沙羅双樹

沙羅双樹

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2005年05月15日
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テーマ: 戦争反対(1197)
カテゴリ: 政治
 もはやいかなる法によっても裁くことのできない昭和天皇ですが、私は日本国の一主権者として、彼を戦争犯罪人とするか否かについて裁こうと思います。これは、再び同じ過ちを犯さぬために、全ての日本人がやるべきことだと考えます。戦後世代にとって負の遺産を処理するということは、こういうことだと思います。

 近衛文麿の手記に次のようなものがあります。1941年9月のことです。このとき昭和天皇は、軍の作成した帝国国策遂行要綱が対米開戦を第一としている疑い国家指導者として軍中央に実に適切な下問をしています。

【以下http://www.marino.ne.jp/~rendaico/daitoasenso/history_taisenmaenougoki.htmより引用】
 続いて陛下は杉山参謀総長に対し、
「日米事起らば、陸軍としては幾許の期間に片付ける確信ありや」と仰せられ、総長は「南洋方面だけは三ヶ月位にて片付けるつもりであります」
 と奉答した。陛下は更に総長に向はせられ、
「汝は支那事変勃發当時の陸相なり。その時陸相として『事変は一ヶ月位にて片付く』と申せしことを記憶す。しかるに四カ年の長きにわたり未だ片付かんではないか」
 と仰せられ、総長は恐懼して、支那は奥地が開けており予定通り作戦し得ざりし事情をくどくどと弁明申上げたところ、陛下は勵聲壱番、総長に對せられ
「支那の奥地が広いというなら、太平洋はなほ廣ひではないか。如何なる確信あつて三月と申すか」

【引用終わり】

 このときは戦争よりも外交に重点を置くことを軍中央に確認させた昭和天皇でしたが、帝国国策遂行要領は軍が作成したもののまま、御前会議で決定されます。
 中国よりも広い太平洋のことが三ヶ月で片づくとどんな確信があって言っているのかと、戦勝について何の根拠もない軍部とは対照に冷静な思考をしていた昭和天皇が、10月には東条英機を首相に据え、12月1日に開戦の決定を下してしまうのです。
 現実を分析する能力があり、決して臣下である軍部の言いなりではなかった昭和天皇としては、これは重大な過失であったと言うより他はありません。





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最終更新日  2012年04月16日 02時40分23秒
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