がんばれ!1000人のママとパパたち 

がんばれ!1000人のママとパパたち 

2006.06.09
XML
 今週、ひとつ年を取りました~。

 外は雨でも、年を取ることになっても、なんだかウキウキする特別な月です。

 でも、一方で、6月は悲しいことも思い出す月です。
 来週は友人の命日なのです。
 同い年でした。
 もうずいぶん前になるけれど、一緒に駆け出しの添乗員で頑張っていた頃でした。私は初めての海外添乗(それもヨーロッパ。私の人生でも初めてのヨーロッパ。・・・今思えば、当時の会社の体制は無謀だったなあ。)を前に必死に勉強していたのですが、少し前に初海外添乗を経験した彼女は、いろいろと資料を貸してくれたりして励ましてくれていました。そして、ほぼ同じ出発日で、私はフランス、彼女はスイスに出かけました。
 私は必死になんとか日程を進め、明日は帰国という日、パリで偶然会った他の添乗員仲間に、その3日前のスイスでの友人の事故死を聞いたのです。
 ヨーロッパ内でも日本でもニュースになっていたはずでした。でも、必死に毎日を過ごしていた私の耳には入らなかった。会社も、彼女と親しかった、しかも初海外添乗中の私の耳にどうニュースが届くか心配していたとのことだったけれど、不思議にも耳に入ったのはすべてが順調に進んだツアーの、あとは明日帰るだけ、という時でした。


 日本で彼女に再会したときは、静かに横たわっていました。
 『帰ってきたら一緒に乾杯しようね~!!』と手を振っていたのに。
 出会えてとっても嬉しい!と思ってた。もっともっと付き合いたかった。

 *******

 私は、自分には親友と呼べる人がいない、と思っていました。
 だから、夫と結婚することになったとき、
 「私の親友になってね!」
 とか、言ったものです。

 いろいろな人と広く(でも、深いとも思っていますが)関わることが好きです。

 昔から、人間関係を作ることは好きだし得意なような感じがするのですが、築くことにどこか臆病で、あと一歩の踏み込んだつながりを持つことが苦手だったように思います。

 亡くした友人とは、深く付き合えそうな予感があった。
 でも、もし彼女がいてくれていたとして、当時の私にどんな関係を築けていたかなあ、とも実は今思う。
 私がこの年になって、子どもができて、自分を冷静に見れる自分がいて、はじめて気付くことがある。

 自分もそうでありたかった。

 でも、心配なときには駆けつけてあげたい古い友人がいます。
 私の悩みに心底耳を傾けてくれ、暖かく適切な(時には辛らつな)言葉をかけてくれる人がいます。夢を共有できる人がいます。
 そんな周りの人たちの存在をちょっと心に意識して留めてみて、「ともだち」って何だろう?「親友」って何だろう?って、今月は考えてみたいです。

 ******** 

 昨日久しぶりに、亡くなった友人のご両親にお会いしました。
 私に子どもがいることを話すと、とても喜んでくれました。
 私がまたひとつ年を取ったと伝えると、その年齢は友人が生きていたらなっていたであろう年なので、ご両親はあらためて感慨深けに顔を見合わせていました。そして、事故から12年も経ったということを皆で確認しあいました。

 「ともだち」のことを考えながら、もうひとつ。
 仕事をするようになって(学生を卒業して)もう○○年。
 でも、定年と呼ばれる年まで、同じくらいまだ時間があります。
 『大きくなったら、何になろうかなあ!』って、まだ考えてもいいですか??





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006.06.09 11:11:45
コメント(8) | コメントを書く
[働くサラリーママ日記 by imeka] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: