子どもが赤い木の実を拾ってきて、「はい」と渡されたとき、あなたは、どのような反応をしますか。 一年前の私は、ただ手を出して、受取るだけでした。「子どもは、赤い実を拾うのが好き」という固定観念でかたずけていました。それ以上のことを考える感覚のスイッチを切っていたというのが正しいでしょう。 子どもの感情と向き合うきっかけを与えてくれたのは、コーチングとの出会いです。長い時間をかけて、相手の感情に共感する感覚のスイッチをONにすることができました。そして、自分の固定観念を意識的にOFFにすることも身につけました。 その状態で、赤い木の実を受取ると、どのような感情がめぐるのでしょう。 いま、子どもが私の方に向かってきます。その目の輝き、表情、歩いてくるスピードから、私に何を伝えたいかが、ある程度分かります。木の実を渡されたときに、私が感じたことを、子どもに伝えます。 「わ~、こんなにいっぱいの赤い実が落ちていたんだね。 うれしそう。」と声をかけると、 「ビックリしたんだ。 お母さんにも見せてあげたいから、持っていてね」 「お父さんも、ビックリだ。 持っているね」 ビックリという感情。うれしいという感情。 そして、お母さんに見せたいというワクワク感が、ビシビシと伝わってきます。 外から感じる、その子の感情表現を伝え、子どもの中にある感情との一致をさぐり、しだいに共感まで高めていく。子どもも大人も楽しい体験です。 同じ感情を共感できる経験が多いほど、子どもは安心するように感じます。自分の感情を制御して、相手の感情を受取るスペースをつくりあげたあと、相手の感情に共感する感覚のスイッチをONにする意識をしてみませんか。
2004.09.03
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「自分の思うようにいかないと、なんかイライラしてしまう。」 自分の中だけで、不満がグルグルまわってしまう。こんなとき、あなたは、どうしていますか。 たとえば、店のレジに並んでいたときに、前の人が「あ、買い忘れたものがあるので、ちょっと待って」と言うなり、どこかに走っていった。レジの途中のため、あなたは、待つしかない。なかなか戻ってこないので、無駄な時間がどんどん過ぎていく。 こんなとき、あなたは、どんな顔をしているでしょうか。 そして、戻ってきた人に対して、どのような感情をいだくでしょうか。行き場のないイライラは、どこかで昇華しないと、あなたの身体の中に溜まってしまうだけです。 溜まる前に小出しにするコツ。それは、自分の感情を言葉にしてみること。 一つだけ意識するのは、自分メッセージを使うこと。相手のことではなく、私のことを表現すること。 「私、急いでいるので困るな。」 「待ってると、私、イライラしてくるんだ。」自分で自分の感情を理解して、それを言葉にすることは、感情を冷静に保つことにも役立ちます。まづは、自分の感情を、身体の外に出してみることが必要です。 自分の感情を、客観視できる能力を見につけることは、自分の感情をコントロールする訓練にもなります。 私も、子どもとの会話で、自分の気分がイライラしているときは、すぐに「お父さん、イライラしてきた。」と口に出します。そうすることによって、不思議なことに、自分と子どもの関わりを、客観的に見ることができるようになるのです。 自分の心を整理して、その場面で、子どもに伝えたいことを心で伝えることができたら、どんなに親子関係が有意義になるでしょう。 自分の感情を理解する能力を身につけて、子どもと接することのできる貴重な時間を真剣に過ごしていきたいものです。
2004.09.02
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子どもと会話するときに、意識していること。あくまで、自分の感じていることだけど。 子どもは、大人の感情を敏感に察知する能力に優れている。そして、自分の感情を調整する能力が、まだ発達していないこと。 たとえば、親の機嫌が悪いとき、敏感に察知して、自分のせいではないかと不安になる。そして、親の注意をひこうと、子どもなりのやりかたで親に関わってくる。親はイライラしているので、子どもの関わりに対しても、つい怒ってしまう。そして、子どもはパニックになり、泣きだしてしまう。その泣き声で、親は余計にイライラしてくる。こうなってしまっては、感情が落ち着くまで、静かにしているしかないですね。 「こころの調整能力を高める」本に、感情を調節する能力「EQ」について書いてあった。 (1)相手の気持を察知する能力 (2)自分の感情を理解する能力 (3)相手の感情に共感する能力 (4)相手と自分の感情の移り変わりを予測する能力 (5)感情を調整して、成長に結びつける能力 子どもの気持を察知して、いまどんな気分なのかを知ることが、発展型親子関係の出発点になってきます。 子どもは、親の気持を察知する能力を持っていますので、あとは親の意識しだいです。相手の気持を確かめあう会話を、日常に組み込んでみるのもいいですね。 コーチングの基本として、相手の感情の変化があったときに、そのことを、言葉にして相手に言ってあげるスキルがあります。 たとえば、頭で悩んでいる状態から、ふと、解決の糸口が見える瞬間があります。そのとき、感じたまま 「なにかに、気がついたように感じたのですが、いかがですか?」と投げかけます。感情が変化した瞬間に、言ってあげることが必要。 子どもの感情がプラスに変化したときに、その変化を言葉に出して言ってみることにチャレンジしてみませんか。
2004.09.01
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自分の嫌いなところだったら、いくらでも言える。でも、自分の好きな所といっても、なかなか思いつかない。他の人と比べて、劣っていることを探し出す。そして、どうにか自分を変えようと一生懸命になる。時間をかけて、他の人と同じになれたとしても、また別の面の劣っていることが目に付いてしまう。このままでは、一生、他の人に追いつく事だけが生きる目標になってしまう。 菅原裕子さんの親と子どものハートフルコーチ養成講座のなかで、「愛することを子どもに教えるために」どうすれば良いかをグループで考える時間が与えられた。 子どもに「愛しなさい」と言っても、「愛すること」をしらない子どもは、どうやったら良いのかを知ることができない。 「他人を愛しなさい」といっても、自分自身を愛する方法を知らないかぎり、他人を愛する方法を見つけることは出来ない。 たとえば、子どもから「どうやったら、自分を愛することができるの」という質問をうけた時、あなたはどのように答えますか。 自分を愛する方法を、親から受け継いだ人は幸いです。生きる力の源ともいえる、「自分が、この世の中に生まれてきたことは、とっても意味があるんだ」という考え方。そして、自分の存在を自分が肯定すること。良いこと、悪いことをひっくるめて、自分というものを認め、「ありのまま」の自分を好きになることができること。 自分を心から愛することができて、初めて、他の人を心から愛することができるようになると、私は思います。 自分の存在って、素晴らしいことだよ。子どもの存在って、素晴らしいことだよ。みんなみんな、ありのままの存在って、とっても素敵なことなんだ。 全てのきっかけは、自己肯定するための、自分への問いを始めることから始まる。 「自分のどんなところが好きですか」
2004.08.26
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「今日楽しかったことキャッチボールはじめ!」 「えっと、ほんをかってもらったこと」 「10人と話しができたこと」 「すなばであそんだこと」 「仕事がひとつ減ったこと」 家に帰ったら、茶色の毛糸の玉がおいてあった。ハリコのハムスターの髪の毛にする毛糸の玉だった。 「今日楽しかったこと」 と言って、玉を子どもにホイと投げる。すると、答えを見つけて、玉を投げ返してくる。ゲームのように、どんどん楽しいことが連続して出てくる。玉を投げ返せなかったら、ゲーム終了。 小さな事から、大きなことまで楽しいことを言葉にすると、だんだん楽しくなってくる。 かめおかゆみこさんのワークショップからヒントをもらったゲーム。ワークショップでは、ボールを投げあいながら、しりとりをしたり、連想ゲームをしたりする、コミュニケーションのゲームだった。コーチである私が、このゲームに質問力を付け加えてできた、やる気引きだしゲーム。6歳の子どもとの間では、好評拡大中。 最近は、子どもから質問のテーマを出してくる。たとえば、「ゆうごはんで、たべたいものな~に」とか、「いま、ほしいものな~に」をその都度質問を変えてくる。 自分のことを考える力を鍛えるための、心が活性化するゲーム。人と競争するのが嫌いな人は、時間と競争してみることも一つのアイデア。 「5分間で、あなたの良い点を50個書きだしてみましょう」 「ようい、スタート」 毎日まいにち、5分のゲームを繰り返していくうちに、自分の良い点がまとまってくる。そして、自分の本質が、すこしづつ見えてくる。自分を肯定する気持が湧き出たときが、次のゲームへの移行期。 次のゲーム。「5分間で、子どもの良い点を50個書きだしてみましょう」
2004.08.24
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菅原裕子さんのハートフルワークショップに参加して、気がついたこと。自分自信、親という役割に固定観念をもっていること。親の役割を演じるとき、「しつけ」という名前の押し付けを子どもにしていたこと。そして、子どもの気持を最優先にしていなかったこと。いろんな気づきをもらってきた。 夕食のとき、6歳の子どもに聞いてみた。 「お父さんの友達の子どもが、ごはんの時間になっても、 遊びを止めないんだ。 どうしたら良いと思う」 すると、びっくりするような答えが帰ってきた。 「ごはん、たべさせなければいい」 私は思わず「厳しいね」と言ってしまった。よく話しを聞いてみると、朝ごはんの時間までに起きてこなかったら、朝ごはんは無しという約束をしているとのこと。そして、自分が起きなかったから、ごはんを食べれなかったことを、納得しているのだった。 自分の行動の結果で、ごはんが食べれなかったことを受け入れている面がすごい。 私の考えだと、「ごはんを食べさせないなんで、ひどい親だ」という固定観念が、じゃまをして、そこまで厳しくはしなかっただろう。でも、子どもが納得してルールを決めているなら、それに従うことにしよう。 ゆっくり食べている子どもに 「もう、みんなごちそう様しちゃったよ。 お母さんが食器の後かたずけが終わらなくて 困っているよ。」 と私が言うと、すぐに 「食べ終わった後、私が食器あらう。」 と言った。これにもビックリした。予想では「ごめんなさい、すぐたべるから、待っていて」と言うと思っていた。そして、言葉通りに、子どもが自分の食器を洗っていた。 子どもは、私が思っている以上に自分のことを自分で考えている。 「子どもあつかい」ではなく、同じ目線で話しをすると、子どもは自分で生きる力を見つけていくように感じた。 子どもが自分で決めたルールを守る経験を与えていますか。
2004.08.22
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「りょうてをぐっと にぎっていてね」 私が子どもの手を握ると、ジャンプして、ひざ、腰、胸と、登ってくる。そして、肩車の状態までたどり着いたら、こんどは、「おろして」。おろすときは、子どもをかかえて、さかさまにして、ちょっとブラブラさせながら、床にゴロンと寝かせてあげる。すると、すぐに、「もういっかい」。腕が疲れるまで、何回も「パパ登り」を繰り返す。 「からだを使ったコミュニケーションとして、どのようなことをしていますか。」 齋藤孝さんの本にのっていた「人間知恵の輪」は、家の中で静かにできる遊びかた。子どもが動けないように、自分のからだを知恵の輪のように、子どもにからめてしまいます。そして、そのまま動かないようにします。子どもが抜け出そうとして、力を入れても抜けないくらいに、からだを固めます。 でも、不思議なことに、子どもが力を抜いて、もぞもぞ動くと、少しずつからだが抜けてくるのです。抜け出したあとに残るのは、私のからだの「人間知恵の輪」。ぬけがらは、面白い格好になっているのです。 「もういっかい」。 疲れないので、子どもが飽きるまで、何回も続けることができます。だんだん複雑に絡みついたり、プロレスの技みたいのをつかったりで、だんだん私も楽しくなってきます。 大人の世界は、人と人とが触れあう大切さを、忘れてしまっているように感じます。できるだけ、人との接触をさけています。そして、便利な機械が増えるほど、人との接触を失っているのです。便利な生活の影で、人は寂しさをからだに貯めこんでいるのです。 そうやって育った大人たちが、自分の子どもと、からだをつかったコミュニケーションが苦手なのは当然です。 からだを使ったコミュニケーションを取り戻すために、あなたができること。小さなことから初めてみませんか。たとえば、握手をしてみるとか。
2004.08.19
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「げろげろげろげろ、ぐわっぐわっぐわっ♪」 ふと口ずさんでしまう、カエルの唄。子どもと私の心をつなぐ魔法の言葉。気分の良いときは、子どもと輪唱が始まる。 唄のリズムというよりは、言葉のリズムに楽しさを感じる。 子どもと大人の共通のリズムはmどんなものがあるのでしょう。童謡の言葉、絵本の言葉、そして、早口言葉。日本古来の、言葉のリズムは、心に心地よく響いてきます。 「いないいない、ばー」 「ピッカー、ブー」 「どっぴんしゃん」止まった心に笑顔がもどる、とっても不思議な魔法の言葉。 「あなたの話し方の特徴を教えてください。」 あなたの言葉をじっくり聴くと、素敵なリズムが見つかります。あなたが言うから心に響く、自分だけの、ワクワクするような「魔法の言葉」を探してみましょう。 さて、どうやって探しましょう。 私は、絵本の読み聞かせの時に、自分の声を録音しています。録音したテープを、心で聞いてみます。自分の声に慣れてくると、自分の良さに気がつきます。 自分の良い部分が分かってきたら、普段の会話にも、使ってみます。リズムを意識することにより、今まで以上に、言葉にパワーが宿ってきます。 子どもの心とつながるためには、言葉にパワーが必要です。 子どもの心とつながるためには、言葉にリズムが必要です。 子どもの心とつながるために、あなただけの言葉のリズムを見つけてみませんか。
2004.08.17
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品川で開催されている、絵本カーニバルの会場で、心に響く絵本に出会った。一日に何冊も、自分と共感する絵本に出会えたことに感謝。 絵本カーニバルの会場にいると、とても気持がなごんでくる。子どもたちが、絵本の国を冒険しているワクワクを、感じるから。でも、少しだけ寂しい気持が混じってる。 それは、絵本を一人で読んでいる子どもたち。二人の子どもをもつ親は、どうしても下の子どもに、かかりっきりになってしまう。上の子どもに対しては、 「もう、字が読めるんだから、好きな本を読んでなさい」そういって、放りだす。そして、下の子どもには、絵本を一緒に読んであげている。 「絵本は何を伝えようとしているのでしょう」 私は思います。子どもと親が、同じ体験を通じて、心の絆を強くするための舞台。声、表情、身体の感覚、そして心をつかって、子どもと親が、おなじ舞台のうえで、未知の世界の演技をするのです。同じ舞台に立った同志として、同じ冒険をした仲間として、絆がどんどん太くなっていくのだと思います。 下の子どもと親が演じている舞台の下で、一人の子どもが本を読んでいます。自分だけの世界で、一人芝居を演じています。 どんなに恐くても、どんなに嬉しくても、だれも気づいてくれない。ひとりぼっちの舞台。 ほんの少しだけ、その舞台に親が共演するだけで、子どもの世界に光があたるのです。 私は、思っています。絵本を読むということは、知識を増やすことではない。絵本を読むということは、生きる力を養うこと。 あなたにとって、絵本を読むというとは。
2004.08.16
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