第百十四段
【本文】
むかし、仁和の帝、芹河に行幸したまひける時、今はさること似げなく思ひけれど、もとづきにけることなれば、大鷹の鷹飼にてさぶらはせたまひける、摺狩衣の袂に書きつけける。
翁さび 人なとがめそ 狩衣 今日ばかりとぞ 鶴も鳴くなる
おほやけの御けしきあしかりけり。おのがよはひを思ひけれど、若からぬ人は聞き負ひけりとや。
【注】
〇仁和の帝=光孝天皇。笠原英彦著『歴代天皇総覧』(中公新書)によれば、仁明天皇の第三皇子。母は藤原総継のむすめ沢子。八三〇~八八七年(在位八八四~八八七年)。
〇芹河に行幸したまひける時=『三代実録』によれば、光孝天皇の芹河行幸は仁和二年(八八六)十二月十四日のこと。この翌年の仁和三年に病没された。「芹河」は、山城の国紀伊郡鳥羽(京都市伏見区下鳥羽)の鳥羽離宮の南を流れていた川。
〇さること=そのようなこと。
〇似げなし=似合わない。ふさわしくない。
〇もとづく=頼りとなるべきものに到達する。
〇大鷹の鷹飼=冬に大鷹(雌の鷹)を使った鷹狩に従事すること。また、その役目の人。官職では、蔵人所に属する。
〇摺狩衣=草木の汁で、様々な模様を染め出した狩衣。
〇翁さぶ=老人らしく振る舞う。
〇な‥‥そ=どうか~してくれるな。禁止の意を表す。
〇とがむ=非難する。そしる。
〇おほやけ=天皇。
〇けしき=人の様子。
〇聞き負ふ=自分のこととして聞く。わが身のことと受け取る。
【訳】
むかし、仁和の帝が、芹河にお出ましになった時、男が、高齢の今では狩りのお供をするというようなことは不適当だと思ったけれども、狩りに慣れて頼りになるというので、冬の大鷹狩りのお供として同行させた。その男が、草木染で模様を染め出した狩衣の袂に書きつけた歌。
わたしが年寄りじみていることを、みなさん非難なさいますな。この狩衣をご覧あれ。今日は狩りだ、弱ったなあ、おれの命も今日限りかなあと鶴も鳴くようですよ。わたしもなにぶん高齢なので、この狩衣を着てこうして鷹狩のお供をするのも今日が最後だと思っております。