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第3章.授業中
第3章.授業中
授業中、それは穏やかで平穏な時間。
教師の目が行き届いている時間だけは、友美にとっても安心できる時間となっているはず。
最初はそう思っていた私も、標的になってそれが間違いだと言うことに気づいた。
小さく切った消しゴムや、丸まったノートの切れ端。
教師が背を向けた一瞬の隙に、一斉に私の体中に向けられる。
それを見て笑う男子生徒達を教師も注意するが、笑っている理由までは追及しない。
床には徐々に消しゴムや紙くずが溜まり、私の周りだけが汚くなっていく。
前の学校でも同じようなことはあったのだが、ここまで集中的なものは初めてだった。
自分に疑いの目が行かないように、授業中は大人しくしているもの。
その考えはもう古いのか、それとも幸恵が全てを見越しているのか、それはわからない。
ただ言えることは、虐めのやり方が前の学校と違うと言うこと。
「篠田さん……もっとキレイに使えないの?」
「私じゃありません」
「何言ってるの! あなたの机の周りに落ちてるじゃない!」
「投げつけられたんです」
「じゃあ投げたのは誰?」
ここではどんな正義も通用しない。
いくら私が真実を言おうとも、言葉巧みな嘘に大人は騙されていくだけ。
「知りませーん」
幸恵の言葉を合図に、側近の女子達が口々に声を上げる。
わざと聞こえるようにハッキリと、まるで何かをアピールするかのように。
私の顔をチラチラと見ながら微笑み、幸恵はクスクスと笑っている。
「授業中だよ? あり得ないでしょ?」
「なに人のせいにしようとしてんの?」
「被害妄想じゃん」
「授業妨害とかマジやめてくださーい!」
焦った教師は意味もなく、無理矢理割って入り強引に授業を再開させた。
これで解決したと思ったのか、ホッとしたように微笑んでいる。
だがこれでは根本的な解決にはなっていない。
教師はただその場を静めただけであって、この問題を深く考えてはいない。
もう教師への信頼は、前の学校で捨ててきた。
とにかく自分を守るのに必死で、真実に気づかずに嘘で固められた球を持たされている感じ。
何が真実かを知ろうともしない冷たい目は、どこに行っても変わらないようだ。
今の明るい担任も、今ここにいる教師も同じにしか見えない。
幸恵はうまく演技をしてごまかし、担任やその他の教師達をも騙し続けている。
おまけに成績も優秀で教師達からの信頼も厚く、こんな状況で誰が幸恵を疑うだろうか?
やっと静まり返った教室で、後ろからの視線を強く感じる。
静かになっても重苦しい空気に変化はなく、友美に目を向ければ相変わらず少し震えている。
今までと違うことと言えば、標的が友美から私に変わったということぐらいだろう。
休み時間になりトイレに行けば、待ち構えている幸恵の側近たち。
個室に逃げても何の意味もなく、ドアを何度も叩かれ罵声を浴びせられる。
それでも無反応を続ける私に、今度は上からの攻撃が仕掛けられた。
バケツに入った水、トイレットペーパー、雑巾、モップの先端。
全てを頭から掛けられ、ずぶ濡れの状態で授業開始のチャイムを耳にする。
教室に戻れば机や教科書には落書き、鞄はゴミ箱に入れられ体操着はチョークの粉まみれ。
編入わずか2日目にしてこの有様、これにはさすがの私も少しだけ驚いた。
だが私は地獄を知っている、だからこそ絶えることができるのかもしれない。
その全てを無視するように鞄を元に戻し、ずぶ濡れのまま何事もなかったかのように座る。
そんな私の態度に幸恵達の方が驚いたようで、教室内は不気味なほどに静まり返っていた。
髪の毛から滴る水滴を軽く拭って、落書きだらけの教科書を開く。
赤いマジックで書かれた落書きのおかげで、教科書の文字は逆にはっきりと見える。
だから授業自体に支障はなく、この体さえ濡れていなければ平穏に過ごせていた。
けれど次は担任の受け持つ授業、この私の姿を見て何も言わないはずがない。
「篠田……!? 誰がこんなことしたんだ!?」
教室内は相変わらず静まり返ったまま、誰も何も言おうとはしない。
下手に介入して流れ弾が来るのを恐れている様子。
幸恵は何も知らないと言わんばかりのオーラを放ち、担任をじっと見つめている。
そんな幸恵の気迫に負けたのか、担任はすぐに話をすり替え授業を開始させた。
「今朝のこともあるし、篠田は必ず職員室に来るように! それじゃあ授業始めるぞ!」
途端にクラスがざわめき、幸恵は担任を見ながら笑っているように見える。
これで勝ったとでも言いたいのだろうか?
どこか得意げで誇らしげに私の方を向いてほほ笑んだ。
それと同時に、後ろの席の側近がわざとらしく私の椅子を何度も蹴った。
でもこれはすべては想定していたことで、さらなる展開もすでに予想済み。
少し驚きはしたものの、こんなことぐらいで音を上げるような私ではない。
上履きを返した瞬間から、幸恵もある程度この状況は予測していたはず。
だがここまで動じない私の態度に、驚きを隠せないでいる様子だ。
普通ならあの場で幸恵の言うことを聞いているはず。
友美の置かれている状況を知った上で、同じような立場になろうとする人間はまずいない。
だから余計に私は目立ち、誰もが私を奇異の目で見つめているのだ。
ずぶ濡れになろうとも教科書に落書きされようとも、立ち向かうと決めた。
だからどんな目で見られようと、どんな仕打ちを受けようとも気にしてはいられない。
授業終了のチャイムが鳴り、私は担任とともに教室の外へ。
次の授業のことも考え、昼休みに職員室へ行くことになった。
教室に戻れば、既に椅子が無くなっていたりとやりたい放題。
この短時間の間によくこんなことができるもんだと、ある意味感心してしまうほど。
椅子はすぐに見つかり元に戻したが、机に新たな落書きがされていた。
(排気物って……バカじゃん……)
次の授業が始まり席に座ると、また後ろの席の側近が椅子を何度も蹴ってきた。
でも椅子の背まで足が届かず、椅子の足を蹴ってくるせいかお尻のあたりにそれが響く。
教師の声に合わせて蹴りを入れるため、近くの生徒以外は誰も気づかない。
友美は気づいてはいるようだがこっちを見ようともしなかった。
側近の蹴りは尚も続き、痛みはないものの妙に気が散り授業に集中できない。
これも幸恵の指示なのか、蹴られる振動で字もまともに書けなかった。
昼休みになり、私は担任の所に行くために直ぐに教室を出た。
一瞬幸恵と目が合ったが、無視するように廊下へ出る。
幸恵は特になにをするでもなく、側近に何かを伝えているようだった。
階段を降り、長い廊下を歩いて職員室を目指す。
湿っぽい他校の制服に濡れた髪、そのせいで歩くだけでも目立つ。
刺さるような視線を擦り抜け、たどり着いた職員室のドア。
始めてみた時よりも大きく感じて、心の中で何度も呪文のように唱えた。
(大丈夫……大丈夫……)
ゆっくりとドアを開けると、担任が私の姿に気づいて手招きをしてきた。
「篠田……悪いな呼び出して」
「用件なんですか?」
「そんなのわかってるだろ? まだこんなに湿ってるじゃないか!」
「別に……」
「別にってお前なぁ! 1人で水遊びでもしてたってのか?」
「そんなとこです」
「お前……」
早くここから立ち去りたかった。
担任との話し合いなんてどうでもいい無意味なこと。
例えここですべてを打ち明けたって理解されない。
百歩譲って理解されたとしても、この担任にあのクラスを変えるのは無理だ。
幸恵の気迫にあっさりと負けるような人に、できるとは到底思えない。
ざわざわとした職員室の中で、担任は声を張り上げて事実を確認しようとする。
もちろんそれは他の教師の耳にも入り、気づいた教師達が私の姿を見つめていた。
「今朝のことが関係あるんじゃないのか!? 突き飛ばされた仕返しとか……」
「だったら?」
「え?」
「もしそうなら先生はどうするんですか?」
「どうするって注意するに決まってるだろ!?」
「先生ダメだね……これが虐めだったらもっと酷いことになるよ?」
「虐めってまさか……そうなのか!?」
「さぁ……私はここに来たばっかだから何も知らない」
この担任は今まで何も見てこなかったのか? 一体何を見てきたんだ?
薄っぺらい友情ごっこに騙されている。
幸恵の仕組んだ世界に引きずり込まれて、幸恵の手の中で駒のように扱われている。
きっとそうだ。
「もう良いですか? まだお昼食べてないんで」
「そうか……でも本当にお前」
「大丈夫です……」
「そうか……わかった……悪かったな……」
担任は渋々頷いている様子だったが、特に気にすることなく職員室を出た。
これで幸恵に不信感を持ち、何かするとは思っていない。
むしろ下手に介入せずに、知らぬふりでもしていてほしい。
教室に戻ると、教室には未だに重苦しい空気が漂っていた。
幸恵達の冷たい視線が、今まで以上にビシビシと伝わってくる。
それさえも無視し、何事もなかったかのように席に座る。
直ぐに異常がないか確かめると、用意していたはずの昼飯が無くなっていた。
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