闇光線

闇光線

マッシュルーム・ファンタジー 2050年


〔概要〕
 ある日、少年Oがクワガタの幼虫を育てていると、家の中に謎のきのこが生えてきた。
最初は笑い話ですんだが、きのこはやがて増殖していき・・・・。
やがてきのこは少年の町全体に広がった。非常事態宣言が発令され政府は発生地の兵庫県を封鎖した。万全の策がとられたように見えたが、大阪でもきのこが生え始める。
きのこは動物に寄生し、寄生された動物は人を襲い始め・・・・。
日本政府の決死の努力もむなしく、きのこは大陸へと渡った!




マッシュルーム・ファンタジー

 ことの始まりは少年Oがクワガタの幼虫を土に入れたことがきっかけである。
生えるはずのないきのこは最初は笑い話だった。そうとも。誰がこうなるとわかっていたのか。
 まず、彼の家全体がきのことツタで覆われたが、そのとき偶然にも家族全員が外出していたのでけが人はなかったが、家が住めない状態になってしまった。
 1夜にしてこの繁殖力は異常である。
 メディアでさかんに報道され、専門家たちが分析にあたった。だがわかったのは異常な繁殖力とウィルスと思われる物質のみ。それらは重要な証拠物件として専門機関に送られた。
 1週間後、彼の住む住宅街全体がキノコとツタによって覆われた。メディアの報道は、ますます加熱。シイタケや松茸の需要が一気に低下した。
 「彼ら」の増殖はとどまることを知らず、政府は3日後、ようやく非常事態宣言を発令。そのときにはすでに兵庫県の各地でキノコが発生していた。自衛隊は兵庫県につながる主要道路を封鎖した。

 結果的に最初の「発生」の西暦2050年から100年で人類の文明的活動は終焉を迎えた。これは、荒れ狂う暗黒の100年を生き抜いた、人間の物語である。 



 神戸市に住んでいる坂井義明の日常は酒で始まり、酒で終わる。今年で43歳。陸上自衛隊を辞めてから3年たった。愛すべき妻も、子供もいなかった。
 自衛隊では幹部候補生として試練を潜り抜け、小隊を率いた。10年前の北との戦争で自衛隊は初めて実戦を経験した。彼と彼の部隊は最前線で生き延びた方である。
 農村でのゲリラ戦である。敵の手榴弾が坂井の近くに落ちてきた。一人の兵士が手榴弾に味方を殺すまいと覆いかぶさった。壁に兵士の血が飛び散り、坂井の顔にもいくつかかかった。

 衝撃の体験は帰国後も精神に深刻な打撃を与え、もはや彼には自衛隊にいる気はなかった。
 勲章と退職金を与えられたが、金はストレス発散の酒へと回っていき、生活の中で悪循環が続く。
 そんなときにこのばかげたキノコ騒動である。ねずみが感染して集団で人を食い殺したという報道があり、人々はパニックに陥った。高速道路に人があふれこの地獄から出ようとしていたが軍によって厳しく封鎖されていた。
 2050年7月7日。七夕のことなど忘れられていた。彼は酒をチビチビ飲みながら逃げ行く家族連れを見ていた。
 「ちょっくら、外の空気でも吸うか」
Tシャツに短パン姿のまま外に出た。電柱が緑で覆われていた。キノコも生えている。
「全部松茸だったらいいのに」
しょうもない愚痴をこぼし中心部へと歩き続ける。上空に戦闘ヘリの姿が見えた。在日米軍のものだ。
 この付近の人々は船からの脱出を試みようと港へ向かっている。だが、どこに行こうが無理やりでようとすれば拘束される。

 坂井は路上に腰掛ける老人に話しかけた。
「じいさん、へたり込んでないで酒でも飲め」
「いや・・健康には気を使ってるんでね」
二人とも少し笑った。老人は笑いながら言った。
「100年に1度の不景気、戦争、そしてこんどはキノコときた。まったく馬鹿な話や」
「こんなとこ核でパァっと吹っ飛ばしてくれたほうがサッパリするんだけどな」
「どうやら政府は封鎖地点で何かの検査をしだしたようだ。陰性なら通してくれるがだめなら、終わりだ。噂では、大規模な「滅菌」作戦・・・つまりこの主要感染区域を爆撃するらしい」
「そんなことで解決するとでも思ってんのかな、バカどもは」
「あんた、若そうだが何してるんじゃ?」
「昔ドンパチやっててね。生き残りさ」
「ほう。じゃぁ頼みたいことがあるんだが」
「言ってみろ」
「川沿いのA公園の近くに孫娘の住んでいる家がある。そこにいって孫娘を見てきてくれんかのぉ」
なんという頼みだ。だが聞く価値はありそうだ。
「娘夫婦が住んでいるんだが、二人はとっと逃げ出してしまった。8歳の娘をおいてな。子供がじゃまだったんだろう」
「なんでわかる?」
「やつらは子供を好いてなかったからな。この騒動で逃げてしまったと思う。わしはもう動けん。頼む」
後になって後悔するがこのときはなぜか快諾した。
「いいぞ。場所を詳しく教えてくれ」
 説明を聞いた後、聞きなれた機銃の音が上空から聞こえてきた。
感染したカラスの大群が戦闘ヘリに襲い掛かったのだ。人々は叫び、逃げ惑い、パニック状態になった。
 そんな中、坂井は冷静にヘリを観察した。感染で巨大化したグロテスクなカラスたち。あのままでは墜落する。
 坂井は老人から聞いた家まで走り出していた。後ろのほうで墜落の音が聞こえた。
[4]
坂井はしばらく走った後、ひと段落おくことにした。久々に走った。体力は軍隊にいた時代よりだいぶ低下しているようだった。
 自分でもなぜあんな老人の言うことを信用したのかわからなかった。家にいったって誰もいないかもしれない。その家があるのかどうかも不明だ。
 走り去ってきた街の方を振り返ると、まるで第2次大戦時の空襲の時のように燃えていた。
 もはや社会秩序は崩壊したといってもいい。
 それに比べここはいたって「静か」だった。皆逃げ出してしまったからである。まだ汚染された動物はこのあたりにまではきていない。坂井はゆっくりと住宅街の中を歩き始める。 
 たまに見かける公園には空の酒瓶や食べ物の残骸が散らばっていた。風が吹いてゴミがわずかに動く。

 坂井はその家の前に到着した。表札には「田中」とある。
 ノックもせずドアを開き、大声で呼びかけた。
「おーい!誰かいるかな。おじいちゃんからいわれて助けに来たよ!」
娘の名前を聞き忘れたことを後悔した。声は返ってこない。
彼は食卓においてあった紙に気づいた。紙には
〔親戚のいる朝霞村にいく〕と書いてあった。坂井はそんな村はまったくしらない。
 静かな家の中を二階にあがる。すると一部屋からすすり泣く声が聞こえた。
 その部屋に入ると案の定、一人の女の子が部屋の片隅にうずくまっていた。
「大丈夫か?」
「誰?」
その子は以外に冷静そうだった。
「あんたのおじいさんを名乗る人からここにきて孫娘を見てこいといわれたんだ」
「そう、じゃあいきましょう」
その子はゆっくりと立ち上がった。髪は肩ぐらいまで顔立ちも悪くない。
「おいおい、いきなり知らないおっさんがやってきたのについていくのか。なかなか勇気があるんやな」
「親は逃げ出しちゃったしどうしろっていうんよ。もう泣くのもあきた」
家から出た時に坂井は尋ねた。
「テーブルに朝霞村に行くという手紙があったんだが・・・知ってる?」
「何もない村よ。なんかいまだに動物をとってるような」
両親はそこが安全だと思ったのだろうか。
「そういえば、名前は?」
「田中唯」
「そうか。俺は坂井義明。自衛隊で働いていた」
「ふーん」
 困ったことに、これからどうすればいいかわからなくなった。あの老人と話した街はもうすでに危ないはずである。
 そのとき軍用へリの音が聞こえ、近くの公園に着陸した。
[7]
軍用ヘリから隊員が続々と降りてきた。
 坂井はその中に知っている顔を見つけた。
「ジャック!」
ジャック・ブライアンはその声を聞きつけ思わず。振り向いた。ほかの隊員たちもこちらを向く。英語の能力は衰えていない。
「サカイじゃないか!奇遇だな!」
「戦争のとき以来だな。それでこんなところで何をしている」
「それは俺が聞きたいよ。俺たちはここを拠点にして―特別危険感染生物(A particularly dangerous infection creature)―PDIC―の掃討作戦を開始する」
「そんな、一般住民がいる中でか?」
ジャック早くするんだという声がかかってくる。「ちょっと待ってくれ」
咳払いをして続ける。
「本部からヒト→ヒト感染、ヒト→動物感染、動物→ヒト感染が確認された。群衆の中にも混じって今頃暴れだしているはずだ。まるでバイオハザードだ」
沈黙。坂井は状況に絶望した。これから助かる道などあるのか・・・?
「じゃぁ・・皆殺しにするということか」
ジャックは無言だった。それが答えだった。
「・・・合衆国は生物兵器の可能性もあるとして国連安全保障理事会にも働きかけている。
もしこれが他国からの生物兵器なら―同盟国が生物兵器で攻撃されたなら―我々は犯人たちに手痛いしっぺ返しを食らわせてやる」
それは無論、核兵器を意味する。だがジャックたちは知らなかった。そのときすでにキノコ胞子は海を渡り、香港、ロサンゼルス、シドニーにいる人間たちの一人に付着した。
感染者は倍、倍に増えていき、飛行機に乗り世界各地を移動した。
[10]
『米・USAトゥデイ紙
 ニューヨークで日本キノコ初確認!!軍が事態鎮圧へ 各地で暴動も』
『英・デイリーテレグラフ紙
 キノコの脅威上陸!胞子が海を渡った!?非常事態宣言発令』
『中・人民日報
 ついに上陸!人民統制開始』

 坂井達は正直、どうするべきか迷っていた。彼らは掃討作戦を行うためここにきたのだ。
坂井たちを助けるためではない。
「あんたらはどうするんだ?悪いんだが俺にはどうしようもできん・・」
「・・・ちょっとあて先があるからそこへいってみる」
「そうか、死ぬなよ」
ジャックは部隊へと戻っていった。彼は長話していて怒られたようだ。
「どこにいくの」
唯が尋ねた。
「この、朝霞村というとこにいってみるしかなさそうだ。ちょっと冒険だな」
そのとき、坂井たちを黒い影が覆った。
鳥型PDISビッグ・レイブン。グアァァァ・・・グアァァァ・・・不気味な泣き声と巨大な体が空を覆いつくした。
「総員戦闘配置!あのくそったれを叩きのめすぞ!!」
隊長らしき人の声が響いた。兵士たちは迅速に配置につく。
「逃げるぞ!唯!」
坂井は一目散に駆け出した。どこに向かっているのかはわからなかった。ただ来た方とは逆へ。それだけだった。

 ビッグ・レイブンはヘリを覆いつくせるほどの大きさだった。その気味の悪い大ガラスは思いっきり息を吸い込むと、すさまじい泣き声を出し始めた。
『ギギギギギギ!!!!!・・・キキキキキキ!!!!・・・』
兵士たちは思わず耳をふさいだ。そしてまもなくヘリは大爆発を起こし周囲の兵士を即死させた。
ジャックは落としたスティンガーを再び構えた。相棒は・・・耳から血を出して死んでいた。
「くそったれが!くたばれ!」
熱探知レーダーがその巨大すぎる目標を探知し、すぐさま発射された。2秒後ミサイルはビッグ・レイブンの腹に直撃した。
 さらに銃撃が加えられ見る見るうちに奴は落下していく。
「やったぞ!ざまぁみろくそガラスめ!」
兵士たちは歓喜の声を上げた。最初の泣き声はびびったが、結果的には勝利した。
 一人の兵士が死体に近づいていく。彼は新人ではあったが、銃撃に参加することはできて満足していた。
 巨大なカラスの死体は迫力がある―感心したのもつかの間、彼の表情は一変した。
 カラスのグチャグチャの組織が再生していく―
「おいみんな!こいつは―」
羽が大きく羽ばたき始めた。
[16]
警官の手が坂井の足をつかみ、握り締めた。
「なんだ!くそっ」
彼はこれまでの危機で自衛隊員だったころの冷静さを取り戻しつつあった。手は簡単に振り払えた。そしてゾンビ警官の頭をまさしく、蹴り飛ばした。そのまま首が転がって・・・。
「どうしたの?」唯がこちらに近づいてくる。
「いや、くるな!」すごい形相で叫んだので思わず唯もびくっとしてしまった。
「早くここを出ないと危ない。やつら死人も生きかえらせるんだ」
なんだかわからないという表情の唯を引っ張って警察署を出だ。

今、彼らは車の中にいた。鍵がついていた車を運よく見つけ、頂戴したというわけである。
「朝霞村まで3キロってとこか。次はどっちを曲がるんだ?」
「えっと、右だと思う」
唯は地図と一生懸命格闘していた。いまや完全なる山間部に入りつつある。
それは、突然訪れた。

フロントガラスに感染人間が突如飛び掛ってきたかと思うと腕から触手を伸ばし坂井の首を締め始めた。ガラスは粉々である。
唯の絶叫すら聞こえなくなるように、意思がだんだん遠のいていった。だが、肉体は防御反応を忘れず、自然と銃を5発、発砲した。一瞬、触手がゆるんだ。
「逃げろ!早く!!!いけ!!」
唯は地図を片手にドアを蹴破りはしっていった。化け物は坂井に気を取られているようだった。
運転席に座ったまま、坂井はシートベルトをしたことを後悔した。これがなかったら俺も逃げれたかも・・・。
3,4体か・・?触手が伸びていき全身を包み始めた。何か、すさまじいものに全身を圧倒されているような感じだった。
もはや目も見えなくなっていた。すさまいじい泥沼にはまり込んでいく。呼吸ができなくなった。やることはひとつしかなかった。俺は化け物にはならない。

坂井は拳銃を頭に向け、残った最後の1発を発射した。

マッシュルーム・ファンタジー 2050年 蒼波 完

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