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小説 こにゃん日記
スノーテール2
ぐるぐるぐるぐると、こまのように回りながら、啓太は星星の歌声を聞いた。
ちいさき星 おおきな星
まわれまわれ
春の喜びを
夏の勇猛を
秋の思慮深さを
冬の気高さを
星がめぐり 季節が巡る
空と大地よ 人よ獣よ
歌が最後までゆきつかない内に、啓太の素足がさらさらとした冷たいものに触れた。
そのとたん星星の歌が止んで、雪だるまのチリンという声がした。
『着きましたよ!』
啓太はいつの間にか、しっかりとつぶっていた目を恐る恐る開けてみた。
『海?』
啓太は、瞬きを繰り返した。
確かにそこにあるのは海に見えた。
けれどもそれは、啓太の足元の砂地を縁取るように、細かい泡が幾重にも重なって凍りつき、その先は大きくせり出し砕け散る形。緩やかなうねりの形。もっともっと先は、ただただ果てしなく広がる氷原だった。
まるで時間が止まったかのように、海はその水平線の彼方まで凍り付いていた。
啓太がぽかんと口を開けていると、雪だるまが、
『ここが彼の有名な月の海だよ。』と教えてくれた。
『月の海って・・・ここは月なの?』
啓太は星で一杯の夜空を見上げた。
そこには、普段見る月よりもっと大きな星があって、青い光を氷の海の遠くにまで降り注いでいた。
『そう。そしてあれが地球だよ。』
雪だるまが言った。
啓太は驚いて息を止めた。
頬を膨らまし口をすぼめ真っ赤になって、うんうんとがんばっている啓太に、のんびりした太い声が掛けられた。
『何してるだ?』
現れたのは、青い警官の制服のような上着を着込んだアザラシだった。
『あんれまあ。めずらしいお客様で。』
『へえっくしょん!!』
寒さと息苦しさで我慢できず、啓太はおおきなくしゃみをした。
アザラシは、フムと長いひげを前肢で押さえた。
『これが地球流の挨拶ですかな?』
それから、上手に啓太を真似て、へっくしょんとやったあと、満足げにぺちぺちと前肢を打ち鳴らした。
『違うよ!これは寒くって・・・。』
啓太は、はっと自分の口を押さえた。
それから慎重に呼吸をしてみる。
冷たくて澄んだ空気が、啓太の肺にどっとあふれた。
『あれ?空気がある。』
『もちろんですとも!』アザラシが、あきれたといわんばかりの口調で言った。
おかしいなと思いながら、啓太は首をすくめぶるぶると激しく震えた。
パジャマ一枚では、とてもさえぎれない酷い寒さだ。
息を止めて真っ赤になっていた啓太の顔は、肌を切る様な冷たい風に、たちまち冷えて青白くそそけだっていった。
氷混じりの砂に埋まった裸足は、指先までかじかんで痺れるように痛い。
雪だるまはアザラシに向かって小さな手袋の指を振った。
『海を渡る靴と毛皮を一着頼む。』
『ほいよ。』
アザラシは、砂地をよちよちと移動して、海辺に建っている小さな小屋の中に消えた。
そしてすぐに出てくると、啓太にスケート靴と白テンの毛皮を差し出した。
凍えきった啓太は、がちがちと歯を鳴らしながら毛皮の上着をまとい、かじかんだ指先で苦労してスケート靴を履いた。
とたんにぽかぽかと、体の芯まで暖かくなって、啓太は固まっていた肩の力を、ようやくほっと抜くことが出来た。
本当に暖かい上着だった。
前はボタンでもファスナーでもなく、毛皮の紐を首の辺りと、腰の辺りで二つに結ぶようになっていた。
ふわふわのフードも付いていた。
それから、先っぽだけが黒い尻尾も。
『ちょっと!もう少し緩く結んでくれない?これじゃあ脚が痺れちゃうよ。』
頭の後ろから新しい声が聞こえて、啓太はぱっと振り返ったがそこには誰もいなかった。
キュウイ キュウイ と笑っているような鳴き声が聞こえた。
『誰?』
啓太は、きょろきょろと辺りを見回す。
『ここだよ。君が着ているだろ?』
驚くことに、毛皮の上着がしゃべっていたのだ。
フードの部分は、よくみると、まさしく白テンの顔そのものだった。
小さな耳。きょとりとした黒い瞳。少し湿った鼻の頭。ぴんと誇らしげに立ったヒゲ。
『・・・なんで上着になってるの?』
啓太の言葉に、白テンの目がぴかりと光った。
『仕事だよ。地球には毛皮の上着はないのかい?』
啓太はあわてて、ぶんぶんと首を振った。
『いや・・・そのう・・・地球の毛皮はしゃべったりしないから・・・。』
『ふうん。無口な奴らなんだな。』
啓太はそれ以上説明するのをやめた。
注意深く、前脚と後ろ足を結わえなおすと、白テンの顎を自分の頭の上に乗せた。
『準備は出来たかい?じゃあ行くよ。』
雪だるまが、啓太の目の高さに浮かび上がりくるくると回った。
『どこへ?』
『聞いてなかったの?海を渡るんだよ。スノーランドへ行くんだ。』
それからしばらくして、凍りついた海の上を、白テンの尻尾をなびかせ滑っていく啓太と、空中を滑って先導していく小さな雪だるまの姿があった。
驚くほどの速さで小さくなっていく二人を、青い制服を着たアザラシがぽつんと一匹で見送っていた。
『スノーテール3』
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