プリムラのへや

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2007年12月15日
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以前、TVで、かつての針葉樹林の植林政策で日本の国土の崩壊が始まっているとかいないとかいうのをやってましたが。まあそのほかにも限界集落の増加に拍車を掛けたとかかけないとか・・・・。物事の本質って何なんでしょうと考えていくうちにちょっと気になることがあったので。
え~、少し話が込み入っていてややこしいのですが、たとえば、地球温暖化の場合、地球上に地球の環境により生を受けた生物が自分勝手な行動をしてどんどん地表の温度を上げてしまったとします。(本当は地球温暖化って星としての地球のダイナミックな変化、例えば、氷河期から温暖期への変化やその反対の変化など、ってことないですよねえ~)そして自分たちの生活、命の営みが危うくなる。それに気が付けば修正して、地表温度の上昇を防ぎ事なきを得る。しかし、もし、その修正ができなければ、どんどん地表の温度は上昇し、自分たちの生活ができなくなりその生命の数が激減、あるいは滅亡する。しかし、逆にそれは地球にとってはひとつの修正であり、再びもとの環境に戻る。同様に、もし、本当に針葉樹植林により地が崩壊し始めているのであれば、それは地球にとっての修正で、日本の地が崩壊することによりまた再び広葉樹が広がり元の地に戻ってゆく。
政治も同じで、政治家や官僚たちが自分たちの存在の為だけに行った政策には、まさに正解というものからかけはなれてしまっているのでひずみが生じる。そのひずみに対して批判の声を上げる人たちがいれば、その声に対してこたえ、政策を修正することにより正解に少し近づき近づいただけその政策は長持ちする。正解から、まだかけ離れているようならその政策は再び修正を余儀なくされ再度正解に近づく。こうして、秩序は保たれてゆく。しかし、こわいのは
この、正解に近づこうとする機能が働かなくなったときです。地球で言えばそれはまさに星としての寿命がつきてしまった時ではないでしょうか。政治で言えば、政策に対する批判の声が上がらなくなるか、あがっても修正しようとしなくなるか。いずれの場合も正解に近づくことがないので、存在そのものが危うくなる。存在そのものの危機。それはどういうことでしょうか。国としての崩壊でしょうか。無秩序状態のことでしょうか。それとも独裁状態のことでしょうか。いづれにしても、私たちは心配することはありません。間違っていれば間違っているようにしかならないのです。問題が解決しないのは間違っているからなのです。そう正解に近づいていないからです。ですから、それが間違っているのか間違っていないのか、わからないときにはやってみる。ただし、問題が解決しない場合には、傷が広がらないうちに、速やかに修正をすること。その勇気と決断力と叡智が政治には必要名のではないでしょうか。本当に知恵があればやる前から正解がわかるのが本当なのですが・・・・・・。みんな、どうしても自分の都合、我というものを大なり小なり持っているものでその分物事が良く見えなくなっているのです。ですから正解がどこにあるのか良くわからないのです。でも、あまりにもこの正解を見つけるのをおろそかにすると、民衆は、嫌気を起こして、やけを起こしかねませんよっ!ねえ~。





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最終更新日  2007年12月15日 20時28分54秒
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