うたたねの店

うたたねの店

2003/12/21
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昨日は年内最後のお茶のお稽古でした。

高校生の娘さんと、その付き添いにきたお母さんだった。

高校生が来るということも驚きだったし、(大人びた感じがして、その子が高校生に見えない気がしたし)又、高校生の母親にしては若く見えた。言われてみたらどことなく、似ている気もする。
高校生のころからお茶をしていたら、人生大分違うだろうなぁと思う。

お茶のお稽古、全然わからなくて途中で投げそうになった時もあった。でもそういう時期こそが踏ん張りどころだったのだと思う。
一歩進むのが大変に思える時。
実はその一歩進む事がとても大事で、その先はスムーズだったりする。半年と2ヶ月が過ぎて、今私はお茶の面白さが少しわかった気がする。

お茶の先生は「お茶をしていたら言葉が足りるようになる」と言う。確かにとても細かい事に気付くようになるのだ。


例えば、全て道具を置く場所が決まっている。
動作も手の動きも決まっている。
ひしゃくを持つ手、お水を入れるときは上から握って入れるとか、お湯を入れる前に構えるとか。
最初に置いていた位置にすべて戻していくというのも合理的。
私が好きな動作は、お客様とのやりとり。

お茶を飲み終わったお客様を見計らって、ふくさを腰につける。
飲み終わったお茶碗をもらって、それにお湯を通す。
「どうぞお終いください」とお客様が言ってから、しまう動作に入る。
お茶のお稽古の後は「これで良かったんだな」という納得がある。
何か学びがある。

長年続けている人が、簡単な動作で間違えていた。

きっと油断もしていたのだと思う。
「こんなものかなぁ」と自分の中でマンネリを感じたり、味わうことを止めてしまったらだめなのだと思う。
お茶って、心が大事なのだと思う。
頭で考えてすることじゃなくて、最終的には意識せずに自分のものにしていくことを目指す事なのだと思う。
お茶の動作のひとつひとつの理由が知りたくなる。

疑問が生まれたら、子供のように
「この動作はどういう意味ですか」とつい聞いてしまう。

人からは『花嫁修行』だと言われるけれど、自分の中ではそうではないのだと言いたくなる。
何だかよくわからないけれど、人から言われてするという以上に私がお茶に入れ込んでいるのだと感じる。
そんな気持ちになれたのは本当に嬉しい。

*
余談だけれど、先週観た『ラストサムライ』の茶道のシーンの中で「日本人は礼儀正しい。」「完璧を求める。」とかいうセリフがある。外国から見た日本人の真面目さはこっけいに感じられるみたい。完璧の美を追究する民族。
昔からは日本人の本質は何一つ変わらないのだと思う。





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最終更新日  2003/12/21 11:28:06 AM
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