「疲れたんじゃない?」俺はハンドル片手に彼女に尋ねた。
「えっ?そうですね」彼女は目を擦りながら言う。
「眠っててもいいよ」咄嗟にそう返した。
「ありがとうございます」彼女は微笑んでそう答えた。
よし!!俺は彼女に気づかれぬよう小さくガッツポーズをした。
ここまでは計画通りだった。
疲れた彼女。優しい言葉。車中二人だけの空間etc...。後は彼女を家に送り届けるだけ...。
否、そうではない。
ここで彼女をそのまま帰したら、男が廃る。『据え膳食わぬは男の恥』
この状況で、何ももしないなんて果たしてそんな馬鹿がいるだろうか!
彼女もその気で俺に家まで車で送らせるのだ。
間違いない。嫌ならとっくに電車で帰っていることだろう。
終電までまだ時間が少し残っているし、これはもう
お持ち帰りコースとしか考えられないのだ。
ただ、ひとつだけ問題が発生した。
本当に彼女が眠りだしたのだ。これはいかんと彼女に声を掛ける。
「あれ?本当に寝ちゃったの?」
「んっ...ん?あっ私寝てました?」
助かった。。本当に眠られたらこれはこれで始末が悪い。
「いや...別にいいんだよ」
そんな会話をしていると、ほどなく明るいネオン通りに差し掛かった。
このルートは俺の計画通りの道順だった。
お気づきの方もいるだろうが、そうラブホテル街だ。
そっと彼女の方を見た。別段嫌な顔はしていない。
GETTTTT!!!
この反応、やはり俺の計算に狂いはなかった。
後はホテルにしけこみ......。
『カッチッ!カッチッ!』適当なホテルに照準を合わせて、俺は
指示器を点滅させた。
と...途端に彼女の顔色の変化に気づいた。
な...なんで・・・。彼女は露骨に嫌そうな表情を表したのだった。
俺はかまわずハンドルを左に切った。
だが「いやいや~」と彼女は言葉に出してまで抵抗を見せる。
『嫌よ嫌よも好きのうち』ここまできたら強引にとも思ったが、
これではレイプになるのも嫌だし、それに虚しくもあって、泣く泣くその場から退却することにした。
だが怒りも沸々と湧いてくる。嫌ならなんで俺の車に乗ったんだよ?と、腹立たしさが止まらない。
そして俺は、彼女をその場に残してその場を去った。
明くる日早朝から、けたたましい音で目が覚めた。
昨日の今日で鬱々とした目覚めだ。
こんな時間に誰からだ?と思いながらも受話機をとった。
「は...はぁ...」
悪いことは続くものだ。電話の主は会社からのもので、一方的な解雇通告だった。
なんでも俺宛のクレーム電話が耐えないらしい。
どうせ給料も安い会社だ。こちらから辞めてやる気持ちでもいたし、仕事なんていくらでもあるとひとりごちた。
ただもう、タクシー業界だけはこりごりだ。