花夢島~Flower Dream Island~

花夢島~Flower Dream Island~

5~二つの約束(チカイ)~


 そんな精神状態の中、前方から聞こえてきた規則的な足音は俺の頭の中を真っ白にした。その足音が大きくなるにつれ何も考えられなくなっていく。
 そして、その足音は俺の直前で止まる。しかし、俺は目を開けていられなかった。
 その人物が何かを呟いたあと、腹部にとてつもなく痛烈な痛みを覚える。
「ッ!!!」
 俺はその痛みから現実に引き戻され、先程までのことが夢だと分かった。いや、ただの夢ではないだろう。あまりにもリアルすぎているし、夢で痛みを覚えるなんておかしい。あれほどではないがまだ腹部がジンジンと痛む。
 俺は暫くベッドから起き上がる事ができなかった。
 その後、数十分後に漸く起き上がれるほどに回復して俺は力を篭めて起き上がる。立ったときに少しよろけたが踏ん張って持ち堪える。俺は私服に着替えてリビングに下り立った。
「おはようございます、湊くん」
 リビングに入ると麻衣さんが出迎えてくれた。しかしそこに芽衣の姿はない。
「おはよう、麻衣さん。芽衣は?」
「芽衣ちゃんは朝早くに遊びに行きましたよ。夕方まで帰ってこないみたいです」 
 友達とどこかに出かけてるのだろう。一応高校生なのだから普通といっちゃあ普通だが何か心配になるなぁ。ちっちゃいし。
 俺は椅子に腰を下ろす。正直まだ立っているのは少し辛い。それほどまでにあの夢の痛みは痛烈だったと言う事だ。そして、当然俺の動きの諸々に僅かな異変が表れる。基本洞察力が鋭い麻衣さんにはその違和感が直にばれてしまうだろう。早くも麻衣さんは俺に訊ねてきた。
「湊くん、少し動きが変ですけど、何かあったんですか?」
 俺はその質問に違和感を感じた。いや、質問自体は普通だ。だが、それを訊く麻衣さんの方に違和感を感じたんだ。確実に何かが俺に起こったと確信して、その上で俺に訊いてきている、そんな感じがする。
 そのため,俺ははぐらかすことなく、包隠さずに話すことにした。
「えと、今日嫌な夢を見たんだ。どこか薄暗い部屋でナイフで刺される夢。だけど、夢のはずなのに痛みを感じたんだ。そして、それで目が覚めたんだけどそれでも痛みが少し残ってたんだ。まあ動きが少し変なのはその痛みの所為だけど、それも引いてきてるし気にしなくていいよ」
 麻衣さんは何か思うところがあったらしく考え耽っている。まあ確かに夢で痛みを感じる自体変なことだし、それが起きてからも継続されるなんてそうそうない。だが、実際ありえないことではないと思うのだが。
「もう話してもいいのかな……」 
 麻衣さんが何かを呟く。しかし、それは俺には聞き取る事はできなかった。
 だが、それで何かを決心したのか真剣な顔つきになる。それを見て俺も影響され居住まいを正す。
「湊くん、お願いしたいことがあります。訊いてくれませんか?」
 俺は勿論と点頭く。
「芽衣ちゃんを、護ってください!」
「……へ?」
 意味が分からない。俺は困惑の色を隠さずに顔面に表す。それを見た麻衣さんは詳しく説明してくれた。
「日付は分かりませんが、夏休みの間に芽衣ちゃんは誘拐されます」
「ちょっと待って、どうして誘拐されるって分かるんだ?」
 予知でもできない限りそんなこと分かるはずがない。これじゃあまるで麻衣さんが予知能力を持っているようなものではないか。
「それは、私には未来を見る能力がありますから。意図的に、ではありませんが予知夢と言うものを見ることができるので」
 予知夢か。未来を見る夢。俺もかつて一度だけ見たことがあった。両親が亡くなる夢。朝起きたら涙を流していたっけ。そして、暫くして夢と同じように両親が亡くなった。もしかしたら、今日俺が見たあの夢もそうなのかもしれない。ふとそんな考えが過ぎる。それに、今思えばあの夢での俺の視点がいつもより低かったような気もする。
「お願いです!芽衣ちゃんを護る事ができるのは湊くんだけなんです!!」
 麻衣さんが再度俺に頼みを請う。だけど、一体どうすればいいのか分からない。
 しかし、これほどまでに必至な麻衣さんを見るのは初めてだった。それはきっと芽衣を護りたいという思いに直結しているんだろう。それに、俺も芽衣を失いたくはない。
 俺は確りと力強く点頭いていた。
 すると、途端にいつもの微笑みを取り戻す。やっぱり麻衣さんはその表情が一番似合ってるな。俺はその笑顔を絶やさぬよう2人を護っていければ、そんなことを思い始めていた。


 その後、俺は部屋に戻った。先程のことを一人で考えたかったからだ。
 部屋に戻るとドアを閉め、ベッドに腰掛ける。そして、思考を巡らせ始めた。
 芽衣が誘拐される、つまりは外出した時だろう。しかし、かといって芽衣に外出禁止を出す訳にもいかないし、後を着けるのもどうかと思うし。
 やはりどうすればいいのか検討はまるでつかない。麻衣さんも詳しいことは全く知らないと言っていたし……そのくせして芽衣は俺に必ず助けられると言い切るとは……
 俺があれこれ思案しているといつの間にか昼の時間になっていたらしい。呼びに来た麻衣さんと一緒に食事を摂る。
 その間も俺は怖い顔をして考え事をしていたらしく麻衣さんに注意されてしまった。
「ほら、湊くん。そんなに怖い顔しないでください……そんなにあのことを気負わなくても大丈夫ですよ」
 俺は麻衣さんがどうしてそんなに落ち着いてられのかがわからないけどな。下手したら芽衣が殺される状況下に置かれているというのに。
「大丈夫ですよ。私が今まで見た予知夢で外れた事は一度もありませんでしたから。良い事も悪い事も。だから芽衣ちゃんは助かります」
 未来は決まっている、と言う理論か。俺はその理論はあんまり好きじゃないんだよな。きっと予知夢にもその性格が表れてるんだろうな。麻衣さんは返ることのできない結果が見えているんだろう。俺の場合は変えようとしなかった場合の未来が見えているのだろうか。でも、だとしたらそれは酷すぎる……俺の両親の死は防げたと言うことだ。俺があの夢を信じてそしてそれを防ごうと行動していれば―――
 徐々に深みに嵌って抜け出せなくなりそうだったが、麻衣さんの脈絡無しの言葉が俺を強制的に現実に連れ戻した。
「そうだ、湊くん、一緒にゲームしませんか?」
 先程までの暗い想像が一挙に吹き飛んだ。何でこんなに脈絡がないんだろう……唐突すぎて脳がついていってない。
「えと、何で急にゲーム?」
「暇ですから」
 一言で返された。いや、確かに暇じゃなきゃゲームはしないけどそうじゃなくて……
 何かどうでも良くなった。うん、暇だからゲームをやる。それで良いじゃないか。うん。
「で、何やるの?」
 この家にテレビゲームがあるとは思っていないので俺はアナログのゲームを覚悟する。まあ別に嫌いじゃないんだけども。俺が楽しいと思うのはゲームそのものよりも誰かと一緒にゲームをやると言う行為だし。
「じゃあ、トランプなんかはどうですか?」
 トランプか。小学生の頃以来だなぁ。懐かしいし、久々にやりたくなってきた。
「うん、いいよ。トランプで」
「じゃあ、持って来るね」
 そう言い麻衣さんがリビングから出て行き、暫くして戻ってきた。
「それでトランプで何やるの?」
 俺の質問に麻衣さんは即答した。
「ポーカーはどうですか?先に10回勝った方が負けた人に一つ命令できるってルールで」
 命令か……俺が勝ったとしても麻衣さんに命令する事なんてできないんだが、まあスリルはあっていいかもしれない。
 俺はそのルールに肯定のサインをだし、俺はトランプを切り、5枚づつ分けた。 
 俺の手札は、スペードの3とハートの3のワンペア。他の3枚はクローバーの5と7にスペードのQ。俺は当然3枚換える。
 その結果もう一つペアが揃いツーペアが完成する。麻衣さんも手札を変え終え、互いに手札を見せ合う。
「よっし、まずは俺の勝ちだね」
 麻衣さんはハートの9とクローバーの9のワンペアだった。
「湊くん、強いんですね。なら私も本気をだしますね」
 ポーカーに本気も何もあるのだろうか、と言うツッコミをしようか迷っていると麻衣さんがトランプを切り終わり、俺の手元に5枚のカードが来ていた。
 おっ、いきなりスリーカードか。また俺の勝ちかな。
 そう思いつつも表情には出さずカードを二枚換える。するとその換えた2枚がペアになっていて俺の手札にフルハウスが完成する。
 対する麻衣さんは換えは無しだった。そして、また互いの手札を公開する。
「………」
 そして俺は沈黙した。そして、一度天井を仰ぎもう一度麻衣さんの手に握られているカードを見る。
 そこには、スペードの10からAと連番のカード達が俺の視界に見える。れっきとしたロイヤルストレートフラッシュだった。
「俺、ロイヤルストレートフラッシュなんて初めてみた……」
 しかも配られたカードの時点でなんてこんなことも在りうるのか。
「まあ気を取り直して、次を始めようか」
 俺はカードを切り、分けた。そして――
「フラッシュ」
「フォーカードです」
 ……また負けた……これで9連敗目だ……ここまで来るとイカサマとしか思えないがカードを切ってるのはずっと俺だし、となるとやはり麻衣さんがかなり強いとしか思えない。
「これで後1回負けたら、私のお願い聞いてもらいますからね♪」
 悪寒を感じた。どうしてだか絶対に負けてはいけないような気がする。動物的本能が働いたのだろう、負けられないと勇んだものの、圧倒的力の差は埋まることなく俺はハイカードで麻衣さんはまたもやロイヤルストレートフラッシュというまさに天と地を示すような組み合わせでゲームは幕を下ろした。
「まだ幕は下りてませんよ?」
 そう言って立ち去ろうとした俺を一言で抑制。何か嫌な予感がする。
「これから湊くんが家に居る時は、これらの服を着ていてください♪」
 ずっと気になっていた麻衣さんの後ろにあった四角い箱から男性には無縁な、いや、大抵の女性にも無縁であろう服が何着か取り出した。
 細かい説明は抜きにするとして、そこから取り出されたのは何ともオードソックスなカラーのメイド服だった。
「いやいやいや、男がこんな服着てもキモイだけだからやめようよ!」
 必至で辨明するものの麻衣さんからこんな言葉が返ってきた。
「ううん、大丈夫ですよ。湊くん、顔立ちが女性っぽいですし、手足もスラリとしてて肩幅も広くなくて体が女装させてくださいっていってるようなものですから♪」
 唖然とした。いや、確かに昔女みたいとか何とか言われた覚えもなくはないがちゃんと俺だってちゃんと成長したはずだ。さすがに今はそんなことはないだろう。てかあってほしくない。
「それに、ルールですから。男ならちゃんとルールは護らなきゃダメですよ」
 た、確かにそういうルールだったが、これはさすがに……
「それとも、湊くんは約束を護ってくれないんですか……?」
 麻衣さんの表情が沈んだ気がした。そして、俺は不意に芽衣のことを思い出す。こんな約束も護れなければ芽衣を救うなんて大それた約束を護れるはずはない。何故かそう結び付けてしまった。そして、一度難く結びついた紐は中々解けることはない。俺は点頭いてしまった。



「ただいまー」
 5時ごろ、芽衣が帰ってきた。俺は麻衣さんに押されながら玄関へと連行。そして、麻衣さんに強要された言葉で芽衣を迎える。
「おかえりなさい、芽衣ちゃん」
「お、お帰りなさいませ。芽衣様」
 メイド服姿で更にはメイド口調まで強いられて芽衣の前に出る。今なら顔から火が出てもおかしくないかもしれない。本当は巫女服が一番ダメージが少なさそうなのだが、どうしても麻衣さんがこれをやらせたいと言う理由で却下された。もしかしたら巫女服だけは着なくて済むかもしれない。
「え?お姉ちゃん……この方は、誰?」
 芽衣よ……一緒に住んでる奴の顔とか声くらい覚えてくれ……
「メイドさんですよ。今日からお願いしたんです」
 あー、麻衣さんまでそんな変な事を言わなくていいのに。
「そうなんだ。あの、名前は何て言うんですか?」
 これは誤魔化した方がいいのか?まあ誤魔化しても泥沼に嵌るだけか。
 俺は本名を述べることにした。
「私は周防院湊と言います。よろしくおねがいします」
 自分で言っていて赤面する。一体何をよろしくするんだろう。いや、それ以前に別にメイド口調で喋る必要など皆無だというのに自然と出てしまった……
「……え?」
 芽衣が硬直した。そして、信じられないような物を見る目に変わる。お願いだからそんな目で見ないで……
「もしかして、湊、なの……?」
 今度は確認してきた。何かショックなのは気のせいじゃないだろう。
「もしかしなくてもそうだ」
 少しむっとしながら言う。芽衣は何か少し考えた後思い当たる節を漸く見つけたのか答えを述べた。
「あ、お姉ちゃんだね、この服着せたの。でも、湊本当に似合ってるよ。本当に男の子とは思えないもん」
 だからそう言う言葉は男にとっては屈辱以外の何者でもないんだよ……凹むぞ、正直。
「ほら、芽衣ちゃんもこういってるんですから湊くんはその格好にもっと自身をもっていいと思いますよ」
「いやだよ、女装した自分に自身持つなんて……」
 この人は俺を変態にするつもりか?そんなことを思いながら麻衣さんを見ていると急に芽衣が唸りだした。
「うーん……」
「どうしたの?芽衣ちゃん」
「この格好なら“ソウ”よりは“ミナト”の方が女の子らしい名前かなぁ~って思って」
 この人はまた余計な事を……昔を思い出させないでくれ、お願いだから。
「うん、芽衣ちゃん!それぐっどあいであですよ!!」
「どこがグッドアイデアだ……」
 俺のぼやきは2人に聞こえる事はなく俺の家での呼び名が晴れて“ソウ”から“ミナト”に換わった。まあ漢字は同じなわけだが。
「じゃあ私たちは夕飯作ろうか」
 芽衣が麻衣さんに提案する。俺は漸く部屋に避退できるのか。
「それじゃあ湊ちゃん、準備ができたら呼びますからゆっくりしていてくださいね」
 そう言って2人はキッチンへと入っていくのを見届けてから部屋に戻る。そして、フレアスカートが皺にならないように気をつけながらベッドに腰掛ける。
 しかし、この格好をしていると何かしなければならない衝動に駆られるのは何故なんだろう。ただ待っているだけなんて正直無理そうだった。今俺にできること。そう言って思いつくのは掃除ぐらいだった。
 そして、思いついたと同時に立ち上がり、行動を開始していた。1階は埃が舞うと困るから2階だけにしておこう。
 俺が2階の各部屋の掃除をしていると、階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「みなとー、ごはんできたよ――っていない!?」
 俺は今いる部屋の戸をあけながら芽衣に返事を返す。
「私はここですよ、芽衣様――ってはぅ!?また喋り方が!!?」
 よっぽど麻衣さんの洗脳の力は大きいのだろうか。多分この服の雰囲気に中てられてるってのもあると思うが。
「あ、そこにいたんだ。何してたの?」
 喋り方に関してはスルーしてくれてありがとう、芽衣。
「えと、部屋の掃除をしてたんです。何かしていないと気が済まなくて」
 何でそんな風になったのかは不明だが、間違いなくこの服が絡んでいるだろう。
「……湊ってさ、メイド服着てから性格変わった?」
 あ、呼び方が“ソウ”に戻った。
「いえ、そんなことはないと思いますけど……」
 思ってることと喋ってる口調が自然と別になるという弊害はあったがな。性格まで変わっているわけじゃない――と思うが、少なくともメイド服に対して完全に違和感を憶えなくなってきた辺りヤバイ方向に変わってるとも言えるかもしれないな。
「うー」
 芽衣は何か納得のいかないような顔をしながら唸る。
「ほら、芽衣様。下で麻衣様が待っているんでしょう?早く行きましょうか」
 俺はどこか納得のいっていないような芽衣の手を引いて階下へと向かう。そして、俺たちは3人で楽しく団欒を過した。

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