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さほの歴史 2


中等部に上がれば、メンツは変わらないけど、
環境が大きく変わると思い、期待していました。
「きっとなくなってるはず!」
それが大きな間違いだと気づくまで、
そんなに時間は必要じゃありませんでした。

成長した分、いじめ方がさらに陰険なものになっていたのです。
学校で必要ないろんな物がなくなるのなんて序の口。
急に優しく「一緒にかえろ?」なんて声をかけてきて,
うかつにも喜んだ私を待ちぼうけにさせ、裏門から帰っちゃったり。
喜んじゃってるさほは、先生の帰宅時間まで待ってました(笑)
髪の毛に糊をつけられたり、完全集団無視にあったり、
さほの中等部時代は最悪なものでした。
7年生(中1)の時、母がガンで入院した事も重なり、
さほはついに学校に行けなくなりました。
さほには辛すぎました。

そんな生活が許されるはずもなく、職員室登校が始まりました。
先生方は必死だったと思います。
でもさほも必死でした(笑)
職員室にずっといる私は、他の学年の生徒から見ても浮いた存在。
他の学年も9年間一緒というのは同じだから、
見知った顔だってあって当たり前。
恥ずかしいやら情けないやら、いっぱいいっぱいでした。

そんな日を半年くらい過ごしたでしょうか。
期間はあまり覚えてないのですが(笑)
ある時音楽の先生が授業に出なさいと言ってくださった事がきっかけで、
教室にも徐々に行けるようになっていきました。
そこからの記憶は、不思議とほとんどありません。
どんな風にしてクラスメートと話すようになったのか・・・。
さほにしてみたって、許しがたい事をされてきたわけです。
でも記憶にあるのは、自然と打ち解けている風景だけ・・・。
ほんと、不思議なものですね(笑)

それからはいわゆる「パシリ」系でした。
一応一緒に行動するし、一緒にいるし、遊ぶし、
ハブられてるわけではないのだけど、「役名:パシリ」みたいな(笑)
それはそれで屈辱的だったけど、今までの生活と比べたら全然ラク。
「これでいいやぁ」なんて思ったまま、卒業しました。

今となっては同窓会なんかがあると、会いたいなって素直に思います。
実はさほはいじめの経験から、教師になりたいと思っていました。
学校の先生でなくったっていい。
精神的にバランスの取れていない時期の子供と接し、
なにか伝えられるものがあれば。
その思いからでした。
「普通の小学生みたいに、時間を気にしないで遊んでみたかった」
そう思っていた時期も、もちろんあります。
でも20歳過ぎる頃には、その経験をマイナスに受け止めるだけではなく、
逆に「めったに出来ない経験として生かしたい」と思うようになりました。

PDになり、教職課程を履修していた大学を自主退学してしまった今現在、
教職免許は取得できていません。
でもいつか、こうした経験がさほのいいコヤシになる日が来ると良いなと思っています。

小中の間、そんなさほとわけ隔てなく付き合ってきてくれたミク。
未だに仲良くしています。本当にありがと。

それからお店に飲みに来てくれる仲良し男子軍団。
ココロから感謝してるよ。



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