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ほしはひかるのかな????
恋ばな「言いたいこと 聞きたいこと」
「相変わらず汚い部屋ですね。女性の部屋ですか。」
病人の部屋へやって来た第一声がこれだ。風邪で会社を休んで3日になる。熱はまだ下がらない。後輩の細見がお見舞いに来てくれたのはありがたかったのだが。
「熱、まだあるんですか。アイス買ってきましたよ。」
「他は?」
マスク越しに、聞いてみる。彼が持っている2つのビニール袋は重そうだった。
「栄養ドリンクと、風邪薬と、レトルトとか。何を食べていたんですか。」
ネクタイを外しながら、ずかずかと上がり込んだ細見は、テーブルの上のカップ麺の残骸をいやそうに見て言った。
「なんか、そのへんにあるもの。」
「カップ麺?」
「それは倒れる前に食べたやつ。」
ため息をついて、細見は上着を脱ぐと、裏返してたたんで、その上に綺麗にまるめたネクタイを置く。
「俺が片付けてなんか作りますから、寝てて下さいよ。」
「いいよ。悪いし。」
「こんな部屋見たら、やるしかないです。それに、今日泊めてもらおうと思ってきたし。」
「何で。」
「明日、埼玉で打ち合わせなんです。」
細見の家は千葉県にあり、私のアパートは都内だから、埼玉から千葉へ行くよりはここから行った方が半分の時間ですむ。
「えー。安藤くんちは。」
「安藤は出張ですよ。いいじゃないですか。メシも作るし、俺は5時に起きないですむし。」
「一人暮らしの乙女の部屋に泊まるの。」
「どこに乙女が。」
30過ぎは乙女でないらしい。こにくらしい口数の減らない後輩だけど、部屋の掃除と看病はありがたいので、一泊を許可することにした。
アイスを貰ってベッドの中で食べていると、色々片付けている音がする。時々、同じ部のみんなでこの部屋で集まって飲んだり泊めてあげたりしているから、勝手は知っているらしい。人に会うのは久しぶりで、部屋がきれいになるのも1ヶ月ぶりで、嬉しかった。
私と細見は同じ部の先輩と後輩で、年は2つ下だ。
熱でうとうとしていると、額にひんやりしたものがのせられた。手のひらだ。と思ったら、呼び起こされた。
「食べるもの、作ったんですけど。薬の前に食べたほうがいいですよ。」
ぼーと起き上がると、おかゆの良い匂いがした。
「ありがたいわ。」
おちゃわんについで渡してもらったおかゆをふーふーさましていると、カレーの皿を持って細見はベッドの近くに座った。いつの間にやら、紺色の部屋着に着替えている。
「いいなー。カレー。」
「早く治して食べて下さい。早く治ってもらわないと、何がどこにあるかわからないじゃないですか。」
「何がどこって。」
「俺のMOが何故か夏木さんのMO入れに入っていたんです。」
切れ長の目でこっちをにらんで、カレーを食べながら言う。
「それに、0.3のロットリングが全然ないんで、みんなで探してたら夏木さんの机からいっぱい出てきたんですよ。」
ロットリングは製図の時に使うペンで、パソコンで描かない図面はそれで描いている。うちの部は、住宅地の計画や設計をやっている。
「ごめんごめん。治ったら片付けるね。」
はあー。とため息をついて、細見はスプーンで私を指した。
「そのパジャマですけど。ボタンが1コずつずれてます。」
「うるさいな、もう。」
「あと、シャワー使わせてもらいたいんですけど、下着とかあったら嫌だから、片付けといて下さい。」
「シャワーなんか、一日くらいしなくたっていいじゃない。」
「い・や・で・す」
私は整理整頓が苦手で、それがキレイ好きの彼には我慢できないらしい。というか、現に迷惑をかけているから、直したいとは思っているのだが。
食べ終わると、細見は林檎まですってくれた。
「彼女に怒られるんじゃない。」
本だなの本の背表紙の上下をそろえている細見の背中に言うと、
「別れました。」
と、あっさり言った。
「知らなかったよ・・・ごめんね。」
「いえ。でも、謝ってもらってもいいか。」
「なんで。」
「分かりませんか。」
こっちに背を向けたまま彼は言う。まったくもって何かを敏感に感じ取るということが苦手な私だ。
「全然。」
「にぶいですね。相変わらず。いいです。・・・薬、飲みますか。」
向こうに行ってしまった。
何故私が彼に謝らなければならないのか、さっぱりわからない。私も細見も社内恋愛はしない主義だから、そういう話ではあり得ないし。
私は一度、転職している。それというのも、前の職場の上司と恋愛をしたのはよかったのだが、既婚者であることを知らずに(知らされずに)付き合ったため、結局別れて、いづらくなって辞めたのだ。そんなことをぼんやり思い出していると、薬と体温計が出てきた。
「熱、計って下さい。薬は3錠ですよ。」
「はいはい。」
「ふろ場は。」
「さっき、片付けたよ。」
細見の予想どおり、下着が干しっぱなしになっていた。
「じゃあ、入った方がいいですよ。さっき手で計ったらさほどないようなので。」
「はあ。」
「さっぱりしますよ。」
「というか、さっぱりして欲しいんだ。さっぱりした後、何かするんだ。」
からかうと、
「夏木さんが、何かして欲しいんだ。」
などと言う。
「私の仕事、やってくれる。」
「あんな、資料があっちこっちにいってる仕事、引き継げませんよ。」
「私は分かってるんだけどね。ん?引継ぐ?」
「だって、会社を辞めると言ってましたよ。この間飲んだとき。」
酔った勢いで、確かに言ったけど。
「だから、彼女と別れたんです。」
「だから?」
「夏木さんが辞めれば、社内恋愛じゃなくなるから。」
「何のこと。」
いらいらしたように、細見は言った。
「夏木さん、冷蔵庫の中で、たくあんが溶けてましたよ。それに、何で片方だけの靴下があちこちに置いてあるんですか。何でいっつも時刻表なくして俺に貰うんですか。それから、パジャマならまだしも、会社の服でボタン違うこともありますよ。」
細かい男だ。
「それで終わり?」
「まだまだ言いたいことは沢山あります。」
「全部言ってみてよ。」
「会社の資料の背表紙、上下そろえて欲しいです。それから、小銭をそのへんに置くのもやめて欲しいです。それから、カップを何日も放っておくのだけはやめてください。でも、一番嫌なのは。」
「嫌なのは?」
「俺が夏木さんを好きなことですよ。」
一瞬、時間が止まったような気がした。今の言葉を反芻してみる。確かに私を好きと言った。
あらためて細見を見ると、そらした横顔が割とカッコイイ。
「何で俺が、こんなずぼらで整理整頓ができない、夏木さんなんかを。」
頭までかかえている。
すごく失礼な事を言われてる気がする。でも、嬉しい。なんだかすごく、嬉しい。社内恋愛はもう絶対しないと心に誓った私を知っていて、たまたまかもしれないけど、社内恋愛じゃなくなる時を待っていたことや、ちゃんと彼女と別れたことや、何より、私のようにずぼらでもなく、整理整頓が得意な人がそばにいるってことが。
思わず笑ってしまった。細見は恨めしそうに、私を見た。
「これでも結構、悩んだんです。自分にすごく自信があるわけじゃないし。」
「悩むよね。こんなずぼらな女じゃ。こんな女にフられたら、立ち直れないよ。でも、返事は今でなくていいよね。だって、突然すぎるよ。」
「ですよね。」
「え、で、泊まるの?告白した後なんて、何か恥かしくない?」
「いや、言った方が落ちつきました。」
変なヤツ。私が細見のことをどう思っているか、これからゆっくり考えよう。
ああ、その前に、是非とも聞いて確かめたいことがある。
「細見。」
「はい。」
「結婚はしてないよね?」
完
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