幸せを掴む



人は誰もが幸せを求めます。
小さい幸せから。大きい幸せまで人それぞれですが、
今の幸せより更に大きな幸せ、違う幸せをを求めます。

私しも、私の娘達も見えてる幸せを
いくつか掴みそこないました。
いつでも届くところにあるような幸せに見えだからです。
それは、自分がその気になれば、手にはいる幸せでしたが、
たかを括り、甘く見ていたようです。。

そして今の幸せの中でも、
やはり少しだけでいいと言いながら健康を求めています。
自分の事なら、どんな事も耐えられるし我慢も出来るけど、
自分の大切な人の苦しみは、耐えがたいものです。
先日も友人が、生まれたばかりのお孫さんが病気になった時、
「代われるものなら、代わってやりたい!」と言っていましたが、
まさにそのとおりだとお思います。
「この病気も、自分でよかった。。」
「この痛みも自分でよかった。。」
と心からそう思います。
健康でなければ、【幸せ】も見えませんからね。。
どうか、私のわるい体質が似ていませんように。。

そんな家族の中で、幸せを求めている娘達がいます。
贅沢は望みませんが、誠実であれば良いようです。

後少しで、つかめるはずの幸せを逃した娘も
やっと元気になりました。
2年はかかったでしょうか。。
今度は、自分の番だと思いながら
友人の結婚式にも列席した事でしょう。。

今度こそ、そのときがきたら
ちゃんと掴んで幸せになって欲しいと願っています。
キンモクセイの香の中、荷造りした昨年を思い出しました。

『幸せの度合いは、
  自分がどれだけ幸せになりたいかで決まるのだ。』

       アブラハム・リンカーン

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