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小説 こにゃん日記
スノーテール5
雪だるまは、ピシッとひげの雪だるまに敬礼して見せた。
ひげだるまはにこにこと、赤い手袋の手で啓太の手をしっかりと握った。
『あなたが、僕を招待してくれたんですか?』
啓太がそう尋ねたと同時に、大きなラッパの音があたりに鳴り響いた。
『え?なんですと?ショーはまだ始まってはおりませんよ。』
ひげだるまは、城の塔の中へと啓太を導いていった。
その塔の中は空洞になっていて、長い氷の階段が、塔の内部をぐるりと取り巻いていた。
手すりから下を見下ろすと、ほんのりと白い光に照らされたガラス細工のような階段が、幾重にも幾重にも重なって、また上を見上げれば、そこにも透明な階段が透けていて、今自分が階段を降りているところなのか、上がっていくところなのかだんだん解らなくなくなりそうだった。
つるつるに磨かれた階段で、啓太がスケート靴で立ちすくんでいるのを見て、ひげだるまはふむと頷きひげをなでた。
『その靴では、こちらのほうが早そうですな。』
ひげだるまは、啓太の両脇に腕を差込み持ち上げて、階段の手すりの上にそのまま啓太を下ろした。
わずかに両足を並べられるほどの幅しかない手すりの上だ。
啓太は、あっと悲鳴を上げた
その悲鳴を後ろに残し、矢のようなスピードで啓太の体が運ばれていく。
啓太の履いたスケート靴は、唸りを上げて、くるくると階段を滑り降りていった。
啓太は恐怖のあまり目を見開いたまま、口は叫んだ形のままだ。
スケート靴は、階段の下まで一気に駆け抜けると、そこから別の棟の階段を、スピードも落とさず今度は上がり始めた。
啓太の目が、驚きにますます大きく見開かれた。
ぐんぐんと上がり続けて、今度は急カーブ。
スケート靴は、ぴょんと跳びあがり、軽やかにターンして広い廊下に下りた。
廊下の端にある蓮の花びらを二枚並べたような白い雪の扉が、啓太が進むにつれてゆっくりと開いていく。
そこは、眩しい光で溢れた空間だった。
『お飲み物はいかがですか?』
手で目を覆った啓太の足元から声がする。
指の隙間から見下ろしてみると、そこには白兎が一匹、銀のお盆をちょこんと前足に乗せ後ろ足で立っていた。
『きらきらするのがお好みですが?爆発するほうがよろしいですか?』
白兎は、鼻をひくひくと動かしながら、お盆に載せたグラスを啓太に差し出した。
啓太の喉はカラカラだった。
啓太は、しゃがれた声できらきらするのを頼んだ。
受け取ったグラスの中身は水みたいに透明で、プチプチと小さく泡になってはじけていた。
よく見ると、泡は、はじけるたびにきらきらと輝いている。
恐る恐る口に含んで、啓太は思わずほっとした。
『なぁんだ。サイダーそっくりだ。』
目が慣れたのか、それとも光が弱まったのか、啓太はようやくあたりの様子を見ることが出来た。
そこは城の大広間のようだった。
高い高い天井は、丸いドームのようになっていて、一番高いところに向かって徐々に透けている。
そこから青い星が大きく輝いて見えた。
広間の床は、やはり半透明の氷で出来ていてつるつるだ。
『おおっと。失礼。』
太ったトドが、危うく啓太を押しつぶしそうになって謝った。
『ええと・・・君は?』
トドは目が悪いらしく、丸いメガネの奥の目をしょぼしょぼと細めた。
啓太は自分が、ひげだるまを置いてきてしまったことに気が付いた。
『その・・・案内してくれた人とはぐれてしまって。』
啓太が言うと、トドはああと頷いた。
『それなら、ほれそこじゃろう?』
トドが指差す方向には、氷の城の中だと言うのに、赤々と燃え上がる暖炉があった。
その暖炉を囲むようにして、子供たちの姿が見える。
啓太はその中に、城の前で会った女の子の姿を見つけた。
暖炉に近づいて見ると、女の子が気が付いて、すぐさま啓太を手招いた。
女の子は、ニコニコと啓太の手をとった。
『ちょうどドロッセルマイヤーさんの手品が始まったばかりよ。』
暖炉の前に黒マントの男の人がいた。
二人は並んでその前に座った。
黒マントの男の人は、帽子やマントから次々とお菓子や人形を取り出して見せた。
お菓子は子供たちに振舞われ、啓太の手の中も、キャンデーやネズミの形のクッキーでたちまち一杯になった。
人形たちは、まるで生きているかのようにぴょんぴょん跳ね回り、くるくる踊りまわった。
『すごいや。』
啓太が感心していると、突然背後からピシッと鞭の唸る音が聞こえた。
ビクッとして振り返ると、巨大な赤いさそりが、大きな毒の針の付いた尻尾を振り上げていた。
ピシッ!
鞭が床をたたいた。
すると、巨大なさそりは、氷の床の上を体を丸めてころころと転がりだした。
ピシッピシッ!
もう一度鞭が鳴ると、今度は鋏を氷に突き立てて逆立ちをする。
まっすぐにあがった毒針が、鞭の音にあわせてゆれ始めた。
辺りから大きな拍手が巻き起こる。
鞭を鳴らしていた大男は、優雅にお辞儀して見せた。
それから巨大なさそりと、嬉しそうにしっかりと抱き合った。
『あれはオリオンと蠍だ。』
顔も体も真っ白な毛むくじゃらで、人とも白いゴリラともつかぬ人物が、傍らの雪ひょうとぺちゃくちゃとおしゃべりをしていた。
『りんごのパイはいかが?』
黒い髪と赤い唇をした綺麗な女の人が、啓太に言った。
『お母様のりんごパイは最高よ!』
女の人のドレスの影から、わらわらと七人の小人が現れて、周りの客たちにパイを配り始めた。
啓太はりんごパイを貰うと、巻き毛の女の子と半分こにして食べた。
とろりとして、さくさくとして、ほっぺたが落ちるかと思うくらい美味しいパイだった。
『魔女のりんごよ。』
パイをほおばりながら、女の子は啓太にささやいた。
『白雪姫だ!』
啓太はパイを取り落としそうになった。
『大変だ。毒入りのりんごだよ!』
『いいえ。』
銀色の長いコートを着た背の高い女の人が、いつの間にか啓太のそばに居た。
『大丈夫。今日はお祝いの日ですもの。』
それから、コートで包むようにしていた男の子の顔をハンカチで丁寧に拭いた。
『カイ。口の周りをこんなにパイだらけにして。ゼルダに嫌われちゃいますよ。』
生意気そうな顔をした男の子は女の人に向かい、
『ゼルダが僕を嫌うものか!それに今夜は特別なパーティーだよ!』といって、おどけるように啓太に眉毛を上げて見せた。
『見てみて!雪の妖精たちのダンスだよ。』
広間の中央に、ちらちらと雪が降り始めた。
よく見ると、それは白い羽を生やした小さな小さな子供たちで、空中をふわふわと軽やかに舞って見せているのだった。
びゅうと空気が唸った。
まん丸に太った男の人が、口をすぼめ、ものすごい勢いで妖精たちを吹き飛ばしたのだ。
『北風だ!』
妖精たちの踊りは激しくなり、まるで広間中に猛吹雪が起こったようになった。
プップッププォー!!
時を告げる雄鶏のように高らかなラッパが鳴り響いた。
真っ白で何も見えなかった視界が、ぱっと開けたように明るくなった。
ドアの前に、霞のような雪のドレスに、ほっそりとした輝く姿を包んだ美しい少女がいた。
『王女様のおなりです。』
ひげだるまの声が響き渡った。
『スノーテール6』
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