milkyの心のままに独り言

パンドラの箱 第二章



昨日は私の記憶の中の2才から、6才になる頃までの記憶を辿ってみたけど、最後

迄綴る事で、私の心の中のパンドラの箱の封印を解き放し、私の転機として前向き

に歩いていける気がしている‥時々、家に祖父がやっきた。

私の好きなお菓子を抱えて、そこには杏はなかったけど、その時はママは別人の様

に優しい声で、一瞬訪れる平穏。でも父もママも夜のお仕事に出掛ける様になって

から、私の夕飯は駄菓子。お仕事に行く前に50円を渡されて、駄菓子屋さんに行き

当時のお金で50円。小さな子供には大金だったかも。静まり返った部屋でひとりお

留守番。5才になる前から、お留守番はしていた気がする。二人はクラブで働いて

いたらしい。後に解った事だけど、寂しさと自由が比例する日々。寂しいけど、暴

力に脅えなくてもいい時間は自由。恥ずかしい事だが、私は幾日もお風呂へ連れて

行ってもらえず、お腹の回りにタムシができて、痒くてじくじくになっていた。お

風呂に入りたい事いえずにがまんしていた。下着は気持ちが悪いので、自分で取り

替え汚れた物は隠していた。

子供の浅知恵に過ぎなかったけど。そしてやはり見つかってしまった。

遠慮というものを知らないの?ママは私に向かって、普通ホントの親じゃないんだ

と思ったら、気を使うものだと教えてくれた。他人!体が痒くても、下着か気持ち

悪くても我慢しないといけないんだ。悲しい言葉に聞えたけど、オリバーツイスト

と比較されれば理解はできた。孤児院よりまし。お家があるだけ幸せ。ママごめん

なさい。パパには言わないで!そして悲痛な望み。また叩かれるのは嫌。自己防衛だ

ったかも知れない。機嫌が少し良い時は言わないでくれた。それでもお腹のじくじ

くは痒く、広がるばかりだった。或る日、高熱をだし、ママが家に来る前からお世

話になっていた、大好きだったキュピー先生(愛称)が往診にきた。お腹を見て・先

生はいつからだ?そう聞いた。すかさずママの声、この子お風呂が嫌いで困ってい

ます。不安げに先生の顔を見詰めると、頭を撫でてくれた。風邪がよくなったらお

風呂へいくんだよ。先生はそれ以上何もいわないでくれた。そしてタムシのお薬を

塗ってくれた。先生の鞄はまるで魔法の鞄の様にみえた。キュウピー先生優しく

て。父を感じていた気もする。私は体が弱く時々熱をだした。扁桃腺だったらし

い。そして咳込む事が多く、それはとても苦しかった。小学校の入学式、ママは着

物、私はワンピース、久しぶりのおしゃれ。赤いランドセルも買ってくれた。オリ

バーツイストじゃなくて良かった。その日、私はつくづくそう思った。そこから始

まる新たな地獄を知らずに、無邪気に笑っていた。

















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