みみ の だいありぃ

みみ の だいありぃ

奴の反応



だからこそ、やけに陽気だった。

鼻歌を歌いながら、のんきにドアを開けたりしていた。



「ただいまー、BABY」

これが唯一知っている日本語かのように、そして、その言葉を発することがまるですごいことかのように、嬉しそうに大声で言っている。

そして、もちろん、その声は、あたしだけに向けられているものだった。



以前、奴の「ただいまー」っていう声は、あたしをものすごく悦ばせた。

I am home... 家っていうのは、あたしのいる場所なんだ。

あたしのところに、この、5つも年上の男は、帰ってくるんだ。

そして、あたしの姿をみつけ、まるで5つも年下のように、甘えてくるんだ。



でも、今日は、なんだか滑稽に聞こえる。

そして、この声は、今日限り、聞かなくなるんだな。

そうだ。合鍵もちゃんと返そう。



奴が帰ってきたって言うのに、こんなことを冷静に考えていた。



玄関では、奴がせわしなく傘を降っている。

ドアが開いているから、雨の音がいっそう大きく聞こえる。

ざーざーという切ない音というより、ぽたっぽたっっていう愉快な音だった。



こんな状況でも、奴の存在は、周りを明るく変えてくれるのか。



「すごい雨だったけど、君、濡れなかった??テストの方はどう?頑張ってる?」

なんて言いながら、ポンという音と共に傘を傘立てにいれた。



そして、あたしと彼女は、一瞬、身構えた。

今から、奴は間違いなく、家の中に入ってくる・・・。



なのに「あれ、友達でも来てるの?」という、調子抜けする奴の声。

おそらく、2足の女ものの靴でも見たのだろう。



ドンドンドン。こっちに向かって歩く音。

リビングの方に近づいてきている。



さすがにあたしの胸も、ドンドンドンと鳴り出した。



そして、その0.5秒後。

奴は、リビングの扉の前で、ぴたっと立ち止まった。



そして、1ミリでも動いたら、崩れてしまう砂山のように、なんとも不思議な格好で硬直していた。

口を大きく開け、目を大きく見開き。



へんなの。

こんな顔、見た事ないや。



そして、あたしと彼女を交互に見つめた。

二度目にあたしを見たときは、羞恥というか、恐怖というか、後悔というか、なんとも言えない表情が浮かんでいた。



はっはーん、やっと気づいたか。

そうだ、あたしは、彼女とずっとここにいたんだ。

もう聞いてしまったんだよ。

あんたがおととい何をしていたか。



あたしたちは、奴の口から出てくる言葉を待っていた。

なのに、奴はまだ突っ立ったままだった。

ただ、黙って突っ立っていた。



聞こえるのは雨の音のみ。

葉っぱを伝ってボトボト落ちるしずくの音。

となりの駐車場のトタン屋根を打つ音。

ただ、それのみ。



長かった。

すごく長く感じた。



やっと、彼女と浮気相手を目の前にして、奴はただ一言、こう言った。



「Hey」



ずっと待って、これだけ?

何だ、何にも言えないのか。

いいや、もう。

情けない男とはおさらばだよ。



あたしは、「帰るわ。」と一言だけ言った。

彼女も、「あたしも帰る。」とだけ言った。



あたしも彼女も、それが精いっぱいの言葉だった。

これ以上は何も言えなかった。



でも、あたしたちはなんとなく動けなかった。

二人とも、座ったまま、微動すらしなかった。



そして、ただ、奴の、二言目を待っていた。

雨の音を聞きながら。



奴の口から何かを聞きたい。

あたしの事がまだ好きなのか。

それとも、彼女といたいのか。



もし、彼女はただの浮気だったら、やっぱりあたしはウレシイのか、どうなのか。

それも分からない。

ただ、はっきり聞く必要はある。



彼女もそう思ってるのかな?

「ごめん、新しい子が好きになった。別れよう。」って言葉を待っているのかな。



彼女の前で、冷静さを失いたくない。

せっかくここまでクールにやってきたんだから。

彼女の前で、乱れて、格好悪いところを出したくない。



でも、なかなか奴は重い口を開かない。

もう、駄目だ。限界。



そう思って、あたしは立ち上がった。



すると、奴は何を思ってかあたしのところにつかつかやってきて、あたしを抱きしめた。



そして、「Hey baby. Who is she? Is she your friend?」と、そう言った。

確かに、そう言った。



は?



瞬間的に、あたしは奴の腕から逃げた。

すると奴は、今度は、あたしを羽交い締めにした。

「俺は君を愛してる。絶対に君の事は行かせない。」そう言った。



あたしは奴の腕の中で、一瞬、何がなんだか分からなくなった。



コレハユメ?

コノヒト、ダアレ?



でも、雨の音が、彼女の言葉をはっきりとあたしに思い出させてくれた。



「おとといの夜、ここに来たんだ」

「ああ、元彼女っていうのが、あなたなんだー」

「ひどい男」

「だまされたね、あたしたち」



「は?知らない?あたしを馬鹿にしてんの? それとも、あたし、聞き間違えた?」とっさにあたしはそう言っていた。



するとすぐに、それが聞き間違えなんかじゃないっていうことが分かった。



なぜなら、彼女が発狂したから・・・。



「ひどい!!二日前、あたしはココで夜を過ごしたじゃないの!!」



そういうと、彼女は奴に向かって来た。

ということは、奴に羽交い締めにされているあたしに向かってもやってきたということだ。



や・やられるっ!!



でも、彼女が腕を振りかざした相手は、間違いなく、あたしだった。

手元がずれたんじゃない。

あの手は明らかに、あたしの顔に向かっていた。



奴は、とっさにあたしをベッドに突き飛ばした。

そして、今度は発狂する彼女を羽交い締めにした。



そして、そのまま、彼女を玄関の方へ連れて行った。

そして、一言。



「俺はお前の男を知っているんだぞ。XXだろ。さあ、帰ってくれ。勝手に来るな。二度とお前には会わない。」と言った。

そして、重い鉄の扉を、無残にも、彼女の目の前で閉じた。



え。

XXって???



あたしの頭は、更に混乱していった。

まるで、目の前で映画を見ているようだった。

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