有田ブログ

2012年08月08日
XML
カテゴリ: 文化財シリーズ

有田市文化財探求シリーズ 第4弾!! ~ 宮原神社・太刀の宮 ~

有田Blogをご覧のみなさんこんにちわ

今日は有田市宮原町道にある、 宮原神社・太刀の宮 についてお話したいと思います∩゚∀゚∩

<宮原神社>

 道の東山麓にあり、もと「八幡宮」といい、明治6年八幡神社となり、明治28年に宮原神社と改めた。誉田別命(応神天皇)、気長足姫命(神功皇后)、比売神の三神を祭り、明治40年に宮原村の20社ほどを合祀しており、滝、滝川原、道、畑、東、南(新町)の産土神です。弘仁7年(816)の創建で、弘安7年(1284)に再興したと伝えられています。鳥居に掲げられている「八幡宮」の額は天和2年(1682)花山定誠の書と言われ、所蔵している「36歌仙額」は延宝5年(1677)に寄進されたもので、絵は法橋具慶、歌は藤原基時の作といわれています。 紀州藩主・徳川頼宣公(1619年)以来、代々藩主が熊野参詣の途次に参拝されたと言い伝えられている。

<太刀の宮>

 元和の昔(1615~23)宮崎氏の一族にあたる宮崎定直が大阪夏の陣から故郷宮原荘へ帰るため、熊野古道の蕪坂峠を越えてきた。蕪坂峠途中にある神社の前で休憩しているうちに、疲れていたこともあり眠ってしまった。すると夢の中で追っ手が何人も現れ、定直に斬りかかってきた。急なことに驚き定直が動けずにいると、腰に差していた刀がひとりでにスルリと抜け、意思を持ったかのように次々と敵を斬り倒していった。ハッと夢から目が覚めると、定直の周りにはまるで先ほどまで見ていた夢の続きのように、二つに折れた刀と、無数の死人が横たわっていた。不思議なことに、折れた刀を拾い上げると、刀は再びくっつき、元通りになったという。定直はこの刀に「折継丸」と名付け、目の前にあった神社に、助けてくれた感謝の意と共に奉納した。このことからこの神社は「太刀の宮」と呼ばれるようになった。現在は宮原神社に合祀され、病気平癒や災難除けの祈願の際には木刀を奉納する習慣となっている。

・・・長かったですかね?(゚ω゚;A)

いやー、それにしても地元出身の私でも知らないことってあるもんですねぇ

いま現在も、宮原神社内にある太刀の宮には、数えきれないほどの模刀が奉納されています。

春には太刀の宮祭で、青少年による県下唯一の剣道野試合も行われています

熊野古道から少しだけそれた所にあるので、もしよろしければ足を伸ばしてみてはいかがですか?( ゚∀゚ )b

宮原神社・太刀の宮 のHPは こちら






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2012年08月08日 10時17分16秒
コメント(0) | コメントを書く

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: