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2011年05月10日
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 『滝山コミューン一九七四』(原武史 著/講談社文庫)読了。
 妙な違和感。普通、どんな本でも著者の論調に多少なりとも共感できるようなとこが俺の場合はある筈なのだが、この記録に対してはまったくもってそんな気持ちが湧いてこなかった。
 歯車がろくすっぽ合わなかったのだよ。
 まず、小学生の時分の話を大人の冷めた了見で語ってるってのがよくわからない。その当時の目線っぽく書いてるけど、そりゃ大人になっていろいろ見えてからの感覚だろーにってとこでもうついてけなくなってくんだな。妹尾河童の『少年H』みたいな感じ。
 ガキ相手のことだから教師のやり口なんざイロイロなんじゃねぇの、ってくらいに受け流しときゃいいじゃあねえか。
 行事ばかりで勉強しないって教育方針は笑ったけどな。らしくていいよ。バカなとこばれちゃうと小言がきかなくなるから。ごまかすにはいちいちイベントごとやるのが一番ですよ。子供、老人扱いだよな。
 ヒトがヒトになにかを教えるなんてことがどんだけオコガマシイことかなんて、大人になった今となっちゃ痛いほどわかることだろ。連中、大学で教わった程度の知識と、アヤフヤとチグハグと恐らくはノリとで築いた経験だけで人様の子供を先導してそれでオマンマ食ってんだよ
 許してやれ許してやれ。
 このまえも呑み屋で、隣の席の教師がキャンプだかなんだかの夜の見回りに残業手当てがつかないって憤慨してたけど、なんだかあさましすぎて気分悪くなった。

 とにもかくにも、教師のアラとそれがなんによるものだったのか、なんてことが気になるような味気ない少年時代しか送ることができない都会の人って、つくづく気の毒だなあと虚ろに同情したのでありました。もっといろいろあんだろうが。プロレスごっこやったりたけし軍団ごっこやったりジャッキー・チェンごっこやったり。

 デッドリフトのフォームを検討。ちょっと前から気になりだしたもんで、こーゆー時いつも参考にしている解剖図つきの虎の巻で夜な夜な再確認。
 そーいや、ザ・オバサンこと原田氏が、
「デッドリフトってあれですよね、小学校ん時に体育でやった……」っていつかのたまってたな。
 代々木あたりの小学校じゃ体育でデッドリフトやんのか。
 それであんな体の成人男性ができあがってんだったら、相撲部屋としては一流、マトモだったら大失敗の教育プログラムだろ。

 はぁ、やさしいういろうが食べたいなあ。
 愛知のじゃなくて山口のやつ。
 御堀堂かな、やっぱ。





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最終更新日  2011年06月26日 13時27分16秒
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