ぱんだの喘息日記

ぱんだの喘息日記

ラーメン屋さん1


一番先に考えたのは病院の近くである事。
仕事となれば休めない!
でも、どう考えても週3~4日は点滴になってしまう人が、バイトだけを元気にやる事は無理がある。
それで、病院の目の前のラーメン屋さんを選んだ。
甘かった(T_T)
朝7時半からだったんだけど、おじさんの第一声!
『こっの、おばかっちょヤロー!』
私、こんなオヤジのとこで働くの?
最初の約束は、皿洗いとか中の仕事。だったはずだったのに…
仕事を覚えたのが早くて、車の免許を持っていた私は出前に駆り出された。
一つのおかもちに、ラーメン6個分。
病院、役所、警察、お昼時になると、半端でない出前の注文が入る。
気付くと病院と警察は私が全部任されていた。
しかも病院は私がいるという事で、注文が一気に増え、警察は父の仕事関係で知っていたので、そこでも注文が増え…
病院は外来から7Fの病棟まで、半端な量でもなければ、何度も往復しなければならない。
仕事の時間も7時半から14時までの約束だったのが早くて17時。
下手すると22時。
おまけに15時には皿集めに行かなくちゃならなくて(T_T)
ご飯食べる暇もなく、摘み食いとかだけ。
皿集めのついでに、診察と点滴。
終わったら、出前の皿をお持ち帰り!
そこのラーメン屋さんの売りはおじさんの怒鳴り声!
お客さんがいてもいなくても怒鳴ってて…
それがうるさいやら悔しいやら!
いつしか顔で注文をとり、おじさんより仕事も出来、値段をサービスさせてあげる事も許されるようになり、威張れるようになった。
そうなったらこっちの物?
おじさんの怒鳴り声に
『くそオヤジ!怒鳴ってないで仕事しろよ!』
勝った(^^)v
以来、私には文句言わなくなったけど(笑)
出前が終われば餃子の仕込み。いくらキャベツ刻んでも終わらなくって…
そんな毎日が続いても時給800円。
出前は自分の車使ってたのに(T_T)
中の子達は600円でしたけど…
田舎は安いですね。
今は少しあがったのかな?
かなり過酷な日々を続けてやめました。
その後は出前も減り、おばさんも亡くなったりで、お店をたたんだそうです。
ここでの仕事は、凄くきつかったけれど、ここでの下積みがあったので、他の仕事にも耐えられたのだと思います。

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