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今日は、最近の寝不足を解消するかのように、一日を寝て過ごした。一日を寝て過ごした…と言っても、途中何度も目が覚める。そのたびに、金縛りと人の気配。あれは、夢だったのか現実だったのか…「人の気配」で夢だったんだろうと思うけれど、夢だとしたら、夢の中でも寝ていたということ。「金縛り」にしても、夢だったとしても疲れているからだろう。夕方に何度目かの目が覚めたとき、もう今日は、一日勉強はお休みしてダラダラと過ごそうと思った。そして、また、金縛りと人の気配…
2012.09.09
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初めてのスクーリングが終わり、昨日帰宅。空港近くの駐車場に車を止めていたので送迎をしてもらい、その車の中で駐車場の送迎担当の方が「急に朝晩が涼しくなって、もう夜はエアコンいりませんよ」と言っていた。…… 嘘つき(>_
2012.08.26
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「なんて自分勝手な人たちばかりなんだろう」今日は、この一言に尽きる。以前書いていた『1年分が積もり積もって…』。続きを書こうか、書きまいか、ずっと迷っていた。迷ったのは、「O君は、そういうつもりはないかも…」という思いもあったから。けど、やっぱり、書くことにした。まぁ、続きを書く気になったのは、O君のことばかりではなく、これもまたやはり以前『なんだかなぁ…』ってことで記事を書いた“前任者”が絡んでくる。まずO君のことから書いていくと、昨年度中は前回書いたことくらいで、特に不満とか、愚痴を言いたくなるようなこともなかった。それが一転したのが、新年度が始まってから。係長のお休みは相変わらず続いていて、係長が長期休暇のため、係長がお休みの間は、課長補佐が係長を兼務されることになった。そこに、係員が一人増というふうに係の体制が変わってしまった。それで当然、係員の業務分担も変更となるのだけれども、本来、私は係を変わって1年しか経っていなかったので、そのまま続けるのがよかったと思う。だけど、そうなると、O君は7年間同じ業務となってしまう。だからそれを避けるために、業務分担の変更を申し出た。また、O君自身も、課長から業務の流れを把握しておくように言われたとのことで、それまで私が担当していたスケジュール管理を担当することを申し出た。だから、私がそれまでに持っていた業務は、ほぼ、O君にいくことになった。そして、O君が持っていた業務は、当然、私にくると思っていた。で、前回の記事にも書いていた「個人情報」の業務。これは、そもそもはA係の担当業務だったが導入テストはB係でやっていて、テスト期間が終わって本稼動したら私が引き継ぐつもりで、元いたA係から持ってきた業務だった。だから、新システムの本稼動から年度末までは係長に代わってO君がやってくれていたけれど、この業務も、私が引き継ぐつもりでいた。業務分担を決めるときも係の担当業務の中に・個人情報の送受信に関することというのがあって、一旦O君は「これはまだ俺がやります」と言ったけれど、「やっぱり、これはあげます」と言い直した。だけどその後、O君からの引継ぎといえるものは何もなくて、ふと覗いた共有フォルダで個人情報業務に関するファイルを見つけたとき、担当SEさんに、「これは何ですか」と聞いてみた。そしたら、「Oさんに言って処理をしてもらいました」ということだったので、そのSEさんに「今年度の担当は私になったので、次からは私に言ってもらってもいいですか」と言うと、それを聞いていたO君がすかさず、「いや、まぁぶるさんがするのはエラー情報の送信です。これは俺がします」と言った。はい???私が「え?エラーの送信だけを私にやられても、それって意味ないよね?私は、個人情報業務じたいが私にきたと思っていたんだけど??」というと、O君は、「これは、そもそも係長がやっていた仕事で、係長が出てきたら係長に返すつもりだったんで」と言った。だから私は、「うん。係長の仕事だったのは分かってるよ。だけど、そもそも、システムが本稼動したら、私がもらう予定になってたんだけど」と言った。するとO君は、「これは面倒なエラーが残っているので、だったらまだ俺がします!」と。『はぁぁぁぁ???』業務分担を決めるときに「それはあげます」とO君は確かに言った。けれど、O君が言った「それはあげます」は、結局はエラーの送受信のみということで、例えれば、「企画・実践は俺がやるけど、この案内文はまぁぶるさんが封筒に入れて送っておいて」と言っているのと同じことだ。私が、嘱託やパートならば、それでもいいと思う。だけど、私、一応先輩なんだけど…私、どんだけ仕事ができないって思われているんだろう…で、ここで思い出したのが、年度末の契約業務だった。あの時も最初は『うん??これって、O君にとってやりがいのある方を自分でとって、面倒くさい(同じことの繰り返し)って思う方を私にくれたの??』と思ったけれど、『私の考えすぎよね…』と思い直した。だけど、今回もこうあると、正直、考えすぎだけとも思えなくなってきた。だけど、そうだとしても、それは、決して私を見下しているわけではなく、O君は良かれと思って自分でやっているのかもしれない。結局、こう↑思ったのが、『1年分が積もり積もって…』の続きを書こうか書きまいか迷った原因だったのだけれども、その後で、こういうことがあった。つい先日のことだけれども、今では他の課へ異動されたA係長がO君のところへやってきて、「予定表は来月の分もちょうだい。これにいろいろと書き込んでいくから」と言われたことがあった。そのときのO君の一言。「まぁぶるさんから聞いてなかったので」えええ???はい。確かに、日程打合せに使う予定表は、何か月分を印刷するのかをO君には言ってない。だけど、4月の日程打合せで私が「引継ぎ」といってやったときは、2か月分の日程表をみんなに配った。もちろん、そのときはO君も打合せに入っていた。だから、そのとき私がやったことと同じことをして「聞いてない」って言われるのならば、そういわれても仕方がないと思うけれど、私がやったことと違うことをやっていて、「聞いてない」はないんじゃない???だから、だんだん分かってきた。根本的に、O君と私は、性格(ウマ?)が合わないたぶん、どっちが悪いとか、どっちが間違ってるとかではなく、与えるものと求めるものが違うというか…そんな感じ。まぁ、それでも、係をまとめる“係長”がちゃんといたら、また違ったとは思うけれど。で、冒頭に書いた「なんて自分勝手な人たちばかりなんだろう」に行き着くのは、また次回、ってことで。
2012.06.26
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A係長のお話。人から聞く話で、時々思うことがある。私もここでちょっと愚痴らせてもらってことがあるけれど、A係長と同じ係で一緒に働くのは、正直言ってキツかった。だけどそれは、決して、A係長がイヤミな人であったり何か問題行動を起こす、というわけではなく、『言い方がキツイ』私にとっては、その一言だった。だけど、時々、他の人の話を聞いていると、A係長が余計な事を言っているような、まるで何かをこじつけて文句を言っているような、まるで間違ったことを言っているような、そんな言い方をしている話を耳にする。だけど、私は、A係長の“言い方”はキツイと思ったけれど、間違ったことを言っているとは思わない。たしかに、厳しさはある。だけど、私がここで愚痴ったときにも書いたように、A係長は、ちゃんと理に適っていることを言われていると思う。だから、私からすると、むしろ、A係長を目の敵…とまではいかなくとも、A係長を問題視している人にこそ、問題がある(人を偏った見方をしているのではないか)と思う。A係長の発言すべてがすべてを問題視し、他の人の発言の肩を持つことは、仕事に私情を入れている、と言っても過言ではない。仕事に私情を挟むこと。私が働く上で、もっとも嫌いなことだ。
2012.05.29
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新システムが稼動すると同時に慌しさも倍増。そして、それと同時に、係長が長期休暇に入った。係長が担当していた仕事に、個人情報の管理があった。これは、旧システムの時は、A係の担当業務となっていて私が担当していた。だけど、新システムでは、B係の方へわたった…というか、B係の業務としてはシステムの運用なので、正式に稼動するまでのテストをB係、テストが終了して本番稼動後は、A係の分担になるはずだった。だけど、私がB係に異動した際、A係とB係の業務量を考えて、「今までやっていたので、B係に持っていって私がやります」ということで、正式に稼動後も、B係の業務として、することにしたのだ。だから、テスト期間中を係長、本番稼動後は、私に渡ってくることになっていた。だけど、新システムが稼動した当初は、思いの他、私はその他の業務で手いっぱいで、係長が休んでいる間の業務は、ほぼO君がやってくれていた。そのときは、係長の休暇がこんなに長引くなんて思ってもいなかったし、O君はO君で、年度始めに「新システム稼動後は、自分の仕事は他へいってしまって、することがなくなってしまうので」と言っていたので、係長の業務をO君がやってくれることに甘んじていた。そして、私は2月までは本当にバタバタしていて、帰宅はほぼ10時過ぎで、帰ったらお風呂に入って寝るだけの毎日。時には、帰宅が連日深夜になることも。そんな毎日の中で、不満とか、そんなことを感じる余裕もなく、ただただ、毎日が過ぎていった。ようやく、仕事もある程度落ち着き、残業も少なくなったのは、3月に入ってから。だけど今度は、係長の仕事を請け負っていたO君の方が慌しくなってきた。それは、年度末で、いくつもの契約更新があったからだった。そんなとき、A係の係長が、「O君がすごく大変そうなんで、よかったら手伝ってあげてね。多分、O君は自分では言いきらないと思うから」と言ってこられた。その頃は、わたしはもう残業もほとんどすることなく帰宅していたので、O君がそんなに忙しくしているとは知らなくて、その翌日、O君に、「することがあるなら、何でも言ってね。個人情報業務も私がするよ」と声をかけた。実際、係長の仕事はほぼすべてやってもらっていたので心苦しく思っていたし、係長の仕事は手分けすべきだと思った。そして、個人情報業務はO君が持ったままで、他のいくつかの契約更新に関する業務を譲られた。その譲られた業務は、契約の中では、比較的簡単なものだった。たぶん、O君は、ややこしくて面倒臭いものを自分で引き受けて、比較的簡単なものを私に与えてくれたんだと思った。だけど、前年度の契約更新を参考として見ながらやっていると、前年度の担当者は、係長と前任者ものもあったけれど、半分はO君がやっていたもので、『ん?これって本来は、係長の業務ではなくO君の業務???』と…そう思ったというのも、私がB係に異動することがわかったとき、「O君は、自分の仕事は自分で抱え込んで、人に触らせてくれない(教えてくれない)もんね」ということを人から聞いたことがあったからだ。だから、その契約更新の業務を渡されたとき、ふと、そのとき言われたことが思い出され、『もしかして、自分が面白いと思うほうを自分でやって、面倒くさいものをくれたの???』と思ったのだ。ここで私がいう「面倒くさい」は、「ややこしい」ということではなく、極端な例としていうと、『雑用』だ。契約更新だから、もちろん『雑用』ではなく、しっかりとした大事な業務だけれども、面白くてやりがいがあるのは、そりゃ、本当の意味で面倒くさくてややこしい方でしょう?で、そのとき、わたしはつい、B係に異動したときに聞いた言葉を思い出したのだ。だけど、O君は、多分、そういうつもりじゃなくて、本当に、そういう風に割り振った方がいいと思うと判断し、私に渡したんだとは思う。それに、実際、うちの係で業務に一番詳しいのはO君で、それこそ、係長よりも詳しい。だから、O君がややこしい方を引き受けてくれて仕事はスムーズに流れたし、もし、あのバタバタしている中に、ややこしいものをいくつか私に与えてO君が私に教えながら…となると、それはそれで時間がかかるし、それこそ面倒くさいだろう。だから、そのときは、『まぁ、私の考えすぎかな』と思い、何の不満もなく、与えられた業務をこなしていった。…つづく…けど、ここで別の話。実は、前回の『1年分が積もり積もって… Vol.2』を書いた2日後、O君が電話を取る、取る、出る。それは、はっきりと「2日後から」と、そう言える。はっきりとそういえるだけ、あからさま、というか、『あ、O君が電話を取っている』と気付くくらいに、明らかに電話に出ていた。もう、誰かがここに書いたことをO君に言ったとしか言えないくらいに。さて、ここで、そうなる可能性を考えてみよう。1.まず、私が、職場でこのブログのURLを教えているのは、3人だけ。「コメントくれればコメ返するけど、職場では、一切、ブログの話題はしないでね。それだけ、私が書いているとは意識せずに、ただの他人のブログと思ってみてね」と、一応、念を押していた。その中の誰かが言った可能性は?⇒「ない」とは言えないけど、ただ、このうちの某さんについては、「ない」とほぼ確信が持てる。2.次に、O君がこのブログを発見した。⇒あり得なくはないけれど、O君が何かを検索していてこのブログがHITしたとしても、これが私のブログだとは気付かないと思う。仮に気付いても、O君は、私のブログなんかには興味がないと思う。3.次に、うちの職場の誰かがこのブログを発見し、O君に伝えた。⇒あり得なくはないけれど、偶然このブログを読むことがあったとしても、O君同様、数名を除いては、これが私のブログだとは気付かないと思う。そして、ここでいう「数名」とは、私がここで愚痴った当人のみ。当人が見た場合は、『自分のことでは…』と気付くことはあり得るだろう。だけど、おそらく、前任者は、このブログを見つけることはないと思う。A係長も、このブログを見つけることはないと思う。財政部長は、前例があるので、このブログを見つけることはあり得ると思う。ただ、「本当に見つけているか」となると、「見つけている」と断言はできない。4.O君に何らかの心境の変化があり、本当に偶然、記事を書いたタイミングで電話を取るようになった。⇒なきにしもあらず、だけど、4年間電話に出ていなかった人が突然電話に出るようになるなんて、限りなく「ない」に近いと思う。仮にそれが年度始めの4月頭だったらまだ「あり」と言えたかもしれないけれど、4月も下旬に入ってからのこと。さて、可能性としては、この4つしかありえないけれど、犯人(?)は一体どれなのか…
2012.05.15
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先週は、GLAYのライブで上京。九州は既に暖かく、日中は暑いほど。なので、東京も似たようなものだろうと薄着で行ったら、とんでもない行った先で、カーディガンを買うことになった。今週は、大学の入学式で上京。先週の東京は肌寒かったので、今週もそんなもんだろうと、トレンチコートを羽織っていった。あ…、暑い…そして今日、帰路の途につき、空港を降り立つと、さ…、寒い…天気の悪さもあってか、思わずエアコンをつけるほど、肌寒かった…で、前振りが長くなったけれど、タイトルに書いた、何が『VIVA東京』かと言うと、28日(土)は、私が好きな漫画の新刊の発売日だった。『発売日』とは言っても、それはあくまでも「東京」での発売日。ここ九州では、どんなにフラゲしても、発売日に手に入ることはないだけど、発売日に上京したのだから、これは買いに行かない手はない!ってことで、到着するなり本屋さんへ足の痛さもなんのその(笑)入学式に行ったというのに、東京に滞在している間、4回はその漫画を読み直した。はぁ~、なんて、漫画っていいんだろう
2012.04.30
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前回書いた 「うれしいこと」 の前に、前々回書いた 「1年分が積もり積もって…」 を書いてしまおう。前々回の記事は、今後の話へつなげるための布石なので書いたけれど、O君の話で考えるところはあったけれど、特に『不満』とか『イラっ』としたわけではない。そして、この続きを書く前に、ちょっと話はさかのぼるけれど、4月に係が異動になり仕事の分担を決めるとき、私は、分担の変更を提案した。それはどういうことかというと、O君は、今の課に配属されて6年目。当初は、今の課に係は1つだったため、やっていた仕事は、少しは違ったかもしれない。それでも、係が分かれてO君の担当となった仕事は、係が2つに分かれる前から、O君がやっていた仕事だった。そして、係が2つに分かれて3年間。O君と前任者は、仕事の分担を変わっていないので、O君は、ずっと同じ仕事を5年間やっていた。企業によっては、一度配属されたら異動まで同じ仕事をやるってこともあるだろうけれど、うちの職場は、たいてい、係内の人間で仕事はプールされる。同じ人が5年間も同じ仕事をやるってのは、かなり稀だ。だから、私がB係に異動したとき、私は、仕事のプールを提案した。同じ人が同じ仕事ばかりをやっているのはあまりよくないって思ったことと、その人が異動すれば、係員で知っている人がいなくなるっていうことを危惧してだった。また、異動に限らず、その人が休んだ場合であっても、何か問い合わせがあってもその内容の分かる係員がいないのだ。それを危惧したし、よくない状態だと思った。だからこその提案だったけれど、それを係長から却下された。理由は、システム移行を控えているので慣れた人が慣れた仕事で、ってことと、新システムが稼動すれば、今O君がやっている仕事は他課の仕事に移り、O君が今やっている仕事はなくなるから、ということだった。それでも納得はできなかったけれど、提案を却下されて決まったからには、やっていくしかない。だから、一度そう決まってからは、特に何を言うでもなく、自分の仕事を覚えることに専念した。そして、そのまま、O君に対しては特になんの不満もなく、システム移行の10月を迎えた。そして、新システムの稼動で、A係とB係の仕事の持分にも、少し変化があった。これまでは、A係とB係の仕事は同じような内容で、それを作成するシステム(サーバーと汎用機)が違う、という感じだった。だけど、新システムの稼動後は、内部(処理)のデータ取り扱いがB係で、外部へ出すデータの取り扱いが、A係の担当となったような感じ。データは、まず当月に内部で処理を行い、処理をおこなったデータを翌月に外部に出す、といった感じなので、まず、うちの係がバタバタし、いろんな連絡に追われるようになった。とはいえ、うちの係は、あくまでも『内部』。A係は『外部』なので、外部システムは稼動前ではあったけれど、問い合わせはかなりの量だった。それで、私は他課の人に呼ばれて席を外したり、業務委託をしている業者への連絡調整等に追われ、バタバタするようになったけれど、それでも、デスクについている限りは、極力電話を取り、受け答えもするようにしていた。そして、業務時間内は、自分の通常業務に追われていてので、時間外から、新システムで作成したデータの検証作業をやっていた。そうしていた時、O君が私に、「A係の問い合わせが多くて大変なので、こちら(B係)でも対応した方がいいと思います」と言ってきた。それを言われたとき、私は「そうだよね」と答えたけれど、正直に言うと、『え??なぜ私がO君からそんなことを言われなくちゃいけないのかしら???』と思った。A係にかかってくる問い合わせが多くて、こちらでも対応、というのは、それは本当にそうだと思うので、私は、その言葉に『え??』と思ったわけではない。私は、自分でできる範囲は電話対応を行っていたつもりだったからだ。確かに、新システムのことに関する問い合わせであれば、A係の人に代わってもらうことが多かったし、それに加えてA係の係員を指名してかかっている電話も多かったけれど、私が受けた電話で旧システムの問いあわせであれば、私はそのすべてを受け答えしていた。だから、私が『え??』と思ったのは、電話を取ることがほとんどないO君から、そう言われたからだったのだ。O君のことを「取ることがほとんどない」と言ったら言い過ぎかもしれないけれど、少なくとも、私は、O君の数倍も電話は取っていたと思うし、A係への問い合わせに関する受け答えにしても、O君の倍以上はやっていたと思う。実際、A係の人からは、「まぁぶるさんが旧システムのことは知っていて答えてくれているから、助かる」とも言われていた。このときはこれだけのことだったので、O君に対して『不満』とまではいかないけれど、私の中では、腑に落ちない出来事だった。…つづく…
2012.04.17
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今日は、とてもうれしいことがあった。右肩が痛くて、もうこれ以上はキーボードを打つ気力がないけれど、『とてもうれしいことがあった!』と声を大にして言いたくて、ついつい書いてしまった何があったかは、また右肩がよくなってから、書くこととします
2012.04.12
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年度が新しくなったら、極力、愚痴は書かないようにしよう…と思っていたのに、書かずにはいられないだって、どこかで発散しないと、職場のPCのキーボードを強くたたきすぎて、壊してしまいそうなんだもん今回の主人公(愚痴の対象者)は、隣の席の後輩君=O君。まぁ、このO君については、これまでは、ブログに書いて発散したくなるような短期集中型のストレスはなかったんだけど、1年間分の小さなストレスが溜まってしまいまして…最初に『う~ん…』と思ったのは、ちょうど1年前。1年前といっても、4月ではなく、5月くらいだったかな?私は平成22年度までは、同じ課であれど、隣の係(A係)にいたってことは、何度かこのブログでも書いているけれど、その、A係にいたとき、正直、隣の係(B係)の人たち(当時の“隣の係”だから、今で言うと“同じ係”)に対して、『もうちょっと電話に出てくれれば…』という不満を持っていた。このA係は、とにかく、電話による問い合わせが多い。いくつもの問い合わせが重なり、調べ物をしている最中に中断をして次の電話を取る、ってことも多い。できれば、電話を取りたくないときもある。そんな中に、B係の人にも電話はかかってくるのだ。もちろん、それがA係の担当業務であれば、そこで電話を代わられてもいいが、とにかく、B係の人は、『電話に出る』という行為をしなかった。だから、A係にいた人は、私と同様の不満を持っていたと思う。実際、「知らない業務ではないんだから、出来る限りは電話の対応をしてほしい」という声も聞くことがあった。だから、私がA係からB係へと異動したときは、極力電話を取り、A係が受け持つ業務に対する問い合わせであっても、自分で答えることのできる範囲であれば、受け答えをしていた。そしたら、O君から、「A係の仕事のことであれば、こっちでは答えずに、すぐに向こうに回した方がいいと思います。それに、こちらで受け答えをしたら、それをきちんとA係に報告するなどの必要があると思います」と言われた。そのとき、わたしは、O君には何も返事はしなかった。だって、問い合わせがA係の担当業務であっても私が受け答えをしていたのは、「そうした方がいい」と自分なりに考えてやっていたことだし、電話対応をしたならしたで、ちゃんと、A係の人に、どういう問い合わせを受けてどういうふうに答えていたかは、ちゃんと言っていたからだ。私は、本来の担当者をないがしろにするやり方は嫌いなので、もちろん、異動してきたばかりでまた何も分からない人にだったとしても、そこはちゃんとしていたし、問い合わせの内容が、よくある、誰でも答えることのできるようなことであれば、『報告』というような形式ばったことはせずとも、それでも目の前に座っているA係の人に、会話として話していた。だから、O君からそう言われたときは返事をしなかったけれど、※無視をしたってことではなく「う~ん…そうかなぁ」って感じで返事をぼかしたってこと。その後、自分なりに考えて、O君の言い分も、確かに、一理はある。それに、私が上にも書いたように、『電話に出てくれれば』というのは、『電話の対応をしてくれない』、ってことではなく、『外部からかかってきた電話を(最初に)取ることがほとんどない』ってこと。だから、私の不満は、電話を取ってさえくれれば、その内容がこちらの担当業務であれば、すぐに変わってもらってもかまわなかった。だけど、ただ、電話が『リーン』となっているときに受話器を取る、という行為が、ほとんどなかったのだ。だから、確かに、私がB係の担当業務外のことで受け答えをすることは、本来の業務の範疇外ではあるし、それに、A係の人に『あっち(私)は電話対応してくれるのに、こっち(O君)はしてくれない』って思われてしまったら、それはそれで、O君はいやな思いするかもしれない…とは思った。だけど、やっぱり私は、O君にそう言われても、やはり電話応対はしておいた方がいいと思ったし、その方が、課内の人間関係もうまくいくと思った。そして結局は、どうするにしても、係員の足並みをそろえた方がいいのかも…と思い、最終的な判断を係長にゆだねようと、係長に相談をした。係長の答えは、「違う係といえども、同じ課。向こうが何をしているのかは知っていた方がいいし、今までのように電話対応をしてください」とのことだった。だから、その後も私は、できる範囲で、電話対応を続けていった。 …つづく…
2012.04.11
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今日から4月。日曜日だから仕事はお休みだけれども、今日から新年度そして、4月から、勤労学生になりました通信教育なので、仕事は今までどおりだけど、一応、大学生ですさてさて、今日はとてもいい天気だったので、冬物の寝具をしまうため、朝早くから布団干しそして、冬物だけでなく、まだまだ使うものも一緒に干したけれど、実は、この「お日様のにおい」っていうのがすっごい苦手で…窒息しそうになる…それでも、朝から夕方まで一日、お日様の陽を浴びせるそしてまた、腰が痛くなる…(笑)治りが遅いのは、むちゃをするからか、それとも、年のせいか…前者であってほしい…
2012.04.01
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うちの職場の前は、1kmほどの桜並木道になっている。今朝、通勤していると、ピンクの花びらがチラホラ木によっては、まだほとんどがつぼみの木もあるけれど、既に3分ほど咲いているものもある。少しだけ、春らしさをおすそ分け
2012.03.27
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ギックリ腰気味で、その後、どうなったかというと…本当にギックリ腰になっちゃいました寝返りも出来ないし、ソックス履くのも半泣き状態になりながら…(xx。)イタイそれでも、GLAYのライブには、行って来ましたけど、またここでハプニングが…それだけ体調悪いのだから、おとなしくしていればいいものを、思いっきり飛んだり跳ねたり(って、あれ?同じ意味?)したから余計に腰は痛くなるし、挙句の果てには、筋肉疲労による発熱でもでも、7月のツアー発表から待ちに待ったライブだったから、じっとしてられなくってさすがに2日目はじっとしていたけれど、GLAYのライブであんなにじっとしていたのは、初めて。まぁ、その分、聴くほうに集中できたけど。だけど、やっぱりこの年になると、自分で自分に手を加えないと、体力・健康は維持できないことを、改めて痛感…動けないほどではないし、今日は仕事にちゃんと出たけれど、今日もまた、寝返りのできない睡眠時間がやってくる…(ノ_・。)まぁ、自業自得ってことですなぁ。
2012.03.26
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もうすぐ、GLAYのライブだというのに、ギックリ腰気味…しかも、ギックリ腰の原因が、ここ2~3日、姿勢悪く(腰に負担がかかる姿勢で)読書をしていたこと、という普通であれば、おおよそ、原因にもならないようなものギックリ腰“気味”というのは、今日、夕食時にコタツに普通に座っていたら、ギックリ腰になる瞬間の、キューッっていうような痛みが腰に走ったから。そして、その後、錘をぶら下げているような重さはあれど、本物のギックリ腰の時のような痛みまではないから。『キューッ』ってだけじゃわからないだろうから、例えて言うと、発泡スチロールに千枚通しを突き刺し、引き抜くときのような感覚。…って、よけいわからないって?(^_^;けど、その痛みがある前から、今日1日、立ったり座ったりは辛かったし、腰を捻って後ろを見ようものなら、激痛が…ライブまでは読書も控えて、おとなしくしていよう。楽な姿勢で読書ができて、かつ、その後、腰に負担のない、本の読み方があったら、教えてください!
2012.03.22
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先日の記事を書いたとき、『今日は他にも書きたいことがある』と前出ししていたけれど、その後、バタバタしていて書き出せなくて、よくやく、今日になって、書く時間が持てた。書きたかったことはというと…愚痴というか、私の独り言でもあるのだけれども、以前書いてた 『愚痴というか… 』の続きにもなる。3/1(木)の終業時間直後の出来事。『愚痴というか…』で、「組合の会議で参加者の変更があったから、その人にちゃんと補償金が支給されるのかを確認したかった」と書いていたけど、変更後の出席者というのは、今、私が所属されている課で一緒に働いている、隣の係のO係長だった。そして、木曜日の終業時間直後に、財政部長がO係長の所へやってきて、「会議に出席された際の旅費です」と言って、旅費が入った封筒を渡していた。会議出席からだいぶ時間も経っていたためか、O係長は、すぐには何のことだかピンとこずに、「何の会議??」と聞き返されていたので、しばらくそこでその問答が続いていた。その問答は、近くに座っていた私にも聞こえていたので、わたしは『変わって出席してもらった会議の旅費と補償金』のことだとすぐにわかった。だから、『めずらしく財政部長が持ってきたなぁ』と思いながらも、その後は当然、同じ会議に出席していた私に持ってくるのだろうと思っていた。けれど、財政部長はO係長に旅費を渡した後は、部屋を出て行った。そして、時間にすれば、おそらく、財政部長が自席に戻り、同じ係にいる財政部員の子にバトンタッチしてきただけだろうというようなタイミングで、財政部長と同じ係にいる女の子が、私に旅費を持ってきた。私がタイトルでも言っている『意味不明』なのは、ここだ。同じ室内にいるO係長と私であれば、同じ人が旅費を持ってくるのが普通だろう。旅費の支給者が多い場合は、手分けをして持っていく場合もあるだろうから、O係長と私が違う会議に出席していた場合や、違うフロアにいるのならば、別々に持ってこられるのもわかる。「違う会議に出席していた場合は理解できる」というのは、同じ会議に出席していた場合は、同じ用紙に受領印を押していくので、それを手分けするとしても、あまり意味がないのだ。そして、例えば、私が2回の別々の会議に出席していた場合は、受領印を押す用紙も別々の紙ということになり、その場合は、手分けをして旅費や補償金を配られることもある。だからその場合は、仮に会議へ出席した人が同一人物であっても会議が違うものであれば、旅費や補償金を配ってくる人は、違う人が持ってくるってもともあるってことだ。けれど、O係長と私が出席した会議は、同じ日の同じ会議であり、そして、O係長と私は、同じ室内で働いているのだ。だから、この場合のO係長と私へは、O係長の後に私(あるいは私の後O係長)といったふうに、同じ人が同じタイミングで持って回るのが、通常なのだ。ただ、財政部長が私には持ってこなかったことは、わかるのだ。財政部長は、私のことを顔も見たくない、声も聞きたくない、近くに寄りたくもないと思っているのは、間違いないからだ。だから、最初、財政部長がO係長に旅費を持ってきたときに、私が『めずらしく財政部長が持ってきたなぁ』と思ったのは、財政部長がそうやってO係長に渡した後には、当然、そのまま私の所にくると思ったからだった。だけど、実際は、O係長に渡した後は自席に戻り、同じく財政部に属している同じ係にいる子に持ってこさせている。そして、私がここで『意味不明』と思ったのは、同じ会議だったのに、O係長と私に旅費を持ってきた人が違っていた、てことではなく、『O係長へ財政部長が持ってきた』、ということだった。だって、私には財政部の子に持っていかせるのならば、O係長にも、その子に持っていかせればいい話だ。それを、O係長にだけは財政部長が持ってきた、ということは、そこに意味を持たせている、ということだ。『ちゃんとO係長に支給しましたよ』という無言のアピール?そうだとしても、それは嫌味でしかない。また、そう考えて、財政部長は、このブログを見ているのかしら?と思ったけれど、財政部長には、ここのURLを教えてはいないし、職場で知っている人はほとんどいない。だから、財政部長がもしこのブログを見ているとしたら、自分で検索をして見つけ出している、ということだ。それはそれで、監視されているようで気味が悪い。財政部長が私を嫌うことじたいは、わたしも同様に思っているのでなんとも思わない。ただ、私は、職場の中にいるときは、仲良くはしなくとも、極力普通に接っするようにはしている。トイレや給湯室で1対1であったときこそはお互いに無視だけど、仕事自体に私情は入れないよう心がけている。それがモラルだと思うし、大人の態度だと思うからだ。だから、以前書いた『愚痴というか…』にしろ、今回のことにしろ、財政部長がどういう意味でそういう行動をとったのかまでは私にはわからないが、だからこそ、財政部長の取る言動は、私には理解できないことも多い。
2012.03.04
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今日は、他にも書きたいことがあるけれど、まずは『なんだかなぁ…』の最終回(!?)を書き上げよう。今のところ、幸いにも、5月の失敗以来、間違いは起こっていない。…ってか、「幸いにも」も何もあったものじゃなく、本来、間違いを起こしちゃいけないんだけど(^_^;前回書いたような不満はありつつも、本来、前任者は、人としてはいい人で、大好きな先輩だ。だから、自分なりに割り切れば、目をつぶれるようにもなっていた。11月、C団体との定例会でのこと。うちの職場では、10月に新システムへの移行があり、そのときは、移行後初めての定例会だった。今は、定例会のレジュメは私が作成している。そして、そのレジュメはというと、予定などの日付けや、金額などの書き換えは毎月あるけれど、基本的には、前任者が作成したレジュメをそのまま使っていた。…つまり、前任者が作ったレジュメから形を変えていない、ってこと。そして、うちの職場とC団体で連携しているシステム(Cシステム)があり、レジュメの中に、Cシステムの使用不可日も表にして記載している。旧Cシステムのときは、使用不可日を、1行の高さが20ピクセルくらいの6行分として書いていた。けど、新システム移行後は、システム使用不可日が1回のみで、使う行も2行分だけとなった。だから、これまでは6行を使っていたところがぎゅっと縮小されるので、これまでの2行分くらいを1行として、合計の2行分の表を作成した。わかりやすく言うと、こんな感じ↓だから、変わったのは、1行の高さの幅と、利用不可となる理由の処理名のみ。そして、私がシステム利用不可日の説明をしているとき、前任者が、「う~ん、これはどう見ればいいの?」と質問してきた。私は『え??』と思って「あの、一応、この表の項目タイトルとして、『Cシステム使用不可日』と書いていますが…」と答えた。すると、前任者は、「わかりヅラいので、ちゃんと分かるように書いてください」って…それに言い返しはしなかったけれど、正直、私の心の中は、『えぇぇぇぇぇ!?』だって、レジュメ自体は、前任者が作成していたものなのだ。他の人がそういうのならば、本当に見難いんだろうと思うけれど、そのレジュメを作っていた本人(前任者)が『分かりヅラい』はないでしょう?????前任者の先輩は気が強いという話はよく聞くけれど、昨年度まで3年間、同じ課で一緒に働いていて、私は、そこまで思ったことはなかった。けど、今年度になってからの半年の間に、前任者の気の強い部分を何度も見ることになった。最後に…こんだけ愚痴っちゃったけど、あくまでも、前任者は大好きな先輩なので、誤解のないようにお願いします
2012.03.01
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前回の『なんだかなぁ…』を書いてから<つづく>としたまま3ヶ月放置状態になっていたこのブログに書く記事が愚痴ばっかりになるのも、それはそれで『なんだかなぁ…』なので、この続きを簡単にまとめて完結させよう。前回書いた定例会の後、問題は起こった。どういう問題かというと、5月にC団体へ渡したデータが間違っていたどういうふうに間違っていたのかというと、4月に渡したデータと同じものを、C団体に提供してしまった4月に渡したデータは、C団体に異動された前任者が準備をして行かれていたので、それを渡した。そして、5月のデータ提供日になったとき、毎月新しいデータをダウンロードしてC団体に提供する、ってことがわかってなかった私は、4月に渡したものと同じものを提供してしまった、という状態だ。これは、完全に私が間違ってしまったので、本当にお詫びするしかなく、実際に、うちの課長と係長でC団体にお詫びにも行かれた。そして、本来、5月提供すべきだった正しいデータを、改めて提供した。それはもう本当に、今後はこういう間違いをしないように、しっかりと注意をしなくちゃと気を引き締めた。だけど、このときのことをきっかけに、前任者に対して少し不満を抱くようにもなった…それは、うちに苦情を言ってこられたのが、C団体へ異動された前任者だったってことからだ。もし、苦情を言ってこられたのが、まったく別の人だったら、厳粛に受け止め、何も不満に思うこともなかっただろう。だけど、苦情を言ってこられたのは、前任者。そうすると、正直、引継ぎをちゃんとしていれば、こういう間違いもなかったと思うのだ。だから、前任者が、引継ぎをしていないことは一番判っているはずなのに、そのことには何も触れず、ただ苦情のみを言ってこられたことが、私が前任者に対してストレスを感じるようになるきっかけとなった。きっかけ…というより、引継ぎがなかった不満がフツフツとしていたところに、それがあふれ出したような感じ。ちょうど、スイッチが入ったような感じ。どういうことがあるかというと、うちの職場内で、業務処理中にBシステムで何か問題があったり、分からなかったりしたとき、うちのそのBシステムでつまづいた職員は、まず、前任者に尋ねられる。前任者が、別団体に異動しているにも関わらず、だ。…これは、前任者だけが問題なのではなく、すでに異動し、しかも内部にいない前任者に尋てしまううちの職員にも問題があると思う。そして、ダブルパンチになるのが、その後、前任者は前任者で、それを私に言うではなく、YSEに直接伝えられるのだ。だから、その後、YSEから「あれはよくなりました」とか聞かされても、何のことを言われているのか、意味がわからない…ってことが、よくある。これはさすがに、うちの職員には、「今の担当者は私なので、Bシステムのことは私に言ってください」と言った。けれど、前任者には、定例会での子供っぽいけんか腰のやり取りがあったから、言いにくいし、実際、何も言えない…その他には、前任者が、うちの職員を通さずに、直接YSE(うちに常駐のSE)に依頼をされたりしていることだ。前任者は、仕事ができる人だから業務に詳しいし、私が今やっている業務も4年間ずっとされていたので、私が考え付かないようなことも考え付かれると思う。定例会で言われたように、『私はそもそもA団体の職員だから』って思いもあるから、自分で直接YSEに言われているのだろう。そりゃ、私に聞かれても、YSEにたずねないと答えきれないことばかりだろうと思うし、前任者も、私にいちいち説明するよりも、自分で直接YSEに話をした方が早い、ってこともわかる。だけど、それじゃ、私は何も覚えられない。それでは、後任は育たない。引継ぎって、そういうものも、教えてこそ、じゃないの?時間がないからおいおい引き継ぐ、ってつもりがあるのなら、そういうときこそ、私に教えながらYSEにも言うべきなんじゃないの?だけど、実際は、前任者とYSEが何をされているのかは、その時点では、わたしにはわからない。だけど、YSEが扱うシステムはBシステムなのだから、仕事の話であれば、Bシステムから出力するデータのことを言われているのだ。それで、現在のBシステム担当者は私なのだけれども、YSEが前任者に頼まれた業務を完了し、「○○とういデータを△△さん(前任者)から依頼を受けて作成しましたので、渡してもらってもいいですか」と言ってくるまで、そういう依頼があっていたことさえも知らない。データを作るのではなく、何かの調査の時は、翌月のYSE会社との定例会時で報告書に『依頼者 C団体△△係長』という文字を見るまで、どういう依頼をされていたのかも知らない。…というか、うちの担当業務なのに『依頼者』が『C団体』となっていること事態が、おかしいのではないか。以前は、前任者がYSEと話し終えて戻っていかれたあと、「何を言われていたんですか?」とYSE聞いたりもしていたが、それが頻繁にあったので、もう聞く気にもならなくなった。前任者の異動先が、別団体ではなくうちの職場内であれば、それもまだ納得できるのだけれども、今のやり方は、現担当者をまったくもって無視しているし、現担当者を軽んじている、としか言い様がない。…となりの後輩君。もし、来年度も異動しなかったら、持ち分担は変わろうね…<もう1回だけつづく>
2012.02.23
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今朝は、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。目が覚める前は、夢を見ていた。夢の中ではとても天気が悪くて、目覚めたとき、グッタリと気疲れしていた。月曜日なのに、週の初めからお疲れモードまたそれとは別の夢で、お昼ご飯に“おまかせ炒飯”を注文していた。『夢で見たから、今日は当たりかも』と思って、“おまかせ炒飯”を注文した。…今日に限って、おいしくないここのお弁当屋さん、基本的に他のお弁当も美味しいし、おまかせ炒飯も、いつも美味しく頂いていたのに、なぜ、今日に限ってでも、いいように考えると、これは“当たり”って事なのかしら?
2012.02.20
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いつの間にか年も明け、早2月遅ればせながら、今年もよろしくお願いします…って、年明け早々に書く記事が愚痴って…まぁ、いいじゃないか、ってことでさてさて、うちの職場では、平日に組合活動を行う場合は、有給を取るようになっている。そして、組合では、『補償金』ってのがあって、有休を取って組合活動をした場合は、1日1,000円(時間休の場合は125円/時間)、週末や休日の場合は、一律2,000円が支給される。そして、有休の場合は、補償金の申請書を財政部長に提出するようになっていて、週末や休日の場合は、開催通知と出席報告の写しで申請に代えるようになっている。また、有休の場合の補償金は、支給を申請する各個人が記載し、各個人は、自分が所属している各部長に提出する。そして各部長は、月末までに集まった分をまとめて財政部長に提出するようになっている。時間はちょっとさかのぼり、11月に、女性部長定例会があった。この会議は、幹事会と併設されて開催されたので、出席報告は、幹事会への出席者と併せ、書記次長から事務局へされていた。組合で役員になって、数回、会議へ参加したことがあるけれど、これまで私が参加した会議は、すべて県外での開催で、旅費は事前に支給。そして、休日にかかる補償金は、旅費と一緒に支給されていたから、つまりは、会議よりも前に支給。そして、平日の有休にかかる分は、会議から帰ってきてから申請書を各部長に提出するので、後日の支給。けど、11月の女性部長定例会は、開催権となっていたため、旅費の事前支給はなかった。…というか、開催県だったので、旅費が出るのかわからなかったんだけど、開催は11月2~3日だったので、少なくとも、5時間の時間休と翌日の休日分の補償金は支給される。そして今日、財政部のTさんが、時間休の補償金のみを持ってきた。だから私は、「あれ?休日分の補償金はまだなの??」と思って、Tさんにそう聞いてみた。Tさんは、「確認します」といって、戻っていった。私が、Tさんに休日分の補償金はまだなのかを聞いたのは、定例会の直前になって参加者に変更があったので、ちゃんと変更になった人に支給されるかどうかが、気になったからだった。出席報告は書記次長の担当となっていたので、私は、出席者の変更を書記次長には報告したが、私から財政部長へは言ってない。そして、書記次長から財政部長には変更を言ってあると私は思っているけど、ただ、組合の役員改選及び新年度が10月にあっていて、書記次長は今年新しく代わったので、財政部長へ出席者の変更を伝えているか心配もあって、それでの確認だった。しばらくすると、私の隣に座っている後輩君(書記次長)が、「Oさん(財政部長)から持たされました」といって、一枚のペーパーを持ってきた。それは、組合規則で、そこは、補償金のことが載っているページだった。第4条 補償金 平日の組合活動で年次有給休暇を取得した場合は1,000円(時間休の場合は125円/時間)を、休日の場合は一律2,000円を支給する。というようなことが書かれていた。そして、後半部分の「休日の場合は一律2,000円を支給する」のところにピンクのマーカーを引き、その下に大きく赤ペンで『後日、旅費と併せて至急します』と書かれていた。そして、その下の第5条第5条 補償金申請 平日に年次有給休暇をとって組合活動を行い、補償金の支給を求める場合は、申請書を提出しなければならない。というようなことが書かれていて、この第5条は、すべてに黄色のマーカーが引かれていて、さらにこの下に赤ペンで大きく『※今回は補償金申請のあった分を支給しています』と書かれていた。けど、これって…私は、会議に出席した人にちゃんと支給されるかを心配しただけだったので、ただ「休日分の補償金は旅費と一緒に後日支給します」と口頭ででも返事をもらえれば、それで十分納得していたところなんだけど、こうやって、規則を印刷して条文をマーカーで色分けして、かつ、「あなたが聞いているのはこっち(4条)のことで、今回の支給はこの分(5条)よ」という風に返答されれば、こちらは「いや、5条は、『補償金を支給してほしけりゃ申請しなさいよ』ってことが書いてあるのであって、これは支給に直接つながることではない。補償金の支給については、平日も休日を同項の同条(4条)でうたってあり、つまりは、こっちがイコールでしょう。だから、開催通知と出席報告の写しの提出が遅れたのならば、そっちが後日支給になるのもわかるけど、開催通知と出席報告の写しは10月中旬、補償金申請書は12月上旬に提出したことを考えれば、むしろ、有休と休日の補償金は一緒に支給(考える)すべきで、どっちかっていうと旅費が別物になるでしょう。それに、『補償金申請があった分を支給』って、休日分は、出席報告で申請に代えるようになっているんだから、それは、『申請している』ってことと同じことでしょう!?」と言いたい所。…まぁ、言わなかったから、ここでこうやって書いて発散しているんだけど…余談だけど、そういえば、以前、テレビだったか本だったかで、「大きな文字を書く人は、自分に自信がある人だ」というようなことを聞いたことがある。…実は、それで私は意識的に大きな文字を書くように心がけているけど…まぁ、それでOさんの性格がどうってことではないけれど、赤ペンで大きく書いていたってことは、少なくとも、それは、自信を持って書いて渡したってことだろう。だけど、このペーパー(規則)に引かれたマーカーと赤ペンで書かれた文言を見る限りでは、Oさんの条文の解釈の仕方には、疑問を持たざるを得ない。…あ、「の」が3回続いてしまった…
2012.02.01
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今月は全然更新できなかった相変わらず残業は続いていて、28日の仕事納めの日まで残業だから29日はダラダラと過ごし、昨日、ようやく部屋の大掃除おかげで今日は全身筋肉痛だけど、これでようやく清々しく年が越せそうです今年一年、お世話になりました今後もボチボチの更新となると思いますが、来年もよろしくお願いします
2011.12.31
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今日は、職場の先輩のご主人のお通夜だった。この先輩は、私が今の職場に入ったときに同じ係にいた先輩で、とてもよくしてもらった。いろんな相談を聞いてもらい、心配もしてもらい、また、たくさんの迷惑もかけた。先輩の家に泊まったこともある。そして、先輩のご主人は料理人で、お店を出されてた。私が職場に入った当時は、体調を崩されてお店は閉められていたので、以前のお店には行ったことがないけれど、新しいお店には、何度か行かせてもらった。姉と、姪っ子・甥っ子もお店に連れて行ったことがある。姪っ子(長女)は、「今まで行ったレストランの中で、一番おいしかった」と言っていた。当時の姪っ子は、若干8歳で、それくらいの年齢だからこそ行ったレストランの数も、食べた料理の数も多くはないのだけれど、それでも、子供の舌というのは大人の舌とは違う味付けを好むものだ。それが、8歳の子供を興奮させるほどに美味しかった、大人の料理。また、帰省したいとこが「美味しいものが食べたい」と言ったときも、迷わずに先輩のご主人のお店に連れて行った。いとこはなかなか辛口な人なんだけど、その時いとこも「田舎でこんなに美味しいお店に行けるとは思わなかった」と絶賛していた。素材にこだわり、素材の活かし方を知っている、こだわりの料理人。「趣味でやっているから、利益は考えてない」と言われたていたのを思い出す。他の先輩方に比べると私がお店に行ったのは数えるくらいしかないけれど、それでも、泣いて、笑って、と、いろんな思い出がある場所だった。…ありがとうございました……ご馳走様でした…この世を去るには早すぎる年齢だったけど、きっと、先輩がご主人のもとに行くその日まで、秘伝のタレでも作りながら、待たれてるんじゃないかな…今はただ、安らかにお眠りください…
2011.11.29
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そこまで、体裁が大切なんだろうか…黙っているだけ、隠しているだけならば、まだ、“ウソ”にはならない。黙っていれば“ウソ”にはならなかっただろうに、また、伏せておくこともできただろうに、事実とは違うことを公言したばかりに、それは“ウソ”になってしまう。そして、ひとつの“ウソ”をつくことで、いくつもの“ウソ”が積み重ねられる。まだそれで、傷つく人がいなければ、あるいは、規則が破られなければ、それも“アリ”なのかもしれない。「そういうことは報告しなくてもいいように保護されている」?けれど、“ウソ”を公言したがためにそこに金銭が流れた場合、あるいは、規則と違うことが生じた場合、それも許されることなのだろうか…1枚の紙切れを見ながら、ふと疑問に思う。
2011.11.28
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翌日の定例会に向け、提案する資料を急いで作成。A4サイズの1枚紙に受け取った人のサインと日にちを書き込めるような枠を書き、1年間をその1枚で済ませるような表を作った。定例会は、うちの係長の進行で進み、最後にこの授受表の提案をされた。そこで、言い返してこられたのが、うちの職場からC団体に出向している先輩だった。つまり、私の前任者。仮に『Cさん』としよう。実は、前日、私とC団体の人でやり取りをしていて、その時にうちの課長が「それは定例会で決まったことだから、変更も定例会で諮ってから」と口を挟んでこられた直後、課長とCさんが、プリンター等が置いてある隣のガラス張りの部屋で話をされていのは見えていた。だから、課長がCさんを呼び出したのか、それともたまたまCさんがその部屋にやってきたのかはわからないけど、タイミングとしては、“たまたま”はありえないだろうという感じ。まぁ、それに、そこで長話をされていると、『さっきのことを話されているんだろうなぁ…』とは思っていた。だから、ここでCさんが口を出してこられることは、ある意味では、想定内のことだった。ただ、想像を超えていたのは、そのときの、Cさんの言葉。Cさん「今までこういうのはやってなかったし、いらないでしょう」まぁぶる「これは、重要な個人情報を含んだデータです。今までやってこなかったからこそ、今後はきちんと管理しておきたいんです」Cさん「これは、そもそも別の課とやりとりしているもので、そっちは、文字コードの変換をしているだけだから、関係ないのね」まぁぶる「うちの課で文字コードの変換をしている以上は、関係ないとは思いません。ただ、だから、他のデータをやりとりしているときのような、正式な授受管理票ではなく、こういった(票を見せながら)一枚紙の簡易的なものに受け取りのサインをしていただければいいと思うんです」Cさん「これは、1、2分もあれば終わるものなのね。それをサインって、変じゃない?じゃ、K課(本来のデータやり取りをしているうちの職場内にある部署)の人もサインもらうってことだよね?」まぁぶる「K課は、うちの職場内の部署で、いわば身内です。本来であれば、身内でもそこまでするのが本当かもしれませんが、今のとこ、身内にはそこまではしません。ですが、C団体は、同じ建物内にあっても別団体です。だから、「やった、もらってない」とならないためにも、きちんと管理しておきたいんです」Cさん「文字コードの変換をするのは、これだけじゃないよね?他にも作業の途中でいろんなデータの文字コードを変換しているのに、それひとつひとつをもらうの?」まぁぶる「そちらは、そもそも、正式な『データ授受管理票』をいただいてますよね?これは、そこまで正式にしなくてもいいので、簡易的なもので、ということです。それから、昨日、データを持ってこられた際、データをYSEに直接渡されていたのですが、やはり、…パートでも嘱託でも職員でも、うちで雇用されている人間ならば誰でもいいので、できたら、SEに直接ではなく、うちの人間に渡すようお願いしてもいいでしょうか」Cさん「K課の人はうちのSEに直接持っていってるんだから、そこまでしなくていいでしょう」まぁぶる「それは、C団体の運営なので、こちらが口を挟むことではありません。ただ、うちの方は、うちで雇用されている人間にお願いします」Cさん「じゃ、私が持っていけば、直接持っていっていい訳よね。サインもいいよね。私はA団体の職員だから。そこまで『しろ』って言われるのなら、こっちは『じゃ、もう1つライセンスを買ってください』って言わなくちゃいけない」…唖然…最終的には、C団体の別の人が、「うちでもデータもらったときに表に記録しているけど、あれと同じことだよね?」と言ったことで、Cさんも「じゃ、それくらいのことなら…」と、しぶしぶといった感じでこちらの提案どおりにいくことに決まった。Cさんは、もしかしたら、私の言っていること(提案)を『データ変換をするための依頼書』と『データの受け渡しサイン』を取り違えているのでは?とは思うけど、個人情報保護法が厳しくなり、セキュリティーは、念には念をというこの時代、「むしろもっと厳しくしましょう」と言うのならまだ判るけど、「そこまでする必要はない」ということが信じられなかった。このCさんは、とても仕事ができる人だ。C団体への出向の際、係長に昇進して出向された。(行った先では係長ではないけど)隣の係長同様、若くして係長になった女性だ。隣の係長とはまたタイプが違うけど、私は、買っている人だった。だからこそ、この、なんとも子供のけんかのような言い様が、残念でしかたなかった。そして今日、…上に書いている定例会は5月の定例会で、今は11月で半年たっているけど、仕事をしているとYSEが「あの、CさんがCデータを持ってこられたので今フォルダの中に入れているのですが…直接持ってこられたので、言っておこうと思って」と言ってきた。私が預かり知らないところから、YSEが私に言ってきた、ということは、Cさんが直接YSEにデータを渡した、ってことで、もちろん、『データ授受管理票』もない。そして、このCデータというのは、毎月C団体から『データ授受管理票』とともにもらっているデータだった。ただ、いつもだったら、持ってくるのは別の人。だから、『あれ?今日はお休みなのかな?』と思いながら、「あの、“データ授受管理票”は?」と、Cさんに電話をかけた。そしたら、「は?」とCさんの返事。だから、「さっき、YSEにCデータを持ってこられましたよね?データ授受管理票をいただいてなかったので」と言うと、「いや。さっき持っていったのは、私が使うデータ。本番用は、また後からO君が持っていくよ」とのこと。で、結局は「あ、そうだったんですね。YSEが『Cデータをもらった』って言ってこられたので、いつものやつだと思ってました」と言って、電話を切った。そして、YSEに「う~ん、Cさんが、うちの仕事をうちの職員として何か依頼されるのならば全然かまわないんですけど、C団体の職員として、C団体の業務を持ち込まれるのであれば、本当は依頼書なりいただきたいんですけどね…だけど、先輩だし、以前もそのことで言ってみて喧嘩のようになっちゃったんで、もう言いたくないんですよ。だから、Cさんが直接持ってこられた場合に限り、もう、そのまま受け取られてください」と言っていると、「いや、それはちゃんともらった方がいいですよ」と、隣の後輩君が口を挟んできた。後輩君がこういった口を挟んできたことにはびっくりだったけど、だから「でも、本当にけんか腰で言い合いになったから、もう言いにくい…」と後輩君に言うと、「いや、そういうのはきちんとした方がいいですって」と、隣の後輩君。後輩君も、こういうふうにちゃんと判っていることなのに、なぜ、あの先輩がわからないんだろうか…で、実は定例会のとき、Cさんの加勢をしたのが、うちの課長。ちょっとちょっと…なぜ身内が提案と反対意見に加勢するの…たぶん、課長は私に「変更するなら定例会で諮って」と言ったことで、私が取りやめるって思ってたんじゃないかしら?だけど、譲れるものと譲れないものがある。これは、データの重要性からみても譲れないものだ。それに、定例会時Cさんは「1、2分あれば終わる作業だから、その場で待っているのにサイン!?」と言われていたが、実際は、10分から15分かかる。それに、データを受け取ったからといって、YSEもすぐに作業をするわけではない。だから、Cデータを持ってくる人は、一旦C団体に戻り、30分後くらいに受け取りにこられる。だったらなおさら、管理は必要だ。って、ことで、定例会の後は、Cさんの発言も含め、課長に抗議した。それで少しすっきりしたけど、この後も、『なんだかなぁ…』が続くことになった。<つづく>
2011.11.25
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『“マイプライベート”って、何か流行語にでもなってたかしら?』と気になって、『マイ・プライヴェート』をググッてみた。出てきたのは、『マイ・プライベート・アイダホ(原題:My own private Idaho)』という映画。この映画、リヴァー・フェニックスとキアヌ・リーヴス主演ではいかリヴァー・フェニックスって、『スタンド・バイ・ミー』を見て大好きになったんだよなぁ。けど、その後成長するにつれ、なんか好きではなくなっていって…この映画は見ていない。けど、そういえば確かに、リヴァー・フェニックスがゲイの役をしたことは、当時耳にしていたぞあれが、この映画だったのかリヴァー・フェニックス扮するマイクは、アイダホ出身でオレゴンのポートランドに住んでいる。そして、母親を探すため、ポートランドからアイダホへ向かう。まぁ、映画は、この後アイダホへ留まるわけではなく、母親の痕跡を追ってあちらこちらと行くみたいだけど、YUKIの『マイ・プライヴェート・アイダホ』は、オレゴン州からアイダホへ向かう歌詞になっているから、この映画から来ているのは間違いなさそう。でもって、YUKIのライブでは、この曲のとき、馬が海岸線を走っている映像がスクリーンに映し出されていた。オレゴンからアイダホって山沿いだと思うので、海岸だったことに違和感。I-85は確かに、ポートランド出発当初はずっと川沿いを走っているけど、海とは違うし…そして、歌詞では最初に「コーダレーン」に到着しているけど、これがもし「コールダレーン」のことを言っているのなら、「コールダレーン」は、I-85上ではなく、シアトルから伸びているI-90上にあるので、I-85をポートランドから走り、最初に着くってことはできないわねぇ
2011.11.23
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今日は、YUKIのライブでマリンメッセ福岡に来ていまぁすGLAYホールツアーの前半戦は全滅だったので、この秋冬唯一で、今年最後のイベント会場にちょっと早く着きすぎたけど、読書しながら待機中読んでいるのは、福澤諭吉の『学問のすすめ』この本、あまりにも有名で、題目だけは知っていたけど、実は、初読み開場までまだあと二時間あるので、かなり読み進められるかな?話は変わって、冒頭にも書いたけど、今日はYUKIのライブに来ている10月だったか9月だったか忘れたけど、『Megaphonic』というアルバムを出したので、それを引っさげてのアリーナツアー。で、このアルバムの中に『マイ・プライヴェート・アイダホ』って曲があるんだけど、先日発売されたGLAYのNEW SCDのタイトルは、『My Private “Jealousy”』という。これって、ただの偶然?CDの発売はYUKIが早いけど、早いからといって作成も早いとは言えない。まぁ、GLAYとYUKIって仲いいし、偶然じゃなかったとしてもヘンな意味(パクリとか)ではないだろうけど、どうせ被るタイトルなら、SCDにせずにアルバムの中の1曲にしておけばよかったのに。なんて思ってしまったって、話題がライブの話から逸れてしまっているけど、なんせまだ開場すらしてないもんで感想は、明日以降に書きまぁす
2011.11.19
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それが、はっきりと言葉として私の耳に飛び込んできたのは、今日の夕方。隣の係長が、電話でどこかの課に連絡をされているのも、その内容までは分からずとも、知っていた。そのことで、係長が課長に「これはちゃんと担当課からやってもらわないと…」と言われていたのも聞こえてきた。ただ、離れた席で話をされていることなので、内容は何についてなのかも分からなかった。少し内容がわかったのは、隣の係長が、自分の係の部下にはその話をされていたから。それが破線のように耳に入ってきた。だから、明日からシステム上で見れる予定だったものが、あさってに延期になりそうだ、ということは分かった。ただ、あくまでも「破線」としての理解。今うちの係長は病気で長期休暇を取られていて、今日の件については、私と、私の隣に座っている後輩O君への説明は、なかった。そして、また終業時間も近づいた頃、隣の係長がまたどこかへ電話をかけ、話をされていた。その直後、隣の係長は課長の所へ行き、「あさってになるのなら、ちゃんと相手にも連絡しなくてはいけないと思うんですが、K課からFAXを送るように言われていたから、今A補佐にも電話して確認したけど、まだ送ってないそうなんですよ。だけど、この問い合わせがバンバンあってるんで…」と言われていた。それは、意識的に耳を傾けていたので、課長と係長の話が耳に入ってきた。そして、課長だったか補佐だったかは忘れたけど…「まぁぶるちゃん、FAX送ってくれ」と、突然、私に話を振ってこられた。私は、上司命令でもあるので、FAXを作成したけど、ただ、日程がずれ込んだことはわかっても、どういった経緯でそうなったのか、またその責任の所在(担当課)がわからなかった。けど、終業間際で明日のこと、ということもあり、FAXを急いで作成したため、詳しいことはその場では聞かず、送信伺いを立てた。だから、FAXを作成する際に、送信主は、うちの課名までにして、後、係名も担当者名も入れていなかった。で、起案は下から回っていくけど、隣の係の係長まで回ったとき、「ちゃんと名前書かんね」と言ってこられた。だから「え?だって、これはK課が担当なんじゃないんですか?」と返答すると、「K課はK課。うちはうち」という答え。まぁ、うちはシステム運用及び管理に関する担当係なので、うちが無関係というわけでもないし、うちからFAX送信する以上は、隣の係長の言われることは正論だし、はっきりとした“担当者”は決まっていなくても、少なくとも、このFAXに対しては、作成した本人(私)が責任者だ。だから、送信の際には、係名と担当者名(私の名前)も明記して送信した。ここまでは、しごく当然として聞いていたし言われたとおりにやったけど、その後、係長が、私の目の前に座っている後輩T2君(係長にとっては直の部下)に「そっち(うちの係)は名前を書きならんもんね」と言った言葉にモヤっ確かに、去年、私の前任者が担当者名を入れずに文書を作成していたので、その時に、隣の係長(当時は私にとっては直の上司)が「担当者名はちゃんと入れてください」と指摘したことがあった。そして、それまでは、係名までは入っていても、担当者名が入っていない、というのもけっこう頻繁に見受けられていたし、それは、(当時の)うちの係にとっても同じことだった。なぜそれを私が覚えているかというと、今は異動している、以前、私のとなりに座っていた後輩T1君が担当していた業務で、FAX送信票などに、係名までを記載し、担当者名は記載していなかったのを覚えているから。それは、始まったばかりの新しい業務で、担当者名を入れておくと問い合わせが集中するので、みんなで対応できるように係名までで止めておくという配慮から、そうされていた。そして、その当時の後輩T1君が異動し、別の後輩T2君が私のとなりにやってきて、その業務はそのままその後輩T2君が引き継いだけど、引き継いだ後もそのままFAX用紙を使っていたので、もちろん、担当者名は、ないまま。ただ、この頃は問い合わせも少なくなっていたので「もう担当者名を入れてもいいんじゃないかな…」と思っていたけど、多分、その業務が始まった当時、係長と隣の後輩T1君は毎日遅くまで残業していたけど、私はほとんどすることなく業務をしっかりと理解していなかったから、私に覚えさせるため、という考えもあったんじゃないかな、と思う。だから、その業務を後輩T2君が引き継ぎ、やっぱりFAX送信票に担当者名がなくても、それはそれでありなんだと思っていた。だけど、だからこそ、今の私の前任者へ担当者名を入れるよう指摘されたときは、やっぱり違和感…で、T2君がT1君から引き継いだ業務は、半年で私に引き継がれたんだけど、私がそのまま、担当者名のないままのFAX送信票を使用しようとすると、「名前はちゃんと入れてね」と指摘…だから、隣の係長の言われていることは正論でよく分かるんだけど、それまでの経緯を思うと『えっ!?』と思うし、今日の一言にしても、昨年、係長が私の前任者に注意をした以降は、担当者名を記載していない文書等は見ていない。だから、今日も、言われることはしごく当然のことなんだけど、またもや違和感…で、その直後に、外線を私が取った。その電話は、最初は別の後輩I君を指名してこられたが、あいにくI君は他の電話の対応中だった。それで「終わりしだい、折り返しかけなおさせます」と言って電話を終わろうとすると、「もう1点聞きたいことがあるので…」ということで、そのまま電話応対をしていた。そしたら、その聞きたい内容というのが「昨日FAXで送られたきた…」ということだったので、最初はその内容を聞いていた。だけど、意味(答え)が分からなかったので、FAXを送っているのは誰かを聞くと、隣の係長から、ということだった。だから「では、Oに代わりますのでお待ちください」と言って電話を回そうとすると、今は私の目の前に座っている後輩T2君が「で、やっぱり回す」と言って、隣の係長を見て苦笑いをした。「・・・」正直、これにはカチンカチンとくるか、違和感で終わるかは、相手が上司(先輩)なのか、それとも後輩なのかで違うのかもしれないけど、T2君が言ったことに関しては、少なくとも『言われて当然のこと』とは思わなかった。そして、その後、隣の係長が、文書を起案されていた。それにはもちろん担当者名が係長の名前で書かれていたが、それを見たT2君は、「連名でいいですよ」と言っていた。そして係長は、「いや、いい」と答えられていたけど、またそのあとの一言。「どうせ私たち以外は電話にでないでしょう」と…これは、はっきり言わせてもらう。電話は、ちゃんと取っている。外部からの問い合わせの内容は、隣の係の担当業務が多いし内容が分からなければ電話も代わる(代わることの方が多いけど…)けど、最初から担当者を指名してこない限りは、極力、内容を聞いて、答えきれる範囲ででは、答えるようにしている。だから、さすがに、自分たちだけがやっていて、こっちは何もやっていないような言い方をされると、すごく不本意に思う。それに、少なくとも、それは隣の係の担当業務だ。そして、こちらの担当業務を、分からないことを尋ねることはあっても、隣の係の人に任せることはない。…なんか、そういう言い方をされなければ、私もここまでは思わないし考えない。うちの係長が長期休暇をしていて情報が入ってこない、っていうのも、それを私たちに告げるのは、隣の係長ではなく、課長補佐かもしれない。けど、その一言が、係間の距離を離させていると思う。
2011.11.09
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10月から新システムが稼動し、たくさんの障害が発生し、その確認や対応に追われる中、昨日・今日と組合の会議が開催され、その準備も行う必要があった。会議というのは、年に2回、女性部長の会議が開催されるのだけど、以前に組合のことで『女性部長になった』と書いたとことがあるように、近隣の女性部長さんたちが集まり、いくつかの議題について話し合う。で、「会議の準備も行う必要があった」というのは、今回、この会議の開催県になっていたが、開催県にあたった所が、レジュメ作成や集約行い、さらには、会議の司会進行をおこなっていくようになっているので、その準備ということ。だけど、この準備が、『仕事の後に…』と思っても、残業でそれどころじゃないし、『お昼休み』と思っても、執行委員会があったりして、とても準備ができる状態ではなかった。だから、会議の準備については、もっぱら就業時間前の早朝。早い時間に出勤し、朝から準備を行っていた。そんな感じで、朝早くから夜までずっと何やらやっている状態で、自分自身の時間がほとんど持てない状態が続いていた。まさしく、「あれをしなくちゃ」「これもしなくちゃ」で、「他にするのは何だっけ?」「次にするのは何だっけ?」の状態。だけど、ようやく、今日、その会議も無事に終わり、その大儀から開放された。帰宅後は、疲れていたのか、爆睡目が覚めたときは、今が朝なのか、そうじゃないのか、すぐには判断できないくらいにボーっとしていた。で、なんだか穏やかで、時間の流れもゆったりと感じる。それはきっと、1つ無事に終わった事で、精神面が穏やかになったってことだろう。つまり、この会議(開催県ということ)が、それだけ自分にとって、ストレスになっていたということ。ストレスっていっても、やりたくないとか、そういう意味ではなく、無事にちゃんと議事を進めていけるか、とか、最後の報告はちゃんとまとめきれるか、とか、そういった、心配からくるストレス。実際は1つ終わっただけで、また明日仕事に行くとあわただしいことこの上ないと思うけど、こんなにも、自分の周りをまとう空気までも違って感じるようになるとは…今日くらいは、このままゆっくりと過ごそう
2011.11.03
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今回もまた、Vol.2に 書いている、『間違い』が起こる前の出来事。4月中旬。私が自席にて仕事をしていると、C団体の人が、YSEに何かを渡しているのが目の端に移った。うちの課は、後から後からSEが増えていったこともあってか、室の出入口に一番近い位置に、YSEが座っている。そのせいもあったのかもしれないけど、いくら取引先といえど、通常、C団体の人が、直接YSEを使うことはない。また、室の出入口にはカウンターも設けてあり、普通であれば、職場外の人の対応は、カウンターで行う。それが、C団体の人がYSEに直接何かを渡していたのが見え、それを不思議に思ったので、何を持ってこられたのか、YSEに尋ねてみた。一応、YSEの扱うシステムは私の担当になっているので、自分の仕事の範囲であれば、ちゃんと把握しておきたい。あるいは、C団体からYSEに業務上の何かを依頼したのであれば、担当者を通さずに別団体の人が直接うちに常駐のYSEに仕事をさせることは、契約の範疇外でもあるし、私の中では、『ありえないこと』だったからだ。YSEに聞いてみると、最初は、「文字コードの変換をするためにデータを持ってこられた」とのことだった。少なくとも、それは業務上のことだ。それで、最初は「それって、依頼書かなにかあるんですか?」と聞いてみたが、依頼書はない、とのこと。最初は、『それならば、ちゃんと依頼書をもらわないと…』と思ったけど、よくよく話を聞いてみると、C団体は取引先、というように、データのやりとりが結構ある。連携しているシステムもある。そして今回のデータは、本来は、別の課がC団体とやり取りしているデータの文字変換を行っているだけ、とのことだった。また、別の課の担当業務なのに、なぜうちの課で文字コード変換を行っているかというと、システムを開発した団体が、うちのかにあるシステム向けに変換ツールを送ってきたから…だったかな?(…結局は本来の担当じゃないのでうろ覚え)上にも書いているように、うちとC団体では、頻繁にデータのやり取りがある。私が担当している業務では、少なくとも、やり取りの際は、『データ授受管理票』のやり取りがあった。この管理票は、ファイル名やファイルの容量、また、受渡しのメディアをウィルスチェックしたソフトと最終更新日等が記載されている。そして、担当者の名前を書き、上司の印鑑をもらって、データに添えてやり取りしている。だけど、今回のこのデータについては、そういういきさつから文字コード変換を行うようになったのであれば、依頼書まではいらないけど、やり取りしているデータは個人情報が満載のデータなので、せめて、データのやり取りをした記録は残しておきたい、と思い、簡単な一覧表を作成した。そして、文字コードを変換したデータは、またC団体の人が取りにくる、とのことだったので、そのときに声をかけてもらうことにした。だけど、私がC団体の人と話しをしているとき、課長が出てこられた。課長は、昨年度まで、C団体に出向していた人だ。それで、課長が言うには、「そうやってやり取りするようになったのは、C団体との定例会の中でそう決めたことだから、それを変えようと思うのなら、定例会で諮って変えるべき」とのことだった。そういうことであれば、そうするべきだと思ったので、その月は、C団体人には、文字コード変換を行ったデータをただ渡すだけで終わった。そして、C団体との定例会はその翌日に予定されていた。<つづく>
2011.10.31
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最初に断っておくと、これは、『愚痴』ではないので、勘違いのないように(>_
2011.10.24
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EXILE魂 見ていたら、ライブに行きたくて行きたくて、たまらなくなったツアー後半戦、FCで5口エントリーしていたのに、取れたのは1公演のみ…1公演でも行けるなら、よしとしなくちゃいけないのかな?けど、今までもホールツアーあったけど、今回が一番取れてない…今はモバで1口エントリーしているし、まだまだイベンター先行とかも頑張るけど、今年はFC結成15周年で座席のほとんどはFCにあててあるようなので、かなり難しそう…はぁ~…3月まで待てない……あ、言っておくけど、『EXILE魂見て』って言ってても、上に書いているのは、EXILEではなく、もちろんGLAYのライブのことだよ
2011.10.23
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“最初の間違い”で起こった問題を書く前に、会議室であった30分の引継ぎのときまでにさかのぼる。引継ぎが30分で終わったこと、また、それがPCもない会議室であったこと、また、引継書など、何の指示書もなかったことは後を担当する私にとっては不安があったので、係長に、「うちの業務内容の引継ぎを、会議室で、かつ口頭のみで行うってことにビックリしたのですが、もちろん、PCを前にして再度引継ぎあるんですよね???」と確認した。係長からは、「一度で引継ぎをするのは無理があるから、もちろん、またやろうと思っているよ」という回答だった。ただ、問題なのが、前任者の異動先だ。うちの職場内での異動であれば、それこそ何度も聞きにいけるし、1時間から2時間、教えにきてもらってもいい。だけど、前任者が異動した先は、C団体。同じ建物に在るけど、うちとはまったく異なる団体のC団体だ。かつ、うちにとっては、取引先。そこに、出向という形で、異動された。なので、時間をとってもらうのもなかなかやりにくいし、実際、前任者の先輩も異動先で覚えることがたくさんあるだろうし、一度私が訪ねて行った際は、研修会にも出られていた。また、長時間席を立つのもなかなかできないだろう。だから、私から前任者の先輩へ、「とりあえず、内容についてはパターンが違うので、そのつど聞きたいと思いますが、今は、どういう時期に何をするのか、1月の流れもまったく分からない状態なので、1月の流れと、できれは、年次で行う業務も、なにかまとめてもらえませんか」とお願いしてみた。その際は、前任者の先輩は、「うん、わかった」と言われていた。けど、いつまでたってももらえなかったので、係長に「まだもらえてないんですが…」と相談してみると、係長も「俺からも催促はしてるんだけどね…」との返事。だけど、今年度が始まってすでに半年以上がたったけど、未だに月の流れも年次の流れももらっていない。そして、結局、その後の引継ぎもあっていない。結局は、今更もらってももう必要ないものになってしまうけど。私も以前、外部の団体へ研修で1年間出たことがある。その際は、異動時に引継書を1冊にファイリングして残してきた。もちろん、それだけでは足らない部分もあるだろうけど、そういう部分は、他の係員に聞けば分かる範囲だ。そして、私が今の課に異動してきてA係に配属になったとき、実は、このときも“私への引継ぎ”というものは、ほとんどなかった。ただ、このときは、係長は係長に昇進されたばかりで、「係りの業務はすべて把握しておきたいから」ということで、係長が、すべての引継ぎを請負われた。だから、私が何かわからないことがあっても、係長なり、隣にいた後輩のT君なりに尋ねれば、すべて回答を得ていた。事足りていた。まぁ、そういう“仕事ができる先輩(係長)”から自分と同じものさしで見られるのは正直きつかったけど、係の体制としては、確立されていたと思う。それが、今の係には、ない。もちろん、すべてを否定するわけではないし、今の係長や他の係員も、一生懸命働いているし、私も、とてもノビノビと仕事をさせてもらっている。今の係は係で、たくさんの良さがある。ただ不満に思うのは…続きに書いていくこととする。
2011.10.15
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ことの起こりは、4月中旬。汎用機のSEさんを“ZSE”サーバーのSEさんを“YSE”と呼ぶことにして、YSEが 「今日はマスタ取込日なのですが、Aマスタがまだのようで…」と言ってこられた。私が「Aマスタ?どういうファイルですか?」と尋ねると、YSEは、「いつもCSVデータを○○さん(前任者)からいただいてたんですが、多分、汎用機から取ってこられていたと思います」とのこと。『マスタ??』と思い、引継ぎを行ったときにメモをしたノートを見ると、確かに、“マスタ更新=汎用機からGET”“Aマスタ、月2回取り込み→一次受渡しへ入れる”と殴り書きしている。※改めてメモを見ると、実際に書いていたのは上記で、“汎用機からGET”とはどこにも書いていなかったので、訂正。だけど、Aマスタをどこから持ってくるのか書いてない。※書いていない=言われてないってこと。『一体、どこから持ってくればいいの??ファイル名は何???』そう思い、係長に尋ねたら、これはちゃんと係長が知っていた。SEさんが「いつもCSVデータをもらっていた」といわれていたので、汎用機からGETする際に、ちゃんとCSVに変換し、汎用機からAマスタをGET。サーバーへの取込が、無事に完了した。そして、このAマスタは月2回、サーバーに取り込むことになっていて、1回目が中旬。そして、2回目が、月が替わって初日だった。中旬に汎用機からGETしたときは、「A02」とういうファイル名が1つ。だけど、月の初日は、「A02」というファイル名と、「A01」というファイル名の2つ。A02は、2000kb超え。A01は100kb程度。何がどう違うのかは分からないけど、明らかに、違うファイルであることは確か。『まぁ、2つファイルが準備してあるってことは、2つとも必要なんでしょう』ってことで、その2つをGETし、YSEとの受渡フォルダへ格納。日は少し進み、10日頃。この頃に、格取引先へ請求データの送付がある。それに併せていくつかのデータも提供するが、その中に、『Aマスタ』があった。この時期のB係の取引先は、Cという団体1箇所。そして、そのC団体へ提供するデータは、YSEとの受渡フォルダの中に格納されている。だけど、提供する時点になって他のデータはすべてそろっているのに、Aマスタだけが、空フォルダのまま…『あれ??YSEさんが忘れているのかな???』と思い尋ねてみると、「C団体へ提供する『Aマスタ』は、こちらでは作成していません。もともとは、『Aマスタ』っていうフォルダはなかったのですが、いつの間にか作成してマスタを入れてあったので、フォルダだけ作るようになったんですよ」とのこと。4月の10日頃にC団体へデータを提供したときは、ちゃんと『Aマスタ』というフォルダの中にデータが入っていたので、それを渡した。え??どういうこと???私が訳がわからずいると、YSEが「初日にこちらへいただいたAマスタですが、うちで使うのは『A02』だけなので、『A01』を渡されているんじゃないんですか?」と言ってこられた。なるほど!そういうことか!!A01マスタをGETするのは、月の初日。前任者の先輩は1日付けで異動されたが、異動があったのは、午後から。だから、1日の午前中、まだ今の私の席に座ってられたときに前任者の先輩が、汎用機からA01マスタをGETして、格納していかれていたのだ。で、再度『A01』を汎用機からGETしようとすると、もうすでに汎用機の中から削除されていて、GETできない…あ!そういえば、YSEさんへの受渡フォルダには格納しておいたんだった!!と思い出し、フォルダを探すけど、処理の済んだファイルは別フォルダへ移動させてあり、「どこだ???」状態(^_^;ようやく『A01』ファイルを見つけ出し、それを請求データと一緒にC団体へ渡した。結局、これが、最初の間違いだった…<つづく>
2011.10.13
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今の係に配属されたのは、今年の4月。仕事内容は、システム(情報)関連。システム関連といっても、実際に処理を行うのは常駐SEで、私たちは、その指示を出したり、システムに係る全体的な運用・管理。それまでは、係は違うが、同じ課内にいた。だから、やっていることは同じようなことなんだけど、根本的に違うものがある。仮に、昨年度までの係をAとし、今の係をBとすると、Aで使用しているシステムは、汎用機。そして、Bで使用しているのは、サーバー。そして、それぞれのSEも別業者。だから、求める値は同じでも、処理の過程がまったく違うし、方法もまったく違う。だから、正直に言うと、「同じ課内にいたけど、チンプンカンプン」だから、引継ぎはちゃんとされるものと思っていたけど、実際あったのは…仕事内容はシステム関係なので、引継ぎは机の前に座ってPCの画面を見ながら、だと思っていたけど、実際にあったのは、PCの置いてない会議室。それでいて、引継書もなく、すべて口頭での引き継ぎ。そして、引継ぎは、30分で終了した…はっきりいって、「チンプンカンプン」何度も言うけど「チンプンカンプン」一応、ノートはとったけど、口頭での説明にすべてのメモを取ることができるはずもなく、「チンプンカンプン」引継ぎには、係長も同席されていたので、『まぁ、係長が理解されただろうから、係長に教わりながらやっていこう』と思ったけど、分からないことを係長に尋ねると「○○さん(前任者)に聞いて」と一言この、『人が異動したら、残っている人が誰もその仕事についてわからない』って状態がいけないと思うので、最初は「持分は回しましょう」と持ちかけたけど、却下された。まぁ、当時は、5月にシステム移行という大きな行事を抱えていたので、それも仕方のないことだたけど、だけど、持分が回らなかったってことには納得できなかったし、正直、不満にも近かった。そして、引継ぎが会議室であった、ということについては、どう考えても、理解できなかった。こんな感じでスタートした、新年度の私。<つづく(笑)>
2011.10.12
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とうとう、10月になってしまった。仕事の話。本来であれば、5月に新システムへ移行の予定だったけど、障害の多さに8月へ稼動延期。そして、8月でもまだ稼動できるだけの安定にはいたらず、10月へと稼動延期。延期になるだけ、稼動時の混乱は少なくなると思うけど、検証作業での残業は慢性的に続いていて、それはそれでグロッキーで、いよいよ10月に突入したわけだけど、どうなることやら??残業はかまわないけど、休日出勤は、できれば回避したいところ。話は変わり、昨日買った本が、なかなか面白い。それは、これ↓長年、某英会話教室へ通っていたけど、今年の2月の更新時に上記のような理由で「たぶん、更新してもレッスンにいける状態じゃないだろう…」と思い、更新をしなかった。つまり、今はもう、英会話教室には行ってない、ってことだけど、「やっぱり英語は必要」ってことで、今度は独学ではじめることにした。で、私の英語力はというと…某英会話教室では、最初、一番最下レベルのクラスから始まり、辞めるときは、…まぁ、文法はめちゃくちゃながらも、何とか意思の疎通ができる程度でも、そのクラスには、学校の先生やお医者様もいたほど。学校の先生や医者は、少なくとも大卒で、それで私がその人たちと同じレベルってことは、私もそれなりに上達したってことかな?なんて思っていたけど、私の一番苦手とするものが、『前置詞』だった。ってことで、この本を買ったんだけど、そんでまだ、最初の方しか読んでないんけど、かなり、“理屈”が、分かりやすい。よし、頑張って、英語力をあげるぞ~
2011.10.02
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今日は朝から母と買い物に行き、最初は別行動を取っていた。お昼の買い物のために母とは食材の所で待ち合わせをしていたら、母を待っている時、目の前のお店で買い物をしている母子に目がとまった『えっ… あき??』その、母親は、“あき”と呼んでいた高校の時の部活の後輩にそっくりで、だけど、記憶の中の後輩よりも少しぽっちゃりで、私から見えるのは横顔だから、確信は持てなかった。もしもあきだったら、家に遊びに行ったり、またどこかへ一緒に遊びに行ったりと、高校の時は凄く仲良くさせてもらっていたので、声をかけたかった。結局は、私が高校を卒業した後疎遠になり、最後に会ったのは、あきの結婚式。母を待っている間、時々はその母子にも目が行ったが、そのあき似の女性が子供に話しかけた事で、声も聞こえてきた。声までそっくりだけど、顎の骨格が似ている人は、声も似ているって言うしなぁ~正面から見る事が出来れば、もっと分かると思うんだけど…正面から見てもそっくりだったら話しかけるのになぁ~なんて思っていたら、母親がやってきた。結局は、正面から見ることもなく、あきだと確認することもできなくてその場を離れたけど、こんな時、みなさんは声をかけますか?
2011.08.28
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今日は、モバイル会員先行予約の当落発表日だった。結果は…見事、落選これまた激戦の公演にエントリーしていたんだけど、これで、とりあえずFCとモバが全滅…後は、イベンターとプレイガイド…っていくと思うけど、これらの先行ってあるのかしら!?まぁ、あったとしても、十中八九、無理だろうけど…前半戦、まったく何もないとなると、なんとも寂しい…カウントダウン、ないかなぁ…
2011.08.24
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姪っ子がうちにいた間、私自身が残業続きだったこともあるけど、食事の用意、片付け、また、姪っ子の後にお風呂に入っていたってこともあり、私がお風呂に入るのは、どうしても深夜になっていた。そして、姪っ子のお弁当作りのため、起きるのは毎朝5時半。お弁当作りになれるまでは、5時に起きていたりもした。睡眠時間、正味、3時間~4時間。だから、お風呂については、湯船にお湯を張る時間、また、湯船でゆったりとする時間も惜しくて、毎日がシャワー。シャワーからあがって、洗濯をしてようやく就寝姪っ子の学校が終わり、7月下旬には実家に行かせたけど、その頃は真夏日が続いていて、あまりの暑さにこれまた湯船につかる気にはならず…だけどそのせいか、睡眠時間が短いのに1時間おきには目が覚め、プチ不眠症状態。朝起きても、ぜんぜん寝た気がしない…疲れが極限状態だったんろうなぁ。そして、昨日、今日と、悪天候だったせいか、少し、暑さも和らいでいて、久しぶりに湯船につかった。はぁ~、気持ちよかった
2011.08.22
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久々の更新でこのタイトルって…今日は、10月から始まるGLAYのホールツアーの当落結果発表日だった。今回のエントリーは、前半戦(2011年)のみで、前半戦は、どっちかっていうと東日本より。それでも、前半戦、1公演でも行っておきたいと思い、エントリーしたのが、10月22日の函館公演と、12月3日の名古屋公演。…どちらも週末だから激戦だとは思っていたし、特に函館はメンバーの地元になるから超激戦だとは分かっていたけど、見事に全滅まぁ、函館公演は10月だから、無事当選したとしても行けなかった可能性大なんだけど…10月は、職場のシステムが新システムに移行する月。残業どころが休日出勤も必死では???ってなほどそれでも、一度でいいから行ってみたい函館公演…それが週末ともなればエントリーしない手はない!!なんて思ってエントリーしたけど、やっぱ、甘くはなかった話は変わり、12月から日本に来ていた姪っ子が、今日、無事にアメリカに帰っていった。病気や事故などなく、無事に送り返すことができて『ほっ』未成年という立場上、どうしても預かった責任があるので、何事もなく両親の元に返すことだけに神経を使った半年間。無事に帰って行ったよ~(^0^)/~~~さて、今日かは、精神的に少しのんびりできるので、ゆったりと本でも読もうかな
2011.08.18
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昨日は、福岡へ姪っ子を連れてmiwaのライブへ昨日は朝からすごい雨で、雨音で目が覚めた。『あ~、この雨音、高速ヤバそう…』と思って、いそいそと起き出しネットでハイウェイ情報をチェックすると、案の定、途中の区間が通行止めだけど、その時私の目に留まったもの…というか、“頭の中を占めた”のは、『休日1000円廃止』のお知らせ現与党のマニフェストでは、確か『無料化』だったはず。無料化どころか、休日1000円すら廃止そもそも、この休日1000円が始まった当初は、2年間だけの限定措置だったから、廃止になるならなるで構わないし、無料化になったらなったでまた別の問題も出てくるだろうから、必ずしも無料化に賛成していた訳ではないけれど、ただ、『マニフェストは』『公約は』と大きな声で言いたかった
2011.06.12
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去年の秋、栗をいただいたとき、栗の渋皮煮を作った。使用したなべは、内側が白くコーティングされていたけど、栗の渋皮煮を作ってからは茶色く変色していた。まるで、染物でもしたかのように洗っても、洗っても白くならない。重曹でも洗ってみたけど、ぜんぜんダメ。結局、そのまま使用続けること、約半年。昨日はちょっと疲れていたので、残業せずに定時で退社。駐車場に行くと、某課長がいて、「たけのこ食べる?」と、声をかけてきた。たけのこは大好きなので、二つ返事で頂戴したそして、帰宅して、米のとぎ汁で灰汁抜きすること20分。灰汁抜きをしたたけのこはタッパーに移し保存。そして、なべを洗うとあら不思議栗の渋皮煮を作ったときに付いた、茶色いステインがみるみる落ちる半年ぶりに、白くなったなべを見ましたとさ
2011.05.10
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この度の、東日本大震災で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げるとともに、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。地震発生当時、仕事中だった私は、東北地方で地震や津波が起こったことを話で聞くだけだった。自宅に帰りテレビをつけて初めて、実態を知った。地震は広範囲に及んでいたこと。前代未聞の津波が襲っていたこと。倒壊した家屋流される家や車同じ日本で起こっていることだとは思えなかった。そういえば、GLAYの新潟公演に行ったとき、ライブが終わって新潟駅に向かうバスで隣に座った人は、宮城県から来たと言っていた。地元仙台が取れなくて、新潟公演にきたと。彼女は無事なんだろうか…数年前には、仕事で福島県にも行ったことがある。さらにはその数年後に、岩手県にも行った。あの時お世話になった方々はご無事なんだろうか…去年のGW、福島県、宮城県、岩手県、青森県と車で走ったけど、あのとき見た景色は、あのままなのだろうか…今の私にできることは義援金を振り込むくらいで、もどかしい。よく、「『頑張れ』という言葉はあまり使わない方がいい」というような事も聞くけど、私はそうは思わない。体育会系の部活をやっていて、そこでの応援が「頑張れ」っていう言葉が多かったからかな?そして、応援があると、いつも以上に頑張れる気がする。確かに、時と場合によるのかもしれないけれど、あきらめないことも『頑張ること』だし、前に進むことも『頑張ること』だし、くじけないことも『頑張ること』だと思う。そして、希望を持つことも。それさえも辛い時もあるだろうと思う。だけどきっと、立ち直れると信じている。頑張れ、東北!!頑張ろう、日本!!一日も早い復興をお折りしています…
2011.04.06
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姪っ子が日本の高校に通い始めて早 一週間スクールライフを楽しんでいるみたいで、なによりなによりふと、自分の高校生の時を思い出した。高校一年生の時、音楽か書道を選択するようになっていて、私は音楽を選択していた。理由は…音楽が好きだったというわけじゃなく、書道が嫌いだったからそして、二学期の音楽の授業では、なんともめずらしく、『カラオケ』があった今のようにカラオケボックスがあちこちにある時代ではなく、先生曰わく授業で『カラオケ』をやるのは、人前に出ても挙がらない度胸をつけるためとのことだった。私が高校生の時に入っていたバレー部では、毎年夏休みに学校に寝泊まりする合宿をやっていて、初日の夜は、余興が繰り広げられていた。とりわけ一年生はみんな歌を歌わなくちゃいけなくて、私は緊張のあまり、心臓バクバク声がでない…出そうとしても声が裏帰り、呼吸もままならない…それくらい挙がり症だった私は、まるで過呼吸状態そんな私が、今では人前で説明をすることもある。身を持って『カラオケ』の授業の効果を体感したそういえば、その『カラオケ』の授業では、みんな、CDに入っているインストバージョンをカセットテープに録音して持ってきてたんだけど、邦楽を聴いてなかった私は、歌うにも歌える曲がなく、音楽の本に載っていた楽譜を見ながら、当時、弟が持っていたパソコンで曲を作り上げた。…あっ、『作曲した』って意味じゃないよパソコンで曲を作ったといっても、今のように素晴らしい音楽作成ソフトがあるわけでもなく、弟が持っていたパソコンもMSXという、家庭用の小さなパソコン。出来上がったのは、ちょうど、MIDIファイルのような音。思い出すと、とめどなく記憶が溢れ出す。懐かしい…
2011.01.15
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あっというまに 2011年 になってしまった半年間、日本に留学する娘を伴って12月中旬から里帰りしていた姉も無事アメリカへ帰り、またいつもの日常に…姉が帰国したのは、1月2日。折りしも、年末年始の大雪で、高速道路はあいにくの通行止め。それにプラスして初詣の参拝客で、主要道路は大渋滞それでも無事に間に合ったのは、私の神業的な時間読みのおかげよく、高速を使わずに国道から福岡まで行っていたのがこんなにも役にたったことはない(笑)そんな感じで始まった新しい年。姉は帰国したけど、姪っ子はそのまま日本にいるので、せっかくの機会だから、日本を案内しよう
2011.01.05
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只今、めかりPA。これから関門橋を渡るとMyではGW以来の脱九州11月20日の新潟、先週の福岡、そして今回の広島行き。すべてGLAYのライブでございまするだけど新潟は、本来、チケットエントリー時の第一希望は福岡にしていたのに、第二希望の新潟公演が当選してしまい、予定外(?)の旅行でしただけど、『行ってよかった』ってくらいによいライブで、初新潟を楽しんできました…っていっても、一泊二日で行って初日はライブだから、新潟観光はまったくしてないんだけどさだけど、こんな事でもないと九州に住む私にとっては新潟に行く機会なんてなかっただろうから、一石二鳥さてさて、そんなこんなで、今日は 広島公演。地元ではないから、私としては地元程の盛り上がりにはなれないだろうけれど、その場にいるってだけでもいいのだわ
2010.12.11
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以前にもちょっと話していたけど、今年私は、組合の役員をやっている。役は『女性部長』ってやつ。で、先日、とある先輩から、「写真を貸してほしい。できれば、にっこり笑っているやつ」と言われ、笑っている写真がなんとか1枚あったので、渡していた。うちの組合では、年4回の新聞作りをやっていて、年度替りには、新役員の紹介なんかも載ったりしている。そして、私に写真を貸してほしいと言われた先輩は、こんなとき、よく似顔絵を描いたりしている。だから、先輩から写真を貸してほしいと言われた時は、ちょうど、新聞記事として役員に新しく就任したあいさつ文も書いたところだったので、組合の新聞に似顔絵を載せるためだろうと思っていた。だけど、実際に刷り上った組合新聞をみてみると、あいさつ文だけで、似顔絵は なし。実はこのとき、この、絵を描いてくれた先輩と、もう1人の先輩に、女性部でのポスター作りをお願いしていた。出来上がったポスターを見てみると、似顔絵は、そちらに使用されていた。これが、その似顔絵うん。ほっぺたが下膨れなところとか、片方の髪だけパサパサなところとか、そっくり(笑)だけど、絵な分、若く見えない!?気に入ったので、自分のプロフィールとしました
2010.12.10
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伊丹での乗り換え時間が20分しかなかったため急ぎ足での移動だったけれど無事、新潟空港に到着思ったより、暑い一昨日までの天気予報を見ていると、今日の新潟の天気はだった。現在…雲一つなく、いい天気ダウンのコートを着てきたけど、暑いまぁ、夜は冷えるだろうから、必要と言えば必要か…伊丹から新潟行きのは、ちょうど翼の上…と思っていたら、プロペラ機で、窓の上に翼があった。おかげで、視界良好琵琶湖、立山黒部渓谷、道の延びている感じからして、あれは高速道路かな?GWにで通った道を眼下に眺め、ちょっと懐かしくもあり新潟は、今までSAで休憩はしたことはあって、仮眠までしたけど(笑)結局、つまりは、で通過しただけ。新潟を目的に訪れるのは、今回が初めて明日の復路は、昼過ぎの新潟発なので少しウロウロもできるんだけど、新潟駅周辺でどこか、観光できるようなとこって、あるのかな?
2010.11.20
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最近はすっかり肌寒くなって、お風呂の気持ちいい季節となった夏場はあまりもの暑さにシャワーが多かったけど、ここ最近ではしっかり湯船に浸かり、身も心もリラックスそのおかげ?つい先日まで、3時になろうと、4時になろうと目も頭も冴えて眠れなかったのに、最近は、ベットで本を読んでいると0時にもならないうちにいつの間にかウトウト…だけど、本を持ったままウトウトとし、30分から1時間ふと目が覚めると…すばらしく肩が凝っている(笑)明日・明後日は、新潟行き。宿泊するホテルでマッサージサービスがあれば、やってみようかな…
2010.11.19
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2日前の夜、『あ、明日は資源ごみの日だから出しておかなくちゃ』と思い、雑誌類をまとめた。来月はアメリカの姪っ子がくるので、最近は急ピッチで部屋の中を整理している。雑誌も、古いものは捨てて、空いたスペースに別のものを置きたかったから。まとめて重くなった雑誌で手が痛くなりながらもゴミ収集場まで持っていくと、収集場にあるのは、どうみても 可燃物の山。あれ???とりあえず、奥の方に雑誌を置き、部屋に戻った。カレンダーを見た。『あ、今日は月曜日…』資源ごみの日は水曜日で、火曜日は可燃物ゴミの日。だけど、重い雑誌をやっと収集場に運んだので、『明日は雨は降らないようだし、まぁ、いいか』と、取りに行くこともなく…^^;そして、昨日の朝、『そういえば、今日は打ち合わせがあったなぁ。眠くならないように強いタフマンを飲んでおこう』と、高い方のタフマンを飲んだ。朝から総務課の課長補佐が「今日、IT研修は出席できる?」と聞きにこられた。あれ??今日は打ち合わせの日じゃなかったっけ??予定を書き込んでいるカレンダーを見ると、打ち合わせは17日。16日はIT研修。あれ???曜日・日付けの感覚が1日ずれている…疲れかな???(^_^;ちなみに、昨日の夜、再度、まだあった雑誌を収集場に持っていくと、おとといの夜持っていった雑誌は、そこになかった。指定袋にはいれてなかったから、可燃物ゴミで持っていったはずはない。ありゃ、どこかの誰かに持っていかれたのね…
2010.11.17
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今日は、「水平線の花火と音楽」のため、宮崎にきている。このイベントは、口蹄疫の復興支援イベントで、主な出演者は、泉谷しげる今井美樹そして、TERU。他は知らない人たち…と思っていたんだけど、昨日イベントの公式サイトをみていると、松山千春って…。へぇ。宮崎とは縁もゆかりもなさそうだけど、ちー様も出るのね…って、曲は知らないんだけどまぁ、縁もゆかりもないっていうとTERUもそうなんだけど、口蹄疫が問題になっている最中にライブを行ったことで物議を醸したり、また、なんといっても、長年GLAYをサポートしているドラマーのTOSHIが宮崎出身ということで、TERUはずっと、口蹄疫被害に関心を寄せてきた。出演者が多いから、一人の出演時間は短いものとなるだろうし、GLAYはツアーが始まるということもあり、TERUは今日の出演後はリハを行っている大阪に直行とか…それって、花火までは見ないって事かしら?開演は14時。花火が18時から19時。音楽の方は、泉谷しげるや今井美樹、またちー様がTERUよりも後にくるだろうから、最終便に間に合うといえば間に合うのかな?12時から開場、12時半からオープニングが始まるとのことなので、そろそろ会場に向かおうかな。
2010.11.07
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録画していたRX-72 GLAY specialを今更ながらに見ていると、なんと、"鳥飼" 登場にビックリ&あら嬉し"鳥飼"って、いまや全国区なの?テーブルの上に鳥飼が2本並び、思いっきり銘柄も映ってるし^^;スポンサーでもないのに「RX-72は"鳥飼"を応援します」って(笑)鳥飼って、モンドセレクション'96 金賞受賞の球磨焼酎なんだけど、初めて函館に行ったのが、1999年の7月。そのとき、GLAYが高校生のときにライブをやっていたというあうん堂は、当然、訪れるコースに。そこでとても楽しく過ごし、球磨焼酎の話にもなった。そして、楽しい時間を過ごしたお礼に送ったのが、この"鳥飼"だった。普段、自宅でとか晩酌をしない私にとってアルコールのことはまったく分からず、お店の人に聞いて選んだ一品。だから、なんか"鳥飼"って、私にとっても思い出の品…というか、なんとなく特別な焼酎。あれから11年。こうやって、G4の手の中にあるのを見ようとはちなみに、"鳥飼"は、とってもフルーティな焼酎です酒店などで見かけたら、ぜひどうぞ
2010.11.05
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今日から沖縄出張。…といっても、が1日一便のため、今日は移動日。同行者が首里城に行きたいとのことで、首里城散策。沖縄は五年半ぶり。GWの函館といい、今年は○年ぶりっていうのがなんか多いなぁ。まぁ、今回の沖縄はあくまで出張だから観光はできないけどだけど、時間は確実に流れているってことだわ
2010.11.01
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