小説 こにゃん日記

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『ティータイム no1』




『桜ソース』って言うのよ。

薄紅色のジャムみたいだね。

とろりとしてふわんと甘い。

ほんのちょっぴりお酒の匂い。

けれどトーストに塗るにはゆるすぎて、

『紅茶に入れたら?』って。

小さなスプーンですくって、

ほんのひとさじふたさじ。

ダメだダメだ。

桜の匂いがなくなっちゃった。

甘さの中に苦さが混じる。

はかなくてわがままでしょうもない奴だなあ。

ふと思いついて、

きらきら銀のスプーンでもう一度、

二人のマグカップにお湯だけ、

ただそれだけ。

ゆらゆら泳ぐ花びらたち。

すっかり透明になって、

薄紅色のガラス細工のよう。

口をつけた君に『どう?』って。

薄紅色の唇がうふふと笑う。

『飲んで』ってきらきら見てる。

いい匂いのする柔らかくて甘いお湯。

でも・・・。

『あんまり美味しくないね。』

『うん。』って君は嬉しそう。

どこか懐かしい匂い。

『あのね。』

『うん?』

『あれに似てるって思わない?』

桜色に頬を染めた君が浮かぶ。

『あれかぁ?』

季節外れに二人の前に並べられた二つの茶碗。

縁起物ですからとニコニコ顔の女将。

扇子に鮑に高砂に

金銀で結んで何時までも末永く

漆塗りの茶碗には、

桜の花びらが揺れていた。

涙みたいにしょっぱくって、

優しく甘い薄紅の香り。

ほわんとした温もりの中で、

嬉しくてなんだか胸が痛くって。

もう一度、

二人でマグカップを傾けた。

『これは甘いけど・・・。』

『・・・似てるかな。』

『うん。』

美味しくないねと笑いながら、

甘くてもしょっぱくっても。

そうしてふたりで全部飲みほした。








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