第九十八段
【本文】
むかし、おほきおほいまうちぎみと聞こゆるおはしけり。仕うまつる男、長月ばかりに、梅のつくり枝にきじを付けて奉るとて
わが頼む 君がためにと 折る花は ときしもわかぬ ものにぞありける
と詠みて奉りたりければ、いとかしこくをかしがり給ひて、使ひに禄たまへりけり。
【注】
〇おほきおほいまうちぎみ=太政大臣。大宝令の制度で太政官の最高の官である左大臣の上に立ち、天皇の師となるような有徳の人が就任する最高顧問のような職。平安時代には、ほとんど藤原氏から選ばれた。ここでは藤原良房をさす。
〇聞こゆ=「言ふ」の謙譲語。申し上げる。
〇おはす=「あり」の尊敬語。いらっしゃる。
〇仕うまつる=お仕えする。「つかへまつる」のウ音便。
〇長月=陰暦九月の異名。
〇 つくり枝=献上品・贈り物などを付けるのに用いた。もともとは、鷹狩の獲物の鳥を人に贈るときに結び付けた木を鳥柴(としば)といった。のちには季節により梅・桜・松などにつけたり、金銀などで造った草木の枝に付けたりした。
〇きじ=日本特産の鳥の名。きぎし。きぎす。『徒然草』一一八段に「鳥には雉、双無きものなり」とあるように、かつては食用の鳥の最上のものと考えられていた。
〇奉る=「与ふ」の謙譲語。差し上げる。献上する。
〇頼む=主人として身を託す。仕える。
〇ときしもわかず=「いつでも。四季の区別がない。」の意の「ときわかず」に強意の副助詞「しも」を加えた形。「きし」の部分に「きじ」を言い掛ける
〇かしこく=たいそう。はなはだしく。
〇をかしがる=賞賛する。
〇禄=ほうび。
〇たまふ=お与えになる。くださる。
【訳】
むかし、先の太政大臣と申し上げるかたがいらっしゃった。そのかたにお仕えしていた男が、陰暦九月ごろに、造りものの梅の枝にキジを付けて献上するというので
私がお仕えするご主人さまのためにと折る梅の花は四季も区別せず咲くものだなあ、私もこの花同様に年中かわることなく勤勉にお仕えするつもりでございますよ。