みみ の だいありぃ

みみ の だいありぃ

奴の帰宅



まるで雨が、怒りに燃えそうなあたしの心の炎を消してくれたかのように。



そして、それから、あたしたちは、どれくらい奴と会っていたか、話し合った。

「あたし」が奴のキッチンで入れてきた、お茶を飲みながら。



その時点で、あたしは奴と1年程一緒だった。

奴のすごいアプローチに押されるように始まった関係だった。



そういえば、学校帰りにふらっと寄ったHMVで、あたしは奴に声をかけられた。

大好きなLLクールJのCDを手にし、ただぼんやりと眺めていたとき、「LLは好き?」と声をかけてきたのだ。



それから、HMVに意味もなく1時間以上いた。

いろいろなCDを手にとり、お互いにああでもないこうでもない、言い合った。

まるで次のステップに行けるかどうか、お互いに探り合っていたみたいに。



奴は言った。

「また今度、他のCD屋に行かない?電話するから番号をちょうだい。」って。



その頃は携帯がなかった頃だから、あたしは電話番号をあげるのは控えた。

その代わり、奴の番号をもらった。

そして、我慢出来ず、次の日にかけた。



でも、たしか、あたしは奴との付き合い始め、すぐに浮気をした。

その相手は、たまたま、奴の友達だった。



分かったとき、あたしは心底驚いた。

奴は静かに怒った。

それでも、あたしを手放さなかった。

それどころか、更に縛った。

そして、あたしに合鍵を渡した。



そうして、あたしは友達との用事や学校やサークルやバイトがない限り、奴の家で夜遅くまで過ごすようになった。

これが日課だった。



一方、彼女はここ1ヶ月の間に二回しか奴とは会ってなく、そのうちの一回目は「出会い」だった。



彼女と奴は、あたしが奴と出会った同じ場所で出会っていた・・・。



そして、「どしゃぶり」の二日前に二人は初めて、一夜を過ごしたらしい。



そういえば、その日はちょうどあたしのバイトと重なっていた。

そんなことを冷静に考えながら、彼女の話を聞いていた。

雨の音と彼女の話し声が、なんだか妙にマッチしていた。



彼女は「不覚」にも、奴に「のめりこみそう」になり、記憶をたどって、奴の部屋に来てしまった、と言った。

「そういや、部屋の雰囲気から、女がいるかもって思ったんだけどね。」そうとも言っていた。



それから、あたしも彼女も学生だっていうこと。

年は彼女の方が二つ上だっていうこと。

あたしたちのお気に入りの場所が同じだっていうこと。



そんな事がどんどん分かっていった。



そして、奴はあたしを「元彼女」という事にして、彼女にあたしの事を話していたということ。

どういう風にかっていうと、あたしの事を、髪の長いちょっぴり生意気な女ですごく好きだったということ、そして、あたしの大学名、バイトの職種、サークルの種類、そして、なぜかあたしの家族関係や親友の事まで、彼女に話していたこと。



どんどんいろいろなことが明かされていった。



元彼女、ということにして、あたしのことをそこまで話した奴を、憎らしくも思い、憎めなくも思った。



なんだよ、他の女といても、あたしのことを考えちゃって・・・。



奴の浮気相手を目の前にして、あたしはそんなことを考える余裕すらあった。



ふと、時計を見ると、あと30分もしないで奴が帰ってくる時間だった。



「どうせなら、一緒に待たない?もうすぐ帰ってくるはずだから。」あたしは言ってみた。



「うん、そうだね。あたしもなんだか納得いかないし。」そう彼女も言った。



奴が帰ってきたら、二人でこの場を去り、一緒に飲みに行こうか、そんな話も出ていた。



そして、それから、二人で奴を待ち続けた。

話がはずまないし、いろいろと話を考えるのも面倒だったから、あたしは奴の従兄弟から送ってもらったミュージックビデオを流してみたりした。



そして、そうでもしないと張り詰めた糸がはじけてきれてしまいそうだったから、ビデオに対するコメントなど、お互いに言い合ったりしてみた。



「ねえねえ、この人、奴に似てない?」なんて言って、2人して笑ったりした。

そして、なんか、ちょっとぎこちない笑いの後、妙に長い沈黙が始まってしまった。



ふと気がつくと、あたしは奴の窓から見える木の葉っぱから落ちるしずくなんかを黙って見ていたりした。

だって、このビデオ、何度も見ていたし。



それでもなぜか、余裕だった。



こんな男、いらないって思ったからなのか。

こいつは、それでもあたしに惚れているって思ったからなのか。



だけど、あたしは浮気相手でなく、彼女が浮気相手であることに対しては、嫌気がさした。

浮気をされるのって、なんだかあたしのプライドが許せなかった。



あんなに追いかけてきていたくせに。

あんなに愛してるって言ってたくせに。



そんなことをぼんやり考えながら、お互いにビデオに見入っているフリをしていたら、軽快な足音が聞こえてきた。



奴だ。

奴がついに帰ってきた・・・。

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