misty247

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2009.06.03
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カテゴリ: 私の歩いた山と道
 先週、奈良県大峰山脈の「釈迦ヶ岳」に登った。

 しかしすでに大峰の連なる秀峰は、そんな何名山という括りに捉われずとも、世界遺産に登録されたことによって、もう他の山々と背比べする煩いから解放されているのだ。点から線へ、日本から世界へ、ふさわしいステージへと大峰自らが昇りつめている。

 「待てまて、大峰になにを今さらそんなに箔をつけたがる。なにが点から線だ。修験道開祖のときからココは『場』として最高に崇められてきたんだ」
 そうだった。奥駈道は元来、修験道の道場として比類なき聖地であり続けてきたのだ。
 はて、そもそも修験道とはなんぞや?

 法螺貝を鳴り響かせる山伏。白装束の集団。西の覗きから吊るされている修行者。修験者に山道で出会い、ガイドブックで修業の写真を見てはいるが、あらためて問われると答えられない。ならば今回の登山レポにあわせて調べることにしよう。
 まずは Wikipedia 。
修験道(しゅげんどう)とは、山へ籠もって厳しい修行を行う事により、様々な「験」(しるし)を得る事を目的とする日本独特の混淆宗教である。修験道の実践者を修験者または山伏という。
役行者(役小角) 。7世紀の人物で、伝記は突飛な話が多いようである。
 今に伝えられているこの役小角の像は、修験道の開祖としてマイナス材料ではないだろうか。呪術を習得せんがため苦行を重ねるのが修験道と誤解されかねない。少なくともそういうものではないはずだ。
役行者は、鬼神を使役できるほどの法力を持っていたという。左右に前鬼と後鬼とを従えた図像が有名である。
 前鬼とは役行者に付き従う鬼の夫婦。 Wikipediaによると 、5人の子を持ち、5人は下北山村に修行者のため5つの宿坊を開いた。今は小仲坊のみが宿坊を続けている、とある。
 荒唐無稽な話が、顛末になって現状と一致しているではないか。ますますもって宜しくない。

 前鬼は大峰ではよく知られた地名である。169号線を南へ下り池原ダムに達したところが前鬼口。私は今回、こちらから釈迦ヶ岳を目指すことにした。
 169号線と別れて前鬼林道に入った。対向車すれ違いの難しい狭い道だ。見通しの悪いカーブのたびに神経をすり減らしながら20分ばかり走ると、右に不動七重滝が見えた。


▲前鬼林道より望む不動七重滝

 遠くからでもわかった。その一桁違うスケールの大きさ。
 滝のそばまで行ける探勝路があるそうだ。帰りに時間があれば寄ることにした。
 前鬼トンネルを3つほど越すと、先は車止めゲートに阻まれた。舗装された林道は2キロほど先の宿坊まで続いているが、許可された者しか通れない。ゲート手前に10台弱は置けそうな駐車スペースがあった。車を置いてここからは歩きだ。吊橋を渡る道は宿坊までの山道で、舗装路を歩かずにすんだ。緩い登り道。途中、水場があり、水をたっぷり汲んでおいた。


▲前鬼宿坊「小仲坊」

 1時間ほど歩くと視界がひらけ、宿坊が見えた。立派。まるで集落。

 地名から想像してしまう呪術や鬼といったおどろおどろしさはなく、歴史的に物淋しい感は否めないながらも、意外に明るい佇まいだと思った。  <つづく>






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Last updated  2009.06.04 05:57:15
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