Blue kiss

春の宵

春の宵

桜が咲いている。満開だ。
いつの間にこんなに春爛漫になっていたのだろう。
巨大なＵＦＯが降り立ったようなこのビルのしたで、
無機質なガラスの要塞と違和感を持つわけでもなく
華々しく咲き乱れるソメイヨシノの並木道。

ビル風の煽りを受けて、まるで大掛かりな舞台装置が
コンクリートのこのステージにイリュージョンを
かけているような錯覚を起こす。

人口庭園とはいっても、見事なまでの箱庭に
仕上がっている「モオリ」の入り口のベンチの前に
サオリは空を見上げてつっ立っていた。

わたしは気づかれないように彼女の死角に回り込み、
サオリの背中にうんと近づいてから
「お・ま・た・せ」と低い声を出した。

「やっっ！？」驚いて翻るサオリの顔は
やっぱり面白かった。
「びっくりするじゃないよぉ！」
「何見てるの？」
「つき。」
「月？」
「ほらぁ、あそこ・・」

サオリの見る方角に、見事に丸い月が張り付いている。
漆黒に深まる晴れた夜の壁紙には星は見えず
月だけが妖しく、美しく、凛としてそこにいた。

月は、空の背景の真ん中に浮き出された
東京タワーの光の塔を
斜め左上から見下ろすようにあり、
フレームの下半分には、［箱庭］に曲線を作る
桜並木とその地上の闇を照らし出すライトアップの
光の情緒が、完全に溶け合っていた。

「キレイだねぇ・・・」
わたしはサオリと並んで、その夜景色に見とれた。
「いいねぇ。」
「うん、いいねぇ・・」

ふいにサオリが小さく叫んだ。
「何を飲むか決定。」
「え？」
「今夜は黒じょかだ。」

わたしたちは、にんまりと顔を見合わせて
［モウリ]を出ると、坂道をゆっくり歩きながら
行きつけの比内地鶏の店に向かった。

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