真理を求めて

真理を求めて

2005.01.26
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さて、マル激での議論の続きを見ていこう。まずは、東氏の次の言葉を考えてみたい。

<朝日は、日本社会の全体性を代表しているわけではない。全体性を代表しているように僭称していることに対して批判が大きい。>

朝日は、ある一時期は、その発行部数も一番多く、世論の大多数を代表しているオピニオン・リーダーだったことがあったと思う。しかし、いまや発行部数では読売に抜かれ、いまでは世論の一部を代表しているに過ぎなくなった。しかし、まだ朝日そのものに、自分たちは日本社会の全体性を代表しているというおごりが見えると、東氏は評価しているようだ。そして、その部分に批判が集中し、朝日叩きというものが起こると見ている。

全体性を僭称しているということをもう少し考えると、次のような感じになるだろうか。宮台氏も次のように語っていた。


<左翼は、弱者に対する共感性を元に言説を語る。誰が弱者であるかということに対して選択性があるのだが、その選択性に公平性があるのかどうかという問題がある。>

左翼は、基本的に弱者救済のための資源の再配分に賛成する立場だ。この弱者を誰だととらえるのかに、公平性がないと、社会の全体性を代表しているとは言えないだろう。実は、弱者だと見られている方が、その弱者救済のための権益のために、むしろ強者となっているような逆転現象もある。そうなると、本来は弱者を助けるための措置が、私欲を肥やすための権益のように見えてしまうことがある。

そうなるとやはり、誰が弱者であるかという選択性に公平性がないように見える人も出てくるだろう。その人たちが、左翼の代表だと感じている朝日が「全体性を僭称している」と見るのかも知れない。少しも公平でないのに、それがあたかも社会の世論であるかのように語っていると感じるかも知れない。


<マルクス主義は、全体性を僭称するイデオロギー。それを戦線を縮小して、多様性を認めて欲しい。いろいろな考え方をもっている人間はたくさんいる。>

という東氏の発言を見ると、マルクス主義を基本的なイデオロギーとしている左翼にとっては、「全体性を僭称する」ということは、基本的なものの考え方の中にすでに入り込んでいるものだと考えられている。そうすると、よほど注意深く自分の思考を組み立てないと、全体性を僭称する方向に流れてしまうだろう。



マルクスが生きていた時代は、確かに社会は、二つの階級に別れているように見えたかも知れないが、歴史の発展と共に、それが細分化されて、現代社会ではもはや単純に二つの階級に分けることはできなくなったのだろうと思う。それを指して、東氏は「多様性を認めて欲しい」と語っているのだろうと思う。僕は、この現状認識は賛成だ。

僕が、ここで提出する考えも、あくまでも僕個人の考えであって、これが何かを代表しているものとは思っていない。だから、賛成する人もいれば反対する人もいて当然だと思っている。どちらを選ぶかは、自分で判断すればいい。反対する人間が、まともな論理を使える人間だったら、実りのある議論ができるだろうと思うが、残念なことにまともな反論が一つもない。


今回の番組に対する「偏向」批判に関しては、神保氏が次のような指摘をしている。

<日本の右とか左とかは、外国の方から見れば、ほとんど真ん中付近のものばかり。そのような状況の時に、極右・極左に当たるものが出てくれば、「偏向」だという印象が強くなる。>

これは、日本には本当の意味での右も左もほとんどいないということなのだろう。極右も極左もなかなか存在できないのだ。だから、それを見慣れていない人たちは、それが出現しただけで驚いてしまうのだろう。今回の番組は、どちらかというと極左に近い主張だったのだろう。それで、見慣れていない人たちは「偏向」だというふうに見えたのかも知れない。

極左であっても、一つの見識だと受け止められる人間が多ければ、なんということはなかったのかも知れない。極右も極左も、当たり前に目に触れるような存在になっていたら、日本人ももっと免疫性がつくのかも知れない。インターネットの世界では、ほんのちょっと左がかっていても、右の立場の人間から見ると、かなり心を揺さぶられるようだ。右の立場の人間に、もっと免疫性をつけてもらいたいものだと思う。

弱者に同情する人間は、立場的にはどうしたって左になる。でも、その程度の左なんて、ほとんどイデオロギーとは関係のない左に過ぎない。どうして、そんな程度のものに過剰反応するかが僕には分からない。過剰反応する右なんかヘタレにしか見えないのにと思う。


<「公正」だけではなく、「中立」の方が重く見られている。>

これは重要な指摘だ。本来なら、「中立」よりも「公正」の方が大事だろうと思う。それが、今回の議論では、「中立性」の方がクローズアップされていて、主張が一方の側だけだという批判が多い。しかし、一方の側の主張であっても、それが一つの見識であることを知らせているだけなら、「公正」さには問題がないと思うのだが。このように考えるから、今のNHK問題の世の中の受け止め方がピントがずれていると、マル激では語られているのだろう。

「中立」というのは、時代と共に状況が変わり、その基準が一定しない。しかし、「公正」というのは、時代の変化に影響されることが、「中立」よりも少ない。確固とした基準を立てることができる。そちらの方こそ重要性があるだろう。しかも、


<NHKに中立を期待する方がおかしい。予算権を握っている与党の歓心を買おうとする方が当然。構造的に意向を忖度して、勝手に影響を受けてしまうことになってしまう。>




<見る方が、NHKが中立だとか公正だとかいうことが「幻想」だということをしっかりと認識しなければならない。>

という指摘も大事だろう。本来の意味での「公正」を実現しなければ、本来の意味での「中立」も実現できない。「公正」さは、客観的に評価できるからこそ、今のNHKにそれを求めるのは「幻想」だという評価が出てくるのだと思う。構造的に、与党よりになることがむしろ当然であるNHKで、それを拒否して「公正」を求めるということの方が、道徳や倫理という観念的存在がそのまま現実に存在していると考える幻想だと僕も思う。

むしろ、今のNHKが「公正」さを欠いているのだから、NHKの改革をこそ考えなければならないだろう。それに本来の意味での「公正」を求めるのか、「公正」の実現はできないのだから、公共放送という形態はあきらめるという方向に行くのかどちらかではないだろうか。


<12日のコメントでは、安倍さん自身が、「私は負けない」とまでいうコメントを出して、口を出したことを認めている。それを後でやばいと思って、NHKと口裏を合わせて変えてきた。>

これは、神保氏の解釈だ。ベタな意味での事実として確認されたものではない。しかし、論理的な思考をする人間だったら、ほとんどの人は、このような解釈をする。僕も同じだ。




「こういう動き」というのは、後で、前に言ったこととは違うことを語っていることを指す。つまり、そのままの意味で受け取られたら、「介入」だという解釈をされると、安倍氏の側も考えているので、言葉を修正してきたと神保氏は受け取っているのだ。

だから、安倍氏が最初に語ったような行動は、それだけで「政治介入」だという社会的なコンセンサス(合意)が得られたと、神保氏は解釈している。それなら、この問題は、そういうコンセンサスがとれたと言うことで、一つの決着を見たのではないかと、神保氏は考えているようだ。そういう見方もあるのか、とこれは目から鱗という感じだった。


<どのような言い方をしたかということは問題じゃない。脅し言葉を使ったかどうかは本質的な問題じゃない。各企業にとって、深刻な問題というのは、敏感に反応する。>

これは、映画なんかを見ていれば十分想像できることだ。本当に悪いヤツは、丁寧な言葉を使う、社会の名士であることが多い。汚いことに手を染めるのは、下っ端の人間にまかせるし、直接何かを指示する言葉などは決して語らない。「よろしくお願いしますよ」という一言で、相手の方が、何を望んでいるかを忖度するのだ。それは、構造的な圧力があるからで、それを企業にとっての敏感な問題といっているのだろう。

問題は、そのような構造を改革することだ。構造改革ができない限り、同じような問題は生まれ続ける。NHKの会長がいくら辞任して交代しようと、この構造は変わらない。もちろん、個人としての会長にも責任があるだろうが、会長個人が構造を支えているのではないから、辞任したくらいではそれは変わらない。

小泉さんが「構造改革」をぶち上げた時に、僕は、ほんのわずかではあるけれど、本当に「構造」が変わるかも知れないという期待を持った。それは、小泉さんが型破りのように見えたからだ。しかし、ここまでの小泉さんがやってきたことを見ると、型破りだったのは見かけだけで、やっていることは旧態依然とした権益に寄りかかった姿だった。

このNHK問題は、議論が本質的な部分にまで展開すれば、もしかしたら「構造改革」の本当の姿を見せてくれるかも知れない。そういうほんの少しの期待を持って眺めている。マル激の議論は、まだまだ続くので、残りは「その3」の方に、つなげることにしよう。





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最終更新日  2005.01.26 00:15:13
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