言霊堂

言霊堂

March 18, 2005
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カテゴリ: 小さい説




「I meet you. I miss you. Please, Please, I meet you.」
なるべく必死な声で挨拶のふた言目に会いたいとささやく。
しかも片言の英語だ。
カナダのケベック州、つまりフランス系のコを食事に誘った。
「わかったわ。19時にアマンド前でね。楽しみにしてるわ。」
六本木で遊び始めて数ヶ月、少しだけの英語を覚え、それを聴く耳も育った。

彼女とは広告のイメージ撮影で知り合った。
俺はカメラマン見習いでレフ板持ち。

黒髪で肌が白くてお人形さんみたいな女の子だ。
夜遊びが過ぎて、クマを作ってきたが、彼女の顔色を隠すために一生懸命、光を当てた。
彼女の一番近くで仕事をしていたのが俺なのだ。
歳も近いこともあって、いろいろと話すようになっていた。
友達以上にはなれないなと諦めていたが、奮起して食事に誘ったのだ。
意外に簡単に約束できた。
服装に少し悩んだが、いつも通りにジーンズにTシャツ。
念のため、ジャケットを羽織って、待ち合わせ場所へ急いだ。

割と見慣れた交差点の一角にアマンドはある。
とりあえず、ガードレールに腰掛けて、ラッキーを一本吸う。
交差点にはいろんな人間がいる。

その中に溶け込んで、ゆったりしていると、周りの野郎の視線が一方向を向いた。
顔だけそちらに向けるとペニーがこちらにまっすぐ歩いてくる。
軽く手を挙げて合図を送ると手を振ってきた。
周りで舌打ちする音が響いた気がする。
気分は悪くない。

5分遅れて来た。
常習犯。
でも5分きっちり遅れてくる。
撮影のときは、クライアントに迷惑がかかるからいつも注意されているのだけど、ペニーは気にしない。
「構わないよ。ところで、何食べる?」
「えーと、とりあえずお茶しましょう。急いできたから喉が渇いたわ。」
手を引かれてスタバに向かう。
ここのスタバは、日本人がほとんどいない。
煙草が吸えないので少々困ったが、俺の手を引いて、手際よくコーヒーを持って席につく。
いつも仕事場では、手を焼くコなのだが、案外、世話を焼くのが好きなのかもしれない。

「ねえ、トシって独裁者みたいな男よね。私、嫌い。」
トシと言っている人物は、俺の上司、つまりカメラマンだ。
確かに人当たりは苛烈だ。
何度怒鳴られて、モノをぶつけられたかわからない。
「でも、彼の実力は確かだから。」
どうやらいろいろと愚痴があるらしい。
道理であっさりと食事の約束を受けてくれたわけだ。
片言の英語と日本語、片言の日本語と英語のぎこちない会話。
こちらも身振り手振りを交えて、どんどんヒートアップしていく。

「ねえペニー、お腹空いてない?」
驚いた顔をして、外人特有のオーバーアクションをしながらこう答えた。
「ペコペコよ。お酒も飲みたいわ。」
「じゃあ、次に行こう。おいしいところ知ってる?」
「ええ、私にまかせておいて。」
スタバを出て、大通りから路地に入った静かな道を歩いていった。

妙に積極的なペニーに少々驚きながら、いつもの子供っぽさがまったくないことに気付く。
どうせピザかベースボールカフェかなんかかと思ったが、インド料理だった。
「あなたは、カレー好き?」
「うん、大好き!」
本当に好きなので、ガキっぽく答えてしまった。
二種類のカレーをタンドリーチキンを頼んで、お互いに分け合って食べた。
愚痴ではなく、お互いの夢を語り合った。
くるくると変わるペニーの表情が愛しかった。
「ふぅ、お腹いっぱい!」
伝票を摘み上げて、ペニーはレジに向かった。
今晩は何が何でも彼女がホストらしい。

支払いを済ませて、通りに出ると、ペニーが俯いていた。
「どうしたの?」
背中をさすりながら囁くとなんでもないと答える。
ブルガリの香りがする。
「帰るかい?駅まで送るよ。」
と言い終わる前に、唇が塞がれていた。
ペニーとの初めてのキスは、さっき食べたカレーの味と仄かな苦味が混じっていた。

「どこかのバーで落ち着くかい?」
ペニーは首を振る。
「じゃあ、帰る?」
ペニーは首を振る。
「じゃあ、」と次の言葉を続けずに、タクシーを拾った。

この甘い夜の1ヵ月後、ペニーはカナダに帰った。





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Last updated  March 18, 2005 03:11:17 PM


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