全18件 (18件中 1-18件目)
1
ブロ友の悠々愛々さんが、いつもワインを買うお店で超高級レーズンチョコボールを奥様へのプレゼントに買われたというお話をアップされていました。 その超高級チョコボールの製造方法は、「これ(高級ワイン)にドライレーズンを漬け込むこと数時間。風味がしっかりと移ったら、水分を逃さないよう表面に砂糖をまぶしてから、熟練の職人さんたちが球状の銅釜をゆっくり回しながら、チョコレートを絡めるという手作業の職人技。」だそうです。 これを読んでわたしは、金平糖と似てる!と思いました。 金平糖なんて、子どものおやつと思っている方も多いかもしれません。実はわたしもそうでした。 でもそれは昔の話、今は結婚式のお引き出物になるくらいで、もう、すっかり高級和菓子ですよね。 その金平糖を作る職人が先日ご紹介した柴田よしきさんの「お勝手のあん」に登場していたのですが、その仕事ぶりを読んだら、これがなんとも実に過酷な仕事なのでした。 庶民の労働といったらきついのは当たり前だった江戸時代のハナシなのですけれど、その頃ですら、あまりに過酷で、なり手の少ない、一人前になれる人はもっと少ない職業だったそうです。 その、過酷な製法をご紹介しますね。 まず砂糖を溶かして糖蜜を作ります。 糖蜜ができたらやや斜めに角度をつけて据えられた釜を熱してザラメを入れます。そして釜を熱しつつザラメが滑り落ちるように回転させながら、釜の中のザラメに糖蜜をかけては鋤みたいな道具でかき混ぜます。 すると、あら不思議、ザラメの周りにお馴染みのツノができ始め、やがて少しずつ金平糖の粒が大きくなっていきます。 当然そこには熟練の職人さんの技と勘が必要で、釜の角度、回転速度、温度と熱し方、かき混ぜ方、糖蜜をかける量とタイミングが微妙に噛み合ってこそのツノなんだそうです。 しかも、わたしたちがイメージする大きさの金平糖ができるのにどれだけ時間がかかるかというと、大きさによりますが、最短でも2〜3 週間ですって。 さらに、完成まで、昼となく夜となく、糖蜜をかけてはかき混ぜ続けるという、あの可愛らしい金平糖を作る作業はこんなに過酷なものだったのです。 その上に(まだあります!)熱です。 釜は常に熱していないといけないのですから、冬はともかく夏は、作業場はもう灼熱地獄です。 過酷という言葉でも足りないくらいですよね。 なんて、見てきたように書いてますけど、「お勝手のあん」で読んで、念のためにさっき調べただけですので、皆様、騙されませんように。 この令和の時代に、こんな大変なお仕事をしている人がいらっしゃるだろうかと思いつつ、でももし、今も同様の作り方をされているのなら、高級どころか超超高級和菓子でもおかしくないと思いました。 どうかな?と思って調べてみましたら、「自動金平糖製造機」を使って製造している会社もあり、手作りも完全に昔通りではないようです。 ただ、製造にかかる時間なんかは機械で作っても昔と同じだけかかるのですって。 それなら、まあ、やはり相当高級になっちゃいますね。 「自動金平糖製造機」みたいな機械を使用しているにしても、ボタンをおして機械をスイッチオンしたら後は全て機械任せ、○時間後に一丁上がりのはずはなく、釜の温度や回転速度、かき混ぜ方や糖蜜をかける量やタイミングなどは日によって異なる細かい調整が必要ですから、そうした工場でも熟練の職人の勘と技は健在だと思います。 検索すると、手作りの金平糖もやはりまだちゃんとあって、京都の、日本でただ一軒の金平糖専門店が手作りの金平糖を製造販売しておられるそうです。 創業1847年(すごい!)緑寿庵清水というお店で、ええ~、銀座にも店舗がある!知らなかった。 こちらでは、熱源が炭や薪ではなくなったり、釜を回すのに動力が使われたりと、完全に昔のままではないようだけれど、糖蜜をかけたりかき混ぜたりは人力のいわゆる伝統製法で、道具も昔ながらのものを用いて、一子相伝と言われた職人技で製造されているそうです。 コロナ禍がもう少し静かになったら、京都は無理かもしれないけれど、銀座なら行けそうですよね。 実は、大阪の八尾、堺、福岡県の福岡市の3ヶ所にコンペイトウミュージアムという施設を運営している大阪糖菓という会社もあるそうです。 きっとこちらは、金平糖製造機かも。その機械っていうのも見てみたいんですよね。 ミュージアムもいいけれど、工場見学ができたらいいですね。 有料ですが、製造体験などもできるようだし、いつか近くに行くようなことがあったら、ぜひぜひ一度体験してみたいものです。 追記 昨日アップした写真のお花、白くて小さい八重咲きのお花ですけど、シジミバナだそうです。 レイちゃんの赤い靴さんが教えてくださいました。 検索したら、ユキヤナギによく似ているけれど八重咲きなところが違うと出てきますので間違いないようです。 レイちゃんの赤い靴さん、ありがとうございました。
2021.03.30
コメント(16)

3月27日土曜日、弟の誕生日でした。それには関係はないのですけれど、我が家の道向かいにある小さな公園で、今年もソメイヨシノが綺麗に咲いてくれたので、今日も良い天気!と言うことで、サンダルをつっかけて出かけました。何しろ、大通りを渡った向こう側ですから。公園の入り口から見渡すとこんな感じです。早速スマホを取り出して、ぱちぱちと。空が綺麗。でも、周りをびっしりと建物で囲まれた狭い公園なので、もともと小さい空が桜で埋まって、さらに小さくなってしまっています。アングルによっては、こんな感じになんちゃって異国情緒もあじわえます(えー、そうかなぁ?)。少なくとも、ごみごみした下町のちっぽけな公園で撮ったとは思えなくないですか?さほどの古木というわけではありませんが、こんな風に撮ると立派な幹に見えるでしょ?建物や遊具が入らないと、ちょっと静寂も漂ったり。。。シークレットガーデン的な?実は、足元でおチビちゃんが「ママー!みて、見てぇ!!」なんて声をかぎりに叫んでいたり、脇を全速力で駆け抜けたと思ったら転けてウエ〜ンとか泣き出していたりと、かなり賑やかだったりするのですけどね、ふふふ。写真の魔力でしょうか。イマジネーションを駆使して遊んでみるとこんなに楽しめるんだと、これは新発見。引っ越して4年目なのに、未だにあまり好きになれない(😭)我が街、再発見でした。カメラを下に向けると、ここのハナニラはこんなに濃い紫色なのです。不思議。ほら、こちらのも。黄色いのは多分どこからか飛んできたフリージア。公園中探してもこの一株だけでした。このハナニラの上の木にはこんなお花が咲いていました。ナンダロ?そして、別の出口から帰ろうとしたら、フラワーポットに何種類もの変わりダネのビオラたち。なんて言うんでしょうね、こういうの?クレイジーカラーとか??今年もたくさん楽しませていただきました。ありがとう!我が家から道を渡った向かい側、広い4車線の大通りとはいえたかだか20mくらい?よくわからないけど、そのウン十mがなかなか遠くて、桜が咲くとかいったイベントでもないとわざわざ来るようなこともないので、今度来るのはやはり1年後かしら?また来年、桜達、きれいに咲いてくださいね。水と緑の課の公園担当の皆様、お世話をよろしくお願いします。
2021.03.29
コメント(19)

金曜日は用事の多い日で、午後からまた外出。 午前中とは正反対の方向だったので、一度戻って午後からまた出かけたのです。 これからは陽気の良い日がしばらく続くので、外出の多い月末は助かります。 午後に出かけたこちら側は、割と新しい住宅地で、集合住宅より戸建てが多く、お庭のある家も多いし、きれいな公園もあります。 公園の周りを中心に少しですがまだ畑が残っていたり、その畑の持ち主さんたちが新しく建て直した邸宅は、どれもわたしの基準では豪邸の類、元の農家そのままの敷地に建てられていますからお庭も広々、庭木も多いです。 そして、プロですから、お庭も畑もお手入れが行き届いています。 なので緑が多く、この季節はお花もいっぱいで、自転車で走りぬけるにはとても気分の良い地域です。 我が家からはおそらく2キロくらいでしょうか。 元々商店街で、公園にできるような空き地もなく、敷地いっぱいに庭のない家や商店がぎっしりと建て込んだ我が家周辺との違いは大きくて、たった2キロ?と思うほどです。 それをいうなら前に住んでいたところだって同じ区内のほんの数キロしか離れていない場所でしたが、地下鉄駅が見えるくらい近い場所ということもあって、こことも今の家の周りとも全然雰囲気が違うのですけど。 そんな話はこれくらいにして、この日のお話に戻りましょう。 とあるお宅の塀の上に顔を覗かせていたお花。 八重咲きの、名前はわかりませんでしたが、枝いっぱいに咲いた白い花の中にピンクがひとむら、そしてピンクと白の絞りがぽつぽつと何輪か。 自転車を降りて塀の隙間から確かめてみたら、上の方は枝分かれしていますが、大元の幹は一本でした。 源平咲き、の中でもまた一風変わった混ざり方のような気がして写真を撮りました。 このお宅の少し先の幼稚園の植え込みには ベニバナトキワマンサクがもうこんなに綺麗に咲いていました。 隣に植っていたのは ハナカイドウ(花海棠)。海棠、可愛いですよね、大好きです。 ↑は、なんていうのか名前はわからないけれど、植え込みのグラウンドカバーみたいにしてあるのをよく見る植物。新芽が出てとても綺麗でした。 帰って事務処理を急いでしなくてはならなかったので、のんびりしてはいられず、午後はこのくらいで切り上げました。 お花たちに癒されて、心優しくなれた一日でした。
2021.03.28
コメント(11)

久しぶりにお花のブログです。 昨日は出社後用事があって外出しました。 少し風があるのに、しかもその風は北から吹いてくる感じだったのに、そしてお天気予報を見ていつもよりやや薄着をしていたのに、自転車を走らせているうちに汗が吹き出してきました。 まだ早春という時期なのに、晩春を飛び越して、初夏の気候です。 その気候に促されたのか、道筋は花盛り。 まず目を奪われたのがこれでした。 アイリスです。 一番に顔を出すぞ!と息急き切って頑張ったのでしょうか、そんな慌てん坊さんだけに少し色が薄いですけど、大輪のなかなかしっかりしたお花でした。 同じ紫繋がりで、 ラベンダー、この子の方がもっと慌てん坊?満開の時期にはかなり早いのにずいぶん頑張っています。丁度の時期になったらどれだけ花穂がつくのでしょうね?見に行かれるかどうかわからないけど、想像するだけで楽しくなります。 この子は 慌てん坊仲間ではありませんが、紫仲間には入れてあげてもいいかな。ハナニラですね。 季節にぴったりだったのは スノーフレーク、ひっそりと佇んでいました。 もちろん、この時期の主役 桜は満開でした。 新大橋通り沿いの桜並木です。 こんな子や こんな子も。歩道脇なので低いところもよく見えます。 駅前の広場では、区の木・楠の赤い新芽と桜の花、さまざまな春の花たちが妍を競っていました。 区の花ツツジも準備万端。 駅前通りの楠も芽吹いていました。樹齢何年くらいなのかしら? 少し寄り道をして、以前の通勤路、親水緑道も走ってみると、 ここも満開。 ソメイヨシノが満開でしたので、毎年見に行く緑の桜御衣黄も咲き出したかと行ってみましたが、こちらはまだまだでした。 こちらは海棠でしょうか? おっと大変、久しぶりの親水緑道、浮かれて寄り道が過ぎました。 そろそろ帰らないと。 ということでお仕事に戻りました。 でも、午後からもまた、別の駅の方に外出する用事があり、この日は午後もお花ウォッチングのチャンスがあったのです。ラッキーな1日! さて、これを書いている今日は、お昼を食べたら、緑と自然に乏しい我が家の周りで一箇所だけ毎年豪華に桜を咲かせて楽しませてくれる我が家の通り向かいの小さな公園に満開の桜を見に行って来るつもりです。 去年も同じような日記を書いたかもしれませんが、うまく写真が撮れたらアップしますね。
2021.03.27
コメント(14)

コロナのせいで売れないらしく、小さな筍がスーパーの店頭に並んでいるのを去年初めて見ました。お店に来る前になくなってしまうものだと思っていたので、驚きでした。 それが今年も。。。 近くでコロナのクラスターが出たから行かない方がいいと言われているところではなく、仕事場近くのいつも行かないスーパーに行ってみたら、きれいな筍が積んであったのです。 この暖かさで成長が速いのか、そんなに小さくはなく、と言うか、去年より早いのに去年より大きかったです。 それに、なかなかお安かったので、買ってみました。 大きい方が税込みで五百五十円くらい、小さい方は350円くらいでした。 土がついていたので皮ごと洗って、今日は小さい方を焼き筍にしました。 頭の緑色っぽい皮のところを落とし、縦に半分に割り、皮ごとアルミホイルで二重に包んで220℃のオーブンで40分焼きました。 これが↓ 焼き上がり。 カットして 酢味噌と塩で戴きました。 うっすら甘いような、良い香りがします。 下の方は少しえぐみがあって、酢味噌がぴったり。穂に近い方は甘みがやや強くえぐみは薄くて、お塩をつけたら最高でした。 根っこの方が少し残ったので明日は春キャベツと合わせてお味噌汁の実にしようと思います。 今日は、その他にこの間作った鶏ハムも、解凍して戴きました。 スパイス入れすぎ?と心配していて、確かに真空パックを開けたとき特にオレガノの香りが強く上がってきて、夫はなんか匂うか?なんて言うし、困ったなと思ったのですが、スライスしてみたらそこまでではありませんでした。 わたしは、辛いのはダメな割にハーブの香りは好きなので、わたしとしては次回以降もまたこれで行ってもいいかなと思いました。 それより驚いたのは、パサツキがちな鶏胸肉なのにプリップリの歯応えで、本当に美味しかったことで、大袈裟な言い方ですが、「感動もの」でした。 低温調理、恐るべしです。 因みに、今回の鶏ハムの調理温度と時間は61℃2時間でした。低温調理器がない場合は、鶏胸肉に下味をつけ、ジップ袋に入れてしっかり空気を抜いて真空(ほぼ)にしたら、お鍋にたっぷりの水を沸騰させ、その中に真空(ほぼ)にした袋をドブンと投げ込んですぐに火を消し、そのままお湯が冷めるまで放置というレシピがありました。 ただ、お肉の中心温度が65℃以上にならないと食中毒の心配があるそうなので、このレシピの場合は大きめのお鍋にたっぷりのお湯で作るのが大切だそうです。 お腹が痛くなったり、戻したりすると困りますので、ここ大事です。どうぞお忘れなく!
2021.03.26
コメント(9)
曲まめ子さんにご紹介して戴いた本、青い城を読みました。 読む本がたくさんあって、なかなかたどり着けず、ようやく読みました。 著者はモンゴメリ、そう、あの赤毛のアンの人です。 一言で乱暴に言い切ってしまうと大人向けの少女小説、でしょうか。それ以外の点でも、大変モンゴメリらしい作品だと思いました。 男性と女性では読後感がかなり違うかもしれません。 この作品の主人公は、アンでもエミリーでもパットでもなくてヴァランシー、舞台もカナダではありますが、プリンスエドワード島ではありません。 現代であれば「まだ」29歳のヴァランシーですが、この作品は29歳独身の女性をオールドミスと呼ぶ時代が舞台です。 貧しい母子家庭の一人娘で、幼いころから母親に押さえつけられ、因循姑息そのものの一族の者たちから軽んじられ、価値観や善悪好悪の規準も押し付けられて、自尊心のかけらも持てず、常に周囲を窺い自分を抑えて暮らしてきたヴァランシーが、余命一年と宣告されたことで「弾け」ます。 ヴァランシーの見かけの従順さは、この先死ぬまでの長い時間を生きていかなければならないという恐れから出たものだったので、あと1年しか生きないのならもう恐れるものはないのだから、自分のしたい事をし、言いたいことを言って、生きたいように生きようと、あっさり方向転換ができてしまったのです。 その弾けっぷりのなんと鮮やかなこと、気持ちの良いこと。 愚かで単純な母親や一族の老人たちにも、それに逆らう術も意志も持たないヴァランシーにも、めちゃくちゃイライラしていた読者のうっぷんが一気に吹き飛びます。 そこからは一気呵成、パッとしない見かけもおどおどした態度も別人へと変身していきます。 町のはずれの森の奥の湖に浮かぶ島に建てられた家を島ごと買って暮らしているバーニーと知り合ったヴァランシーは、残り少ない人生を悔いなく生きようと自分からプロポーズ、結婚してしまい、よそ者で、他人と交わろうとせず、しきたりや礼儀に関心を示さないバーニーを逃亡者だの前科者だのと噂していた一族の全員を驚かせ、震え上がらせます。 このバーニーが無礼者の悪漢なのか、ヴァランシーの夢の城(それがタイトルの青い城です)の主にふさわしい王子様なのか、またこの結婚は彼が余命わずかのヴァランシーに同情した結果に過ぎなかったのか、といったことがやがて明らかになります。 その辺りは思った通り!という展開なわけで、どんでん返しがあると言ってもまさかそう来るとは!と悔しがるほどのことでもないのですけど、そこはモンゴメリ、赤毛のアンの作者です。 変身後のヴァランシーの魅力的なこと、変り者バーニーの奥深い魅力、森や湖といった自然のすばらしさなどなど、そこかしこに煌めきを包み込んだ「素敵」がさりげなく散りばめられています。 物語の行方にとらわれず細部にこだわってもう一度読み返したいと思う、そんな作品でした。
2021.03.25
コメント(13)
珈琲屋の人々(池永陽著)を読みました。2009年の出版なので干支がぐるりと一回り、生まれた子供が中学生になるくらいの時間が経っている作品です。主人公の宗田行介は、東京下町の商店街にある珈琲屋という喫茶店の店主です。バブル末期、地上げが横行したころ、商店街も激しい地上げ攻勢に遭い、反対派の先頭に立っていた自転車屋の娘が集団暴行され、娘はそれを苦にして自殺するというするという事件が起こります。目撃者も証拠もないけれど犯人は地上げ屋グループに間違いないと誰もが思っていました。そんな時、行介の父の店に脅しに来た男がその犯人グループのリーダーであることを自慢げにほのめかし、怒りのあまり行介はその男を殺してしまったのです。裁判で行介は最初から殺意があったと終始主張して自ら執行猶予の余地を潰し、殺人罪で8年の懲役刑に処せられました。服役中は模範囚であったにもかかわらず、その程度のことで自分の罪は償えないと仮釈放を拒否し、8年という満期の刑期を終えて出所してきました。そして、出所後、多くはない店の売り上げの中から毎月10万円のお金を持って自分が殺した男の妻子の住むアパートに通い続けているのです。商店街の蕎麦屋の娘である冬子は、行介の幼馴染で恋人でもありました。行介の服役後、見合い結婚をしますが、出所後離婚して商店街に戻ってきます。行介への想いが断ち切れなかったのです。行介もそれは同様でしたし、冬子の気持ちも心の中ではわかってはいますが、幸せに向かって足を踏み出すことができないでいます。行介は、自分が人を殺した罪を服役によって償えたとは思っておらず、自分は幸せになる権利はないと思い込み、時にコーヒーを淹れるアルコールランプに手をかざして自傷行為を繰り返します。そんな行介の淹れる熱いコーヒーと、罪を犯した彼の手にに惹かれて、胸にしこりを抱えた商店街の住人が珈琲屋にやってきます。夫の浮気に気づいた元子もそのひとりでした。元子は夫とクリーニング店を営んでいましたが、不況の煽りで経営が苦しくなり、2年前に店を畳みました。それ以来元子はパートに出、夫はダンボール工場で働いていますが、ここ数ヶ月夫の様子がおかしく、問い詰めると浮気を白状しました。元子の心は離婚と、二人で一緒に店を再開することの間で揺れ動き、夫を行介の店に連れて行ってどちらかを選ばせようとします。元子は二人でクリーニング屋をやり直したいと思っていますが、夫は店を畳む前から元子は店の仕事にも家事や家族の世話も全てに嫌気がさしてにおざなりだった、クリーニング屋をやり直すなんて無理だと言って背を向けます。「浮気をしたのは俺だから、土地も金も全部お前にやる。」といって歩き去る夫の背中に元子は包丁を突き立てようとしますが、行介の手に止められます。行介の店に来たのは、彼が人を殺したからではなく、自分が人殺しになるのを止めて欲しかったからだったのだと気づく元子でした。他にも自殺した娘の交際相手だった若者や、寝たきりの妻の介護をしながら楽しんでいたカラオケで、新しくメンバーに加わった女性に惹かれ妻の死を願うようになる男性、行介が殺した男の妻は行介が毎月アパートに通う内に行介に惹かれるようになっていましたが、この妻との結婚を望み命を懸けて行介に真剣勝負を挑んでくる男などなど、どこかに死を纏わせながら、何人もの街の住人が、人を殺した男である行介に惹かれるように集まってくるのです。行介は時には生命や身体を危険に曝しながら、人々の求めに真摯に応えていきます。それは彼が、自分は人を殺した人間で、その償いは済んでいないと考えているからなのです。そんな彼の日々と、決して穏やかではないエピソードを著者は淡々とした筆致で描いていきます。この作品はシリーズ化され、全4冊、この後に3冊ほどの続編が出版されています。わたしは第三作までを読みましたが、近くの都立高校に通う「いい子」の女子高生がふとしたことから売春に手を染めてしまったり、冬子に熱烈な求婚者が現れたり、町一番のプレイボーイの、冬子と行介の幼馴染に本気の浮気相手が現れたり、DVに苦しんで自分を殺そうとした妻が過去を隠してこの町に住んでいることを突き止めた男が、妻との仲を疑って行介を殺そうとしたり、実に波乱万丈ですが、行介は相変わらず淡々と、それらすべての事件と正面から向き合い、身体を貼りながら真摯に解決していきます。冬子はすべての事件にかかわり、むしろその解決に重要なキーパーソンの役目を果たしたりもします。それでも冬子と行介の仲は1mmも進展しないのです。どうやらわたしの住む町の近くに設定されているらしい下町の商店街を舞台に次から次へと巻き起こるエピソードを読みながら、ここはきっとあの駅ね、なんて推測しつつ、罪を犯すということはどういうことなのか、その罪を償うというのはどういうことなのか、行介の考えるとおり、罪を犯した人間は幸せになる権利がないのか、そんなことを考えていたわたしでした。
2021.03.24
コメント(14)

昨日は一日中春の嵐のようなお天気でしたので、前の日、欲張って買い物してきて正解でした。 買い物に行かない代わりに作り置きをしておこうと、お料理を頑張りました。 頑張った作り置き惣菜、ご披露しちゃいましょう。 その1.先週安かったので買っておいた鶏胸肉の鶏ハム。 なんだかスパイス入れすぎっぽい気がするけど、大丈夫かしら? 味見してない(できない)のでちょっと心配です。 その2.豚バラ肉でオーブン調理のローストポーク。 ジップ袋に入ったままなので、写真がわかりにくいですね。 500g弱の豚バラの塊肉に塩、砂糖、しょうゆで下味をつけ、胡椒、ローズマリー、ナツメグ、セージ、タイム、パセリなどを適当にまぶして200℃のオーブンで35分くらい焼いたものです。 3.豚ロース塊肉で低温調理のローストポーク。 シンプルに塩コショウだけを揉み込んで、61℃6時間に設定した低温調理器で放置。 時間ですよ~~ってお知らせの後冷水で冷やして1時間また放置。 フライパンにオリーブオイルで、全面に焼き色を付けて出来上がり。 袋の中に溜まっていた肉汁と赤ワインでソースも作りました。(でも、写真撮るの忘れて冷凍しちゃった!) お魚系は、干物とか明太子とか先週冷凍したのがまだ残っているので、これだけあれば帰りが遅くなる日もスーパーに寄れなくても困らないだろうと少し安心です。 昨日つくったものは、どれも時間がかかりますが、面倒くさいほどの手間はかからず、お休みの日、 お掃除しながら、洗濯しながら、合間に本を読んだりスマホを見たりしながら、まったり作るには最適のものばかり。 この間、わたしには手間も時間もかかる料理はもう無理だなと、思う出来事がありました。 週末に頑張ってすごく久しぶりにロールキャベツを作ったのです。 やってみたらロールキャベツって下ごしらえにやたら手間がかかって、それからまた煮込まなくちゃいけないので時間もかかるのですよね。 最近放っとく!な料理ばかり作っていたせいか、たった一品作るのに、なんだかもう一日がかり。 そんな時間立ってるだけでも大変でした。 月曜日もまだ疲れていて、週明け2日くらいしんどかったのです。 手間がかかるか、時間がかかるか、どちらかならいいけど、両方ともなお料理はもう無理ねと思ってしまいました。 美味しいものならしんどくても作りたい、食べたいと思った若い頃が嘘のようです。 というか、あの頃はしんどいなんて思ったことはなかったかも。 ロールキャベツはよほどおいしいお惣菜屋さんでもないと、出来合いは全然美味しくないので、外食ができるようになったら、お外で戴こうと思います。 そうそう、作り置き写真がもう一枚。 上はブロッコリーで、特になんと言うこともありませんが、下の青菜、なんだかご存知ですか? これ、のらぼう菜といい、なばなの一種で50種類ほどある江戸東京野菜のひとつなんです。 在来種のアブラナではなく、セイヨウアブラナの仲間だとか。西東京や埼玉県地方の特産野菜ですが、茹でておひたしはもちろん、炒めても美味しいです。 一昨日スーパーで特売になっていました。茹でて冷蔵庫に入れておきます。 よく見るとなんだかチグハグな作り置きおかずですが、まあ、これらに知恵と勇気をプラスして1週間を乗り切ることにします。
2021.03.22
コメント(18)

昨日の地震、またまたびっくりでした。 皆さま、お怪我などはありませんでしたか? 昨夜は暗くなった時間だったので情報がありませんてましたが、揺れの大きかった地域、心配です。 わたしは昨日は整体に行き、近所のスーパーは長居しないようにと言われているので、ついでにそちらの商店街でたくさん買い出しをしてきました。 整体は前回からちょうど2週間、右太腿に朝少し痛みが出たり、古傷の左膝もなんだかカクンカクンして、あれ?と思うことが何度かあったり、大変に調子がよろしいわけでもありませんでしたが、お天気は大丈夫そうだし、買い物もしたかったので、思い切って自転車で行ってみました。 検索すると20分弱の道のり。 道を間違えるといけないので、往きは大通りばかりのコースで行きましたが、思ったより楽でした。 先生の反応は?と思いましたが、笑っていらっしゃいました。 今回は、そのカクンカクンする膝と、若い頃から動きの悪い肩甲骨周りを中心に施術。 いつものようにまた2週間後の予約をして帰路につきました。 帰りはまた20分の自転車行。少し心配もありつつ、まずは商店街に。 スーパーでは、良さそうな肉が安かったので、岩手産の豚細切れ、豚ロース塊、豚バラ塊、どれも500g弱のパック、鹿児島産鶏ももの一枚肉と、手羽元、せせりを、それぞれ300gぐらいのパック。野菜、果物もお買い得なのを選んで数種類。 2、3軒先のお魚屋さん、ちょっと高いけれどとても活きがよさそうなお刺身がたくさんったので、モンゴウイカとカンパチを一皿ずつ。 前回お休みだった、昔時々買った覚えのあるいなり寿司屋さんで稲荷寿司と干瓢巻き いなり寿司一個75円、海苔巻き40円!有名なお店ですけど、このお値段でした。びっくり!店先の これが可愛くて、写真撮らせてとお願いしたら快くどーぞどーぞって。 村上の塩引鮭のぬいぐるみ!お土産?と聞いたら、ご近所の方の手作りですって。尻尾に巻いてある木札は近所のちょうちん屋さんに特注したものだそうです。 商品だと思って「お店、どちらにあるの?」って訊いたら、なんと非売品!趣味で何体か作ってお友達に配ったとき、おかみさんも戴いたのですって。またまたビックリでした。 その後、パン屋さんを2軒はしごして、2週間分のパンを買い込みました。って、うそ、そんなもんじゃないわ、これ。明らかに買い過ぎです。次からはどちらか一軒ずつ、一回おきに買おうと思います。だけど、どちらも美味しいので嬉しくて、実はホクホク。 いい気分で家に戻りましたが、この帰り道がちょっと危なかった。裏道を通ろうとして、反対方向に走ってしまったのです。 少し走って気づいたので方向転換して、もう、それからは表通りだけを通ってきました。10分の無駄でした。 最後に少しまわり道をして、図書館に寄り、ついでにたまに買いに行く、おばあちゃん一人でお店番している和菓子屋さんでおはぎ(春彼岸はぼた餅ですかね?)と草餅を買って、ようやく帰宅でした。 3時に先生のところを出て、まっすぐ帰って来れば20分のところ、家に着いたら4時半を回っていました。 道すがら、桜やたんぽぽ、レンギョウ、ユキヤナギなど、たくさんのお花たちを(走りながらなのでチラッと)眺めて、たっぷりゆっくりなサイクリングでした。 でも、サスガに疲れて、夜はぐっすり、今朝はお寝坊でした。 今日は昨日何もできなかったので、たくさんの洗濯や、掃除、そして買い込んだお肉たちを低温調理したり煮たり焼いたり。 まだ三時ですが、いい加減疲れました。 実は整体の次の日って筋肉痛的な、軽い痛みが出る事が何回かに一度あり、今日はそんな日。 なので休憩する気満々なのです。 このあとはもうごろごろとベッドで読書でもすることにいたします。
2021.03.21
コメント(11)
東京の東の端の、緑が乏しいことだけが東京らしい、他はどこをとっても23区内らしい要素のまるでない我が街。 おしゃれでもなければセレブっぽさの欠片も無い、その代わり物価も安いし気楽に暮らせる街でもあります。 それと関係があるのかないのか、区全体でもコロナ感染者の人口比率も23区中22番目です。 東京はどこも同じように危ないと思われているかもしれませんが、わたし自身は、この街でなら普通に暮らしていても都心に出ていかなければほぼ安全と思って暮らしてきました。 ところが、今日のお茶休憩の時間に、社員のSさんが、「mamatam さん、しばらくMスーパーもNスーパーもあまり行かない方がいいですよ。」というのです。 わけを訊くと、我が家が校区になっている中学校の2年生の2クラスでコロナのクラスターが発生したというのです。同じ校区の小学校でも患者がでていて(おそらく家族間感染?)、小学校は我が家から歩いて5分もかからない場所にあります。 その小学校の道を隔てたお隣がMスーパーで、Nスーパーはその向かいにあるのです。 近くても限られた人しか来ないお店ならあまり気にしませんが、ほとんど全ての人がやってくるお店なので、確かに買い物に行くのは気をつけないといけないかもと思いました。 今までも曖昧な噂は流れたことがありましたし、仕事場の最寄りの駅の駅員さんが感染したというニュースもあったりしましたが、ここまで感染の危険が身近に迫っている感じは初めてのことでした。 こんな、賑わいとは程遠い、地味な街にもやはりコロナは忍び寄っていたのですよね。 子供が成人してから転居してきたので、地域での周囲との関わりは全くと言って良いほどありません。普段はこれでいいのか?と考えることもありますが、コロナ禍の中での暮らしでは安心材料でした。それが、このニュースでひっくり返ってしまいました。 世捨て人でもない限り、人と関わらず暮らすことなんてできませんものね、当然ですよね。 春は、気配で分かるほどもうそこまできていますが、それでも冷たい風が吹き付けたり、思いも寄らない大雪に見舞われる可能性だってあります。 本当に暖かい季節になるまでは、寒さで体調を崩す恐れがあることを忘れないでいないといけませんよね。 それと同じように、コロナも、治療薬はまだだけれどワクチンは出来て、国民が接種を受けられる日ももうすぐやってくるでしょう。でも、本当にワクチン接種を受けられるその日までは緊張を緩めてはいけないのですよね。 東京では、昨日は409人、今日も300人を超える新規感染者が出ています。これを真剣に受け止めたら緊張を緩められるはずはないのですけれどね。 でも、あと数日後には緊急事態宣言は解除されるそうです。 宣言の解除も決して賛成はできないけれど、止める力があるわけもなく、せめて今回は余計なことをしないでほしいと願うばかりです。 あの時GoToなんかしなければ今頃はきっと落ち着いていたでしょうに、わたしは絶対に忘れてやらないつもりです。 東京都民を対象外にさえすれば大丈夫と思った、そのアホさ加減と思い遣りの無さも含めて。 何もできないけれど、せめて見張ってるくらいは忘れないでしないと、ね。
2021.03.18
コメント(15)

今日は、取引先の社長さんがmamatam社においでになりました。 mamatam社で手配した原料について、非常に機能性の高い製品なのですが、気になる点があると言うことでおいでになったのです。 電話で問い合わせをいただいた時、それは品質保持を目的として行っていることなので現時点では修正はできないと言うメーカーからの回答を夫社長が伝えたのですが、メーカーから直接説明を聞きたい、また、その説明を文書にして提出してほしいということで、顔を合わせての面談となりました。 この社長さん、家庭菜園が趣味の方で、おいでになる時は何か自家製の野菜を持ってきてくださることが多いのですが、今日はほうれん草をひと抱え、いただきました。 ほうれん草、と聞いた瞬間、わーい!今夜のご飯は常夜鍋!!と、わたしの中の食いしん坊が叫びました。 その叫び声は何故か社長さんの耳に届いてしまったらしく、常夜鍋?どういう字を書くの??と訊かれてしまいました。 え?ご存知ないみたい? 常夜鍋ってあまりポピュラーじゃないのかしら? 手間要らずメニューの代表みたいなお鍋の中でも最高に簡単なので、わたしは大好きなのですけど。 用意するものはほうれん草と豚肉。ポン酢。 それだけでいいのです。 お鍋に出し汁を張り、沸騰させます。 丁寧にするときはほうれん草を硬めに茹でて水に放した後軽く絞っておきます。アク抜きのためですが、面倒ならしなくてもOK。 我が家の今日のほうれん草です。 新鮮なのでアクは少ないと決めつけて、生を使います。いただいた量はこの倍より少し多いくらい。スーパーで買ったとしたら2.5把くらいですかね?もう、パリッパリ!新鮮!! 出汁が沸騰したら豚肉を入れ、豚肉の色が変わったらほうれん草を投入。火が通ったらポン酢でいただきます。 もし、具の量が足りないなんて言うときは、冷蔵庫にある半端な量のお野菜やキノコ、油揚げ、お豆腐などなど、お好きなものを加えてください。 焼いたお餅とか、うどんや素麺とかもいいですよ。 ただし、ほうれん草ののアクが出るせいか、出汁は色黒で見た目はイマイチどころかイマ二かイマ三。 でも、出汁と肉の旨味を吸ったほうれん草の滋味豊かなこと! あっさりしていて、いくらでも食べられます。 後片付けも一瞬です。 召し上がったことのない方、是非おためしあれ!
2021.03.15
コメント(17)
本はほぼ毎日読んでいるのに、読み飛ばしちゃっているから、ちゃんと文章にできなくて、この作品も読み飛ばしてることに変わりはないので、ちゃんとなんて書けないだろうとは思いますが、お付き合いください、久しぶりの読書日記です。 タイトルを見て、3冊分の読書日記を読まされるのかと、怖気を振るった方もいらっしゃるかもしれませんが、大丈夫です。このタイトル、長いけど全部で一冊分なんです。 柴田よしきさんの、初めての時代小説「お勝手のあん」のシリーズ3作目です。 このタイトルと、主人公が口入れ屋の手違いで小僧(男の子)を求めていた旅籠すずめ屋に送られてしまった少女という設定から、赤毛のアンにインスパイアされた作品と思いあたる方は多いでしょう。 主人公はあん、ではなく、やすという名の少女です。 すずめ屋の主人の従弟で品川宿で紅屋という旅籠を営む吉次郎は、ボロを纏って台所に蹲る女童に類まれな嗅覚があることを見抜き、口入れ屋に戻されることになっていたやすを買い取って品川に連れ帰り、勝手女中見習いとして宿の料理人の政一に預けます。 この第三作ではそれから10年が経ち、やすは台所女中として僅かながら給金を得られるようになっています。 いつか品川で女料理人として生きるという夢を胸に、やすは紅屋の台所女中として働き、料理人の政一や平蔵、女中のおしげ、おまき、おさきたちから様々なことを学びます。 品川宿で女料理人として店を営むおみねからは、前作で瓢箪に入った粉を渡され、謎を解くようにと挑まれていましたが、この作品で、メリケン(アメリカ)人の料理人から分けてもらったというその粉の謎を、匂いを嗅ぎ当てる才能と政一や新たに知り合った漢方医たちの助けを得て、西洋の七味唐辛子のようなものと解明し、それを使った料理も考案します。その粉はなんとイギリスでつかわれるカレー用のスパイスでした。 こうして暮らす中で、やすは、たくさんの友を得ます。 一番の友は、やすをあんと呼ぶお小夜です。 小夜は大きな宿の主人の妾腹の娘で、蘭方医になりたいという望みを持っていますが、日本橋の大きな漢方薬問屋の後添いとなります。 この時代には夢のまた夢でしかないはずのやすと小夜の夢も、ペリー来航や諸外国からの開国への圧力に揺れる江戸末期、安政の大地震の直後という激動の時期なら、実現するのかもしれないと、それも、このシリーズの読者の大きな関心事になっています。 この第三巻では夢はまだまだ果てしなく遠くにあって、小夜の、夫清兵衛のために料理を教わりたいという願いから、やすは、清兵衛の好物ではないけれど体によく、美味しいと言ってもらえる料理を考え出し、小夜と共に作ることになります。 どんな料理をどう作るのか、その回答は次の巻に持ち越しです。 その頃紅屋にはもう一つ大きな事件が起きます。 紅屋が押し込みに狙われ、奥の図面を手に入れようと企むその手先に騙された奥女中のちよが妊娠してしまうのです。ちよは継母との間に問題を抱えており、ちよの行く末も不安、紅屋を狙った押し込みは犯行を諦めるのかも心配ですが、それも次巻へ持ち越しです。 この激動の時代背景の中でやすが偶然知り合う人々の中には、絵師の河鍋暁斎や、のちに将軍家定の御台所となる篤姫と思しき女性などもいます。 他にも、篤姫の事情を知る薩摩の若い下級藩士とか、地震の後江戸から品川に移り住んだ若い医師など、曰くありげな人物が登場するのですが、歴史音痴のわたしには、歯痒いけれどその人に当てはまる実在の人物がいるのかどうか、見当も付きません。 そんなことも次巻以降少しずつ明らかになっていくのでしょうか。 赤毛のアンシリーズのファンの方たちにとっては、登場人物がアンシリーズの誰に当たるのかも大いに興味が掻き立てられるかもしれません。 マシューは?マリラは?ダイアナは?誰よりギルバートは?と疑問は次々浮かびますが、わたしには全くわかりません。 登場人物が善人ばかりなので、やすはこの後もすくすくと成長していくのでしょうが、背景となる時代がなんと言っても激動期なので、やす自身の物語には一波乱もふた波乱もありそうです。
2021.03.14
コメント(9)
整体の予約を取りましたという記事に寄せていただいたごねあさんのコメント「痛みは体からのメッセージだから、無視したり我慢してはいけないのだとつくづく感じています。」、これ、本当に大事なことですよね。 わたしのブログのモットー「自分も大切」の意図するところは、まさにそれです。 日本人の多くは周囲への配慮をとても大切にしていて、気配りを優先するあまり自分のことを二の次にしてしまったり、またそれが正しいとするような空気もありますよね。 幼少期のわたしはとても我の強い子どもで、通知表にも協調性が足りないというようなことをいつも書かれていました。わたしは少々行き過ぎだったのかもしれないけれど、子どもって多かれ少なかれそういうものなんじゃないのかと、今にして思いますが、両親、特に母はそれを気にして、わたしはいつもわがままだ、自分勝手だと叱られていたように思います。 その薬が効きすぎたか、大人になったわたしは、自分の考えを割とはっきり持っていて、しっかり主張もする、そういう性格は変わらなかったけれどその一方で、わがままを言ってはいけない、自分の都合を優先するのはダメという意識が強く、体の不調の時なども周りに迷惑をかけないようにできるだけ我慢するのが常になっていました。 それを繰り返しているうちに、自分の体の声は無視できる限り無視するようになっていましたが、自分ではそれが問題だとは思わないというか、そのことに気づいてさえいませんでした。 それは、ある時、ぎっくり腰という爆弾となって、爆発しました。 30年近く前のことでした。 その頃わたしは、子どもキャンプのような活動に参加していて、その実行メンバーたちと子どもたちの絵や日記、お習字などの作品を展示する展覧会を都内のあちこちで開催していました。 その準備と、息子の小学校の20周年記念バザーの委員としての仕事が重なった時、いつにない倦怠感を感じて作業中に度々椅子に腰をかけてしまう自分に気づきました。 それはぎっくり腰の前兆だったのです。でも、わたしはそんな自分を、やる気出さないと!と叱るだけで、体調に気を配ることさえしませんでした。 わたしの体調には関わりなくイベントはどちらも無事終了しましたが、わたし自身は、数日経った晴天の朝ベランダで遅ればせの君子蘭の植え替えをしていた時、衝撃が背中から腰に走り、そのまま這うようにして室内に倒れ込んだきり起き上がれなくなりました。わたしの中でぎっくり腰爆弾が破裂した瞬間でした。 2ー3日後、偶然その展覧会のメンバーでもある友人が訪ねてきてくれて、肩を貸して整骨院に連れて行ってくれ、食事を運んでくれました。 それまでを、まだ小学生の息子と、起き上がれないわたしを横目に見て出勤してしまう夫と3人で、どうやって乗り切ったのか全く記憶がありません。 以前に書いたことがありますが、今お世話になっている野口整体との出会いのきっかけになったのが、そのぎっくり腰でした。 一度の施術でぴったりぎっくり腰が治った後、この経緯を思い返しながら、わたしは、わたしの身体は何度もわたしに声をかけてきていたと思い出しました。 耳を塞いで、みんな忙しいし大変なのに休みたいなんて言うのはわがままだと一人極めして無理をしたのはわたしでした。 仲間たちは誰も、わたしが自分を粗末にすることを期待したりなんかしないと思いました。 それならわたしは誰に気を遣って自分を粗末にしたのかと考えた時、その相手は自分自身だったかもしれないと思えてきました。 何だか本当につまらない堂々巡りです。 で、そういうのもうやめようと思いました。 大切なこと、大切な人は大事にする。それと同じくらい自分も大事にする、大切な自分だから。 それからは、「自分も大切」と思いながら暮らしています。 体の声にも、聞こえないふりはしません。 心の声にも耳を傾けるようにしています。 でも困るのは、その声が聞き取りにくいことがあることなんですよね。 聞き逃してしまうこともあるし、聞き間違えてしまうことも往々にして。。。 耳を鍛えないといけませんね。
2021.03.07
コメント(20)
昨日予約した整体に行ってきました。 痛みといってもごくうっすら、それも朝起き抜けだけなので大ごとではなかったし、ここ1ヶ月やたら忙しかった間は、去年から絶対に避けていた立ち仕事や原料を量ったり混ぜたりという足や腰に負担のかかる作業もしていた(もちろん無理のない程度を心がけつつ、ですが)のですけれど、そのあと痛みが出るなんていうこともありませんでした。 今日も、バスを降りて10分足らずのA先生のお宅までの道を問題なく歩けました。 普段の生活では荷物を持ってそんな距離を歩くことはないので少し不安だったのですが、痛みがないだけでなく、速く歩けるし、足取りも軽くて、自分でも驚くほどでした。 それでも施術していただくと、股関節がやはり固くなっているとのことで、いつもの通り念入りな治療をしていただきました。 治療を終えて、先生と少し無駄話をしたあと、10分歩いてバス停に戻りましたが、暖かいし足の調子も大丈夫そうなので、自宅方面へのバスには乗らず、逆方向に向かって駅までの長い商店街を歩いてみました。 実は先生宅の最寄駅は、高校への通学や初めて就職した会社にいた2年ほどの通勤の時に使っていた駅で、もうウン10年前のことになりますが、その商店街には少しだけ馴染みがあったのです。 歩いてみると、随分寂れていましたし、見覚えのあるお店もほとんどなくなっていましたが、懐かしいおでんだね屋さんと魚屋さんを見つけ、おかずを買ってきました。 今夜いただきましたが、懐かしいだけでなく、昔と同じ美味しさでした。 スーパーは知らないお店でしたが、イチゴとみかんを買ってきました。どちらもブランドフルーツなのに驚きの安さで、我が家の近くより1パック200円くらい安くて、暖かくなったら自転車で来て思い切り買い物をして帰ろうと思いました。 裏道を通ってくれば多分20分くらいだと思います。 痛みがひどいときだったら考えられない距離ですが、3年前、今の家に引っ越してくる前は片道20分自転車通勤をしていたのですから、治れば大丈夫。 それができるようになればまた、御朱印ウォークもできるなあと思いました。 やはり元気は大切ですね。
2021.03.06
コメント(7)
整体の予約を久し振りに取りました。 1月11日だったか、非常事態宣言が出た後に伺って以来なので、最後に治療を受けてからもう2ヶ月近くが経ちます。 A先生の治療所は我が家と同じ区内ですが、バスを乗り継がないと辿り着けない場所なので、1日1000人以上の新規感染者が出た頃はバスでの通院は危険そうだから少しお休みしようと思いました。 昨年の10月に初めての施術を受けてからもう10回以上通っていて、股関節というか、腿の痛みは驚異的に良くなっていたし、自粛期間も最初はひと月くらいの予定でしたから、それくらいならお休みしても大丈夫かなと思ったのです。 でも、自粛期間が延長されたので、なんとなくこちらも延長していまい、結果的に2ヶ月も経ってしまったわけですが、やはり2ヶ月の自粛は長すぎたようです。 最近、朝起きた時に右太腿の外側にうっすらとした痛みを感じることがあるのです。 なんとなく宣言が解除されるのを待っていましたが、これはもう我慢したり、自粛してる場合ではないと、今日お電話したのです。 コロナを生き延びても、股関節と脚がダメになっちゃってたらもう何も楽しめないですもの。 もちろん、自分がコロナに感染することは、自分が困るでは済まないことだというのも承知していますから、自分の都合やわがままで行動を決めたらダメって思っていますよ。 でも、忘れちゃいけない、わたしのブログのモットーは「わたしも大切」。 というわけで、明日は整体に行ってまいります。 あした天気になあれ!
2021.03.06
コメント(11)
この間、大事なのは期限通りに緊急非常事態宣言を解除することだって仰っていた菅さん、最近は解除を2週間ぐらい延期しようかなあって仰っていると思っていたら、やはり延期されるんですってね。なんだかおかしなこと仰るオジサンですよねえ。だって大事なのは、解除するかしないか、いつするかじゃなくて、解除しても安心だと思える状況になってるかどうかじゃないのでしょうかねえ。しかも、私が判断するって胸を張るのもお好きで。 だけど、誰が決めるかも別に問題じゃないですよね。ただ決めるだけなら幼稚園児でもできるのですし。 判断するというのは、状況を把握し、何が大切かを理解して、どうしたらベストなのか決めることでしょう。 そしてもっと大切なのは、下した判断を誰かが喜ぶかどうかより、大切なことを現実にするために必要なことかどうかということですよね。 あの悪人面と、こわばったような表情とすくい上げるような目つきを見ると、小物感がどうしても否めず、どうにも信用ならない、大丈夫かこの人と思えて仕方のないわたしです。 一時に比べたらかなり新規感染者が減ったとはいえ十分とは言えないし、ここにきて下げ止まりというのでしょうか、減少カーブが横這いになってしまっているんですよね。その状況であと2週間解除を延期するっていうのは、そのカーブをまた下向きに変えてあと2週間で目標値に達するようにするという意味でしょう?わたしたち、ステイホームして、しっかり自粛をしている者たちは、正直これ以上どうしたらいいのかわからない。そんなことはありませんか? だって、会食だって1年以上我慢したし、旅行なんてもっと長いことしていないし、それどころか都内のお出かけすらほとんどしていない、そういえばあんなに楽しみにしていた文楽もわたしは先日キャンセルしました。 飽きたとかいうことじゃなくて、これ以上どうすればいいのって感じです。 今、足踏みしているっていうのをどう考えたらいいのかわからないし。。。皆さんはいかがですか? この先2週間で状況を変えようと思うなら、どうすればいいと考えているのか、それをもっとはっきりと示してほしいです。 変異ウイルスでの感染増加が目立ってきた今、どこかの国では、立ち止まってはいけない場所を法律で定めたそうです。そこで一定時間以上立ち止まっていると逮捕される可能性もあるとか。 日本でもそうしたらいいと思うわけではありませんが、政府として、専門家の意見をもっとしっかり吸い上げて、今の状況でしたらいいことしてはいけないことをもっときちんと打ち出してほしいです。 そうでないと、いくら延期しても、首都圏のこの状況は変わりそうにない気がしてならないです。
2021.03.04
コメント(14)

だいぶ前から図書館で予約していた本が、ようやく順番がきたと連絡があって、先日受け取ってきました。 美味しそうな表紙でしょ?坂木司著「アンと愛情」。 赤毛のアンシリーズのオマージュかと思うようなタイトルですが、そういうわけではないみたいです。「和菓子のアン」というシリーズの確か3冊目だったと思います。 この本の、ボーナストラックのように最後に収録されている短編に、「すあま」は、関東の人しか知らない食べ物だと書かれていたのです。 それを読んでわたしは大きな声で「うっそー!」と叫んでしまいました。 ちくわぶの和菓子版?というか、郷土料理ならぬ郷土菓子?ということですよね。 そんな特別感の全然ない、おとなしそうな和菓子なんですよ? あ、表紙の写真はすあまではありません。お饅頭ですものね。 念のためにWIKIを調べてみました。 そしたら、WIKIでも、関東だけとか、そこまで限定はしていないけれど、西日本では親しまれてはいなくて、どちらかというと東日本のものというように書かれています。 本当に知らないっていう方がいらっしゃるらしいと信じざるを得ない気持ちになりました。 そういう方のために、WIKIのここにリンクを貼っておきますので、ご存じない方はご覧ください。 写真も何枚か載っていますので、ご覧になったことがないという方も見てみてください。 その「すあま」を言葉でご紹介すると、「上新粉をお湯で捏ねてお砂糖を混ぜ、搗き上げた和菓子」ということになります。 ね?説明を読んだだけでも、ここでしか味わえませんみたいな特別感は感じませんよね?どこにでもありそうな、普通のお菓子でしょ? けれど、普段のおやつに和菓子屋さんで買って来て家でよく食べたというわけではないのです。 昔は、丸餅のような形の紅白ペアになったすあまが2個箱に収まったのを、建前とかお祭りなどのお祝い菓子として戴くことが多かったように思います。 子どもの頃、なぜか学校で運動会とか開校記念日とかに紅白のすあまが配られた記憶もあり、子供心に何か特別な日のお菓子なんだなあと思っていました。 味はと言いますと、柔らかくて薄甘くて、正直特に美味しいものだとは思いませんでした。 だから、日本中で知らない方の方が多かったとしても、特に残念だと思うわけでもありません。 ただ、自分ではだれもが当然知っていると思っていたものが、自分の周りの狭い範囲でしか知られていなかったというのが、違和感というか、不思議でたまらない気持ちなのです。 けれど、どこかに「にんまり」みたいな感覚もあるようです。 東京って、なんでもあるけど、特別に東京らしいものってなにもないと思っていたのに、へえ、あるんじゃない!みたいな? ふふふ、みたいな? 分かっていただけますかね、この、妙な嬉しさ。 ちょっと変な人になっていた、今日のわたしです。
2021.03.03
コメント(10)

昨日は、この牡蠣ご飯と この牡蠣のオリーブオイル漬けを作りました。 昨日、大したトピックスでもないからまた今度なんて書きながら、今日またしつこく書いているのは、その記事のコメントで、トンカツ1188さんが心配してくださったからです。 3月のカキは危ないって。 以前焼き牡蠣の食べ放題で当たって(っておめでたい方じゃなく)2日間寝込んだことがおありなんだそうです。 牡蠣とか貝類で当たるのって、本当に苦しいらしいですね。 でも、不思議なことに、牡蠣で当たった経験のある方で、もう一生牡蠣は食べない!って仰る方って少ないですよね。 わたしなんてもう数十年も前に一度サバの刺身で湿疹が出て、それ以来生のサバはしめ鯖でさえ口にしないのに。それも一日で治ったのに。 牡蠣がそれだけ魅力的ってことなんでしょうね。 それはさておき、昨日の牡蠣のことをしつこく書いているのは、これは生ではなくて、火を通してオイルに漬けたものだったということを書きたかったからなのです。 生の牡蠣って、味は生食用より加熱用として売っているヤツの方が数倍美味しいんだそうですね。 そのA.生食用とB.加熱用のどこが違うかというと、Aは陸地から遠く離れて川から流れ込む汚れた排水などの影響を受けない、水のきれいな沖合で養殖されたもの、一方Bは、海水の栄養が豊富なより沿岸に近い海で養殖されたもの、という違いだそうです。 お刺身用と煮魚用みたいに、鮮度の違いとかじゃないんですね。意外でした。 そういうわけで、Bの加熱用の牡蠣は100%安全と言えないので、しっかり火を通して食べないと安心できないのです。 その不安の元、牡蠣の食中毒の原因はサルモネラ菌だそうですが、しっかり殺菌するにはどれくらいの温度、どれくらいの時間の加熱が必要かというと、かのWHOでは、中心温度を85℃以上になるようにして90秒以上加熱しなさいと言っているそうです。 味を損なわず、健康も損なわない、必要十分な温度と必要十分な時間の加熱って、調理のプロでもないわたしたちには至難のわざです。 そこで、低音調理器の登場です。 昨日アップした牡蠣は、加熱用ですので、85℃の設定温度で30分しっかり加熱したものをすぐに氷水で冷やして食べるまで冷蔵庫に入れておきました。 近所のスーパーで買った普通の牡蠣、でしたけど、トゥルンと美味しいオイル漬けになりました。 牡蠣ご飯の方は、酒、醤油、みりんで数分、ふっくらするまで煮て冷ましておき、その煮汁と水で炊いたご飯の炊きあがりに載せて、15分ほど一緒に蒸らしたものです。 時間はオイル漬けより短いけれど、温度が高いので、きっとセーフだと思います。 その証拠に、しっかり火の通ったザラっとした歯触りでした。 トンカツさん、ご心配戴いてありがとうございました。 でも、これで安心していただけたでしょうか? 夫もわたしもカキフライが大好きですが、今の生活では揚げ物は時間も手間も無理なので、せいぜい佃煮くらいしか食べていませんでした。 それはそれでおいしいのですけど、久しぶりに牡蠣らしい牡蠣料理?を自宅で戴いて、とってもハッピーな2月最終日でした。 この2月は、本当に散々な月だったのですが、終わり良ければ総て良し? 恨みは捨てて新たな気持ちで3月に向き合うことにしましょう。
2021.03.01
コメント(14)
全18件 (18件中 1-18件目)
1