祖父の家

haibiru

外観です。
昭和4?年築。
1F店舗、2F住居兼貸し事務所、3F・・・謎(物置か貸し事務所)

祖父は街頭放送の会社の社長でした。
このビルの中から街頭放送へアナウンスをしていたようです。
昔の事ですから、まいごのお知らせ等をアナウンスすることもあったようです。
祖父は高齢になり会社を売ったのでその会社はまだ残ってます。
私の住む街では未だにスピーカーで懐かしいCMが流れています。
(市内中心部だけですが)



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祖父の家(2Fの住居部分)は3LDK。
当時としてはハイカラな作りだったと思います。
ここは仏間?だと思います。
仏間だけどここでよく祖父や叔父達がマージャンをやっていた覚えがあります。



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懐かしの二層式洗濯機。
本当は1Fに勝手口があり、そこにあったものだったのですが
祖父が高齢になり、1Fに降りる階段が封鎖されてしまい
幻のタイル張りのお風呂と洗濯場はありません。
今となっては洗濯機だけがその歴史を知っています。



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絨毯の上にポツンと寂しげに置かれた黒電話。
祖父の家は2回線の電話があり、1つは祖父のいつも座っていた場所の横に、
この電話は元々曾祖母の部屋だった場所にありました。
曾祖母は27年前に亡くなり、祖父が会社を辞めてからは祖父の寝室となっていた所です。


この家にはたくさんの思い出があります。
初節句もこの家で。一人で初めてのお泊まりもこの家で。
お正月ごとに親戚一同が集まってドンチャン騒ぎをした思い出もあります。
毎年酔っ払って誰か彼かがケンカして、
そして祖父の「ばかもん!」の一言でケンカが収まる、
そんな思い出が詰まったこの家。

誰もこの家を懐かしんだりしないのが悲しいです。

みんなが興味があるのは
この家にあった使えそうなものたちと
土地の値段

そんなものより大切なものが
この家にはまだ残っている
そんな気がしてならないのです。

取り壊しが始まる前に
もう一度この家に行きたいと思います。





Special Thanks ままはお疲れ様



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