マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2010.09.23
XML


 それでも私は出かけることを決めていた。行き先は多賀城市にある博物館。最寄りの駅が東北本線なので影響はあるだろうが、家の中でぼんやり過ごすよりは良い。駅の売店でサンドウィッチとお握りを買って電車に乗った。福島ー白石間にかなりダイヤの乱れがあるようだが、仙台からは定刻通りの発車だった。

 東北歴史博物館の特別展は特別史跡多賀城跡調査50周年を記念する「多賀城・大宰府と古代の都」。古代史ファンとしては見逃せないテーマだ。気温14度の氷雨に震えながら、博物館の裏口から入場。シニアの割引券を出すと団体並みの料金で入れた。と言っても100円安いだけなのだが。

 第1章「多賀城とは」は、陸奥国設置と多賀城創建に先行する官がや関連施設の紹介と多賀城の構造に関する展示が中心。出羽国分国との関係などが分かって面白かった。第2章「多賀城の機能」は、行政、仏教と祭祀、軍事と治安、外交と経済面からの考察で、手向かう蝦夷を征服しながら東北地方を北上して行く大和政権の姿が分かる。

 第3章「大宰府」では古代山城の大野城や水城などの防御施設、外交のために造った鴻臚館などの施設の概要が分かって面白かった。また北方の「蛮族」に対応する多賀城より、中国大陸や朝鮮半島からの使節に対応する大宰府の方が、使用していた調度品のレベルが高かったことが確認出来た。

 第4章「平城京」、第5章「長岡京・平安京」では、それぞれの宮都の構造や政治と祭祀の実態が展示の中心。平城京では長屋王邸宅跡地の発掘で出土した大量の木簡から、貴族の生活ぶりが明らかになった。また当時の「水洗トイレ」の模型も興味深かった。

 初めて航空測量された昭和35年から数えて今年は50年目。何次にも亘る発掘調査で次第に実態が明らかになった多賀城。この間、漆紙文書など我が国で初めて発掘された貴重な資料も多い。古代の刀で東北から出土例の多い「蕨手(わらびで)刀」を初めて見たのは収穫だったし、発掘調査が始まった頃の古い写真にも胸を打たれた。当時は相当な苦労があったはず。

 北九州の防御に当たった防人(さきもり)の存在は万葉集などでも有名だが、ここ多賀城にも主として関東地方から送り込まれた大勢の兵士達が駐留していた。彼らの生活ぶりを示す遺物が、地下にはまだ多数眠っているはず。多賀城の碑が正確な学術調査の結果本物だと分かったように、古代東北の新たな真実が解き明かされるのを期待したい。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.09.23 18:41:01 コメント(2) | コメントを書く
[考古学・日本古代史] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: