Thanatos
フロイトの理論の中には「死の本能」に関係する部分
がある。あらゆる生物、有機体は無機物へ還ることを
終着点とする。その意味において生の目的は須く死で
ある、と言える。そして、無機物、無生物は生物に先行
して存在すると。死という最終的な目標に至ろうとする
この本能はタナトスと呼ばれ、逆に死の前に天命を全う
しようとする生への本能はエロスと呼ばれる。
このフロイトの理論は彼の理論として実に自然なもの
で、彼の理論体系に合致している。そもそもフロイト
は唯物論的生命観や進化論の流れを汲んだ生物学的
唯物論を拠り所とする者であり、タナトスの理論が内包
するものはこれに従っている。
生よりも死を、意識ある状態よりそれなき状態をより
恒常的なものだと考える。
生は死への迂回路なのだ。
Thanatosの理論はフロイトの悲観主義を表すものでは
なく、彼の徹底した現実主義を表明している。人間の
思考の内、歴史上もっとも変化がないものが死に対する
それであり、多くの人間は意識的、無意識的に思考の
全能やアニミズムによって死の恐怖を回避しようとする。
これは幼児期の思考の中でだけの自由を体験すること
で生じる幼児的全能感に端緒を持つ。思考の全能とは、
現実の様々な事象に対し願望的に、不安や無力を除去
しようとして（欺瞞的に）思考する、一つの思考の
性格を意味する。
思考の全能の死への適用は古代人も現代人も大差がなく、
そういった意味でこの弱さは克服されねばならないもの
として我々の中にある、一つの課題と言える。
フロイトのこうした理論を彼の患った癌など様々な
個人的不幸に結びつけて考察するのは誤ったことでは
ないだろう。しかし、少なくともフロイト自身はそう
されることをかたくなに拒否した。彼は悲観主義者という
一つの幻想を持つ人種ではなく、単に透徹した現実主義
者であることに拘ったのである。
癌を発病したフロイトは鎮痛剤の使用を極力控えた。
そうしたクスリにより酩酊してしまうくらいなら痛み
を引き受けて覚醒していたい、そう考えたからだ。
このことはタバコは好んだが酒はたしなまなかった、
覚醒を好み、酩酊を嫌う彼の性格を表している。
死への本能理論には、何よりフロイトの知性優位主義
が映し出されているのだ。
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