花夢島~Flower Dream Island~

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15~邂逅(デアイ)と乖離(ワカレ)~



 そう。元の世界に戻る日が……


 姉さんも麻衣ねえも無事に退院して数日が過ぎた。あの騒ぎは白雪さんの手によって校内新聞により大々的に取り上げられ、学園中その話題で盛り上がっていた。しかも、白雪さんは俺と亞姫菜さんのことまでその新聞に書いたからもう大変だ。恐らく半数はそれを信じて、いぶかしむ残りの半分が俺たちの陰謀だとか主張してきた為に俺は意味もなくその能力を見せる羽目になり、尚更知名度は上がってしまい逆効果だと悟った。
 噂では俺のファンクラブまでできているらしい。麻衣ねえとかが何か怒ってたな、そういえば。
 最近は擦違うたびに女子からは挨拶されて男子からは多少睨まれてる気がするが、以前クラスの男子連中が一斉に転校させられた事件を知っている為か特に問題は起こらなかった。
 まあそんな日を過しながら9月も過ぎ、今日は10月10日。湊さんの誕生日だった。
 芽衣の策謀により、夜のパーティーまでは誕生日のことに全く触れないことにした。その方が湊さんの喜びも増えるだろう、と言う事でだ。
「麻衣ねえ……すっごい不自然だった」
 登校中麻衣ねえに発言する。常に何かを言いたそうにしていてそわそわしていて明らかに違和感を憶えずに入られない。
「お姉ちゃん……もうちょっと演技上手になろうね」
 芽衣までも呆れたように言い放った。
「だって、やっぱり言いたいじゃない、おめでとうございます、って」
 気持ちは分からなくも無いがな。俺も何回か言いそうになったし。
「芽衣は全然普通だったよな」
 湊さんを除けば芽衣だけが全くいつも通りに過していた。まあ芽衣は演技がやたらと上手いのを知ってるから別段驚きはしないがな。
「芽衣ちゃんは演技上手ですから」
 えっへん、となぜか麻衣ねえが胸を張って言った。
「いや、お姉ちゃんが威張る事じゃないと思う……」
 芽衣も苦笑いだ。各言う俺も同じような表情を浮かべているが。
 こんないつもと何ら変わりの無い日常。だが、昼休み。俺に訪れた来訪者がそのすべてを終わらせた。



「おはようございます、湊さま」
 今日も下級生の女子と擦違うたびに挨拶をされる。その一人一人に挨拶を返すのも正直疲れるものだ。
「湊もさ、そんな態々一人一人に挨拶返さなくても良いのに……」
「そう言うわけにもいかないよ。やっぱり挨拶されたなら返さないと。コミュニケーションを取るのは良い事だしね」
 それに、折角挨拶をしてくれているんだからその厚意は大切にしなければならない。
「まあそう言う部分も含めて私は湊さんを好きになったんですけどね」
「私だってそうだよ、そーうっ」
 とりあえずあの一年生の相手よりもこの2人の相手を同時にするほうが圧倒的に疲れるのもあるかな。芽衣なんか所構わず腕絡めてくるし。誰かこの娘剥がしてくれ……
 まあそんなかんだで漸く4階の教室にたどり着き、椅子に腰掛け一息つく。そして、直に明緋が話し掛けてくる。勿論芽衣もやってきて3人での会話が始まる。内容は他愛も無い世間話から発展してなぜか恋愛方面の話題へと繋がっていく。そこらで白雪さんが俺を冷やかしにやってきて芽衣と明緋に咎められる。新聞部の手伝いをさせられてる内に自然と白雪さんとも仲良くなっていて今ではよく話すようになった。勿論今でも新聞部の活動の手伝いはしているが。
 そして、暫くしてホームルームが始まり、直に一時間目の授業。この曜日の日は午前中の授業が古典・日本史・英語と文系教化が並び理系派の俺としては辛い事この上ない。
 そんな授業も気合で乗り切れば俺は明緋と芽衣と白雪さんの4人で机をくっつけて一緒に弁当を食べる。そのはずだったのだが、今日は違った。弁当を広げようとした矢先、放送が鳴り響いた。
「2年6組の周防院 湊くん、3年4組の周防院 澪さん。至急正面玄関までお越しください。2年6組の――」
「正面玄関って、何で?」
 思わず声に出して聞いてみる。だが、当然他の3人にも分かるはずもなく、俺は理由もわからぬまま正面玄関を目指した。
「きたか。湊、お前にお客さんだ」
 そこで遍先生と遭遇。指す先には一人の少年。
「準!お前、無事だったのか!!」
 胸に満ちる喜び。久々に会えた親友との再会。これを喜ばない奴が何処に居るだろう。
「ああ。お前も無事で何よりだよ」
 準もどうやら俺との再開を喜んでいてくれているらしい。互いに手を取り合い感慨に浸っていた。
「あれ、あなた確か、準くんでしたっけ」
 そこに少し遅れて姉さんもやってきた。
「はい。お久しぶりです、澪さん」
 準はそう言って姉さんに握手を求める。姉さんはその手を確りと握り返していた。
「それで、昼休みに呼び出してまでしなければならない話って?」
 再開を喜ぶのも程ほどに俺は本題に入るために話題を振る。準もその言葉で表情を集中させた。
「2人とも、俺はもとの世界に戻る術を見つけたんだ」
 一瞬、何を言っているのか分からなかった。元の世界に戻る方法……それは、即ち完全なる別れ。それは唐突に訪れる。
「今夜が丁度チャンスなんだ。今日を逃すと、また何年かチャンスは訪れない」
 だけど、よりによってこんな日に来なくても良いじゃないか……なんで、湊の誕生日に……
「だから、今夜6時50分までにこの町の岬に来てくれ。くわしい方法はそこで説明する」
 6時50分までに岬へ。家からは凡そ20分ほどかかる。つまり、実際俺に残された時間は後6時間30分。それまでにすべてを終えなければならない。
「分かったわ。必ず行くから」
 姉さんは意を決したらしい。なら、もう俺には選択肢は残されていない。
「分かった。6時50分までに行けばいいんだな」
「ああ」
 準はそう言って、振り向き立ち去っていった。まさに青天の霹靂と言うべき事態だ。俺に残された時間はもう後僅かなんだと。
 教室に戻ると、あの3人になんだったのか追及される。本当のことを言うべきなのか、隠すべきなのか。いや、隠しても意味はないな。むしろ言うべきなんだろう。
 そう思い、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、もうここに戻ってこれなくなることになった」
 多少婉曲表現だが、これなら事情を知らない奴が聞いたらただ転校するだけに思えるだろう。まあきっとここにいる3人はその事情を知っているが。
「えっ……」
 3人が驚き硬直した。だけど、俺は更に追い討ちを掛けるかのように言う。
「恐らく、6時半にはもうみんなの前から姿を消す事になると思う」
 感情を全く篭めずに言い放つ。今此処で何らかの感情を篭めたら、本音が洩れてしまいそうだから。
「そ、んな……」
 だが、相手のほうはそうはいかないらしい。芽衣も明緋も淙淙と泪を流し、白雪さんは尚硬直する。
「もう、二度と……会えない……の?」
「ああ、多分……」
 それは紛れも無い真実。出合の裏には必ず悲しい別れがある。だけど、その別れの分だけ新しい出会いもあるんだ。
「だから――」
 俺は、一旦言葉を区切り深呼吸をする。そして、言った。完全なる別れの為に。
「俺のことは忘れてくれ」



 俺は、芽衣達にその言葉を放った後、俺はすぐに教室を発った。もう一人。それを告げなければならない人物の元へ。
 扉を開き、中に入る。リビングに向かうと、昼食の片付けをしていた湊さんと遭遇した。
「どうしたんですか?こんな時間に」
「湊さん。もしかしたら、今日が別れの日になるかもしれないんだ……」
「そう、ですか……」
 湊さんはこの日を覚悟していたはずだ。だが、こんなに速く来るなんて思っていなかっただろう。その驚きは見て取れた。
 俺はそんな湊さんに芽衣たちに言った台詞とおなじものを放つ。
「だから、俺のこと、忘れてくれないか。どうせもう会えないんだ。だったら――」
 突然、湊さんが俺を抱きしめてきた。その眸には薄らと泪が浮かぶ。
「違いますよ……もう、会えないからこそ憶えていなくちゃいけないんです……たとえもう二度と会えないとしても、湊さんが故意に芽生えたとしても、私はここからずっとあなたを思い続けています……」
「湊さん……」
「そうだよ。忘れるなんてできっこない」
「そうですわ。好きな人のことを忘れるなんていう方が無理な話でしてよ」 
「芽衣……明緋……」
 2人とも、追いかけてきたのか……
「皆、湊くんのことが好きなんです。だから、もう合えないのなら、せめて笑って見送らせてくれませんか?」
「麻衣ねえ……」
 頬を涕が流れていた。先ほどまで感じていた別れの辛さは消えていた。住む世界は違っても、俺たちはリンクしていられるんだ。そう思うだけで、喜びが満ちていく。
「ありがとう……みんな……」
 俺はただ感謝の気持ちを表すだけだった。



 そして、その後俺たちは記念にと言う事で一緒に町を歩いて回った。もっと時間があればどこかに行けたのだろうけど、致し方ない。それに、今はこの町の景色を目に刻んでおきたかった。一歩一歩を踏締めて、その景色を心に留める。初めて麻衣ねえと芽衣に会った場所、湊さんと一緒に入った横道のあった場所、明緋さんにあげるぬいぐるみを買ったお店、芽衣につき合わされてきたランジェリーショップ。思い起こせばこの2ヶ月弱の間に本当にたくさんのことがあった。それは今まででは考えられないほどに楽しく、今となっては掛け替えの無い宝物だ。
 俺たちは無言で、でも気持ちを共有しながら町を歩き続けた。
 そして、来るべき時間。俺たちは準に指定された岬に来ていた。既に姉さんも準も来ている。
「来たな。じゃあ方法を説明するぞ」
 俺は準の話す一言一句を聞き漏らさないよう精神を集中させて聞く。
「単刀直入にいえば、この世界と元の世界を繋ぐゲートを一瞬だけ開くんだ。俺の持つ魔力と湊の霊力。その2つを会わせる事でそのゲートは一瞬だけ開くんだ。俺たちは、その一瞬の間にそのゲートに飛び込む。そうすれば元の世界に戻れる」 
「分かった」
 俺は点頭き、そして準が指し示した場所に立ち、一つだけ遣り残した事を思い出し、湊さんの前に歩いていった。
「まだひとつだけやり忘れてた事があったよ」
 俺は、湊さんを見つめて、言った。
「ハッピーバースデイ……ミナト……」
 そして、俺は自らの意思で湊さんに口付けをした。
「湊、さん……」
 湊さんが涕を零した。だけど、それは悲しいものでないことは知っていたから、俺は安心していく事ができる。
「じゃあ、準。行くぞ」
 準とタイミングを示し合わせて、同時にそれぞれの能力を放つ。
 俺の両手からは銀色の耀きが。準の両手からは金色の耀きがそれぞれ放たれ、中央でぶつかり、混ざり合い大地へと溶け込んでいく。その金と銀の混合色の光が大地に線を描き、扉が完成した。そして、その扉の戸がゆっくりと開き、大地から飛び出してきた。
「今だッ!飛び込め!!」
 準の合図で俺たち3人は、その扉へと飛び込む。俺たちが中に入るとほぼ同時にその扉は閉じ、俺の意識も同じように闇に落ちた。

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