気がつけば、思い出し笑い

ショートストーリー10


午後の仕事も一段落、そろそろ休憩しようかなあと思った時だ。
目の前の電話が、いつもよりも慌てたように鳴り響いた。

 電話を営業用の声色で取ると、妹の会社からだった。お昼を食べたあと
具合が悪くなったらしい。医務室で休んでいるので迎えに来て欲しいとのこと。
今日はあまり予定もたて込んでなかったので、上司に許可をもらい、制服を
ロッカーにしまうと、2つ先の駅にある妹の勤める会社へと急いだ。
 7つ下の妹は昔から身体は小さいほうだけれど、あまり病気らしい病気なんて
したことがない。
 夏バテか 食中りだな とひとり苦笑いしながら駅からの石畳を歩いた。

 医務室のドアを開けると妹は ベットに腰掛けてぼんやりと窓の外を見ていた。
顔色がちょっと白っぽいけれど 元気そうだ。"なあーんだ、大丈夫じゃない"と言いかけたとき、
「お姉ちゃん 赤ちゃんが私のところに来たよ」と、そっとまだふくらんでいないお腹に触れながら
妹はにっこりと笑った。

 その笑顔があまりにもおだやかで、優しかったので、
びっくりしながらも「おめでとう」という言葉が自然に口からこぼれた。

 帰りのタクシーのなかで、私の肩にちょこんと頭を乗っけていた妹に
"どんな感じなの?"
 と尋ねると
「まだね、お腹もぺしゃんこだし、母になる実感なんてぜんぜん沸かないけど、
なんだか嬉しさが抑えても抑えてもこみ上げてくるんだよ。
大好きな人の命がひとつぶ、私のなかに降ってきたみたい。」

 いつまでも妹は、私にとって小さな女の子で、頭の中ではいつかこんな日がくることは想像していても、いざ現実となってみるとすごく不思議な感覚だ。
 ふと、妹が産まれた朝に父と2人眠い目をこすりながら産院へいったことを思い出した。
 未熟児だった妹はガラスケースに寝かされていたが、まだほとんど見えてない目でじっと私たちを見ていた。なにかいいたげな真っ赤な顔をしていた。

 両親の仕事が遅いときは2人でお留守番をした。暗くなると急に寂しくなるのか、こたつにもぐって、絵本を読み聞かせても妹はだんだんしゃくりあげる。姉である私にまでその心細さが伝染し、仕舞には2人してぽろぽろと涙して、抱きしめあって眠った。

 家に帰り着くと お赤飯が用意されていた。
 ひさしぶりに家族揃って頂くお赤飯はいつもより数倍美味しく感じた。結婚式の話や、どこの病院がいいなんて話で盛り上がる両親を微笑ましく見ながら
  "明日 本屋へ行って昔2人で読んだ絵本を探して妹へ贈ろう"
と思った。
新しい家族を迎える日までゆっくりと1ページずついっしょに読もう。
 昔みたいに。

気がつけば、妹は2膳めのお赤飯にとりかかろうとするところだった

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