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2006/01/13
夏色のときめきを 1996年作
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良子は「直樹さんなら、亜紀のい場所わかっているのかと、思っていたわ」と、少し意外そうな顔をしていた。
年が明けてまもなく亜紀とはつまらないことから口論になり、次の日九州の友達の所に遊びがてら旅行してくると言って出ていったと言う。
気晴らしになるのなら子供じゃないのだから…と良子は思ったらしい。
それにしても1ヶ月近くも娘がもどらないというのに、少しばかり呑気すぎるのではないか?、と直樹は少々腹がたった。
良子は亜紀のことで、何か直樹に言えないことがあって、それを隠しているようにも感じた。良子はけっして平静ではない、後になればなるほどそんな気がしてならなかった。それは、亜紀と最後に逢った時に亜紀がそうであったのと同じ直感だった。
仕事の切れ目があった直樹はさっそく博多の亜紀の友人渡部祥子を訪ねることにした。機内での1時間半、直樹はまた亜紀がとんでもない男にでもだまされてひどいめにあっているのではないか? 亜紀が惚れる男はいつもと言っていいほど、亜紀がとてもたちうちできないような、一癖ありそうな奴、深みにはまっていく亜紀が男の目から見ていて危なっかしくてしょうがない。___といやな妄想があたまの中をかけていた。
渡部祥子は亜紀の兄直樹の存在すら知らなかったせいか、直樹が突然現れ、亜紀のい場所を尋ねられたときは、一瞬ためらってしまった。
「本当にお兄さん?」
「あなたがもし悪い男で亜紀をここまで追ってきたとしたら、私亜紀の事は黙っていなければいけないわ。私達けっこう友情が固いの、これでも。」
「…亜紀に連絡をとって、俺いや私の名前を言ってもらえばきっと亜紀はすぐにとんでくると思うけど。」
「渡部祥子は少し考えていたが、バックの中からメモを取り出すと、それを直樹に渡した。
真新しいアパートの前には小さな公園があった。
まだペンキ塗り立てとかかれたベンチがあった。その公園も最近できたらしい。
「亜紀の奴、何考えているんだろう。」
直樹はアパートの階段をゆっくりあがっていった。
3号室 ここだ!
ドアのノックの音は重く響きがない。留守だろうか。祥子の話では近所の子に時々ピアノを教えているという。
結局、亜紀の姿はなかった。
いったん、ホテルにもどろうかと直樹は商店街を駅に向かって歩き出した。
コーヒーのいい香りがしている。直樹は“コーヒー館“という店にまよいなく 入っていった。もう夕暮れ時、街も仕事帰りの人達が家路に向かう時間なのか。けだるい夕方は直樹にどっと疲れを感じさせる。時々理知子の事がスーッと頭をかすめたが、すぐに消えた。カウンターに腰掛けた直樹はアメリカンを頼み、いつものたばこに火をつけた。ドアには開け閉めする度にカランコロンと鳴る鈴のようなものがついているらしい。
何度かその音を聞き流したが、しばらくして本当に無意識に振り返ったその時である。ドアの前に肩までのびた髪にくりくりした瞳が愛くるしい亜紀の姿がそこにあった。
驚いたのは亜紀の方だった。その目をまんまるくして茫然と直樹の方をみている。
「……」
「立っていないで、ここにかければ、」
「どうして、ここに?」
「それはこっちのセリフだよ。」
「じゃあ、わたしを?」
直樹は吸っていた煙草を強くもみけすと、「捜したんだよ…」
と言って亜紀の顔を見た。亜紀は困ったような顔をしてうつむいた。
二人の時が静かに流れた。
もう一人の女
女はからだにその後の余韻を少し残し、バスルームへ向かう。男の目はそれを追う、昔愛しあった黒岩良子と平森貢が再びこうして逢うようになったのは2年前である。
当時平森貢は千住に小さな鉄工所を営む父親を助け、真っ黒になって日夜働いていたが、不況のあおりで倒産。大きな借金をかかえた父親は後に病死。会社を立て直す事をよぎなくされた平森が当時愛していた良子に黒岩との見合い話がもちあがった時、良子の先々の幸せの為に身を引く事で良子への愛に終止符を打ったのだった。
半ば政略結婚で黒岩の妻になった良子がすぐに妊娠を知ったとき、そのおなかの子が結婚直前に逢った平森の子である事を確信した。黒岩の子と偽って育てた亜紀が2歳の時、愛人綾子の存在とその愛人に生ませた直樹の事を知る。
このことがあってから、なんとか会社をたて直し、数十名の従業員と細々と 仕事をして家庭をもっていた平森に、いつか亜紀の存在を告白したいという強い願望と、してはいけないという葛藤に悩みながら良子は生きてきたのだった。亜紀が17歳になった時だった。夫が愛人綾子に生ませた一人息子の直樹を黒岩建設に入社させ、いずれあととりとして考えている事を知った。
このことで良子は平森に亜紀の事を告げる決心し、当然、我が子亜紀に逢いたがった平森に遠くから亜紀の姿を見せる機会をつくった。
以来、亜紀の事でしばしば逢うようになった二人はやけぼっくいに火がついたように数年前から再び愛しあうようになっていた。黒岩との架空の結婚生活を続けていた良子にとって昔の恋人平森との時間は、もう一つの自分だけの大切な一時となった。
亜紀の横顔には平森の面影がはっきりと残っていた。首の後ろの小さなほくろは平森のそれとまったく同じであった。
経済的になに不自由ない暮らしと、社長夫人という名目をあたえておけば良子は幸せなのだという、黒岩のワンマンな部分も平森の気性とは対照的であった。が良子も平森も今は互いの暮らしをどうこう変えたり、特に良子は彼の妻から完全に彼を奪おうとか独占しようなどという気持ちはなかった。むしろ自分との時間は二人の間だけのものであって平森の妻や家庭にはなんの関係もないこと、その事で平森が不幸になるようなことになっては良子自身が切ない。矛盾の心かもしれないが愛すればこそ、離れたくもないし相手を不幸にもしたくないというのはどっちも正直な気持ちであった。だからこそ苦しむのは良子自身に違いないことも重々わかっていた。一時の欲望や刺激を満たすだけの、男と女の関係であれば苦しむ事もないのだろうが、真剣であればあるだけ良心の呵責に苦しむ。ひっそりと始まり、ひっそりと終わる。プラトニックで友情に近い、恋人未満の男女の関わりが出来たら、それが長い目で見た時は理想なのかもしれない。
自分の出生の全てをふとした事から知った亜紀が黒岩も家を出たのも、今はもはや兄とは言えぬ直樹にもわからなくはなかった。亜紀は何度か本当の父親に逢いたいと思ったが、今はそれを避けた。自分と亜紀は黒岩という同じ父親の血を引く兄弟であると思っていたことが覆された直樹の心境は複雑だった。
寂しくもあり、いっそう愛しくもあった。ふっと亜紀を見た時、大きな瞳からキラキラと光る大粒の涙が白い頬を伝わって溢れていく様を直樹はただ
見守っているしかなかった。
羽田空港は帰省客であふれていた。東京は雨だった。
直樹は亜紀の事を心の片隅に残しながらも、仕事という日常にもどらねばならなかった。
黒岩建設が沖縄リゾートホテルの建設をめぐって、あくどい商売をしている事がわかったのもこの頃である。
かねてから奇麗事ばかりではなかった会社の裏も、関西方面に手を延ばし始めてからは、しばしば暮林組と関わっていたため、その色を濃くしていた。直樹はホテルの設計のほとんどを、黒岩から任されていた。他社との競争を巡ってその土地を確保するため黒岩はやむなく暮林組の手を借りた。ライバル会社である村松建設は広く地元に手をのばしており、よそ者の黒岩に進出されてたまるかという殺気だったものがあった。
しばしば直樹もじりじりと日の照りつける沖縄に足を運んだ。いずれは黒岩建設のものとなるホテルの仕事も直樹が設計の大まかなプランを任されていたため、他のリゾートホテルを数カ所視察する必要があった。
そんな仕事を利用して一度は理知子と来たかった沖縄に理知子を誘った時、 理知子はこの上ない喜びの表情を素直に表してくれた。直樹がすきなホンダの750ccのバイクを以前理知子が旅の仕事でかかわった地元の青年から借り、理知子を乗せて突っ走った。晩夏の海岸線には夕日が沈みかけている。理知子の髪はスピードとともに強く美しくなびいた。直樹のからだに細い腕をまわししがみついている理知子はちょっと不安げで、それが愛しく感じた。
「こんなにとばしてだいじょうぶ?」
「えー!」
直樹には聞こえない。だが、こうして二人ですごす時間は直樹にとっても仕事を忘れられる唯一の時間だった。夕日のスクリーンに写しだされたふたりのシルエットは、理知子の心のスクリーンにもそのまま残るであろう束の間の恋物語のひとまくでもあった。
ホテルにもどった二人はシャワーを浴び、そのままベットで激しく燃えた。 それはまるで夏の終わりを予告するかのように、空が黄昏時から美しい星空に変っていった。
直樹の汗がほんのり染み込む枕をどけ、理知子は直樹の腕の中でその余韻を感じながらしばらくうとうとと眠っていた。きっとこうして直樹と幸福な一時をすごしたその後はまた、しばらく彼とは逢えなくなるだろう…という予感がふと理知子の胸をよぎった。二人のあいだにはいつもそうやって得体のしれない影が入り込む事を理知子は知ってた。こうして気紛れに近い状態で理知子を誘ってくれる事がいやではなかった。後が辛い。そういつだって後がなぜか辛く寂しくなるのだ。
案の定、直樹は仕事の事もあってか、それからまた連絡がとだえた。
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最終更新日 2006/01/21 12:07:01 AM
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