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September 28, 2009
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カテゴリ: 中日ドラゴンズ


一番好きな
立浪 和義さんと
その次に好きな
井上一樹さんが
今年限りで
現役引退します。

昨日は
井上一樹さんの
引退セレモニーがありました。

多くの人に愛されていた
井上一樹さん

井上一樹さんの最後の挨拶を聞いて
貰い泣きしました。

井上一樹さん

20年

ドラゴンズ一筋

本当に有難うございます。

私が写した
井上一樹さんは


img221c95cbzik7zj.jpg
imgf7279b54wuk7b3.jpg

この2枚だけ
私の宝物です。


明後日は
立浪和義さんの
現役ナゴヤドーム最後の勇姿を
応援してきます。
ナゴヤドームの帰り
目が腫れ上がるかも。


◆引退あいさつ全文

 今シーズンを持ちまして、井上一樹は現役を引退します。ふるさと、鹿児島からこの名古屋に出て来て20年。球団に、名古屋に、そしてドラゴンズファンに育ててもらいました。僕は決して強い人間ではありません。弱い自分をいつも支えて、助けて、そして励ましてくれた皆さんに感謝します。

 しゃべるのは僕の不得意ではないんですが、すいません、今日は言葉が出ません。

 阪神球団の方、そして阪神ファンの方も、僕のこのセレモニーに、立ち会ってくれてありがとうございます。そして今まで一緒にプレーしてくれたみんな、ありがとう!!


井上が引退表明 中日20年「一筋がベスト」

PK2009092602100059_size0.jpg

中日の井上一樹外野手(38)が25日、今季限りで現役引退することを明らかにした。「今季なかなか安打も出ず、気丈に振る舞ってはいたが、ファンの声援が心に染み入りだした。他の球団で頑張ってみようかとも思ったが、中日一筋でプレーしてきた。最高のやめ方はこの球団一筋がベスト」と20年間のプロ人生に区切りをつけた。今後については未定。27日の阪神戦で引退セレモニーが行われる。

 1989年のドラフト2位で鹿児島商高から投手として入団。92年までの3シーズンは投手としてプレーし、その後、野手に転向。94年から本格的に野手としてスタートした。99年には開幕から21試合連続安打を放ち、プロ野球歴代2位の記録をマーク。チームの開幕11連勝に貢献し、11年ぶりのリーグ優勝につながった。

 「自分にとっては初めて味わう優勝。勝って優勝したいという気持ちが乗り移り、左翼ポール際へ打った決勝タイムリーは鮮明に覚えている」と振り返った。ここ数年は出場試合数が減り、代打での打席が多かった。現選手会長荒木の前の選手会長を務め、ファンサービスにも力を入れた。

「自分にとっては初めて味わう優勝。勝って優勝したいという気持ちが乗り移り、左翼ポール際へ打った決勝タイムリーは鮮明に覚えている」と振り返った。ここ数年は出場試合数が減り、代打での打席が多かった。現選手会長荒木の前の選手会長を務め、ファンサービスにも力を入れた。

 「野球界は実力の世界。入団したころは、これだけ長くできるとは思わなかった。この20年の間、もう野球は無理、できないと弱気になったこともあったが、ファンの皆さんの声援をはじめ、いろいろな人に励まされた。名古屋が僕を育ててくれたと思っている」と支えてくれた人やファンに感謝した。

 今季はこれまで23試合に出場して3安打、5打点。通算では1213試合、打率2割7分6厘、863安打、79本塁打、349打点。

<一問一答>
 -今の気持ちは。

 初めがあれば終わりがある。9月に入って悩みに悩んだ末、4日前に決意を固めた。今はすっきりしている。

 -最終決断の理由は。

 今季は2軍生活が多く、戦力になれていない悔しさがあった。チームに迷惑を掛けているなと思っていた。ファンの声援が涙腺を緩ますように、自分の中で聞こえだした。まだまだと思っていても、気持ちがそういう方向に進んでいるのかなと気づいた。

 -20年間で一番思い出のシーンは。

 1999年、リーグ優勝した日の試合での決勝タイムリー。日本一になった2007年、選手会長としてパレード後にセントラルパークで大勢の人の前でスピーチをさせてもらったこと。

 -今後について。

 クライマックスシリーズとその先の日本シリーズまではチームの戦力になれるよう頑張る。その後は未定。野球一筋、ドラゴンズ一筋でやってきたから、どういう形でも携わっていきたい。

 -ファンへ。

 ドラゴンズの歴史の中に「井上一樹」の名を刻めたことは自分の誇りとし、皆さんのおかげでやってこられたことに感謝している。

 ■西川順之助・中日球団社長の話…熱血漢だった。プレー以外でも球団の行事に協力してくれ、功績に感謝している。

◆前選手会長 ファンサービスに尽力
 ぐっと両足で踏ん張り、落ちる球についていく打撃。この日の阪神戦。代打で登場して7回に放った2点二塁打は、20年間の野球人生を詰め込んだような井上らしい一打だった。

 「久しぶりに気持ちのいい打撃ができた。これだけ打てずに苦しんでいたのに、こういうときに限ってチーム唯一のタイムリー。このタイミングがおれらしい」

 深い苦悩を乗り越えたから心地よさを感じられる。この一打は踏ん切りをつけた心そのものだった。

 今季の初安打は9月11日のヤクルト戦。27打席目で出た1本目に気持ちを抑えられず、大泣きした。一球、一振りに自分の生活をかけるプロ。一瞬で勝者と敗者を分ける勝負の厳しさに喜び、悲しみ、嘆き、苦しむが、そんな弱みを見せないこともプロとしての強さにつながる。

 その対極にいた。うれしいとき。つらいとき。顔を見れば、すぐに分かった。それを隠すこともできない不器用さ。だからファンの心は共鳴した。下積みからはい上がり、土のグラウンドの泥くささが似合う日だまりのような存在だった。

 野手に転向してからのこと。試合で投手が足りなくなり、ブルペンで待機したこともあった。星野仙一監督時代に「99」の背番号をつけた。「もう、これ以上、あとがないっていう意味で」と笑いを誘った。

 ドラフトで指名されなかったときの社会人野球への進路も、東海地区だった。「だから名古屋には縁があると思っている」。地元への愛着が深いから選手会長時代に、たくさんのファンサービスのアイデアを打ち出し、具現化した。

 「もちろん試合に勝つのが一番のファンサービス。だけど、それだけでは足りない。勝つだけでなく、球場に足を運んでくれたファンの人に、もう一度来たいなと思ってもらえるようなことができれば」

 地域密着ドラゴンズのにおいをぷんぷんさせ、ファンを大切に思う生え抜きがグラウンドを去る。大好きなドラゴンズのために先頭に立って発信し続けた姿は、ファンの胸に刻まれている。

 (村井博美)

http://www.chunichi.co.jp/article/sports/news/CK2009092602000150.html


井上「みんなありがとう」

PK2009092802100043_size0.jpg

 カズキが泣いた! ファンも泣けた! 今季限りでの引退を表明していた中日・井上一樹外野手(38)の引退セレモニーが27日の阪神戦(ナゴヤドーム)終了後に行われた。6番・右翼でフル出場した試合では、4打数無安打。それでも最後まで井上らしい全力プレーを貫いた。阪神の矢野、高橋光も飛び入り参加した胴上げでは5度、宙に舞った背番号9。20年間、ご苦労さん。数々の感動をありがとう。そして、目指す目標へ、もう一踏ん張り-。

 24秒の静寂に、どんな思いが背番号9の脳裏を駆けめぐったのだろう。井上のスピーチを待つスタンドからの歓声がやんでからしばらく、大きく息を吸い込んで感謝の言葉を紡いだ。「いつも、支えて、助けて、そして励ましてくれたみなさんに感謝します」。青一色の右翼席だけでなく、黄色い左翼席も誰も帰らない。井上は目からあふれるものをぬぐわず、右手で帽子を取って右翼席、左翼席、内野席へ順に深く頭を下げた。

 6番・右翼。15日の広島戦(マツダ)以来、今季11度目のスタメン出場。右腕にはピンクのリストバンドが光っていた。メーカーが違い微妙に色は異なるが、リーグ優勝した1999年ごろから着用していた。名前の「一」を「ピン」と読むことがあることとの掛け合わせで「ピンキー」の愛称の語源ともなった井上のトレードマークだった。

 2004年以降はその愛称を返上し、リストバンドの着用もやめていたが「原点だと思うから」と、この特別な日に再び「ピンキー」としてグラウンドに立った。「本当は、手袋と一緒に取ってスタンドに投げ入れようかとも考えていたんだけどね。オレ、してなかったよなあ」。スピーチの後、グラウンドを一周する井上への温かい歓声に、感極まって忘れてしまった。

 阪神が大量リードする一方的な展開の中でも、華麗なプレーで「カズキ・コール」を浴びた。5回表2死一塁、鳥谷の右翼フェンスを直撃しようかという大飛球をジャンピングキャッチ。阪神のビッグイニングを断ち切った。

 その直後、5回先頭の打席では右翼への大飛球を逆に桜井の好捕ではばまれた。9回の第4打席も二ゴロに倒れ、この日は4打席無安打。バットで声援に応えることはできなかったが「阪神もCSがかかっていて、手抜きなしだったから」と、節目のゲームで真剣勝負ができたことをむしろ喜んでいた。

 セレモニーの花束贈呈は阪神はかつての同僚・矢野、中日は井上同様、今季で引退を決めている立浪から。「矢野さんには立ち会えてよかったと言われました。それまでうるうる来ていたのに、その時点で大洪水。もう顔が見られなかった」。偉大なる先輩2人から受け取り、必死にこらえていた涙があふれ出た。福留(カブス)からも大きな花束が届いたという。

 セレモニーは終わったが竜戦士・井上にはまだ仕事が残っている。チームの日本一への道は閉ざされていない。感傷に浸るグラウンドの奥で、落合監督は「まだ選手だ。この先がある」と話した。

 セレモニーの最後には、中日ナインだけでなく、かつてともにプレーした阪神の矢野、高橋光も加わった胴上げで5度宙に舞った。赤くした目を落ち着かせてから、こう言った。「CS、日本シリーズがある。一区切りつけさせてもらっただけ。そこまで現役でいられるようにやるしかない」。ユニホームを脱ぐ日は、まだ先にある。 (若原隆宏)

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200909/CK2009092802000037.html





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Last updated  September 28, 2009 07:36:59 PM
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