アイ:10年目 0
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寒い日が続いています。今日はベッドから離れられない1日でした。どうにもこうにも体が重く、化学療法から3日経ってこんな調子は初めて。先週は点滴だけだったからか、金曜日には復活していました。今週は点滴と腹腔ポートからの点滴とダブルだったから、こんなにだるいのでしょうか。明日が退院というのに、こんなくたびれている様子で大丈夫か、心配になり始めています。心配が不安になり、今までの血液検査のデータを印刷してもらったところ、本日の白血球が2200でした。アンビリーバボーな低さです。多分、これがだるさの理由でしょうか。ヘモグロビンもまだ低めで貧血でしたし、栄養もまだまだですね。そういうことにしておきましょう。この調子だと明日は要マスクで外界に飛び出なくてはいけません。今日はひたすらゲド戦記を読んでいました。4冊目まで進んだところ。そして今日一番幸せだったことは、美味しいベーグルと出会えたこと。もともと食べることが大好きだった私。胃が無い今、それも満足に満たされない気分ですが、今現在病気の話以外での幸せが食べることと、全く以前と変わりないことが笑えます。昨日、友人が旅ベーグルを買ってきてくれました。ネーミングも素敵。今日はオリーブのベーグルという、緑オリーブがたくさん入ったベーグルをトースター(病棟にあるのです)で焼いて、半分こ。モチモチしてて、しっかりしていて、大満足。久しぶりに「美味しい」ベーグルに出会えた気分。沈んでいた気分がふわっとしたなぁ。いよいよ今夜が最後の夜。明日は、退院して車で職場病院で開かれるちょっとした研修会に顔を出す予定です。同期が大舞台で発表をするので、見に行くつもり。たくさんの人に会ってパワーを使いそうだから、今夜はしっかり充電します。
2010.02.12
水曜日は、腹腔ポートからと点滴のダブルでの化学療法の日でした。散歩もお休み。レスタミン効果で夢の中な午後を過ごしました。白い巨塔並みの教授回診もあり、励ましのお言葉を賜りました。夜にはずっと気になっていた病理の正式な結果が出たよと、医師からの説明会。両親に来てもらい、改めて説明を受けました。がんは胃の大弯部に13×13センチ。私の胃が全長20センチくらいだったから、全摘でよかったですねぇって言われた。確かに。見た目にはもっと小さくみえるんだけど、やっぱりスキルスだから根を張るように、横に横に広がっていってたねぇって。リンパ節も、37個摘出したなかで6個転移があったそうな。がん細胞が認められなかったリンパ節も、ノーマルではなくて、抗がん剤でがん細胞が壊死した後があるから、もともとは癌が居たでしょうと。今回、腹膜播腫が腹腔ポートからの化学療法でがん細胞ゼロになったら、手術できたんだけど、リンパ節とか播種にはある程度、効果があった抗がん剤。でも、治療後であっても13×13の癌って・・・。やっぱり原発の胃にはあんまり効かないだろうっていう仮説のモトの、今回の手術。予想通りで、良かったですって。肉眼的には、がん細胞はなくなったそうです。でも、血管にもリンパにも転移はすでにあるから、がん細胞は全身にはすでに居るからなぁ。今後は、腹水検査・CT・血液検査(腫瘍マーカーや白血球や肝機能など)をみながら、手探りで化学療法を進めていきましょうということでした。仕事はねぇ・・・。主治医はまだまだですよって。私は3月1日から行けるかなと思っていたんだけどね。アルブミンがまだ低いし、っていうか、手術したばっかりだし、そんなに思ったほど、体は元気じゃないですよって。術後スムーズに来ているヒトほど、危ないです!!って。多分、そうなんでしょう。脳と体と心の調子が、今も不均衡です。いきなり完全復帰は無理だと思うから、ちょっと上司と相談してからかなぁ。木曜日も寒い1日で、活動範囲は院内散歩にとどまりました。退院かぁ。色々な未来を考える、1日でした。
2010.02.11
今日は、春を通り越して、夏みたいな暑さでしたね。東大構内を散歩し、正門から本郷三丁目方面に歩いて、小1時間の小散歩。コートを脱ぎ、ブーツを履いてきたことを悔やみ、汗をかきながら、テクテク。ラーメン屋さんや、カレー屋さんがやたらと目に付くのね。学生が多いからかしら。頭では食べちゃだめって知っているけど、食べたいオーラが出ているからかなぁ。途中で金魚屋さんを発見!一匹5000円以上するセレブ金魚やら、益子焼の高級金魚鉢やら。私には異次元空間でしたが、スイスイ泳ぐ金魚たちはかわいくて、海を少し思い出しました。明日は化学療法の日。多分散歩はお休みします。腹腔ポートからも1Lほど抗がん剤を入れるので、まだドレーンを抜いた後が十分閉じていないと判断され、本日数針だけだけど、縫いました。縫ったら、薬は漏れないらしいっていう話。明日上手く乗り越えたら、退院が目の前に浮かんで来そうだわ。
2010.02.09
昨日あまりにも歩けなくて、そして歩いた後だるくて昼寝をした私。今日は3月位の気温ですってよという話を頼りに、今日から始まる湯島天神の梅祭りまで散歩してきましたちょうど、頼りになる職場の後輩が来てくれて一緒に散歩。チラチラ咲き始めてはいたけど、まだまだね。受験シーズン真っ盛りの今、絵馬だらけ。菅原道真も大変ねぇ。たくさん希望校が書いてあって、全部合格したい!とか書いてあって。通えるの一つなのにねおみくじ引いてみました。今年2回目だけど、前回のは吉凶が無いタイプだったからさ。結果は大吉。確かに、手術上手くいった今は大吉かも。病気:治る信心が第一。だって。願望:思いのままなりそんな魔法使いみたいなこと、あるのでしょうか。今日は、栄養指導がありました眼鏡かけた栄養士さんは、これまでの私の院内での食事摂取量を見ながら、今までの生活の話を聞きながら、アレコレアドバイス。繊維質の多いもの、海草・キノコ・野菜とかイカ・タコとか、ラーメンとかとんかつみたいな油分の多いものは辞めたほうがいいけど、後はなんでも良いですよぉって。水分が取れなくて、困っていますって相談しても、食事前に飲むと、お腹いっぱいになるけど、ちびちびじゃなくて、ごくって飲んでも大丈夫ですよぉって言うの。ずいぶん、ビクビクしすぎてたなぁって思って、帰ってから分食の野菜ジュースをゴクゴク飲んで見たら、お腹痛い夜ご飯も、いつもよりしっかり食べてみたら、胸焼けして口から泡が出てくるし全然あのアドバイスだめじゃん。って思った。栄養指導に同席した父は「まぁあのヒト、胃取ったことないしね」って。確かに。看護師さんはみんな、ゆっくりゆっくりって言うのね。現場で患者さんを毎日見ている看護師さんの方が、食事に対しては信用できるかなぁ。栄養士さんは多分、理論上は食べれるはずっていうことで話しているのかもね。消灯後も、食べ物がいい感じに納まるまでしばし、談話室で休息していました。やっぱり、スローペースで食べていきます。
2010.02.08
晴れているけど風が強い1日でした。午前中に編み物師匠が、自転車を風に壊されながらも来てくれ、年末年始にかけて挑戦した、編み物帽子をご披露しました。手を動かした回数だけだと、多分帽子3個分は頑張ったと思います。何回も解きなおし、やっとのこと。カラフルでぼさぼさしているのが、私が編んだニット帽。隣のシャキっとした編み目の、キュートなのは師匠が2日で編んだという、帽子。さすが師匠モコモコ羊を作るキットを頂いたので、入院してから活動休止していた手芸部、ちゃんと復活しようかな午後から、散歩しました。術後初の外界です。赤門通って、友達を迎えに行き、病院へ戻るという30分ショートコース疲れたぁ・・・・。前半は好調だったんだけど、後半足が重くて体が重くて。自分の能力を過信していました。もっとルンルン行けると思っていたのになぁ。お茶でもしてくればいいじゃないと、言っていた隣の部屋のおばさまにも、モー無理、あー疲れたぁという私のオババ発言を笑われました。少しずつ。歩くしかないなぁ。気持ちは十分、体が不十分。気持ちも体に引き込まれてダラリン生活に堕ちて行きそうですが・・・。あと1週間で退院するという気持ちで体力をビルドアップして行こうかな。夢を叶える宝地図。知り合いのヒトが作っていて、とても良いよと聞いてから、心に引っかかっていたキーワード。ちゃんと手順や作り方があるみたいなんだけど、目標を紙に書くという効果をさらに100倍にも、1000倍にも増幅する方法らしく、また作る作業も楽しそう。写真やイメージをコラージュしていくみたいなんだけどね。第8ステップが、夢への最初の1歩を踏み出すという項目で、これが一番大切な気もするけど。宝地図ではないし、彼女がこれをイメージしたわけではないと思うけど、気持ち上昇Happyなメモリーがたくさん詰った手作りノートを、友人から頂きました大学から社会人までの日々や、旅行に行ったときの思い出を一つのノートにかわいくまとめてくれていて、見ていると本当に元気になるし、元気だった頃の自分や友達が山盛り入っていて、ハッピーな笑顔がたくさん。スペースページがまだあるから、続きは自分で作りながら前進力にしていこうかな。ちょっと違うかもですけど、私にとっては素敵な宝地図です
2010.02.07
昨夜遅くに、東大病院で働いている「同じ年の」友達が来てくれ、ネズミの夢の国話から、やや真面目な脳の中身の話まであれこれしていました。それを聞いていたのか、隣のベッドのおばちゃま方と朝お話をしていたら「昨日いらしていたの、息子さん???」・・・・。えっ??私まだ28才なんですよねぇ。彼は、友人です。という、パジャマ姿で髪も丸出しな私。「あれまぁ、ごめんなさい、すっかり落ち着いていらっしゃるからぁ、肌若いもんねぇ」「あんな大変なご病気されているのに、堂々とされているしぃ」と。あれこれそれこれ。仕事中はウィッグを被っています。最初は入院中も帽子を被っていました。だけど、寒くないしだんだんわずらわしくて、OFFなのが普通になってきた今日この頃。昨日来た職場関係お客様へも、多分初めて生姿を見せてしまった気がします。お見舞いに来てくれているということで、いいでしょうと気を許してみました。同じ年の友人を息子というヒトにとって、私は50歳過ぎと思われたのでしょうかね。人生色々あるもんです。その友人が昨日の夕方立ち寄って、病院近所の噂のケーキを持ってきてくれました。イナムラショウゾウの上野の山のモンブラン。何年か前に頂いた事があるのですが、好きな栗味でした。昨日は、ちょうど他のお客様が来ていた時に頂いたので、その場でみんなにも食べてもらったのですが、それでも少し残っていて、今朝おなかすいたぁと思って、残りをぱくっと食べてみました。以前、池袋の主に、ケーキ食べるときは死ぬ覚悟で食べなさいと言われたのを、思い出しつつ、4分の1位だしいいかなぁと。食べた直後は大満足だったんだけど、やっぱり朝から食べるものではない様子。だんだん血糖が変化してきたのか、頭に血が上ってきた感じと、体がケーキになったような、甘重~い感じ。気分が変。血圧とかのバイタルは著変ないから、大丈夫ですが、朝っぱらからは辞めようと、心に誓いました。2時間くらいすると、復活!したけどね。看護師さんには、寝起きでねぇ・・・。さすがにないよねぇ・・・。と言われ。優しいお医者には、まぁでも、食べたいもの食べてていいですよ。大丈夫と。言われ。自己反省。だけど、やっぱりショーゾーケーキは美味しかった!今日は散歩するつもり。靴はいて、コートきて、外の世界へ足を踏み出してみます楽しみ
2010.02.07
最後の管:栄養補給のための首からの点滴が外れ、FREEDOMを手に入れました影の様に付きまとっていた点滴棒ともお別れ。抜いた直後は感染しやすいからと、シャワー許可は日曜日。一昨日抜いたドレーンの後はまだガーゼで覆われいますが、それでも最後の砦を攻め込んだ気分で、スッキリ☆今日は、仕事関係のお客様が多い1日でした。「のんびり体を休めたら?」と言う同期の友人と、久しぶりに仕事話をちょっとして、絶対に入院中は開けないだろうと思っていた、文献ファイルを開けてみたり、ニュージーランドぶりに会うヒトや、MY上司と愉快な仲間たち。案外元気そうねと・・・みんな言いながら、おいしいお店のフルーツゼリーやら、おいしいジュースを持ってきてくれました。見ないふりをしていた、仕事スイッチが少しONになった気分少しずつ、多種類の食べ物を食べられるようになって来ました。辛いもの・熱すぎるもの・冷たすぎるもの・消化に悪いもの出なければ、少しずつ摂取してみています。大好きなカレーと出会えるのは、まだまだ先かなぁ。おいしい食べ物をたっぷり頂いた満腹感とヒト疲れもあったのか、夕方ぐっすり寝てしまうあたりが、まだまだ体力の衰えを感じますそうそう、MIXI事件のセンセーが後で来て、「自分も何回か誘われてMIXIはじめたんだけど、何書いていいかわからないし、旅話とか、研修のため息書いたり位しかなくてねぇ・・」と、話していました。私と同じ年の研修医センセー、突然のびっくり発言は良しとしましょう。私もMIXIはずーっと前に誘ってもらったけど、書く事ないなぁと活動していなかったら、IDが自然消滅していました。そして去年の春先にお台場で開かれた、旅祭りのボランティアをやった時、私は旅祭りHPを見て参加したんだけど、大半のボランティアスタッフはMIXIでの募集からの参加で、そこからボランティア友達が出来て、MIXIに再挑戦してみた流れです。それでも、さっぱり未活動だったんだけどね。残念ながら癌になってしまい最初は、誰にも癌話したくなくて、MIXIでもGREEでもない場所へブログを書き始めました。だけどMIXIには、東大病院で私と同じ治療をしているヒトが集まる場所があるのを見つけ、それならと思って、MIXIには日記をリンクしてみました時の流れです。知らないヒトと簡単につながれる不思議なMIXI世界は、闇の世界も光の世界も持ち合わせていると思いますが、「あはは、事件も人間鍛錬!!」と言っていた、昨日事件に遭遇したらしい知り合いからの爆裂メールを読んで、何事にもぶつかっていく、少しそんな生き方に憧れてみました。あこがれる生き方をしているヒトが、身近にいるのは幸せなコトだと思います。でもまぁずは、体力かな!
2010.02.06
今朝の回診の時のお話です。栄養補給のモト、首からの点滴CVは、明日抜きましょうねぇという和やかな話の最後・・・。研修医のセンセーが「ねぇ、MIXIやってるの??」って。なんで??と聞いてみたけど、それだけって。そう言って去っていきました。それだけってことありますかね。もともと超オープンにするつもりも無かったけど、いつからか超オープンになり、mixiに連結?っていうのかな、mixiからも飛んでこれるように接続してみたこのブログ。あー、これからどーーしよっかなぁ。別にやましいことは何も書いてないはず。先生のワルクチとか、書いたっけ??とか思ったけど、そのために見直すのもなぁ。まぁ、それも含めて自分ですから、良しとしましょう。一患者のブログなんてすぐ忘れてしまうだろうと、そういうことにして、今後の策を練らなくてはいけない気がする。・・・・。でも、策なんてないし。まぁいっかなぁ。名前ちょこっと変えてみよかな位。いまさらですけど・・・。胃が無くなった訳だし生まれ変わる気分で、なにかを変化するのもアリかと思います。タキソールをやろうが、今のところ私の手はしびれていませんよお湯がいつでもある病院では、湯たんぽ大活躍です。手のひらサイズだから冷めやすいんだけど、小回りが効いて優れもの。ぬくぬくの病院ですら、朝方は寒いから6時に起きて一番にすることは、湯たんぽのお湯を変えに行くことです
2010.02.05
ドレーンが全部抜け、お腹周りはガーゼで厚く覆われました。全抜糸が終り、胸骨の下からおへそまでビーーーーと一直線が引かれています。「いつか、傷はきれいになりますよ」という外科医。いつかって、いつですかね??半年前の腹空鏡の後も、いまだに残っております。横に切った傷は治りが早かったけど、縦のは結構長引いていたから、今回も長そうだなぁ。食形態も今日は5分粥までUPしました。だけど、食形態に体が付いて行かない今日この頃です。お風呂に入りたい!といったら、明日首のCV抜く??と言われ、えーー、まだ食べれる自身が無いと、考えさせてもらうことにしました。体重は今のところ変化なしですが、これから退院して3ヶ月くらいの間に7~10キロくらいやせるそうです。信じられませんが・・・。写真撮っておいたほうがいいよという、ナースさん。髪が抜けてしまった今、やっぱり自分の髪が生えていたときの写真を見ると、別人みたいって思うから、やせる前に、写真でも撮ってみようかな。SoupStockの食堂カタツムリとのコラボスープを差し入れに貰いました。私は数口で大満足だったけど、やっぱり病院食じゃないものって、おいしい昨日の抗がん剤の余波が残っていて、今日もだらりんとした1日でした。お昼時にお客様が来て、寝ているかと思ったと言われたけど、食事中は、さすがに起きて食べていますよそろそろ寝る準備をしたいと思います。7時半に寝る準備。幸せなライフタイムな気分です。
2010.02.04
今日から3分かゆになりました。重湯だったのに、若干米粒らしきものが混じり始め、おかずという名前の、煮込みすぎ野菜としゃけフレークが朝ごはん。ヨーグルトと具なし味噌汁は相変わらずです。人間の「食べる」成長過程を超早送りで経験している気分。明日は、点滴量も半分になり、おかゆもレベルアップするのかな。ドレーンがやっと左1本抜けました傷は半抜鈎という1個おきにホッチキスを抜きました。明日はもう半分と、もう一本のドレーンとお別れです。食事がこのままアップしていけば、首のCVも抜けるかなぁ。少しずつ身軽になり、レベルアップしてきた今日この頃な私も、やっぱり抗がん剤の爆弾には、ダウンしていました。腹腔はまだドレーンが刺さっているので、点滴のみのタキソール治療。まだあんまり水が飲めないから、いつもの眠り薬のレスタミン代わり点滴を入れたけど、やっぱりねむーーーーい。だるーーーーーい。付き添いの家族いわく、アラームが鳴ろうが、だれが来ようが、夢の中に私は居たそうです。眠い以外の症状はなにも無いからさ。まだマシですけれど。今日は、節分ですね。私の夜ご飯には、卵ボーロがついてきたけど。豆をとある筋から入手したので、豆まきをして鬼を追い払ってみました。今年は平穏無事な一年になりますように。皆さんも、幸せな一年が過ごせますように。
2010.02.03
「今日から重湯が始まります」という言葉の意味は、「流動食」という紙切れが付いた食事ですという事でした。ドキドキしながら待つ7時50分。ご飯がやってきました。 あさごはん。 ひるごはん。 よるごはん。間違い探しみたいですが、確かに共通しているのは「重湯」。ヨーグルトがやたら多いのは、牛乳禁→ヨーグルトの手続きをしてもらっているからなのか、それとも乳酸菌を増やそうという作戦なのか。食べ方は、あのスプーン半分くらいを一口にして、食べ、しばらく待つ。待つ。そして、次へ。1時間たっても、ちっとも進まないし、冷めるし。朝ごはんのヨーグルトを食べ終わったのは、なんと昼の3時でした。毎食1割くらいしか食べれません。栄養はCVから点滴でたっぷり入っているので、腸のリハビリ目的なご飯です。お昼のピンクのマグカップには、紅茶が入っていました。重湯と味噌汁とヨーグルトと紅茶。ありえない組み合わせ。紅茶は、カフェインもあるだろし、良いのか?と思い、ご遠慮してみました。ジュースとかについているストローも、勢い良く飲んでしまう危険性があるため要注意。結局、冷蔵庫にはりんごジュースが2つ入ってます。夜ご飯にオレンジゼリーが出てきたときは、ちょっと嬉しかったけど、なんだか、残念なオレンジ風味でがっかりでした。わがままをあれこれ言っていますが、最初の一口目の味噌汁はちょっとした感動でしたよ。自分が日本人でよかった位まで思ったし。体が温かくなった。隣でおばあちゃんが食べてたおにぎりが、とってもおいしそうに見えてしかたなかったけど。今日は、同室の方が退院されていきました。結構入れ替わりが激しい私のいる5人部屋ですが、彼女は私が入院する前からいらしていて、泣き虫さんで、なかなか大変な毎日。テンションが上がると、泣き叫び、わめき、廊下やありとあらゆるところで、独り言。冷静なときにお話するととても丁寧なちょい年上のちゃんとした女性だから不思議。色々なヒトがいる世の中ですけど、病院は色々っぷりが多彩だと思います。今夜は久しぶりに、静かな夜になるかな。明日はちょっとした1日になるかもです。がんナビより、私が今まで自費で他院で治療を受けていたハーセプチンが認可されるかされないか決まる日。されないなんてあるのかな??HER2強陽性の私にとって保険が使えるか使えないかは、非常に大問題です。もし私の病気が見つかるのが一年後だったら、差額分で、世界一周くらい行けてたなぁ。あ、でも、その頃見つかったらもっと手遅れだったかもかぁ・・・。となると、しょうがないか。
2010.02.02
そいえば、今日苦~い造影剤を3口も飲んだご褒美に、1日500ミリまで、おいしいお水を飲んでいいよと言われましたとは言っても、がぶがぶ飲めず、常温のお水を1口、唾液と口の中で混ぜて飲んだら、次は10分後ですって、時の流れがゆっくり流れすぎています。「経過は非常に順調です」と夕方主治医の先生が部屋に来て言っていました。水曜日の朝、血液検査して大丈夫だったら、抗がん剤治療をはじめてみよう!というのが、私と主治医の意見です。入院中の担当の一番上の先生は、まだ早いんじゃないかと言ってるんだけどね・・・。主治医先生が漏らしてましたが、今回のチーム東大は水曜日予定説が有力みたいです。胃が無くなった今、抗がん剤はどのように体に作用していくのでしょうか。
2010.02.01
昨日あまりにもテンションが低かったため、夜も寝苦しい夜でした痛みに疲れているから寝入りはスムーズなのですが、夜中、寝返りをうつことに疲れ、トイレに起きなくてはいけないことに疲れ、6時の電気が着く時間前に起きてしまうから、6時まで待つ事に疲れ、朝になっても結局、疲れ果てて起きるわけです。朝イチで様子を見てくれた、中くらいのめがね先生に、腸の動きを妨げない痛み止めなんてないんですか??って聞いてみたけど、飲み薬を飲めない今、点滴で使える痛み止めはあんまり良いのが無いらしい。「まだ術後6日目だし、無理せず痛み止め使っていいですよ」って。ん~。昨日1日頑張ったにもかかわらず、今朝も腸の動きあんまりだねって言われたし。十分24時間頑張ったということにして、やっぱり痛み止めを使おうと、昼間に1本注入しました・・・・。すーーーっと体が楽になり、気分も上々。ポパイのほうれん草。悟空の仙豆。チャキチャキ体も動き始め、隣の棟の6階:にこにこ文庫に行って、ONE PIECEをひとまず20巻と、同じ漫画家さんがかいた森のピアノが面白かったから、花田少年史を借りてみました。友人お薦め「岳」という山の漫画も探してみたんだけど、残念ながら無かったです。その帰り道、バッテリー切れのピーピーアラームがあわてて消音押したけど、道のりが結構あるので、3回ほどアラームが鳴ってしまいました。病棟に帰って、あわてて電源指したのに、またアラーム看護師さんが見に着てくれたら、今度は閉塞サイン。あれ・・・??って言いながらあれこれやってみたけど、やっぱり閉塞。この数分で、どうやらCVの根元が詰まった様子そばに居た知らない医師を看護師さんが捕まえて、詰まった塊を溶かす薬を注射器で押してもらったけど、さっぱり動かないし、主治医の先生呼びますね。と言われ、しょんぼり。まだ栄養取れないし、入れ直しかも・・・とドキドキしてたら、めがね先生が手術中を抜け出して来てくれ、小さい注射器でエイヤーとパワーで押し出し、じゃ!と風のように去っていきました。無事再開通して一安心あーーー、バッテリー切れは侮れません。以後気をつけます。
2010.02.01
今日は朝から元気がない一日でした。ぐたーーーーっと。だらーーーっとしただるさ。不思議なことに、呪文をかけてもらった横隔膜あたりは、もうちっとも痛くないのですけどね。先日、無事にガスが出たのですが、「腸の動きが弱いねぇ」と、お腹に聴診器を当てられるたびに言われます。痛み止めは、腸の動きをダウンさせる役割も持っているらしいので、看護師さんともあれこれ話し、今日は1日使わないぞ!と心に決めてみました。えぇ。だからでしょう。昨日とは打って変わっての、テンションの低さ。なにもしたくない気分しかない。明日は職場の上司の誕生日なので、お見舞いに来てくれた同僚にバースデーカードをお届けしてもらおうと、朝から少しずつ書き始めたんだけど、だらだらしてて終わらず、誤字もたくさんだし、がっかりでした。誤字といえば・・・よくこのブログは誤字だらけの様子です。アップする前に読み返す時と、疲れてそのまま更新してしまう時と。午後から両親と妹が来てくれましたが、やっぱりだらだら。自分では絶対買わないような、ピンキーでふわふわパジャマを持ってきてくれ、見た目だけ元気そうな感じにはなったけど…。夜もそのままの低めテンションで1日を終えました。痛み止めを使わない心意気は良かったけど、果たして1日の過ごし方としてこれでよいのか考えてしまう1日です。、やりたいことが何一つやれない1日でした。
2010.01.31
術前に比べると、エネルギーの相対量が圧倒的に少なくなっています。もともとそんなにパワフルだったわけでもないけど、遊園地とかにある100円で数分動く、動物の乗り物くらいしか動けない気分。今日は、家族には来なくて良いです話をしていたので、身支度やら足湯やら全部自分でやってみました。思ったよりできたこと、できると思ってたのにやってみると難しかったことが解り、少し自分の現在能力を把握した気分です。近くにやってくれるヒトがいるとついつい頼んじゃうからね。楽しい時間って言うのは、キャピキャピできたり、じっとしているとあれこれ話せたりするからヒトって不思議。笑ってお腹が痛くなることも、まぁいいかぁとひろーーい心で許せたりするみたい。ここ最近、重力のある地球世界でどうやって体を使っていいか忘れてしまったみたいで、歩くたびに腰が痛いこととか、あれこれ言っていたら、西の果てから魔術師が、呪文を唱えに来てくれました。これまで何回か、魔術に助けられてきた私の人生。今回のはいつもより魔界要素がリッチめでしたが、やっぱり魔法をかけられたあとは、しゃっきりすっきり歩けました。体がね、Healしたいと言っていたのでしばらく夕方から横になっていました。横になってゆっくりしていても、体のスイッチはちゃんとオンだったし、久しぶりに、安定して寝ていられる感じがつかめてよかった。ゆったりしたそれからの時間は、のんびりできて、心穏やかな時間でした。日はとっくに暮れていましたが、夕日をずーっと眺めてるような雰囲気を味わっていました。今日一番びっくりしたのは、おいしそうなケーキ。今は、こんな食べたくなっちゃうお花があるのねぇ。ロールケーキ風なお花が仲間入りしました。少し部屋が乙女化した気がします。
2010.01.30
案外良く練れた夜でした。朝にはエビが無くなってしまい、お腹が燃えるような気分が盛り上がりながらの目覚め。お腹にホッカイロを張っている気分です。今まで、あんまり効いていない気がするとか散々に言っていたエビが、いざ切れると、お腹が燃え始めたので、こんなに私を支えてくれていたのねと、無くなってから、そのありがたさを実感。痛み止めを点滴で入れてもらい、ようやく落ち着いて、だらけた午前中を過ごしていました。エビも、カテーテルも無事卒業です。2管抜けると、ちょっと見苦しさが現弱します。まだドレーンがクセモノですが、きっとこれまた私の体から必要ない液体を出してくれているありがたい存在であると感謝してみます。首の点滴からも高カロリーを入れてるとは言ってたけど、それでも840kcalですって。主治医先生には。またもや「脂肪が多かったよ」とワザワザ言われてしまいました。播種が転移しやすい部分の脂肪は取っておきましたからって。まぁ素敵と思って、体重計に乗っているのですが、目方はさっぱり減っていません。胃ってそんなに減らないのかね。絶食ほぼ5日目ですが、案外体重って減らないものです。熱の上がり幅が小さくなってきたので、今日はにこにこ文庫という東大病院の図書館へ散歩。ちょっと遠くてわかりにくい場所にあるんだけど、中は満喫??と思うくらいのたくさんの漫画。本や雑誌もあるけど、漫画の量に驚きました。そして借り放題。居心地の良い場所をまた一つ見つけた気分です。同フロアにリハビリ室があったので、のぞいてもよかなぁって思いましたが、今日は思うだけにして、帰ってきました。多分・・・あれこれ思いそうだしね。やめとく。午後からは、女優さんとかきれいなお姉さまが使っていそうなフットバスの機械を借りて、至福の足浴タイム。入浴剤を入れるとなかなか香りも素敵で、音がちょっとうるさいけど、昼間だしまぁいいかなって思いながら楽しみました。リラックスって大切。術後は東大病院のヒトが家族にしかずっと会っていなかったので、完全ファミリーモードですごしてきましたが、思いがけずアウトモードにスイッチを入れることになりました。まだまだドレーンとか入ってるし、ノーブラノーメイク頭ぼさぼさな毎日ですので、そこんとこ、よろしく。それでも、誰か家族以外のヒトとあう喜びもあるなぁって実感した1日でした。今日は上司にも電話したし。ブログも書いてみようかなって思ったし。アウターワールドは動いているんだなぁって、気づき始めないといけない時期かもです。少しずつ前へ進んでいる気がします。今日は熱が37度代におさまっていたので、すごしやすい1日でした。よかったよかった。ペンタジン:痛み止めですが、恐ろしくすごく効きます。今入れてもらって30分くらい経つので、とっても楽チンな時間。この隙に寝ることにします。でわでわ。
2010.01.29
1時過ぎまでは寝れたけど、それから1時間ごとに起きる、不規則な夜でした。熱が全然さがらなくて、自覚的に暑いのと、体が自由に動かなくて、腰が痛いのと、合わさって、不都合な身体状況です。ベッドから起きることも自由にできないし、本を読むにしても、本をとることも、PCを棚から出すのも一苦労で、その苦労を買ってでもしようという活力がどうも沸かない術後2日目。今日は、担当の看護師さんと少し話し込む機会がありました。私と同じ年のプライマリーの看護師さん。昨日ね、幼馴染が乳がんって近医で言われて、どうして良いかわからなくて、一緒に東大病院の診察を受けに行ったんだよねという話から会話がスタート。私も理学療法士として患者さんと接しているときは、どう正直に答えても、やっぱりある程度なスペースが自分と相手との間にないと、上手くやれないことがあるから、彼女の気持ちはとてもわかるんだけど、いままであれこれプライマリーとして思ってたけど、いざってなると、やっぱり看護師って立場でみてたんだなぁって思ってさぁって彼女が言っていました。昨日幼馴染は大泣きで大変で、そんな幼馴染を見て、今日私をみて、あーー本当に大変だったんだねぇって思ってねぇって。あれこれ私も癌ってわかってからのこととか、東大病院にたどり着いたときの話とかしてみました。最終的に話の流れは、やっぱりやりたいことやっておいたほうが言いよって。体力が本当になくなってしまうんだからって。今回はたまたま手術が上手くいったけど、やっぱり平均寿命まで生きれない可能性が高いから、動けるうちにやりたいことをやっておいたほうがよいよって。うん。ね。わかるんだけどね。プライマリーの看護師さんは今年いっぱいでナースを辞めて、なにかにトライするらしい。来年度、大学を受験するんですって。受かったら教えてくれると言ってました。すごいね。親が許してくれたからさとは言ってはいたけど、でも、今から大学行くのは、私の人生プランには到底考えられないしなぁ。でも、まだ28歳だし、未来はきっと明るいはず。そんな長話をしてたら、昼時に父が着てくれ、ようやく身動き取れやすくなり、昼夜逆転防止に昼間は起きておくことにしました。それでも、だるくなると壁によっかかり、クッションに身を預け、だらだら。今日はチェロとピアノコンサートがあるので、それを目指して、少し休息。ピアノコンサートは外来棟という少し遠いところであったので、車椅子で行きました。病人みたいって、看護師さんに言ったら、だって病人じゃんといわれ、あそっか。と納得。1時間程度の素敵な会でしたが、だんだん暑くなってきて、部屋に戻ってみると9度近くまでヒートアップ。アイシングして下がったけど、やっぱり調子に乗りすぎたかな。まだまだ熱に悩まされる術後2日目でした。全然体が思うように行かない。でもそんな私をみて、たくさん歩けてるしとても順調ですという医師たち。こんなに動けているなら明日エピとバルーン抜きましょうって。え・・・・・。まだまだ痛いんですけど!歩けてるけど、歩かなきゃ治りませんって言われたから歩いてるだけだしと思ったけど、それだけ動けていたら大丈夫です!!って。痛みってヒトには全然伝わらないね。痛そうにするのも癪だし、やな感じだからあんまり言わないけどさ。痛いんだけどね。バルーン抜けるのはハッピーだから明日は少し楽しみでもあり、不安でもあり。そんな一日。
2010.01.28
朝から、あわただしいHCU。そいえば、貴重品を部屋に置きっぱなしだったため(金庫には入れていたのよ!)、昨日全館放送で私の名前が呼ばれたらしく、それを聞いた、同級生友達がひょっこり現たなぁなんて思い出しながらの朝。今回は落ち着いたら連絡しよかなって思ってたけど、ちょうど当直だったみたいで、笑いのモトみたいなヒトだから、少しハッピー要素を頂きました。そいえば、腹腔鏡の時も数年ぶりの再開がHCUみたいな笑える状況だったなぁ。歯磨きをしましょう!と水のみを手渡され、初水のみ体験。あれ、量のコントロールが難しいのね。水を飲んじゃだめだから、勢い良く出すぎて服をぬらしたり全然使えない。結局、ストローみたいなのでやりました。水のみ、しばらく使うから買ってくださいって言われたけど、全然使わなさそうです。HCUの看護師さんが研修医先生にいらいらしていたのが、個人的には面白かったなぁ。私の研修医先生は多分、一生懸命なんだけど、あんまり回りが見えないのか、やりっぱなし人間みたいで。採血したあとに、ブランケットぐしゃぐしゃにして行っちゃったり、ドレーンから出てくる液体を採取したのに、そのパックを陰圧にしないで行っちゃったり、陰圧にしないと意味無いじゃん!とか言われてた・・・。頭がいいかもしれないけど、も少し患者さんのこと思ってほしいですよねぇとか言われて、私も、まぁブランケットくらい良いんですけどねぇとも言えず、ナースは大変そうだなぁとまたまた思った術後一日目の朝でした。お昼には、HCUから病室に帰ってきました。今日から歩きますけど、歩けますか?なんて聞かれ、全然歩けそうだし、ご飯も食べられそうですけど?って思ったけど、多分・・とか言ってみました。だって、お腹激痛なんだもん。痛みを和らげる方法は、持続的に入っているエピと、痛み止めの点滴(1日3回まで!!)。痛み止めの点滴をして、効いてきた頃に歩く約束をしてしばし休息。熱が38度前後をウロウロ。ちょっと調子いいかなぁって思って、ベッドをギャッジアップすると、また熱が上がって、の繰り返しで体が鉛みたいって言うけど、鉛って言うか鉛みたいに硬いものよりはどろどろなスライム気分。夕方、約束の時間が来たので、点滴押しながら歩いてみました。まずは座位から。そして高座位からそろりとおりて、足元はふらふら。ドレーンが2本、カテーテル1本、エピ、CVと体中から管がにょきにょき生えてるし、その袋を服からぶら下げてるし。病棟をひとまず3周して今日の仕事を終えました。歩き始めちゃえばいいんだけどね、だんだん重力がおもーーく圧し掛かってきます。今日はまだまだ重力に負けてる気分です。
2010.01.27
少し元気になったので、回想モードで書いてみます。朝イチの手術予定だったので6時に起きて着替えたり荷物まとめたり。そんなうちに家族が来て、先生も来て、鼻から管を入れて、準備万端。スポーツ選手が試合前に音楽聞いてテンション上げる話があるから・・・って思って、UnderworldをBGMに手術に向かう気持ちをアップしてみました。噂どおり手術室は人だかり。アメ横クラスな賑わい。手術室が20部屋くらいあるのかな。1人の患者さんに対して家族と、看護師さん、麻酔の先生もろもろが居るので、大盛況。家族とバイバイしてから、手術室に入り、やたら狭くて細長いベッドに寝て、胸椎7か8番目あたりに硬膜外麻酔を入れました。小さくまるーーくなって頭をお尻を抱えられ、脊椎に圧迫感を感じて終了。術後はこのエピが大切な痛み止めになるそうです。あとは口にマスクを付けられ大きく深呼吸してくださいねぇ・・・とともに夢の中へ。はーーい、終わりましたよーーーって声で現実世界にカムバック。夢とか見ないのね。深い眠りに入っていた様子。ずっと仰向け姿勢だったから、肘とか膝とかやたら痛いし、気管チューブが入ってたか、のどもなんだか違和感だらけ。お腹の感覚が無くて胴体がちくわ気分で、あーー手術したんだなぁって気づきました。一応看護師さんに手術したの??って確認。時間をたずねると15時ですって。えーー長くない??この前の話だと4・5時間かと思ってましたが夕方でした。今晩はHCUに一泊する予定だったので、そちらへ移動。体から管がたくさん出てて、オモッくるしいし、お腹痛いし。家族とも久しぶりに会いました。医師から家族に説明があったとの事で、真っ先に私もそれが聞きたくて報告を聞いて一安心。・播種はよく見たけど、見つかりませんでした。・小腸の一部が白く変化してたので、癌かと思い病理に出しましたが、癌ではなかったです。・傍大動脈のリンパ節の一部を病理に出しましたが、がん細胞は壊死していました・手術は上手くいきましたですって。あーーよかったぁ。主治医先生が95点くらいでしたって言うから、えーー5点は??って聞いたら、あーー、5点は外科医としての諸々があるからねぇ、まぁ100点ですよって。謙遜して95点だったのかな。主治医先生が家族に話したって聞いたから、最後傷を縫ったのは下々のお医者様だろうし。手術をどのタイミングでするか本当に悩んだけど、結果的によい時期でよかった。長い時間待っていた家族も大変だったろうけど、喜んでくれてたし、よかったよかった。ちょこちょこ動くナースな妹を持ってよかったなぁっても思ったし。お腹はもう、びっくりするくら痛いのね。エピが入っているから、それくらいにおさまっているんですよとか言われたけど、信じられない痛み。深く呼吸できないし、となると心臓もどきどきするし、やたら疲れるし、寝返りうてないし、HCUでの一夜は今から思えば大変でした。
2010.01.26
お昼に首から、CVという内頚静脈にカテーテルをいれ、高カロリーの点滴が入れられるようにしました。なんとも気分の悪いもので、首が現在右に曲がりません。数日で慣れるって言われたけど、ほんとですか???午後から、久しぶりの友人とリラックスした時間を過ごしました。化学療法室に会ってほしいヒトが居たので、一緒に行って、看護師さんからもエールを貰い、大丈夫かもしれないと思いはじめました。今まで、ここまでなんとなくたどり着いた気分だったけど、ちゃんと選んできたじゃないですかと言われ、そうなのかもしれないと思い始めたからです。それでも、夕方一人の時間があると、素敵音楽を聴いても、楽しい本を読んでもどこか上の空で、変などきどきそわそわ。夜に父と妹が来てくれて、何てことない話をしているとまた不安は去っていきました。心細さってこういう事なのかな。たくさんのヒトからエールを頂いたし、先生にも、ちゃんと今日は休んで下さいって言ったし、後は明日を待つのみ。明日は朝8時から手術室に入ります。早いよね!!6時起きであれこれ準備するんだって。術式はルーワイ法という、胃を全部取って、胃の上部分と繋がっていた食道は小腸とつないで、胃の下部分と繋がっていた十二指腸は先を閉じてしまうんですって。十二指腸はすい臓とかから来る消化液を運び、ちょうど小腸の部分で、食道から来た食べ物と混ざるようにしますって。そんな上手くいくのが、人体の不思議。今日はゆっくり休もうかな。あ、でも、手術中どうせ寝てるんだったら大丈夫だったり??またあれこれ考えそうなので、今日は早めに横になります。でわでわ。次に書き込むときは、手術明けだと思うので・・・。行ってきます。おやすみなさい。 ナースコールに付けたお守りラビット。
2010.01.25
病院では9時が消灯タイム。問答無用で部屋の電気が消されます。寝れるはずもなく、本当はパソコンで遊びたいのですが、カチャカチャキーボードを叩くのも気がひける今日この頃です。以前入院していたときは、同室の方が消灯後もテレビを見ていたりしたので、気兼ねなく遊んでいたのですが、今は寝ている方や静かな時間を過ごされる方が多いので、時間の使い方に悩んでいた今日この頃、今回の入院に持参した任天堂DSが大活躍。数年前の友人の結婚式二次会の幹事をした時に、商品を買いにいったついでに衝動的に自分も購入してから、ずーーーーっと眠っていたDS。普段あんまりゲームしないんだけどね。やり始めると楽しくなるから不思議。当時買ったヨッシーのゲームをまだクリアしていないので、格闘中ですが、そろそろ飽きてきました。ゲームのレンタル、待ってます緊張していないつもりだけど、あんまり眠れない昨夜でした。断続的睡眠。朝4時くらいに起きて、6時くらいにまた寝て、8時に起きるみたいな変化球。体は敏感に察知しているのかな。今朝の本当の最後ご飯。さすがにカレーとかいう暴挙に出るのはやめておいて、オリジナルアレンジしました。最初に出てきた朝ごはん。強そうなヨーグルトに変換! アレンジ後のご飯お茶をニンジンジュースに。パンを玄米ご飯と梅干に。昨日の残りみかんを加え。ヨーグルトは朝、売店で買ってみました。しばらく腸を使わない生活だろから、よさげな菌を入れておこうかなって思ってね。果たして下剤にも負けない菌なのでしょうか。どうでしょうか。素敵ユッケ 素敵カルビしばらく食べられないと、今までのご褒美に1週間前に肉食女子になってみました。昔、住んでいた町屋の正泰苑へガールフレンドとモリモリ食べに行きました。おいしいものを食べると、その後にしばらく食べられなくなる事が悲しい毎日でしたが、よーーーーく噛んでいつか食べれるように、がんばるぞという思いを込めて、写真をUPします。お水は今夜9時までです。今日も長い1日になりそう。
2010.01.25
明日の11時がご飯を食べれるリミットタイム。今日は最後のモリモリ食べれる日。今朝のメニューは、Theカレーと素敵パン。昨日帰りに寄り道して買った、パン達と木村屋のスパイシーチキンカレーのレトルト。朝カレーが最近流行っているけど、病院で食べてるヒトはあまり居ないかな。世界のイチローも朝カレーだしね。体にはいいはずよ!友人が来てくれて、これまたおいしいパンを一緒に食べました。幸せを呼ぶクリームパン大学時代の恩師もサプライズで来てくれ、いかにしておいしいご飯を食べるか、遊ぶか話をいろいろ計画しました。思い立ったら行動!・・・そうですね。そうします。今日のスペシャルランチは、パスタとピザのおいしいお店@大宮へ。手術に向けてだけでなく、治療や癌という病態に対する不安をあれこれ話してみたよ。私は、物事のプランを立てるときに最悪のケースをあんまり考えないのね。考えたくないからもあるし、考えるとそうなっちゃいそうだから怖いというのもある。考えが及ばないのかもしれないけどね。彼女は、最悪のケースまで一通り考えてみるらしい。いろいろな選択肢を考えておいたほうがよいって。私も大雑把には考えてきたし、今の自分にいたる道筋を考えて選んできたけどね。も少し細かく、あれこれ考えてみようかなと思った。そしてラストのディナーは、両親とオフランス料理を堪能してきました。最後の晩餐ね。もう満腹です。ポワレ。おいしかった魚。8時までの病院の部屋に帰らないとなので、シンデレラダッシュで、後ろ髪ひかれながら本郷三丁目から小走りしました。ぎりぎりセーフ。今日は一日中、頭の中はおいしいご飯を食べることばかり。贅沢な一日です。本当の最後の食事は明日の朝。のんびり「病院食」食べるか・・・。どうするか。迷ってます。明日はさすがにカレーとか刺激物は食べれないしな。大満足な一日でした。
2010.01.24
昨日の夜、主治医の先生から手術のお話がありました。お腹はみぞおちからへそ上、もしくは、おへその横まで切るそうです。合併症のリスクとかは、あらかじめ聞いてあったのでそこまで驚かなかったけど、リンパ節の話は少し認識を改めました。日本では、転移があるリンパ節の二つ遠位の第2リンパ節まで郭清して、手術して取ってしまうのが一般的です。私もそうするのかなぁって思ってた。だけど、そうしませんって。リンパには流れがあって、転移していく順番があって、私の場合、もう3番目の大動脈のトコまで転移してるから、2番目まで切除しても意味がないんだって。大動脈のリンパ節まで転移していることの重大さを改めて認識。10月に腹空鏡の検査したときの播種の写真も見せてもらいました。癌って白いのね。真っ白い細胞。なんか、悪いバイキンマンみたいな黒いイメージだけど、白く変化してました。あれが、なくなっていることが、手術へのGOサインです。「目に見える癌は全て取る」これが今回の手術の目的。私の心配は、播種が本当になくなっているか、それだけかなぁ。手術後も相当大変そうだけど、それはまぁしょうがないからさ。どうやら頼めば、家族が手術見学を出来るらしいです。よくドラマであるみたいに高いトコに窓がついてる部屋みたいなとこから。父は「俺はいいやぁ」って言っていたけど、見守っててほしいなぁ。っていうか、私自分で自分のお腹見たいな。母は乗り気だったけど。どうなるかな。お話のあと、車で表参道まで胃がんをもっと知ろうという会に行ってきました。実りはあんまり私にはなかったかなぁ。胃がんは、主にはピロリ菌の菌による病気ですって。ストレスとか何とかではなくて。生活習慣病でもなくって。少しは関係あるのかもしれないけど、子宮頸がんみたいに、予防ができるらしい。みなさん、ピロリ菌、除去してください!!ピロリんが居ると、スキルスだろうが、普通の胃がんだろうが、なる確率がとっても高い。ピロりんが居ないと、リスクはとっても下がります。来週のNHKの試してがってんが、胃がんとピロりんの特集です。TVの取材を受けたチーム北大の先生が講演されていたんだけどね、来週からピロリ菌の除去で、病院混みそうな気がするなぁ。私はさ、もうなっちゃったからねぇ。胃がなくてもピロリ菌とか関係あるのかな。医者に聞いてみようかな。金曜日は外泊しました。病院に一泊しかしてないのに、すでにすごーーーく家を空けていた気分です。今日は、午前中岩盤浴に行き体を温め、家でのーーんびりして、隣駅のおいしいお寿司屋さんの寿司をテイクアウトして、病院に戻りました。なんとなく、怖いものから逃げたくて、外にでて、実際に楽チンな気分になっても、病院に帰らなくてはいけない「縛り」にため息。明日もいい一日を過ごします!
2010.01.23
入院すると積極的に気を紛らわさないと、自分の病気と向き合うことになるのね。今日は主任さんとちょっとおしゃべりしました。自分が悔いのない人生を送れるように、考えたほうがいいよっていう話。今は仕事も出来ていて自覚症状もあんまりなくて、今までどおりの生活がある程度できていると思うけど、でも、ずーーっとそういう人生が送れるような気がするかもしれないけど、そうではなくなるときが、来る可能性が高いから、その時のコトも考えておいたほうが良いって、言われました。やりたいことを考えたり、やっておいたほうが良いって。ホスピスの話とかも聞いた。えーーーっ、私そんなに状況悪いのかなぁって思いながら聞いていたけど、いざそうなった時には冷静になれないヒトが多いからって。治療しない選択肢もあるんだよって、言われた。えーーーっ。ここ病院だけど・・・。って思いながら聞いてたけど。そうだよね。がんになったことで、どうやって自分の最後を迎えたいかを考えたり、自分で決めたりするコトができるのは、よい事なんだと主任さんは思うらしい。ある本を読んでから、そう考え始めたっていっていたので、その本を今度お借りすることにしました。若い、がん患者さんの生きた道筋の本らしい。悔いのない生き方なんてあるのかな。仕事で患者さんを理学療法士の立場からみていると、もう十分生きたからいつ死んでもいいという方に、たまにお会いします。大体が80才以上の方だけどね。私の年齢で本当に、もう十分生きたなんて思うヒトいるのかな。あれこれ頭の中がぐるぐる回ってます。今日は寒い日なのかな。
2010.01.22
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