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dokidoki1234さんキーワードサーチ
大腸に二つ大きいのがあって、それをきれいに切除したらしいです。
6時間近くかかって手術を終え、
病室に戻ってきた義父の顔を見たら、泣けてきてしまいました。
嫁の私は、同居していないこともあり、これまで義父とは大した話もしたわけではないけど、
年老いた義父(80歳)が、こうしてベッドでたくさんのチューブに繋がれて、
意識朦朧としている姿を見たら、泣けてきたんです・・・
前にも書いたけど、かえでが小さい時に、夫の実家からはいろいろ言われました。
それは主に義母が言っていたんだけど、そばで黙って聞いていた義父も
同じように思っていたんだと思うの。
だから、義父が癌で入院してて手術することになったと電話してきた時のうろたえた義母に対して、
「私にあんなこと言うからバチが当たったんだよっ( ̄へ  ̄ 凸」
なんて、ちょこっと思ったりもしたんだよね( ̄▽ ̄;)
手術の日に付き合うのも、心配してではなく義理で行くだけ。
行かないと後で何か言われるから・・・みたいな感覚もあったし、
実際手術室に入ってしまえば、私達の用事も特にないし、夫もヒマそうなので、
途中で抜けて買い物やランチに行ったりしました。
私の母は、5年前に倒れた時、12時間以上掛けて手術をしたけど、
結局助からなくて、死んで手術室から出てきたでしょ。
浮腫んで別人のようになった母の顔が、今でも焼き付いて離れなくて・・・
義父の手術が終わったという知らせが来て、
荷物番の私以外は、先生の説明を聞きに行ってしまい、
私は待合室で 「もし義父も母のように死んでしまったら、あんなふうに出てくるんだろうか・・・」
と、あの時の何とも言えないイヤ~な気分になってきてしまいました。
病室に戻った義父に、みんなで会いに行くと、
呼び掛けに返事をしたり、頭を左右に動かしたり、まばたきをするなど、
しっかり 「生きている」
義父がいました。
すごくホッとしたのと同時に、たくさんのチューブに繋がれて、器械がピコピコしている横で、
「小便がしたい。足が冷たいな。おい、寒いぞ!」
といつもの調子で看護師さんに文句言っている義父が、とても愛おしく感じたんです。
帰り際に、髪をそっと撫でながら耳元で、
「お義父さん、お疲れ様だったね、今夜はぐっすり眠ってよ、また来るからね」
と言うと、
「おう!」
と返事をしてくれました。
夫の実家は、大規模に農業をやっていて、夏はお茶、稲作、冬はレタス栽培をしています。
今の時期はレタスの最盛期で、ビニールハウスで毎日レタスを収穫して、
それを一個ずつ包装し(機械作業だけど)、箱に詰めて出荷します。
生きている野菜なので、ほとんど休めないのです。どんどんレタスが成長してしまうしね^^
義父は入院中も、手術の朝も、レタスのことを心配していて、義母や義兄に、
「おい!ちゃんとレタス採れよ。手術してる間は用はないから畑へ行けよ。」
と言っていたんだって。
看護師さんにも毎日のように、
「早く治って畑に行かないと。俺がいないと畑がダメになる。」
と言っていたみたい^_^;
夫が少し前にお見舞いに行った時も、
「なぁに、小さいのが2つあるだけだから、取っちゃえばすぐ治る」
と笑っていたそうで、
それだけ強気に生きてきた義父だから、きっと今回の病気も克服しちゃいそうに感じます。
手術の翌日、夫が会社帰りに病院へ寄ると、手術から24時間も経ってないのに、
もう歩く練習をしていたそうで、看護師さんにつかまって歩いていたと、
帰ってきてビックリして言っていました。
すごい生命力だわ・・・( ̄_ ̄ i)
「家に行ってあれを持って来いだの、△△がないから買って来いだの、
と、夫も呆れてましたけどね^^
林檎と桃が 「○○(夫の実家の地名)じーじは不死身みたい(^o^)」
と冗談のように言う事があるんだけど、まさに不死身な義父ですな。
手術が成功しても、高齢者だし、生存年数は5年くらいだそうで、
仕方ないことだけど、手術できただけでも幸せだよね。
でも義父なら、5年といわずもっと生きるんだろうな~
マジでこれまでのシコリは、私も自分で手術して取り除き、きれいさっぱり流そうと思います。
というか、もうあの義父の顔を見たら、流れちゃいましたけどね(*^^)v
でもさ~・・・
もしこれが自分の父親だったら、と思うと、私はきっと精神的にすごくしんどいだろうね。
とにかく健康が一番だと、痛切に感じた出来事でした。
米粉パンを焼きながら・・ 2023年01月25日 コメント(4)
ネガティブなおじいちゃん 2022年07月06日 コメント(5)