もこっぺでいきてくんだよ

マオリん?初海外、NZ



今じゃ記憶もあせるほど、よく覚えてないが、英語の通じなさにおののいた。
もちろん、学校も一番下のクラス。面接で言えた言葉はイエース、そう!サンキューとか、そんな程度。

でも一人で迷子になって知らない町を歩き、なきながら家に帰った毎日。
聞きたくても通じない。泣きながらジェスチャーでここに帰りたいのー!っておじさんにすがったりしたさ。

家のとおちゃんは、マオリの血を引いたひとだった。
しかし、このオヤジ、セクハラオヤジだった・・。

毎日おはよ~と言いながらわしのケツをタッチ。。
当時、右も左も上も下もわからなかった、超ウブなわし、・・・これって、コミュニケーション、ってやつのひとつ??・・だよね。ソだよね。
と思い込んでいた。(それがわかるようになるまで数年かかる)

日に日にこの父ちゃんはタッチからさわさわに技を変えていく。
それでも???だったワシ。とうちゃーーん、今なら金もらいますよーー。

オークランドで友達ができたワシは、嬉しくてしかたなかった。(日本人だけど)
イースターを翌日に控えたその日、わしらは、一人の子のステイ先に皆でとまろうぜーーって単純に考えて即行動に。
ワシは家に電話。長男がでて、母ちゃんいまいないよ?っつーので今日ともだちんちとまるから~言っといて!と伝言。

しかし、イースターでうかれてたのか、当時17歳だった彼。彼も(わしの伝言を伝えぬまま)友達の所に泊まりに行ってしまった。

そんなことをしらずワシは一日すごい経験をしてケロッと次の日家に変える。

ん??誰もいない??何時間かあとに、父ちゃん母ちゃんが血相抱えて入ってきた。
捜索願を出したとかだしてないとか・・?当時のわしにはわからず。
そして、日本の関係者、家族、現地の学校、すべての人を巻き込んでわしをさがしていた。

国際電話をするとうちのおかんがすさまじい勢いで怒っていた。あのときは、ごめん・・。





でも実はその時・・・わし、、、、初海外にして、見ず知らずの通りがかりの人んちに泊まらせてもらってたのーー!!

行こうとしてた友達のステイ先から追い出されたわしら、行く当てもなく、夜には交通手段もなく、海にたどり着き・・・野宿か~・・・。って転がろうとしていた。

当時、オークランドでもまだまだ東洋人に対する差別が多く、痛い話は聞いていた。
でも、浮かれすぎてたんだと思う。まいっか、くらいだった。

そのとき通りがかった若い新婚夫婦。英語が上手く伝わりあえないわしら(全員一番下のクラスですからー)に丁寧に「うちにこない?汚いけど・・ここよりはましよ~」って書いてくれた。

悪いよ、わるいよ・・と危ない、とかの考えはなしに、いかにも日本人的な対応をするわし。
まーけっきょく泊めてもらったんだけど。寝袋でねました。
名前も何もすっかりわすれてしまった。そっからどうやって帰ったかもよく覚えてない。
学校や関係者には、海で寝た・・・と嘘をつき(この人らに迷惑をかけちゃいけない、、、とワシながらに思ったのだ)、当時学校で伝説を作ったわし・・。


みなさーーん、あんときは心配かけましたね~!

ちなみに、NZ達は裸足で街を普通に歩いてる。痛くないの?あ、、そういえば、道にあんまごみないね・・。

なんで?とききまくっても「きもちいいから」の一言。でも足、あらってね♪

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